総務部人事課慰労係

たみやえる

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 目が覚めたら朝になっていた。会社の床で寝ちゃうなんて最悪。おかげで身体中のあちこちが痛かった。出勤してきた人に紛れて抜き足差し足研究棟を出ようとしたら、

「イズっちゃん」

と私の首根っこを掴んできたのは。


「ひ……氷雨先輩!」


 スーツをだらしなく着崩したいつもの先輩が呆れ顔で立っていた。ぴたりと射すくめられてしまうと、先輩の榛色の瞳の威力は絶大でもう逃げるなんてできない。


「……ったく。帰ってこないでどこほっつき歩いているかと思えば」


 落ち着いた口調なのに、目がマジだ。


 とにかくわかるのは(先輩、めっちゃ怒ってるー!)ってことだけで。


 問答無用で社長室まで引っ張っていかれた。


 部屋には課長と千賀氏、レン、そしてどイケメンもとい、津々木弁護士がいて四人でテレビ画面を食い入るように見つめていた。


 画面の中で喋っている金髪碧眼の男性。その横には白髪混じりの男性が写っている。二人の前にマイク。


 テープの早回しみたいな流暢な英語(当たり前か)。もちろん私には何言ってるかさっぱりわからない。部屋に入ってきたわたしたちをちらっと見たものの、他の皆は硬い表情で画面を睨んでて……。えーっと、この場で英語できないの、私だけ? もしかしてだけど。


「レン、こいつにもわかるように通訳してやって」


 私の後から入ってきた先輩にそう言われて、片眉を上げこっちを見たレンは(フンッ)って言いたげに唇を歪めたけど、仕方ないって感じで同時通訳を始めた。


『……博士により考案されたこの半導体製造方法は大変画期的です。これまで何段階も必要だった製造工程をよりシンプルにしてくれます。何しろ、塗るだけなのですから……』


「……げぇっ!」

と、私がおかしな声をあげてしまったのは、

(千賀氏の研究と丸かぶりじゃん)

という驚きからだった。


 どゆうこと? 昨夜私が研究棟に潜んでいたっていう絶妙なタイミングで!


 私はごくりと生唾を飲み込んだ。


「これは、数時間前にネットで発表されたニケ&メティス社の会見です」

と課長が言った。レンは、

「米国のニュースとネット上両方に流された映像よ」

と言い、イライラと爪を噛んだ。その横で千賀氏は明らかにショックを受けた表情で力なくうなだれている。


 みんな、私の方を見ない。


 嫌な予感が、指の先から、つま先から、じわりと私の体温を奪っていく。


 先輩はそんな私の前に回り込むと、

「千賀さんに映像を確認してもらった。彼らの示した資料は千賀さんのもので間違いないそうだ、千賀氏のパソコンにあったデータはすっかり消されている」

と私の両肩を掴んで瞳をのぞきこんできた。


「イズっちゃん、ほんとのこと言って」


「……バ、バックアップがあるんじゃ……?」


 祈る気持ちで蚊の鳴くような声を出すと、千賀氏がうつろな表情で私を見た。ゆっくりと首を横に振る。


 ……無いんかい!?


「なんで、昨夜一晩研究棟なんかにいた?」


「……」


 氷雨先輩の語尾が鋭さを増す。泣きたくなってきた。私は何もしてない! なのに、これじゃ完全に犯人扱いじゃん。そりゃ、この状況で私が一番アヤシイってことは自覚してる。


 でも、煤影サンに頼まれたことをここで白状するのはカッコ悪いって私は思ってた。


 だって、「あなたにしか頼めない」「秘密のお願い」って、そんなふうに言われたのって初めてなんだ。私自身を認めてもらえたって、嬉しかった。煤影サンはレンとも知り合いのはず。なのに、私に頼んできた。そこが、レンのこと出し抜いてるって感じで心地よかった、というのもある。


 とにかく千賀氏の転職の手助けのためにしたこと……そう、私は信じて疑っていなかった。煤影サンの信頼に答えられなくて残念っていうだけで。そりゃ、こっそり会社に忍び込んだっていうのは、冷静に振り返ってみれば……まぁ、後ろめたいけどさ。


 そんな私にレンが、

「どうせあなたが千賀さんのデータを盗んで高価たかく売りつけたんでしょ。信じられない、どうしてくれるのよ!」

と言ってきて。


 大上段からの決めつけにカッとなった私は思わず、

「違う。私は千賀さんのために!」

と言ってしまっていた。


 あ、となっても、もう遅い。

 氷雨先輩は眼光鋭くさせると、

「……おい、一体誰に何吹き込まれた?」

って、あっという間に私を壁際に追い詰めた。


 しかも、津々木弁護士までが、

「もし伊豆川さんがやったのなら、会社はあなたのことを窃盗罪や背任罪で訴えることになるのですよ」

って、言ってくるんだもん。


 助けを求めようと見回しても、みんな私の見方をしてくれそうにない。レンは恐いし、課長はただただオロオロするばかり。この状況で千賀氏をアテにするなんて論外。そこでようやく(煤影サンのお願いなんか聞くんじゃなかった)って後悔が押し寄せてきた。


「ち、違う! 私はやってない」


「この期に及んで!」


と、拳を振り上げたレンが先輩の後ろからすごい形相でこっちに近づいてくる。




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