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鮫が先輩達を襲わなくてホント良かった。先輩、出血していたもの。それでガブリとやられないなんて、強運なのか餌としてよほど魅力がなかったのか……。
後になって、上から落ちてきた誰かとぶつかって頭をかち割られなくてラッキーだったと言われてゾッとした。
私たちが揃うのを見計らったように助けに現れたのは津々木弁護士だった。
小型のボートを操り一人で来た彼は自分の船に全員を乗せ(ライオン含む)、鮫まで引っ張っていくとなると(これはマイケルが譲らなかった)荷が重いと判断して、誰かに電話した。するとあっという間にもう一隻現れた。こちらは津々木弁護士の船より一回り大きく、釣り船として何人もお客さんを乗せられそうなちゃんとした船だ。操縦してきた人にマイケルが偉そうに指図する。
それでも怪我人の先輩のことを一番最初に船に引き上げてくれた。先輩の顔は血の気が引いて真っ青だった。普段無闇矢鱈と不必要に私のことをドキドキさせるはしばみ色の瞳はぎゅっと閉じられた瞼の向こうで。私はわっと叫んで先輩に縋りつきたい衝動をグッと堪えた。
他の皆も船に乗り移り毛布を手渡される。それを見届けたマイケルが私に腕を振り「乗れ」と催促してきた。
本当はそうしたいけどそうできない私は心の中で身を捩りながら首を横に振った。
そりゃ私だって船にあがりたい。夏とはいえ夜の海は冷たくて凍えそう。早くみんなみたいに毛布にくるまりたい。先輩のそばに行きたい。
でも、裸なんだよぉっ。
すると津々木弁護士が、
「彼女は僕が。ウチの社長を病院にお願いします」
と言った。
みんなを乗せた船が動き出そうとする。私は慌てて「待って!」と声を張り上げた。船のエンジン音でかき消されないか心配だったけど、私の声は届いたようだった。
「なんだ」
眉を顰めたマイケルが見下ろしてくる。
「あんたっ、千賀サンのSDカード返しなさいよ」
「持っていない」
「嘘っ」
世界を相手に商売をするような大企業の社長が私みたいな小娘の抗議を取り合わないのはわかってた。それでも言い募ったのは、これ以上、千賀さんの悲しい顔を見るのは嫌だったから。
リチャードに抱き締められていたレンと同じく甲板にうなだれ座っていた煤影サンに非難の視線を向けられて、マイケルは「参った」と言いたげに大きく肩をすくめ私を見た。
「嘘ではない。ミス北条から受け取る前にこうなったのだ」
マイケルが顎をしゃくって豪華客船の成れの果てを指し示す。
う……、そうかぁ、そうなんだぁ……って引き下がりたくなくて、何か言い返してやらなきゃと口を開きかけた私の手を津々木弁護士が握った。
(何?)と彼を見やるのと、彼が「行ってください」とあちらの操縦士に手をあげ合図するのとが同時だった。今度こそ止める間も置かず、船海の上を滑るように行ってしまった。
船尾には鮫が(念には念を入れて麻酔銃を撃たれていた)ワイヤーを尻尾に巻きつけ括られてひっくり返った体を波に揉まれながら引っ張られていくのが哀れっぽかった。
そんな風にぼんやり船の後ろ姿を見送っていたのがいけなかったのか。
「遥香ちゃんお待たせ、あがろうか」
と津々木弁護士が声をかけてきたんだ。
私に遠慮する余裕を与えず、さっと身を乗り出した彼に両脇を抱え持ち上げられた。久しぶりに肌に触れる空気の肌触り。
「ふふふ、いい景色」
私の裸体を眺めてほくそ笑む王子様の表情があんまり綺麗で、私は声を上げるのを忘れてしまった。夜いっても船に燃え上る炎は赤々と海面を照らしている。つまり私も見せたくないところまですっかり丸見えなわけで。さっきまで裸を見せるのが嫌でひたすら我慢で海に浸かっていたっていうのに……。そんな私の羞恥心を吹っ飛ばしてしまう彼の美貌って凶器に近いかもしれない。
見られてたのはほんの一瞬だったはずだけど、私の中ではその一瞬が長くて。
ヒュン、と吹いてきた海風に小さくくしゃみするのと同時に、津々木弁護士の腕の中に抱きしめられていた。
「かわいそうに、こんなに冷え切って」
素肌に毛布が巻き付けられた。そう言えばさっきから私の全身はカタカタと小刻みに震えているのだった。そのうち唇が震えカチカチと歯が鳴る始末。そんな情けない有様の私全身を、津々木弁護士が毛布の上から包み込むように両手のひらでゴシゴシとさすった。ちょっと強いくらいの力だった。摩擦熱で私の体の中で凍っていた血液が全身に回り始める。
急に血の巡りが戻ったせいか私は少し朦朧としていた。そこに彼が、
「耳たぶも……ホラ、こんなに冷たい」
と触ってくるものだから、
「あッ♡」
と、出すつもりもない変な声が出てしまった。
——ぎゃー! 恥ずかしい!
