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「ふぇっ、リアルお家騒動」って私が合いの手を入れると、田中さんにジロリと睨まれた。
「専務にしたら裏切りって感じたんじゃないの? 自分たちとは一切血のつながらない赤の他人に会社継がせるなんて。専務は創業当時からずっと会長を支えていたから」
会長は大学在学中に会社立ち上げたって話だけど、相当大変だったみたいよ~と田中さんが言った。
「それならさっさと結婚して家を出ちゃえばよかったのに」
と言ったのは石井さん。
それに対して田中さんが「女の売り時って、そう長くないのよ」って言いながら目の前のポテトをムシャムシャ食べた。油まみれの指でストローストローをつまむとオレンジジュースをひと口吸い上げてから、
「専務、今、五十一歳なのよ。女としてっていうより、もう、人生の折り返し地点過ぎてるでしょ。それなのに! 信じられる? 今まで浮いた噂はゼロ。結婚しないで五十代。生きがいは仕事だけって生活」
「ヤダヤダ」と肩をすくめた田中さんの隣で、石井さんもストローでアイスコーヒーを吸い上げながら上目遣いに私を見てくる。こんな話の最中になんだけど、私は込み上げてくる笑いを飲み込んだ。
歳も違うし、太と痩せの(……と、おおっぴらに他人のこと言えるほど私もナイスボディじゃないけどねっ)凸凹コンビなのに、動作がシンクロしていておもしろい。
すると、
「それこそ、次の社長は自分だって思っていたんじゃないの? だから納得いかないし、今の社長のこと憎たらしいわけ」
と、田中さんが言った。
「社長は買収されても良いって言ったんですか」
「言ってないよ。本人がそう言ったって噂もない」
「じゃあ、なんで?」
「何せ今までがね。散々、社長業を専務に丸投げしてきたじゃない。イヤイヤ社長やっていたくらいだから、この機会に会社を金に変えたいんだろうって、役員や専務は考えてる。社長、若い頃ヤンチャだったらしいし」
田中さんの言葉に、私は思わず「何、それ」って口を尖らせてしまった。
いくらなんでも、氷雨先輩のこと馬鹿にしてる。先輩は、こんな私のこと心配してくれて「ルームシェア、しよ」って誘ってくれた。だからって、お金払えって言わないし、ガスも電気代も水道量だって、みぃんな氷雨先輩持ち。それじゃあんまり悪いから支払おうとすると、それくらいなら借金返済に回せって怒られちゃう。私に優しくしたって先輩にとって利益なんかないのに……。私のことすぐにガキだっていじめてくるけどさ、一緒に住んでいてほんと思う、本質は優しい人だって。
その先輩が、お金が欲しいって理由で、自分の親(義理だとしても)が苦労して作った会社、売っぱらうかな? するわけない。
あからさまに不満顔の私に田中さんが、
「専務派につけば、会社を辞めさせたりしないって、保証してくれるみたいよ」
と言った。
「ウチの会社、特殊塗料が売りでしょ。会社の規模に対して開発費がかさんで結構大変らしいですよ。買収回避しても、いずれは人員整理やりますよね」
と石井さんが畳み掛けてくる。
うっ、心が揺れるよ~。
「エサをチラつかせないでください……」
メロンソーダに刺さったストローを弄びながら情けない声が出てしまった。それにしても、と思って、
「それでも社長につく人がいるんですか?」
と私が聞くと、
「端くれでも良いから、東方精密精器みたいな世界的企業の傘下にいた方が未来は明るいって思っているのよ。石井と同じで」
と、田中さんが自分の横に座る石井さんに顎をしゃくって見せた。
「そう。私、買収容認派です」
ニコニコと言いつつ、紙ナプキンでおちょぼ口をぬぐう石井さんの前から、あのボリュームたっぷりのクラブハウスサンドが消えていた。見れば真っ白なお皿にパンくずが少し。いつの間に食べたわけ?
