71 / 75
18-1
しおりを挟む
首を捻りながら歩いているうちに慰労係のデスクまで来ていた。
おや、珍しい。今日は課長と氷雨先輩、二人ともいる。
夏以降、ニケメティや東方精密精器と業務提携を結ぶことになったウチの会社。社長の氷雨先輩はそれこそ寝る間もないほど忙しくしてた。
じっくり顔を合わせられるのは、和雨のご飯を一緒に食べる時くらいでさ。
私が作ってもその料理を持ってそそくさ部屋に行っちゃうのにねー……。
巷では、敵対的TOBで始まった東方精密精器とホワイトナイトに名乗り出たニケメティの二つと、まさかの業務提携で着地した氷雨先輩に興味津々だとか。経済誌のインタビューなんかも受けたって聞くけど、残念、私はそーゆーの読まないんだなぁ。
課長が真面目にパソコンと睨めっこしている反対側で氷雨先輩は机に突っ伏して仮眠中のようだった。夏以降、社長業で忙しい先輩とは一緒に帰宅していない。(もしかして、今日は一緒に帰れるのかな)と、いそいそと隣の席に座った。
肘まで捲ったシャツの腕にほっぺた乗せて目を閉じるその下瞼、薄い皮膚はカサついて疲れが滲んでいる。申し訳程度に肩にかけてるジャケットがずり落ち床に落ちた。仕方ない、私は一旦座った椅子から立ち上がってジャケットを拾うと先輩の背中にやんわり乗せてあげる。
館内、暖房がかかっているとはいえ、冬だもの。風邪をひいてほしくないもん。
またジャケットが落ちたりしないように先輩の両肩のラインをさするようにして生地を押さえつける。必然的に横から寝ている千回の顔を覗き込む形になってしまった。
頬の肉が少し落ちたみたい。頬骨の下に落ちた影が色っぽい……。
コホンコホンと咳払いが聞こえて、顔を上げると、課長がこっちを見ていた。
「お久しぶりです、伊豆川さん」
そう、課長も夏以降なんやかやと慰労係に姿を見せることが少なかったんだよね。氷雨先輩ほどじゃないけど。仕事の指示は毎日メモか社内電話でこまめにくれていたから、課長の不在に関しては、気にしていなかったんだけどね。困ってなかったし。
まぁ、とにかく。二人のいない間、遊んでいたと思われてはたまらないので、ここ最近の私の業務内容を課長に報告していると、てっきり寝ているかと思っていた氷雨先輩が、むくり、と体を起こした。
「真中夫婦にあった? あー、あの二人ね」
伸びをした先輩の手が私の顔をかすめる。
「氷雨君が担当していましたね、確か」
ジャケットがまた床に落ちた。
「旦那の方がウチの取引先の営業課長に偉く気に入られてさ。視察に来たときに見かけたとかで。頼んでもないのに転職を勧められて、断っているうちにストーカー化したんだよ」
二人の会話を聞きながら、私は仕方なしに落ちたジャケットを拾って、先輩の椅子の背に引っ掛けた。
何せ相手は取引先だし、もぉ、厄介でさ。と椅子をぎしぎし揺すりながら言う先輩に課長がうんうんと頷いている。
私が(行動が子供じみてる……)と先輩を横目で見ても先輩は一向に気にする気配がない。それどころか人好きのする唇のカーブが悪ガキの趣きで私の視線を捕まえるからタチが悪いんだ。二人の会話はまだ続いていて、
「そうでした。話を聞いた時はびっくりしましたが……人たらしというのは彼のような人のことをいうんでしょうね」
と、課長が言うのを聴きながら、旦那様のが見せた破壊力のある笑顔を思い出した。
——うーん、確かにあれは自分に対してやられたら、キュンときちゃうなー。
真中さんより十五センチは低い、地味な見た目の旦那様……確かにモテそうな気がしてきた……。
などとぼんやり考える私の横で、先輩が「そうそう」と相槌を打っている。
「普段はしれっとしてダジャレひとつ言わない堅物なんだけどな。時々どうしようもなく無防備に笑うのよ。あれ、ギャップ萌えってやつ?」
と先輩。
俺も試そうかな、なんてわざとらしく艶っぽい流し目を送ってくるんだもん。私は熱くなった頬を両手で隠してそっぽを向いた。すると課長と目があった。でも課長は相変わらず私たちのことなんて素知らぬ顔で、
「あぁ、そういえば言い寄っていた彼、今は別にパートナーができたそうで」
と言った。
(んっ?)
