総務部人事課慰労係

たみやえる

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 一気に覚醒した。冷静さが戻った分、自分のこの状況に頭が茹って仕方ない。だって、ぴっちり密着してるんだもん。私たちを隔てているのは毛布一枚だけ。布越しに津々木弁護士のカラダの内側にある筋肉のハリとか脈打つ鼓動の生々しさがバッチリ伝わってきて……刺激強すぎっ。


 そんな動揺しまくりの私の頬に手を当てて、もう片方の手は私の耳をいまだにいじりながら、

「これ自分で買ったの? それとも氷雨兄から?」

と聞いてきた。


 津々木弁護士の、普段なら「社長」と呼ぶ氷雨先輩のことを「氷雨兄」と呼んだ違和感に私は気づいていない。


「うぅ……(耳を触られるゾクゾクに耐えているのだ)ひ、氷雨先輩が……っ」


 腕の中で身悶えしつつなんとか答えるとスゥと彼の目が細まった。


「抜け駆けじゃないか」


 なんで彼が不機嫌になるのかわからない。急に剣呑なオーラを漂わせるものだから私はびっくりして動くことができなかった。その間彼は、私の耳たぶを両方とも裏返したり戻したりしていた。かと思えばその綺麗な鼻筋が私の頬を擦り上げるくらい顔を近づけてくる。こうなると私の方は絶え間なく押し寄せるゾクゾクにひたすら耐えるしかなく「あ、あ……」とえずくように身を震わせた。津々木弁護士が耳から指を離してくれた時には疲労困憊でぐったりと彼の胸にもたれかかってしまった。


 私の頭の上で彼が「うーん」とうなる。


「これが本体か。じゃ、こっちは飾りか」


と言う。否応なく顔を仰向けにされる。そして左耳のピアスををパッと外すと、

「え?」

と戸惑う私のことなどお構いなしで、背後の海へ、

「あ、落ちちゃった」

なんて言いながら、ポイと海に投げ捨ててしまった。


「えぇー!?」


「耳、寂しくなっちゃった。これあげるね」


 風が通るようになった左耳に何か差し込まれる感触。


「外しちゃダメだよ」

と、蕩けそうな甘い視線を私に向けて囁いてくる。(これって、前、先輩にも言われたなー)


 デジャヴに目が回る。


 カチッという小さな衝撃。耳を挟んだ後ろ側にキャッチを嵌められたから。


 右耳には先輩がくれたピアス。左耳には津々木弁護士の……。ピアスの意味は、えっと……なんだっけ?


 ドォン。


 一際大きなオレンジ色が視界の上部で破裂し、ばらばらと残骸が落ちてきた。


「そ」


「氷雨兄のは良くて僕のはいやとか言わないよね」


 不機嫌な王子様に逆戻りしようとする津々木弁護士の上を掴んだ。


「それは置いといて、早く避難しないと!」


 私の叫びに周囲を見回し「あぁ」と言った王子様は、ようやく小型ボートのエンジンをかけてくれた。





 (何もかも嘘みたいな夜だった……)


——じゃなくて!


 まだ終わってないから!


「あ、あのっ」



 颯爽とボートを運転する津々木弁護士の背中に声をかけた。



「は? なんですか。運転中に背後から大声出さないでください」


 先ほどまでの甘さのかけらもない返事に凹みそうになる。


 ぐすん。怒られちゃったよー。でも、でもさっ。


「千賀さんの研究データを取り戻してないっ」


 口に出したら、敗北感が胃の奥からぐわっとせり上がってきて私は堪えきれずに「うわーん」と声をあげて泣き出してしまった。それなのに王子様ったら。


「ああ、それね」

と、まるでそっけなくて。


「それね、じゃないよ! 私はそのためにあの船に乗り込んだのに……ってこのボート、エンジン音少ない……」


 ボートのエンジン音で掻き消されるだろうと思って声を張り上げてたせいで、喉が痛くなった私は、小さく空咳して喉をさすり、体を覆うも有無を巻きつけ直した。


「防音装置がついているみたいですよ」

と、王子。


「へー……タイミングよく貸してくれる知り合いがいるんですか?」


「は? 知らない人ですよ? 花火客の」

と言われて「ほぅ……」二の句が告げなくなってしまった。


——その〈知らない人〉って誰? っていうか、知り合いでもないのにボートを貸す(多分高価い)気にさせるあんたが怖いっつーの!


 奪ったわけじゃないよね……弁護士だもんね。


 なんかいやぁな冷や汗かかされてるんですけど!


「ってか、知らない人じゃ、どうやってこのボート返すの?」


「適当に乗り捨てていいって言われましたが……ん? 話が脱線してませんか」


「そ、そうだ! 千賀氏の研究データ!」


「ここに」


 ボートの操縦のため振り返らないまま王子が懐から何かを取り出し指に摘んで掲げて見せた。月明かりにチラッと見えたそれは……、SDカード!


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