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とっても揺れるバスの席 (前世2)
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大学発のバスに乗った。
俺は、いつもは原付で通学しているが、今日は飲み会があるので、久しぶりにバスにしたのだった。
大学前の停留所には、もう列ができていた。うちの大学は、町の中心からはちょっと離れた山の上にあるので、歩いて通うのはきびしいのだ。
列の最後尾でぼうっと待っていると、緑色の市営バスが、すこしおくれてやってきた。
大学前が終点なので、やってきたバスは、正門前のロータリーをくるっとまわって停まると、行き先表示が回転して、駅前行きに変わる。
運転手が席を立ってバスの中をチェックし、また運転席に戻ると、ブザーがなり、乗車口の扉が開く。
携帯をいじりながら待っていた学生たちが、ぞろぞろと乗り込んでいく。
俺も、ペラペラの乗車券をとって、乗り込み、席を探す。
すでにほぼ満席だった。
まあ、立っていくか、そう思ったところへ
「安井センパイ、こっち!」
俺を呼ぶ声がした。
リナだった。
俺のゼミの後輩で、コンビニバイトのシフトが、たまにいっしょになる。
「あ、ああ」
そこは、最後部だった。
バスの一番後ろの、横長になった座席の、中央の一人分が空いていた。
空いた席の横で、腰かけたリナが、身体を乗り出して手招きする。
大声で名前を呼ばれて少し恥ずかしい。
立っていってもよかったんだが……。
そう思いながら、俺は、急いでバスの一番後ろまで進んだ。
「センパイ、ここ、ここ」
パンパンとリナが空いた席を叩く。
否応もなく俺はそこに座った。背にしていたリュックを膝に抱える。
俺が座ると、ドアの閉まるブザーがなった。
「駅前行き、発車します。山道揺れますので、お立ちの方はお気を付け下さい」
運転手がアナウンスしたが、けっきょく全員座れたのだ。通路にたっている客はひとりもいない。俺の前の通路は、運転手のいるところまで、がらんと空いている。必要ない注意だと思うが、とにかくそうアナウンスするきまりになっているのだろう。
バスは動き出す。
乗客みんなが、がたんと揺れた。
「センパイ、珍しいですね」
とリナが言う。
「ああ、いつもはバイクだからな。お前は、いつもこれなのか?」
リナはうなずく。
リナは、赤い大きな鞄を膝に載せていた。
バスは、揺れながら山道をくだっていく。
停留所はいくつもあるが、こんなところで降りるやつはほとんどいない。
「そういえば、あの話、あれからどうなった」
「あの話って?」
俺が聞くと、リナが小首をかしげる。
「あれだよ、アトランティスの王女……」
「ああ! あれ」
前世カウンセリングというのがあって、そこに行くと自分の前世がどこに生まれたどんな人だったのかを教えてくれるのだそうだ。そして、それに基づいた人生のアドバイスをしてくれるのだという。うさんくさい。
でも、リナは、なにが彼女を駆りたてたのか、それともただの興味本位なのか、一回八千円というそのカウンセリングを受けたのだった。
そして、そこで知らされたのは、リナの前世は、かつて大西洋に存在したが、一夜にして海に沈んで滅んだという伝説の国アトランティス、その最後の王女だという。前世のリナは、地震で水没し滅亡するアトランティスの壮麗な王宮と運命をともにしたのだそうだ。やっぱりうさんくさい。
リナは、今の自分の身内や知り合いがアトランティスでいっしょに生きていたのか、そのカウンセラーというか占い師にひととおりきいてみたそうで、俺のことも尋ねたところ、返ってきた答えは「犬」だという。なんと犬だ。人間ではない。俺は、そのアトランティスでは野良犬として生きたらしい。衝撃の事実だった。
「そうそれだよ。どうだ、前世を告げられて、あれから、なにか新しく分かったこととか、人生に変化があったとか」
「ええー?」
「古代の記憶や知恵が閃いたりしないのか?」
「あはは」
リナは笑った。
「センパイ、しっかりしてくださいよ。そんなことあるわけないじゃないですか」
あきれたように言われた。
そうか、前世がわかったからといって、それで今の人生が変わるわけではないんだな、と俺は思った。
だが、そう思ってすぐに、前世カウンセリングを信じかかっている自分に気がついた。いけないいけない。俺までなんだか影響されているじゃないか。
「それよりも、センパイ」
リナが言いながら、赤い鞄のホックを開け、ごそごそと何かを探し始めた。
チラリとみてしまった鞄の中には、ノートや教科書のほかに、いろいろな女性らしいグッズがのぞいていて、俺はあわてて目をそらした。
「ああ、あった」
