総務部人事課慰労係

たみやえる

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 石井さんはと見れば、やり手社長に田中さんと視線の往復で忙しいそうだった。ちょうど専務が頭もじゃもじゃオジ様やり手社長を出迎えているのが見えた。

「……総会の議決権を手に入れるためには発行されている株の半数を欲しいわけ。ちょっと、伊豆川、聞いてるッ?」

「えっと、多数決的な感じですか」

「学級委員決めるみたいなノリで言われるとガクッとくるけど、まあ、そうよ。ただ、そうあっさり手放す株主ばかりじゃないかもでしょ。手元に株を仕舞い込んだままの株主がいるかもしれない」

「じゃ、安心ですよね」

「は?」

「それならそう簡単に買収されないじゃないですか」

と言ったら、田中さんにおでこ、デコピンされた。

「……くっ~」

 絶対赤くなってるよ……涙目で額を押さえつつ田中さんを見れば私なんて完全無視、もじゃ髪社長と彼を出迎えに現れた専務に見入ってる。

 二人が揃って社屋内に向かって歩き始める。マイクを手にしてる人がしゃべり出し居並ぶカメラが二人の動きを追ってガチャガチャとうるさい。せわしないシャッター音と瞬くストロボで、酔っ払いそう。そんな私に、

「あのね、今なら株を高価買取中ですよ~ってやるの! それが公開買い付けなの! その公開買い付けをうちの会社の意向を完全無視して行うから、敵対的ってコトバがつくのよ。わかった?」

って、田中さんが言ってくるけどさぁ……。むくれたままの私を尻目に石井さんたら、

「すご~い、物知りー。もしかして田中さん、株とかやっちゃってます~?」

なんて、調子いいんだ、フン。彼女がおべっか使っているの見え見えなのに、田中さんは持ち上げられて悪い気はしないみたい。頬をゆるめると、

「ま、私はFXの方だけど。リターンはでかいけどハイリスクなとこがゾクゾクきちゃうのよね……」

って、うふふと含み笑い。頬を上気させた。チークも挿してない頬を桜色に染める田中さんは、それはそれで、ちょっと猛禽類味もうきんるいみが増して、こわい。それは石井さんも同じだったみたいで二人して固まっていると田中さんが、

「……って聞かなかったことにしてよ」

と軽い口調で言った。そのくせ、

「だって。アラフォーで小金持ちなんて男運薄くなりそうで嫌なのよ。だからぜったい秘密にしてよ」

なーんて、こそこそ小声で念を押してくる。

 ううむ……オンナが金を持ってるとモテないってこと!? でもなー、と私は思う。じゃあ、金がない私はモテモテ? ……だったコトないなー。だって生まれてこのかた〈告白された〉ためしがない。考えてみれば〈デート商法の彼〉にすらしてもらってない! だからつい、

「金があろうとなかろうとそんなの男運に関係ないと思いますけど」

って、反論したら……睨まれた。なんでっ?

「とにかく、彼(と、田中さんはもじゃ髪社長をあごで指し示した)リチャード・リェンに目をつけられたらどうあがいても無理。あの大手家電会社のホープだってあっという間に呑まれたのよ、彼の会社に」

「えっ、ホープ買収したのって……」

と驚くと、そんな私とは対照的に石井さんは、

「でも買収されて世界的企業の仲間入りできるならハッピーなんじゃありません?」

って、気楽に言ってくれるけどさっ。

以前まえにテレビで見た経営陣の泣きっ面がブワッと頭に浮かんできた。田中さんの言う〈やばいかも〉が急に現実感を伴って私に迫ってきた気がした。みんなハッピーになるならね、と田中さんがこちらに目線を飛ばしてきた。

「なにせ、彼はコストカッターで有名よ」

と、田中さんがこちらに目線を飛ばしてくる。

 コストカッター……この言葉の意味は私も察しがつく。この話の流れだもん。嫌な予感しかしない。

「伊豆川の場合他人事じゃないでしょうに」

 ほら! やっぱり。石井さんも居るっていうのに私だけ名指しだよー!

「クビキリが始まれば、まず、伊豆川はこうだからね」

 田中さんは自分の首に親指を立てたこぶしを当てると、横一文字にクイっとひいて私に見せた。いわゆる首チョンパの仕草だ。それに私が、

「クビ……クヒッ!?」

と動転した時、たくさんの人がワラワラと現れて、

「外資は帰れ!」

「我々の雇用を守るのだー!」

って、野太い声を上げ始めた。

 服装からして工場勤務の人たちだ。会社設立時からいるおっちゃん達で、ウチが扱っている商品の肝のきも、最終段階の細かな調整は彼らじゃないと無理っていう、会社の人財たち。なんで事務方の私が彼らのこと見知ってるのかと言えば、会社のパンフレットにちらっと載っていたから。

 専務が「やめなさいっ」って言っているのに、盛り上がってるおっちゃん達はワッショイ、ワッショイ、と聞く耳持たない。

 ……お祭りじゃないんだけどなー。

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