……と、その疑問は置いといて。
「田中さんは、どちら派なんですか?」
すると彼女は当然と言う表情で、
「専務派。つまり買収反対ってこと。私みたいなアルバイトは立場弱いからね。今の体制の方がマシな気がする」
と言った。
その言葉に、(えっ!?)石井さんと私は顔を見合わせた。だって、猛禽類だよ! てっきり、社員だとばかり……あの態度は社員でしょ……アルバイトが正社員を叱りつける会社って聞いたことないもん。恐る恐る見ると田中さんはまたポテトを食べている。
「で、あんたはどっち派にするの?」
って、もう一度聞かれてもさ。
社長派=会社が買収される→人員整理→私、クビになる……絶対、嫌だ。
専務派=……反対したからって、ウチの会社が買収されないわけじゃないよね? →でも、クビきりはないのか……。
「専務にしたら裏切りって感じたんじゃないの? 自分たちとは一切血のつながらない赤の他人に会社継がせるなんて。専務は創業当時からずっと会長を支えていたから」
会長は大学在学中に会社立ち上げたって話だけど、相当大変だったみたいよ~と田中さんが言った。
「それならさっさと結婚して家を出ちゃえばよかったのに」
と言ったのは石井さん。
それに対して田中さんが「女の売り時って、そう長くないのよ」って言いながら目の前のポテトをムシャムシャ食べた。油まみれの指でストローストローをつまむとオレンジジュースをひと口吸い上げてから、
「専務、今、五十一歳なのよ。女としてっていうより、もう、人生の折り返し地点過ぎてるでしょ。それなのに! 信じられる? 今まで浮いた噂はゼロ。結婚しないで五十代。生きがいは仕事だけって生活」
「ヤダヤダ」と肩をすくめた田中さんの隣で、石井さんもストローでアイスコーヒーを吸い上げながら上目遣いに私を見てくる。こんな話の最中になんだけど、私は込み上げてくる笑いを飲み込んだ。
歳も違うし、太と痩せの(……と、おおっぴらに他人のこと言えるほど私もナイスボディじゃないけどねっ)凸凹コンビなのに、動作がシンクロしていておもしろい。
すると、
「それこそ、次の社長は自分だって思っていたんじゃないの? だから納得いかないし、今の社長のこと憎たらしいわけ」
と、田中さんが言った。
「社長は買収されても良いって言ったんですか」
「言ってないよ。本人がそう言ったって噂もない」
「じゃあ、なんで?」
「何せ今までがね。散々、社長業を専務に丸投げしてきたじゃない。イヤイヤ社長やっていたくらいだから、この機会に会社を金に変えたいんだろうって、役員や専務は考えてる。社長、若い頃ヤンチャだったらしいし」
田中さんの言葉に、私は思わず「何、それ」って口を尖らせてしまった。
いくらなんでも、氷雨先輩のこと馬鹿にしてる。先輩は、こんな私のこと心配してくれて「ルームシェア、しよ」って誘ってくれた。だからって、お金払えって言わないし、ガスも電気代も水道量だって、みぃんな氷雨先輩持ち。それじゃあんまり悪いから支払おうとすると、それくらいなら借金返済に回せって怒られちゃう。私に優しくしたって先輩にとって利益なんかないのに……。私のことすぐにガキだっていじめてくるけどさ、一緒に住んでいてほんと思う、本質は優しい人だって。
その先輩が、お金が欲しいって理由で、自分の親(義理だとしても)が苦労して作った会社、売っぱらうかな? するわけない。
あからさまに不満顔の私に田中さんが、
「専務派につけば、会社を辞めさせたりしないって、保証してくれるみたいよ」
と言った。
「ウチの会社、特殊塗料が売りでしょ。会社の規模に対して開発費がかさんで結構大変らしいですよ。買収回避しても、いずれは人員整理やりますよね」
と石井さんが畳み掛けてくる。
うっ、心が揺れるよ~。
「エサをチラつかせないでください……」
メロンソーダに刺さったストローを弄びながら情けない声が出てしまった。それにしても、と思って、
「それでも社長につく人がいるんですか?」
と私が聞くと、
「端くれでも良いから、東方精密精器みたいな世界的企業の傘下にいた方が未来は明るいって思っているのよ。石井と同じで」
と、田中さんが自分の横に座る石井さんに顎をしゃくって見せた。
「そう。私、買収容認派です」
ニコニコと言いつつ、紙ナプキンでおちょぼ口をぬぐう石井さんの前から、あのボリュームたっぷりのクラブハウスサンドが消えていた。見れば真っ白なお皿にパンくずが少し。いつの間に食べたわけ?
……と、その疑問は置いといて。
「田中さんは、どちら派なんですか?」
すると彼女は当然と言う表情で、
「専務派。つまり買収反対ってこと。私みたいなアルバイトは立場弱いからね。今の体制の方がマシな気がする」
と言った。
その言葉に、(えっ!?)石井さんと私は顔を見合わせた。だって、猛禽類だよ! てっきり、社員だとばかり……あの態度は社員でしょ……アルバイトが正社員を叱りつける会社って聞いたことないもん。恐る恐る見ると田中さんはまたポテトを食べている。
「で、あんたはどっち派にするの?」
って、もう一度聞かれてもさ。
社長派=会社が買収される→人員整理→私、クビになる……絶対、嫌だ。
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