総務部人事課慰労係

たみやえる

文字の大きさ
50 / 75

13-1

しおりを挟む

 もぅ、びっくりしたのなんのって!


 煤影サンがマイケルの胸ぐら掴んでその胸にナイフを突き立てようと手を振りかざしている。ライオンの背が波打ち煤影サンに飛びかかるのはほぼ同時だった。


 煤影サンの喉が食いちぎられる幻視が一瞬見えた。息を止めた私の目の前で。機材の間から飛び出した影がライオンにぶつかった。いや、体当たりをしたのだ。


 ライオンと影が床に転がる。


 反射的に身をひねり影に覆い被さろうとした猛獣に、

「待てっ!」

と、命令したのはマイケルだった。


 するとライオンはぴたりと攻撃するのを止めた。ルルル……と喉を鳴らすと床に腹をつけて、〈待て〉の姿勢をとる。


 まるで、飼い犬(猫科だけど)じゃん! 驚きすぎて声も出ない。


 飛び出した影はリチャード氏だった。


 血の気の引いた彼の目は倒れたままのレンを怖いくらいに真剣にじっと見つめている。


 それを見て、マイケルが、

「俺は、この娘がうらやましい……」

とつぶやいたが、それは英語で私には意味がわからない。


 (それにしても……)と私は熱さをこらえて周りを見回した。ここはなんの部屋なんだろ……。


 ビルのように黒々と並び立つ機械のタワーたち。よくわからないけど、テレビのニュース映像で見たスーパーコンピュータみたいな感じ。きっとこの船にとって重要な機械なんじゃないかな? そしてこの部屋が異様に熱いのは、円を描くように並び立つ機械の中心、ポカリと円形に空いたスペースに立ち上がる炎の柱のせいだった。


 スプリンクラーは壊れてしまったのだろうか? 作動していない。


 機械たちの立てる、唸り声に似た振動音は時々不規則に不協和音に変わった。その度不気味な振動が船体を揺らし船自体がざらりと耳障りな軋み声をあげた。その不吉さったら! 怖いわ、ドキドキするわ……。緊張感に耐えきれず私はくらりとよろめいた。先輩がすかさず倒れないように片手で抱き寄せてくれたけど……。私はもう一杯一杯で先輩の腕にしがみついていることすら意識していなかった。


 燃え盛る炎をバックにしてそれを気にもせず睨み合うマイケルと煤影サン、って。どう考えても……。


——嫌な予感しかない!


 マイケルは殴られたのか片頬がぷっくり腫れ上がり顔の形が変わってしまっている。さっきまでのきらきらイケおじっぷりが見る影もない。ちっとも残念じゃないけど。


 ペッと血液まじりの唾を床に吐き捨ててマイケルが口を開く。


「……くっそ。船の位置情報を衛星と連動させてAIで障害物を画像認証させているんじゃなかったのか。衝突事故など皆無だと。橋脚にぶつかって航行不能? おまけに海上火災? ダサ過ぎるッ」


(……って、言っていたんだって。あとから先輩に聞いたんだけどねっ)


 また、英語ぉ……?

と、私はげんなりとした。訳のわからないやり取りをぼうっと見るなんてうんざりだったんだ。


 しかし、そんな私の予想とは裏腹に、

「今更、船の話をしますか。余裕ですね?」

煤影サンが使ったのは日本語だった。


 それに、ふ……と表情を消したマイケルが、

「……駄犬が。主人に噛み付くくらいのこといくらでもある。私に手をあげた時点でお前の将来はない。俺の心配をするより自分の心配をしろ」

って、日本語で言ったんだ!


 うっそぉ!


 だったら、これまでだって日本語で話してくれたらよかったのに!


 ハラハラドキドキ英語コンプレックスにさいなまれ、へこんでいた私の時間を返して欲しい!


 殴られても傲慢さを手放さないマイケルにフッと鼻で笑った煤影サンが、

「この船の軌道をずらしたのは私です。私の前職はシステム開発の研究者でした……セキュリティの硬さに苦労させられましたが、細工は成功ですね」


「貴様、始めから計画していたのか」


 大きく目を見開いたマイケルを煤影サンが見返す。背後で炎が上がっているのに二人とも、そしてライオンまでもまるで理性があるかのようにそれを無視しているのが異様だった。


「アンタは覚えていないだろうが、私はお前の罪を覚えているぞ」


「……?」


「三十年前、お前が一族の中でまだうだつが上がらぬ若造だった頃、日本人の研究者と付き合っていたことがあったろう……」


 炎の柱から弾かれたようにマイケルの足元に一枚の紙切れがヒラリと落ちた。


 訝しげに眉を顰めてそれを拾い上げたマイケルがアッ、と声をあげる。煤影サンが蔑むような笑みをマイケルに向けた。


「お前のことを信じ切っていたその女性からお前は全てを奪った。生活、大学での立場、研究成果……そして」


 言葉を切った煤影サンの両眼から涙が流れていた。


「ススカゲ……そうだったのか。お前マサコの……ッ?」


「息子だよ。そして、お前の息子でもある」


 そう吐き捨てた煤影サンの表情は強い口調とは反対に悲しみに歪んでいる。


「研究者を辞めてヘッドハンターになったのは、その方が金をもらえるからだ」


 煤影サンがゆらりとどこからか出した鉄パイプを引きずり、マイケルの周りをぐるりと歩いて回った。カラカラと鉄と床の擦れ合う乾いた音が響く。


「アンタのことはクソだと思っている。明らかに金に群がってくる女を取っ替え引っ替えして、会社では最高の権力者であり暴君、常に傲慢な態度だからな。でも、特定の相手と結婚するわけでもない。だから私は、お前がもしかしてまだ母のことを愛しているのでは……と、私は愛されて望まれて生まれた子ではないかと、甘い幻想を抱いていた」


 カラン、と音が止まる。


 煤影サンが炎を見上げた。


「だが今回のことで目が覚めた」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...