総務部人事課慰労係

たみやえる

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——あぁ、あの、意味不明な三食分のサンドイッチのことか。


「真中が不安がるから、帰宅するのに着いて行ってさ。その時、話の流れで、好きな女の暴露合戦みたいになっちゃって……。彼女と喧嘩した仲直りのきっかけが欲しいっていうから昼メシにでも誘えば? って、提案したの、俺」


——そう簡単に誘えません。


——じゃ、彼女がいつも飯食いに行く店で待ち伏せすればどう?


——で、どうすればいいんでしょうか。


——美味いもん一緒に食えばさ、好きあっている同士ならなんとかなるでしょ。


 まぁ、と呆れたため息が出てしまう。どの口が「一緒に食えばさ」なんて言えるんだか。相談する相手が氷雨先輩しかいなかった真中さんの旦那様のことが心配になってしまう。


 先輩が担当して、結果二人の結婚という最良の形に落ち着いたのは偶然っていうかラッキーだっただけで。


 まぁとにかく。四角四面で真面目が持っ等の旦那様は、先輩のアドバイスを実行しようとしたそうで。


——何とかなりますか。


——彼女の好物をおごればいいんだって。


——……わかりました。手作りすることにします。


——え。作んの?


——謝罪は誠実さが大事だと思うので。それに、俺の手で作ったものが彼女の口に入り、血と肉になる……と考えたら、なにやら性的興奮を覚えます。


——……。


——あぁっ。でも、作り方がわかりません。俺は慎重派なんです。実際に作ってみないと……。あぁ、まず実物を観察分解して構造から確認しなければ……っ。


 そこまで聞いて、つい吹き出してしまった。


「ぶっ、何それ。サンドイッチくらい誰だって作れるでしょーに」


「本人、自称してただろ。奴は慎重派なの。自分で確認したことしか信じない」


 それで、サンドイッチの現物を手に入れるためにコンビニに行こうとなったのだそうだけど……。


——外にあの男がいるかもしれないから嫌です。


——じゃあ、俺が買ってくる。


——ひとりにしないでください!


 旦那様にすがりつかられ、身動き取れなかった氷雨先輩は、仕方なしに私に電話したんだそうだ。


 サンドイッチ三食分買ってこいって。


「いやぁ、あの時、イズっちゃんに連絡取れてマジ助かったんだって」

と、先輩が真面目な表情して言ってくる。


「そんな。サンドイッチを買って持って行っただけで……大袈裟すぎ」


「ばぁか。あの時あのタイミングで真中氏がサンドイッチの作り方を研究した行動が、その後の二人の仲直りと結婚に繋がってくんだろ」

と言い切られると、なんだかすごい仕事をやり退けた気がしてきてしまう。


 ほんと、コンビニ行ってサンドイッチ買ってきただけなんだけどね。


……そっかー。意味不明だったあのおつかいは慰労係の仕事の一端だったわけね。


 あの頃の私は、配属先が慰労係に決まったものの、ろくに仕事を任されないことに落ち込んでいた。まさか知らず知らずのうちに、そんなファインプレーをしてただなんて。
 (ぐふふ……)ご満悦になった私がデスクにほっぺたくっつけほくそ笑んでいると、

「部長、やっぱりここにいらした」

と、声をかけてき男性が。私じゃない。課長に。慌てて体を起こして手近なところにあったファイルを広げていかにも仕事中って感じを装った。いや、後ろめたいことは何にもないんだけどねっ。


 男性は課長に向かって喋ってるんだけど、おっかしいなぁ。課長は課長でしょ。今、この人、部長って呼んできたよ?


 プラスチックの表紙越しに観察してみる。


 課長より歳上かな。五十代かな。せかせかした感じで、釣り上がり気味の目元が神経質そうな中年男性。


 そしたら、私と同じようにファイルを広げて顔を隠していた先輩が(社長と気づかれたくないんだろう)、

「あれ、人事部長補佐の楢樫っておじさん」

とささやいてきた。


「相手は歳上じゃないですか、付けしてください」


「えー、|付けしたよ」


 それはおじさんのでしょーが。


「偉そうに上から目線でいると、嫌われちゃいますよ」
 何気なく言った一言だったんだけど。


「い、イズっちゃんにも?」


 思いのほか、氷雨先輩が動揺している。


「……そうです」

って、言ってみる。



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