「真中の結婚の後、別れた男と元サヤしたんだよ」
(真中さんの旦那のこと、奥さん以外にストーカーしていたのって……)、
「男性だったんですか!?」
と白目を剥く私に、課長と先輩に二人してウンウンと頷いた。
「男女のアレコレも捩れると面倒ですが、男同士も掛け違えると偉い目にあうと、あの案件で学習しましたね。私には縁のない話ですが」
と課長。
私は真中さんの旦那さんの顔を思い浮かべて、(あぁ、へー、そーなんだぁ)とひとり背中に変な汗をかいた。
同棲すら虜にするようなやり手でないと結婚できないなら、恋愛テクゼロの私にはそういう未来は未来永劫やってこない……ってこと……。
ちょっと待って。
だとすると、課長だって?
若干髪の毛うっすいアクションおたく(今回判明した)だけど、若い頃はブイブイ言わせていたクチなのかな……想像できないけど。
思わず課長の顔をまじまじと見つめたそんな私に、
「前にさ、仕事帰りのイズっちゃんにお使い頼んだじゃん」
と先輩が言ってくる。
課長の若かりし日の武勇伝を頭の中で想像しようとしていた私は話題の変化に戸惑った。
(そんなことあった?)と意味もなく天井を睨んで首を傾げていると、
「サンドイッチ三つ買ってきて、って頼んだことあるでしょ」
と、氷雨先輩が言う。
おや、珍しい。今日は課長と氷雨先輩、二人ともいる。
夏以降、ニケメティや東方精密精器と業務提携を結ぶことになったウチの会社。社長の氷雨先輩はそれこそ寝る間もないほど忙しくしてた。
じっくり顔を合わせられるのは、和雨のご飯を一緒に食べる時くらいでさ。
私が作ってもその料理を持ってそそくさ部屋に行っちゃうのにねー……。
巷では、敵対的TOBで始まった東方精密精器とホワイトナイトに名乗り出たニケメティの二つと、まさかの業務提携で着地した氷雨先輩に興味津々だとか。経済誌のインタビューなんかも受けたって聞くけど、残念、私はそーゆーの読まないんだなぁ。
課長が真面目にパソコンと睨めっこしている反対側で氷雨先輩は机に突っ伏して仮眠中のようだった。夏以降、社長業で忙しい先輩とは一緒に帰宅していない。(もしかして、今日は一緒に帰れるのかな)と、いそいそと隣の席に座った。
肘まで捲ったシャツの腕にほっぺた乗せて目を閉じるその下瞼、薄い皮膚はカサついて疲れが滲んでいる。申し訳程度に肩にかけてるジャケットがずり落ち床に落ちた。仕方ない、私は一旦座った椅子から立ち上がってジャケットを拾うと先輩の背中にやんわり乗せてあげる。
館内、暖房がかかっているとはいえ、冬だもの。風邪をひいてほしくないもん。
またジャケットが落ちたりしないように先輩の両肩のラインをさするようにして生地を押さえつける。必然的に横から寝ている千回の顔を覗き込む形になってしまった。
頬の肉が少し落ちたみたい。頬骨の下に落ちた影が色っぽい……。
コホンコホンと咳払いが聞こえて、顔を上げると、課長がこっちを見ていた。
「お久しぶりです、伊豆川さん」
そう、課長も夏以降なんやかやと慰労係に姿を見せることが少なかったんだよね。氷雨先輩ほどじゃないけど。仕事の指示は毎日メモか社内電話でこまめにくれていたから、課長の不在に関しては、気にしていなかったんだけどね。困ってなかったし。
まぁ、とにかく。二人のいない間、遊んでいたと思われてはたまらないので、ここ最近の私の業務内容を課長に報告していると、てっきり寝ているかと思っていた氷雨先輩が、むくり、と体を起こした。