後になって、上から落ちてきた誰かとぶつかって頭をかち割られなくてラッキーだったと言われてゾッとした。
私たちが揃うのを見計らったように助けに現れたのは津々木弁護士だった。
小型のボートを操り一人で来た彼は自分の船に全員を乗せ(ライオン含む)、鮫まで引っ張っていくとなると(これはマイケルが譲らなかった)荷が重いと判断して、誰かに電話した。するとあっという間にもう一隻現れた。こちらは津々木弁護士の船より一回り大きく、釣り船として何人もお客さんを乗せられそうなちゃんとした船だ。操縦してきた人にマイケルが偉そうに指図する。
それでも怪我人の先輩のことを一番最初に船に引き上げてくれた。先輩の顔は血の気が引いて真っ青だった。普段無闇矢鱈と不必要に私のことをドキドキさせるはしばみ色の瞳はぎゅっと閉じられた瞼の向こうで。私はわっと叫んで先輩に縋りつきたい衝動をグッと堪えた。
他の皆も船に乗り移り毛布を手渡される。それを見届けたマイケルが私に腕を振り「乗れ」と催促してきた。
本当はそうしたいけどそうできない私は心の中で身を捩りながら首を横に振った。
そりゃ私だって船にあがりたい。夏とはいえ夜の海は冷たくて凍えそう。早くみんなみたいに毛布にくるまりたい。先輩のそばに行きたい。
でも、裸なんだよぉっ。
すると津々木弁護士が、
「彼女は僕が。ウチの社長を病院にお願いします」
と言った。
みんなを乗せた船が動き出そうとする。私は慌てて「待って!」と声を張り上げた。船のエンジン音でかき消されないか心配だったけど、私の声は届いたようだった。
「なんだ」
眉を顰めたマイケルが見下ろしてくる。
「あんたっ、千賀サンのSDカード返しなさいよ」
「持っていない」
「嘘っ」
世界を相手に商売をするような大企業の社長が私みたいな小娘の抗議を取り合わないのはわかってた。それでも言い募ったのは、これ以上、千賀さんの悲しい顔を見るのは嫌だったから。
リチャードに抱き締められていたレンと同じく甲板にうなだれ座っていた煤影サンに非難の視線を向けられて、マイケルは「参った」と言いたげに大きく肩をすくめ私を見た。
「嘘ではない。ミス北条から受け取る前にこうなったのだ」
マイケルが顎をしゃくって豪華客船の成れの果てを指し示す。
う……、そうかぁ、そうなんだぁ……って引き下がりたくなくて、何か言い返してやらなきゃと口を開きかけた私の手を津々木弁護士が握った。
(何?)と彼を見やるのと、彼が「行ってください」とあちらの操縦士に手をあげ合図するのとが同時だった。今度こそ止める間も置かず、船海の上を滑るように行ってしまった。
船尾には鮫が(念には念を入れて麻酔銃を撃たれていた)ワイヤーを尻尾に巻きつけ括られてひっくり返った体を波に揉まれながら引っ張られていくのが哀れっぽかった。
そんな風にぼんやり船の後ろ姿を見送っていたのがいけなかったのか。
「遥香ちゃんお待たせ、あがろうか」
と津々木弁護士が声をかけてきたんだ。
私に遠慮する余裕を与えず、さっと身を乗り出した彼に両脇を抱え持ち上げられた。久しぶりに肌に触れる空気の肌触り。
「ふふふ、いい景色」
私の裸体を眺めてほくそ笑む王子様の表情があんまり綺麗で、私は声を上げるのを忘れてしまった。夜いっても船に燃え上る炎は赤々と海面を照らしている。つまり私も見せたくないところまですっかり丸見えなわけで。さっきまで裸を見せるのが嫌でひたすら我慢で海に浸かっていたっていうのに……。そんな私の羞恥心を吹っ飛ばしてしまう彼の美貌って凶器に近いかもしれない。
見られてたのはほんの一瞬だったはずだけど、私の中ではその一瞬が長くて。
ヒュン、と吹いてきた海風に小さくくしゃみするのと同時に、津々木弁護士の腕の中に抱きしめられていた。
「かわいそうに、こんなに冷え切って」
素肌に毛布が巻き付けられた。そう言えばさっきから私の全身はカタカタと小刻みに震えているのだった。そのうち唇が震えカチカチと歯が鳴る始末。そんな情けない有様の私全身を、津々木弁護士が毛布の上から包み込むように両手のひらでゴシゴシとさすった。ちょっと強いくらいの力だった。摩擦熱で私の体の中で凍っていた血液が全身に回り始める。
急に血の巡りが戻ったせいか私は少し朦朧としていた。そこに彼が、
「耳たぶも……ホラ、こんなに冷たい」
と触ってくるものだから、
「あッ♡」
と、出すつもりもない変な声が出てしまった。
——ぎゃー! 恥ずかしい!
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