総務部人事課慰労係

たみやえる

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 首を捻りながら歩いているうちに慰労係のデスクまで来ていた。


 おや、珍しい。今日は課長と氷雨先輩、二人ともいる。


 夏以降、ニケメティや東方精密精器と業務提携を結ぶことになったウチの会社。社長の氷雨先輩はそれこそ寝る間もないほど忙しくしてた。


 じっくり顔を合わせられるのは、和雨のご飯を一緒に食べる時くらいでさ。


 私が作ってもその料理を持ってそそくさ部屋に行っちゃうのにねー……。


 巷では、敵対的TOBで始まった東方精密精器とホワイトナイトに名乗り出たニケメティの二つと、まさかの業務提携で着地した氷雨先輩に興味津々だとか。経済誌のインタビューなんかも受けたって聞くけど、残念、私はそーゆーの読まないんだなぁ。


 課長が真面目にパソコンと睨めっこしている反対側で氷雨先輩は机に突っ伏して仮眠中のようだった。夏以降、社長業で忙しい先輩とは一緒に帰宅していない。(もしかして、今日は一緒に帰れるのかな)と、いそいそと隣の席に座った。


 肘まで捲ったシャツの腕にほっぺた乗せて目を閉じるその下瞼、薄い皮膚はカサついて疲れが滲んでいる。申し訳程度に肩にかけてるジャケットがずり落ち床に落ちた。仕方ない、私は一旦座った椅子から立ち上がってジャケットを拾うと先輩の背中にやんわり乗せてあげる。


 館内、暖房がかかっているとはいえ、冬だもの。風邪をひいてほしくないもん。


 またジャケットが落ちたりしないように先輩の両肩のラインをさするようにして生地を押さえつける。必然的に横から寝ている千回の顔を覗き込む形になってしまった。


 頬の肉が少し落ちたみたい。頬骨の下に落ちた影が色っぽい……。


 コホンコホンと咳払いが聞こえて、顔を上げると、課長がこっちを見ていた。


「お久しぶりです、伊豆川さん」


 そう、課長も夏以降なんやかやと慰労係に姿を見せることが少なかったんだよね。氷雨先輩ほどじゃないけど。仕事の指示は毎日メモか社内電話でこまめにくれていたから、課長の不在に関しては、気にしていなかったんだけどね。困ってなかったし。


 まぁ、とにかく。二人のいない間、遊んでいたと思われてはたまらないので、ここ最近の私の業務内容を課長に報告していると、てっきり寝ているかと思っていた氷雨先輩が、むくり、と体を起こした。


「真中夫婦にあった? あー、あの二人ね」


 伸びをした先輩の手が私の顔をかすめる。


「氷雨君が担当していましたね、確か」


 ジャケットがまた床に落ちた。


「旦那の方がウチの取引先の営業課長に偉く気に入られてさ。視察に来たときに見かけたとかで。頼んでもないのに転職を勧められて、断っているうちにストーカー化したんだよ」


 二人の会話を聞きながら、私は仕方なしに落ちたジャケットを拾って、先輩の椅子の背に引っ掛けた。


 何せ相手は取引先だし、もぉ、厄介でさ。と椅子をぎしぎし揺すりながら言う先輩に課長がうんうんと頷いている。


 私が(行動が子供じみてる……)と先輩を横目で見ても先輩は一向に気にする気配がない。それどころか人好きのする唇のカーブが悪ガキの趣きで私の視線を捕まえるからタチが悪いんだ。二人の会話はまだ続いていて、

「そうでした。話を聞いた時はびっくりしましたが……人たらしというのは彼のような人のことをいうんでしょうね」

と、課長が言うのを聴きながら、旦那様のが見せた破壊力のある笑顔を思い出した。


——うーん、確かにあれは自分に対してやられたら、キュンときちゃうなー。


 真中さんより十五センチは低い、地味な見た目の旦那様……確かにモテそうな気がしてきた……。


 などとぼんやり考える私の横で、先輩が「そうそう」と相槌を打っている。


「普段はしれっとしてダジャレひとつ言わない堅物なんだけどな。時々どうしようもなく無防備に笑うのよ。あれ、ギャップ萌えってやつ?」

と先輩。


 俺も試そうかな、なんてわざとらしく艶っぽい流し目を送ってくるんだもん。私は熱くなった頬を両手で隠してそっぽを向いた。すると課長と目があった。でも課長は相変わらず私たちのことなんて素知らぬ顔で、

「あぁ、そういえば言い寄っていた彼、今は別にパートナーができたそうで」

と言った。


(んっ?)


「真中の結婚の後、別れた男と元サヤしたんだよ」


(真中さんの旦那のこと、奥さん以外にストーカーしていたのって……)、

「男性だったんですか!?」

と白目を剥く私に、課長と先輩に二人してウンウンと頷いた。


「男女のアレコレも捩れると面倒ですが、男同士も掛け違えると偉い目にあうと、あの案件で学習しましたね。私には縁のない話ですが」

と課長。


私は真中さんの旦那さんの顔を思い浮かべて、(あぁ、へー、そーなんだぁ)とひとり背中に変な汗をかいた。


同棲すら虜にするようなやり手でないと結婚できないなら、恋愛テクゼロの私にはそういう未来楽しい結婚生活は未来永劫やってこない……ってこと……。


ちょっと待って。


だとすると、課長だって?


若干髪の毛うっすいアクションおたく(今回判明した)だけど、若い頃はブイブイ言わせていたクチなのかな……想像できないけど。


思わず課長の顔をまじまじと見つめたそんな私に、

「前にさ、仕事帰りのイズっちゃんにお使い頼んだじゃん」

と先輩が言ってくる。


課長の若かりし日の武勇伝を頭の中で想像しようとしていた私は話題の変化に戸惑った。


(そんなことあった?)と意味もなく天井を睨んで首を傾げていると、

「サンドイッチ三つ買ってきて、って頼んだことあるでしょ」

と、氷雨先輩が言う。



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