「真中夫婦にあった? あー、あの二人ね」
伸びをした先輩の手が私の顔をかすめる。
「氷雨君が担当していましたね、確か」
ジャケットがまた床に落ちた。
「旦那の方がウチの取引先の営業課長に偉く気に入られてさ。視察に来たときに見かけたとかで。頼んでもないのに転職を勧められて、断っているうちにストーカー化したんだよ」
二人の会話を聞きながら、私は仕方なしに落ちたジャケットを拾って、先輩の椅子の背に引っ掛けた。
何せ相手は取引先だし、もぉ、厄介でさ。と椅子をぎしぎし揺すりながら言う先輩に課長がうんうんと頷いている。
私が(行動が子供じみてる……)と先輩を横目で見ても先輩は一向に気にする気配がない。それどころか人好きのする唇のカーブが悪ガキの趣きで私の視線を捕まえるからタチが悪いんだ。二人の会話はまだ続いていて、
「そうでした。話を聞いた時はびっくりしましたが……人たらしというのは彼のような人のことをいうんでしょうね」
と、課長が言うのを聴きながら、旦那様のが見せた破壊力のある笑顔を思い出した。
——うーん、確かにあれは自分に対してやられたら、キュンときちゃうなー。
真中さんより十五センチは低い、地味な見た目の旦那様……確かにモテそうな気がしてきた……。
などとぼんやり考える私の横で、先輩が「そうそう」と相槌を打っている。
「普段はしれっとしてダジャレひとつ言わない堅物なんだけどな。時々どうしようもなく無防備に笑うのよ。あれ、ギャップ萌えってやつ?」
と先輩。
俺も試そうかな、なんてわざとらしく艶っぽい流し目を送ってくるんだもん。私は熱くなった頬を両手で隠してそっぽを向いた。すると課長と目があった。でも課長は相変わらず私たちのことなんて素知らぬ顔で、
「あぁ、そういえば言い寄っていた彼、今は別にパートナーができたそうで」
と言った。
(んっ?)
「真中の結婚の後、別れた男と元サヤしたんだよ」
(真中さんの旦那のこと、奥さん以外にストーカーしていたのって……)、
「男性だったんですか!?」
と白目を剥く私に、課長と先輩に二人してウンウンと頷いた。
「男女のアレコレも捩れると面倒ですが、男同士も掛け違えると偉い目にあうと、あの案件で学習しましたね。私には縁のない話ですが」
と課長。
私は真中さんの旦那さんの顔を思い浮かべて、(あぁ、へー、そーなんだぁ)とひとり背中に変な汗をかいた。
同棲すら虜にするようなやり手でないと結婚できないなら、恋愛テクゼロの私にはそういう未来は未来永劫やってこない……ってこと……。
ちょっと待って。
だとすると、課長だって?
若干髪の毛うっすいアクションおたく(今回判明した)だけど、若い頃はブイブイ言わせていたクチなのかな……想像できないけど。
思わず課長の顔をまじまじと見つめたそんな私に、
「前にさ、仕事帰りのイズっちゃんにお使い頼んだじゃん」
と先輩が言ってくる。
課長の若かりし日の武勇伝を頭の中で想像しようとしていた私は話題の変化に戸惑った。
(そんなことあった?)と意味もなく天井を睨んで首を傾げていると、
「サンドイッチ三つ買ってきて、って頼んだことあるでしょ」
と、氷雨先輩が言う。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる