総務部人事課慰労係

たみやえる

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 顔を覗かせたのは、真中さん(こっちが女性の! ……あぁ、ややこしい)だった。


 そして部屋に入ってきた彼女は、至近距離で立つ私たち二人を見て目を丸くするなり、驚いたことに、

「あら、やだ。また迫られてたの? 尚くん」

と言った。




 とにかく話そうという旦那様の方の真中さんの提案で三人で移動してきた給湯室。会社の先輩のあたるこの夫婦を前に、私はぷりぷりとしていた。


「ごめんね。またまた誤解しちゃって」

と私に頭を下げたのは女性の方の真中さん。


 ごめんねというのは、私が真中さんの旦那様に迫っていると勘違いしたことについてだった。


 完全な濡れ衣だ。相手は私じゃない。


 さっき出ていった女なんだから__。


 私が不機嫌丸出しで旦那様の方を見ると、

「本当にすまない。仕事の邪魔をしてしまった」

とこちらからもペコリとされた。あの女のことは弁解しないのか。っていうか、白状しないわけ?


 こうやって夫婦並んで立つと、くっつきあった二人の肩が十五センチ差くらいで棒グラフになっていた。奥さんの真中さん方が高いやつ。


「このひと、昔からそうなの。とにかくモテちゃうから。ほら、カッコいいでしょう? それが原因で昔は引っ越し魔だったのよ。その度私根性で、このひとの居所を突き止めていたけど」


 奥さんの真中さんの方が話しているうちに、旦那様の顔色の変化に気づいた彼女が、

「どうしたの?」

と、彼のことを横から見下ろす。それに旦那様が、

「このひとって言った……何度も」

と、ボソリ。私は、

——げ。拗ねていたのか。

内心驚きしかない。


 私からみて旦那様はあまり表情を変えないから、感情が読み取れないんだ。


「尚くん。女が特別な意味でこのひとって呼ぶのは、一番自分に近い存在の、大好きな相手にしか使わない言葉なんだよ?」


 そう言った真中さんのこと無表情で見上げるんだもん。さっきの女性に一方的に押し倒されていたという話が(本当だったの? 真中さん、旦那様のこと好きすぎで目が曇ってるんじゃ?)とモヤモヤが込み上げてくる。


 不信感いっぱいで二人を見守っていると、

「ね? ほら、また一緒にサンドイッチ作ろ。今夜、すぐ作ろ?」

と言われた旦那様が瞬間ぶわりと花が咲くように微笑んだんだ。


 その鮮やかさと不意打ちだったのとで私は腰を抜かしそうになってしまった。


 そんなに嬉しいのかー!


 大の大人が人前で、まっさらに喜ぶすがたに、私の方こそ真中さんの旦那様のことを疑って浮気と誤解していたと納得させられてしまった。


 仕事に戻るからと旦那様が出て行った後、真中さんは「私の方はひと段落したから手伝うね」と、棚にある帳票類の数を数える作業を一緒にやってくれた。


「うふ。実は結婚前にね、ちょっとしたことで喧嘩しちゃって。顔も合わせなかった時があるのよ……」


 その時真中さん(結婚前だから本当は旧姓なんだけど私は彼女の前の苗字を知らない)行きつけのあの喫茶店で待ち構えていた旦那様が、店のキッチンを借りて手作りしてくれたのが、サンドイッチだったのだそうだ。


 不器用でモタモタしている旦那様を見かねて一緒になってサンドイッチを作っているうちに仲直りして気持ちはより強く通じ合い、

「ただ一緒にご飯を作って食べるだけなのにこんなに楽しいんだから、結婚しよう、って、尚くんから言ってくれたのよぉ」

ピンク色の回想に頬を染めながらも真中さんの手は在庫チェックのメモを止めない。私はといえば、真中さんの話に興味津々で、自分が書いた数があっているかどうかあやふやになってしまった。余計に描きすぎたと思って消しかけた完成間際の「正」の字をもう一回なぞり直す。帳票の数が一冊やそこら違ったって構うもんか。真中さんの話の中に私が幸せになるヒントがあるかもしれなのだ。聞き逃したくない。


「……でね。それをちょっとかいつまんで会社でのろけたら、いつの間にかあの店のサンドイッチを恋人と一緒に食べると幸せな結婚ができるってハナシになっちゃったの」


 一緒に食べる、という言葉が心にさくりと引っかかる。


 頭に浮かんだのは氷雨先輩だった。


 いまだに、同じテーブルでご飯を食べるのは週に一回あるか無しなんだ。例外は和雨が帰国して家にいる間。和雨は料理好きでいろんなご馳走を作ってくれる。この間はタコスにボルシチ、あとソーセージのピクルスっていうのを食べさせてくれた。ピクルスって野菜だけかと思っていた私が、すごい、すごい。美味しいって喜ぶと、和雨は、お金相手の仕事ばかりだと疲れるから、料理は気分転換にちょうどいいって……。王子様スマイル全開で、料理の美味しさより、和雨の笑顔で蕩けちゃいそうになったもん。


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