総務部人事課慰労係

たみやえる

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 空いてる会議室、鍵を閉め、カーテンをきっちり閉じた密室で、私はレンが持ってきたスーツを着ようとしていた。それって、レンがいつも会社に置いてる替えのスーツの一つらしいんだけど……。

「レン~。やばい。スカートのチャックが閉まらない」

「ちょっと、馴れ馴れしく呼び捨てしないでよ。それ、私の持っている中では一番ゆとりのあるのなんだけどッ」
 泣きごと言ったらキイって睨まれた。専務に向けた笑顔とは大違いだっ。

 レンが貸してくれたスーツは生地がびっくりするくらい薄くて柔らかくて、肌に当たる部分が心地いい。いくらするのか知らないけど、私のより、断然高価たかいってことくらいは想像できる。


 だけど! 私が着ると胸はガバガバだし、ウエストは窮屈で、もはや身動きすることさえためらわれた。ていうか、呼吸すらしちゃいけない感じがするぅ~っ。

 一応、スカート履いた瞬間から、目一杯お腹凹ませてるけどさっ。人には限界ってもんがあるでしょ。呼吸っていうのは吐くだけじゃなくて吸わなくちゃいけない。

「ねえっ。これ、どうやって息すればいいかなっ」
って、言ったらウエストのあたりからぶちぶちと不吉な音がした。私がもそもそ着替えてる間ずっと後ろを向いてくれていたレンが飛び上がってマッハで近づいてきたと思ったら、ぱこん、と頭を叩かれた。ちなみに小学生の頃児童合唱団に入ってた私は、腹式呼吸デス。

「きゃあっ、アンタ息すんじゃないわよッ」

 そんなご無体な。レンの、鼻息荒くブチギレていても、美人は美人ってとこが余計ムカついて私、今度はわざと深呼吸してやろうとした。すかさずまた叩かれた。

「もー、着せるんじゃなかった。ほんとに破けるでしょッ」

「うわ、叩いたっ。専務に言いつけてやるー」
って、二人でギャアギャア騒いで。

「もう諦める。汚れた服洗って乾くまでここにいるー」

「ばか。それまで仕事、どーすんのよッ」

「……どーせ、大した仕事してない。私なんて」

って、言った私のこと、アホかッ(巻き舌だった)ってまた叩いてくるんだもん。う~、三回目だよ……。私、ジンと痛みを放つ頭頂部をさすった。レンてば口以上に手が出るタイプなのか。こんな凶暴な女を秘書にしていていいのか、うちの会社。

「諦めるな。私は専務からあんたの世話を頼まれてるんだからねっ」

 そう言われても。私だって好き好んであんたの高級なスーツを破きたいわけじゃないっ。

 ……世話してくれるならもうちょっと優しくするモンじゃない? ついてきた私が馬鹿だった……。

 着替えるだけなのにすっかり消耗しきっている私に、前髪をかき上げ、レンが、大きくため息をついた。そしておもむろにスマホを取り出す。

 ……? 何?

 じーっと私のこと、頭から爪先まで見手から彼女、どこかに電話し始めた。

「……ええ、私。今どこなの?」

 なんかカリカリした雰囲気で話してるレンの横顔をぼんやりと見つめた。

「……ああ。じゃあ、今すぐ女物のスーツひと揃え買ってきて。靴はいいから……どのぐらいかかる? え? 三十分? 遅い。十五分で来て」

 で。彼女、ぶちっと通話を切った。

 相手が誰か知らないけど、完全にパシリ扱い。かわいそう……原因は私だけど。

 それにしても。レンが電話の相手に伝えたスリーサイズ、まさしく私のサイズ……測ってないのになんでわかるのっ?

 ——そして、きっかり十五分後。

 ドアが三回ノックされレンが鍵を開けると、ビジター(訪問者)のカードを首から下げたイケメンが大きな紙袋を抱えて入ってきた。

 え? イケメン、イケメンってそれだけじゃわからないって?

 だって。目の前に突然現れるってシチュエーション(もちろん相手は美形限定)は少女漫画でよく見るやつ。さらに遭遇した相手の言葉も視線も吸い込んで釘付けにさせるってもはや単なるイケメンにはできない芸当だ。まさにイケメン中のイケメン、ザ・王子様って感じの男性ひとだった。氷雨先輩や千賀氏とはまた違う、繊細でちょっと近寄りがたさが漂う美貌が神々しいんだもん。百七十センチはあるレンより多分二十センチくらい高い。スーツ越しでも、いいカラダってわかっちゃう……。やだ……私ったら♡ って、頬を染めてる場合じゃなかった。

 ……私、レンのスーツの糸目をぎちぎち軋ませながらフリーズしてる情けない格好なんだよ?

 なーんて、心の中で叫んでいたら、男性が私の方へ顔を向けた。ゔっ。恥ずかしすぎて発狂しそう。慌てて彼からさっと目をそらせたら、目に入ってきた彼の襟元。そこには金色に輝く弁護士バッヂが……。

 
 ちょっと待って。この人が、レンのパシリなのっ!?


 マジでのけぞりそうになった私は、四たびレンに頭を叩かれたのだった……。

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