そういって、リナが鞄から取り出したのは、黒く細い紐の先に、金色の、幾何学的な彫刻をほどこされた錘が付けられたもので、リナがそれを俺の目の前にかざすと、バスの揺れにつられて、金色の錘がぶらんぶらんとゆれた。
「なんだ、振り子みたいだな」
「センパイ、ダウジングって聞いたことあります?」
「ダウジング?」
「この振り子に質問すると、いろいろなことを教えてくれるんだそうですよ」
「おいおい、お前さあ……どこからそういうことを見つけてくるんだよ」
俺は、はっと思いついて
「まさか……それが、失われたアトランティスの叡智か?」
俺は真剣な顔をしていたのだろう、リナがケラケラ笑った。
「だから、そんなわけないですって。こういう系に詳しい友だちがいるんですよ」
「うーん、大丈夫かなあ、そいつ」
そして、大丈夫か、リナ。
「無くしものを探したりすることもできるんだそうです」
「いや、それってほんとか?」
「さあ? ……心理学科の知り合いが、それはカンネンユウドウという現象で、オカルトではなくて、自分の深層意識によって振り子が動かされるだけだよって言ってましたけどね」
「なにを言ってるのかよくわからないな……」
いずれにせよ、ちんぷんかんぷんである。
「センパイ」
リナが、キリッとした顔で言った。
「わたくしが、センパイの探しているモノをみつけてさしあげましょうか?」
その口調と顔つきは神々しく、まさにアトランティスの王女……って、違うから。
リナの小さな手の、白く細い指が、黒い紐をつまんでいる。
俺の目の前で、金色の振り子が、ゆらり、ゆらりと揺れる。
俺はその、なにかを象ったような輝く振り子から目が離せなくなった。
この振り子に聞けば、俺の探しているモノがどこにあるのかがわかるのか。
「センパイ、あなたの探し物は何でしょうか?」
リナがささやくように言った。
なんだか頭がぼうっとしてきた。
俺がさがしているもの——。
いや、ちょっと待て。
そもそも、俺はなにかを探しているのか?
いったいいつからそんなはなしになったんだ。
金色の幾何学模様が、ユラユラと、目の前で揺れる。
揺れる。
揺れる。
「さあ、センパイ」
そのとき、バスが、ガタン! と激しく揺れた。
「うわあっ!」
「あっセンパイっ!」
振り子に気をとられていた俺は、荒れたアスファルトの継ぎ目で、バスが大きく揺れた拍子に、座席から飛び出し、さえぎるもののないバスの通路をゴロゴロ転がっていった……。
俺は、いつもは原付で通学しているが、今日は飲み会があるので、久しぶりにバスにしたのだった。
大学前の停留所には、もう列ができていた。うちの大学は、町の中心からはちょっと離れた山の上にあるので、歩いて通うのはきびしいのだ。
列の最後尾でぼうっと待っていると、緑色の市営バスが、すこしおくれてやってきた。
大学前が終点なので、やってきたバスは、正門前のロータリーをくるっとまわって停まると、行き先表示が回転して、駅前行きに変わる。
運転手が席を立ってバスの中をチェックし、また運転席に戻ると、ブザーがなり、乗車口の扉が開く。
携帯をいじりながら待っていた学生たちが、ぞろぞろと乗り込んでいく。
俺も、ペラペラの乗車券をとって、乗り込み、席を探す。
すでにほぼ満席だった。
まあ、立っていくか、そう思ったところへ
「安井センパイ、こっち!」
俺を呼ぶ声がした。
リナだった。
俺のゼミの後輩で、コンビニバイトのシフトが、たまにいっしょになる。
「あ、ああ」
そこは、最後部だった。
バスの一番後ろの、横長になった座席の、中央の一人分が空いていた。
空いた席の横で、腰かけたリナが、身体を乗り出して手招きする。
大声で名前を呼ばれて少し恥ずかしい。
立っていってもよかったんだが……。
そう思いながら、俺は、急いでバスの一番後ろまで進んだ。
「センパイ、ここ、ここ」
パンパンとリナが空いた席を叩く。
否応もなく俺はそこに座った。背にしていたリュックを膝に抱える。
俺が座ると、ドアの閉まるブザーがなった。
「駅前行き、発車します。山道揺れますので、お立ちの方はお気を付け下さい」
運転手がアナウンスしたが、けっきょく全員座れたのだ。通路にたっている客はひとりもいない。俺の前の通路は、運転手のいるところまで、がらんと空いている。必要ない注意だと思うが、とにかくそうアナウンスするきまりになっているのだろう。
バスは動き出す。
乗客みんなが、がたんと揺れた。
「センパイ、珍しいですね」
とリナが言う。
「ああ、いつもはバイクだからな。お前は、いつもこれなのか?」
リナはうなずく。
リナは、赤い大きな鞄を膝に載せていた。
バスは、揺れながら山道をくだっていく。
停留所はいくつもあるが、こんなところで降りるやつはほとんどいない。
「そういえば、あの話、あれからどうなった」
「あの話って?」
俺が聞くと、リナが小首をかしげる。
「あれだよ、アトランティスの王女……」
「ああ! あれ」
前世カウンセリングというのがあって、そこに行くと自分の前世がどこに生まれたどんな人だったのかを教えてくれるのだそうだ。そして、それに基づいた人生のアドバイスをしてくれるのだという。うさんくさい。
でも、リナは、なにが彼女を駆りたてたのか、それともただの興味本位なのか、一回八千円というそのカウンセリングを受けたのだった。
そして、そこで知らされたのは、リナの前世は、かつて大西洋に存在したが、一夜にして海に沈んで滅んだという伝説の国アトランティス、その最後の王女だという。前世のリナは、地震で水没し滅亡するアトランティスの壮麗な王宮と運命をともにしたのだそうだ。やっぱりうさんくさい。
リナは、今の自分の身内や知り合いがアトランティスでいっしょに生きていたのか、そのカウンセラーというか占い師にひととおりきいてみたそうで、俺のことも尋ねたところ、返ってきた答えは「犬」だという。なんと犬だ。人間ではない。俺は、そのアトランティスでは野良犬として生きたらしい。衝撃の事実だった。
「そうそれだよ。どうだ、前世を告げられて、あれから、なにか新しく分かったこととか、人生に変化があったとか」
「ええー?」
「古代の記憶や知恵が閃いたりしないのか?」
「あはは」
リナは笑った。
「センパイ、しっかりしてくださいよ。そんなことあるわけないじゃないですか」
あきれたように言われた。
そうか、前世がわかったからといって、それで今の人生が変わるわけではないんだな、と俺は思った。
だが、そう思ってすぐに、前世カウンセリングを信じかかっている自分に気がついた。いけないいけない。俺までなんだか影響されているじゃないか。
「それよりも、センパイ」
リナが言いながら、赤い鞄のホックを開け、ごそごそと何かを探し始めた。
チラリとみてしまった鞄の中には、ノートや教科書のほかに、いろいろな女性らしいグッズがのぞいていて、俺はあわてて目をそらした。
「ああ、あった」
そういって、リナが鞄から取り出したのは、黒く細い紐の先に、金色の、幾何学的な彫刻をほどこされた錘が付けられたもので、リナがそれを俺の目の前にかざすと、バスの揺れにつられて、金色の錘がぶらんぶらんとゆれた。
「なんだ、振り子みたいだな」
「センパイ、ダウジングって聞いたことあります?」
「ダウジング?」
「この振り子に質問すると、いろいろなことを教えてくれるんだそうですよ」
「おいおい、お前さあ……どこからそういうことを見つけてくるんだよ」
俺は、はっと思いついて
「まさか……それが、失われたアトランティスの叡智か?」
俺は真剣な顔をしていたのだろう、リナがケラケラ笑った。
「だから、そんなわけないですって。こういう系に詳しい友だちがいるんですよ」
「うーん、大丈夫かなあ、そいつ」
そして、大丈夫か、リナ。
「無くしものを探したりすることもできるんだそうです」
「いや、それってほんとか?」
「さあ? ……心理学科の知り合いが、それはカンネンユウドウという現象で、オカルトではなくて、自分の深層意識によって振り子が動かされるだけだよって言ってましたけどね」
「なにを言ってるのかよくわからないな……」
いずれにせよ、ちんぷんかんぷんである。
「センパイ」
リナが、キリッとした顔で言った。
「わたくしが、センパイの探しているモノをみつけてさしあげましょうか?」
その口調と顔つきは神々しく、まさにアトランティスの王女……って、違うから。
リナの小さな手の、白く細い指が、黒い紐をつまんでいる。
俺の目の前で、金色の振り子が、ゆらり、ゆらりと揺れる。
俺はその、なにかを象ったような輝く振り子から目が離せなくなった。
この振り子に聞けば、俺の探しているモノがどこにあるのかがわかるのか。
「センパイ、あなたの探し物は何でしょうか?」
リナがささやくように言った。
なんだか頭がぼうっとしてきた。
俺がさがしているもの——。
いや、ちょっと待て。
そもそも、俺はなにかを探しているのか?
いったいいつからそんなはなしになったんだ。
金色の幾何学模様が、ユラユラと、目の前で揺れる。
揺れる。
揺れる。
「さあ、センパイ」
そのとき、バスが、ガタン! と激しく揺れた。
「うわあっ!」
「あっセンパイっ!」
振り子に気をとられていた俺は、荒れたアスファルトの継ぎ目で、バスが大きく揺れた拍子に、座席から飛び出し、さえぎるもののないバスの通路をゴロゴロ転がっていった……。
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