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しおりを挟むそれで、どうしたかって?
誘われるまま煤影サンの車に乗った。もう、相談できるのは煤影サンだけだったから……。
膝の上で握りしめた自分の両拳を見つめていると、ハンドルを握る煤影さんが、
「……私も、あの会見は寝耳に水でした。確認しますが、千賀さんのデータを持ち出したのは伊豆川さんではないのですね」
と聞いてきた。
「違います。私じゃありません! だって……」
ついさっきレンには全く取り合ってもらわなかった話。会社で過ごした夜の体験について仕方なく説明する。
煤影サンはレンのように私のこと馬鹿にしなかった。
ちゃんと話を聞いてもらえてホッとした。自分の体験を冷静に振り返る余裕が少しだけど出てきて、じゃあ……と私は考えた。
(あの時、ユーレイだって思ったあの足音って、誰?)
——いや、ちょっと待って。その先は……考えたくない……。
私はいったん思考を棚上げすることにした。
「それにしても、考えなしに会社を出たらばっちりのタイミングで煤影サンが現れたから、私、びっくりしちゃって」
と言うと、前を見たままの煤影サンは眉を下げ口の端を持ち上げた。ちょっぴりシニカルな微笑みだ。
「いや、私も相当慌てていましたよ」
フロントガラス越しに上を見ると道路の案内表示の青い看板が目に入った。車は港に向かっているようだ。
「あの会見には動揺させられました。事情を聞かなければ、と私の方こそ考えなしに車を走らせて……。流石に会社にあなたを尋ねるなんてできないと悩みつつ来たら、伊豆川さんが出てきた。びっくりしているのは私の方です」
歩道に目をやると数珠繋ぎの提灯が街灯同士を繋いでいる。そういえばそろそろ海上花火大会がある頃……って今夜か。
港近くにある公園の駐車場に車を停め、サッと降りた煤影サンは、私の座る助手席側のドアを開けてくれた。うわ、なんかお姫様気分。私にガキガキ言ってデコピンかましてくる氷雨先輩に爪の垢煎じて飲ませてやりたいくらい……って思ったら、少し前私のこと覗き込んできた先輩の榛色の瞳が頭をよぎる。ツキンとした胸の痛みと同時に悲しくなった。
……会社に、私の帰れる場所はもうない……。
だって、きっと皆私のこと、ニケ&メティスって会社に研究データを売った裏切り者だって思ってる。
「あの会見はひどい。なにしろ千賀さんの研究を別の研究者の成果として発表するとは。しかもあれは、千賀氏が学生時代教えを乞うた大学教授ですからね。千賀さんは相当ショックを受けられたのではないかと……」
と、歩き出した煤影サンが頬に血を上らせながらそう言って、私はハッとなった。
がくりとうなだれショックを受けた様子だった千賀氏の姿。あれは、勝手に自分の研究を発表された驚きからじゃなくて、研究を掠め取られた衝撃からだったんだ……。
多分レンは彼を傷つけたくなくてその辺りのこと、あえて通訳しなかった。千賀氏の気持ちを慮って……。
「それにしても腹が立つ! 何ですか、そのニケなんとかって会社」
歩いていると海から吹いてくるベタついた生ぬるい潮風が私の髪をもてあそんでくる。払いのけても払い除けても髪が頬に貼りつくんだ。(あー! もうっ)風に対する不満とこの状況に対する憤懣がない混ぜになって、つい、煤影サンのこと涙目で睨んでしまった。立ち止まった煤影さんが私のこと見下ろしてくる。足を止めると私は、彼の体がちょうど太陽を遮ってできた影の中に入っていた。
日陰に入ったことでひと息ついたらなぜかドッと汗が出てきた。手の甲で汗を拭う。泣きたい、泣きたい、泣きたい。(泣かないけど)
ただでさえ残暑きびしいこの暑さのせいで頭ん中、煮えてるっていうのに、私の置かれたこの状況! 悩ましいことだらけだ。私の小さな頭では処理できそうにない……脳みそ蒸発しちゃったら、誰か責任とってくれるんだろうか。
「この間、千賀さんの転職先として伊豆川さんに見学してもらった会社、あれが、ニケ&メティスです」
「そんな! だったらなぜ、研究を乗っ取るなんて酷いこと!」
「千賀さん自身ではなく、会社が欲しかったのは彼の研究だったということでしょうか。ニケ&メティス……略してニケメティと呼ばれています。日本ではあまり知られていませんが、オムツから軍用品まで取り扱う巨大企業です。大学などの研究機関にも莫大な投資と寄付をしています。仮に千賀氏が研究を盗られたと訴えても、黙殺できると踏んだのかもしれません……」
「許せない! そんなこと……!」
そう言う私も数時間前、千賀氏の研究データを拝借しようとしていたんだけど……煤影サンに言われて……怒りでいっぱいの私はそんなこと思考の外に吹っ飛んでいた。
「私も、同じです。腹が立っている。ヘッドハンターは何より信用が第一。私がこれまで築き上げてきた信用にニケメティは泥を塗った。到底許せることではありません」
私たちは顔を見合わせ同時に頷きあった。
「あの会見の映像で紹介されたのは千賀氏の経緯級の一部でした。盗んだ犯人はまだ元データを手元に持っていると私は思っています」
「……な、何故そう思うんですか?」
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