64 / 75
17-1
しおりを挟む昼休み、(コーヒーでも買いに行こうかな)とストールを体に巻き付け会社近くのコンビニに向かって歩いていたら、丸山さんにつかまった。
前に千賀氏と入った喫茶店。外見は相変わらず煤けていてお客さん来るのかなーって感じなのに、今日はやたらと繁盛している。前来た時はスッカスカだったのに。席が空いていなくて五分ほどレジ近くで待ってようやく案内される。入れ替わり立ち替わり入ってくる客に私が目を丸くしていると丸山さんがその訳を教えてくれた。
「……そのサンドイッチを一緒に食べた男女は必ず幸せに結ばれるんだって。社内では結構有名な話よ。知らなかった?」
「全然」
「何せ、あの田中さんまでここのサンドイッチを彼氏と一緒に食べて結婚したっていうんだからさ。あ、知ってる? 研究企画課の」
「……ひくっ」
返事の代わりにしゃっくりが出た。純粋な驚きは体に影響を及ぼすものらしい。
だって、まさか、今ここで、田中さんの名前を聞くとは思っていなかった。しかも、三十まで結婚したいと言っていた田中さんがほんとに有言実行していたとか。
いや、田中さんの結婚に動揺するとか、私ってば自分でも意識しないうちに彼女のこと馬鹿にしていたのかな、とちょっぴり自己嫌悪を感じつつ、とりあえずお冷やを口にした。
すると、
「あ。伊豆川さぁん」
聞き覚えのある、でも妙にはなやいだその声につられて顔を上げると、石井さんが立っていた。夏に研究企画課で少しだけお世話になって以来だった。
「久しぶり。田中さんがハネムーンで一週間休んじゃって、もぉ、忙しくて。伊豆川さんじゃ戦力にならないかもだけど、また顔出してね」
という彼女は、連れの男性に腕を絡めていた。カウンターとテーブル席の間、大人一人しか通れないような狭さの中、体をくっつけあって立っている。
二人の間に飛び交うピンク色のふわふわした空気ったら!
田中さんが結婚の衝撃冷めやらぬ上に、石井さんにも彼氏が……。
会計をする男の斜め後ろに殊勝な顔で立つ石井さんに、ベーッと舌を出してやった。それに気付いて石井さんがケラケラ笑う。「何?」と振り返る彼に「会社の同僚」と彼女が答える。にっこりと花が咲いたような笑顔で男のことを見上げて私たちの方に手を振りはつらつと店を出て行った。
——う、うらやましすぎるっ。
立て続けの精神的ダメージ(単に羨んでいただけ)に白目を剥きかけた時、
「あの子も彼氏とここでサンドイッチを食べたのかしら。だったら今度私も亮介と来ようかしら……」
ボソリ、と丸山さんが言った。知らない名前に好奇心がわく。店の子が私たちのテーブルに注文を取りに来た。私はナポリタン、丸山さんはサンドイッチを注文したのだが。
「すみません、サンドイッチ今日はないんです」
「えぇっ、売り切れっ?」
「いえ、サンドイッチはオーナーが作る決まりで。ただ、オーナーは高齢なのと、たまに気まぐれにフッと来られるので。うちのサンドイッチを食べられるのは運と時に恵まれた人だけなんです」
「サンドイッチなんてあなたでもすぐ作れるでしょ。客の注文なんだから作ったらいいんじゃない」
すっかり〈必ず幸せに結ばれる〉サンドイッチを食べると決めていたのか食い下がって引く様子がない。店員も弱り顔で、一緒にいる私の方が申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
「ね、丸山さん。そのサンドイッチ今食べたら私と結ばれるってことにならない?」
ふと思いついたことを言ってみると、丸山さんが(あ……)という顔で私を見た。
「亮介って誰?」
「はっ。いや、あのっ……ただ、ちょっと成り行きで、一緒に住んでるってだけ。そりゃ、男女が同じ屋根の下で暮らしてればあやまちの一回や二回は……シたけど」
じわじわと頬に血をのぼらせる丸山さん。察しの悪い私は(ふぅん、丸山さんも彼氏いるんだぁ)という三度目の衝撃をいかに交わすかで頭の中がいっぱいだった。
自分だけ、という劣等感。
だって優先しなきゃなのは、彼を見つけるより借金返済だもん。
あぁ。でも! 私だって幸せになりたい!!
素敵な彼氏~~~!!!
今度こそ白目を剥いて握りしめた拳を振るわせていた私(見られて恥ずかしがらなきゃいけないような相手はいないから大した醜態じゃない)、ふと、彼女の「シた」という言葉が引っかかって首をかしげた。だって、主語がなかった。気になった私は、
「したって、何を? えぇと、亮介さんと?」
って、つい聞いちゃった。
「そうよっ」
丸山さんがやけ気味に声をあげる。あげてから熟れたトマトみたいになった彼女は、満員御礼の店内を見回し、舌打ちしながら「あぁ……」とうつむいた。
「一回や二回するもの……」
0
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる