アンバランサー・ユウと世界の均衡 第二部「星の船」編

かつエッグ

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アンバランサー・ユウと世界の均衡「星の船」編

ルシア先生が、優雅に浮かぶ。

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 今、わたしたちのクィーン・ルシア号は、月に向かって宇宙空間を飛翔している。
 船外は、漆黒の宇宙。
 そこには、たくさんの星が光っているが、星はまったく瞬かない。
 ユウによると、それは、船の外には空気がないからだそうだ。
 その理屈はわたしにはよくわからないが……。
 進行方向には丸く大きな月が輝いている。
 ユウが言った。

 「この船は、現在、慣性飛行を続けている。本来なら、無重量状態なんだ。でも、それだと居心地がわるいかと思って、ぼくの力でつねに一定の重力を床に発生させているんだけど、せっかく宇宙空間に出たんだから、一度、無重量状態というのを体験してみる?」
 「?」

 ジーナが、わけがわからないという顔をしている。
 わたしも、しょうじき、ユウが何を言っているのか、さっぱりわからない。

 「あの……を体験してみるって? それなんですか?」
 「うん……それは……あ、そうか、君たちはもう、それに近い体験をしているよ」
 「?」

 わからない。

 「まあ、いちど、やってみよう」

 ユウがそういって、次の瞬間、

 ふわり

 ルシア先生の長い髪が、ふわりと浮き上がっった。

 「あら?」

 ルシア先生が、首を振ると、その髪は浮かんだまま、ゆらりと流れる。

 「操縦席の固定をはずすよ。急にうごかないでね」

 わたしたちの身体をおおっていた、やわらかいが引っ込み、身体が自由になる。
 身体の位置を変えようとしたら、

 「ひゃっ」

 そのまま、わたしのからだは浮き上がり、ゆっくり回転しながら上昇していく。
 じたばたするが、止まらない。

 「うわああぁー!」

 わたしの横では、ジーナが、すごい勢いで座席からとびだした。

 「あっ、ジーナ、床を蹴ったね? ゆっくり動かないと危ないよ」

 ユウが、さっと手を伸ばして、ジーナの脚をつかんだ。
 浮かび上がったジーナは、からだが伸びきったところで、引き戻されてもどってくる。
 ユウの身体に、とんとぶつかって跳ね返る。
 その間もわたしは、ふわふわと船室の天井に近づいていく。
 まるで、水中を漂っているかのようだ。

 「ユウ、これはなかなか面白いわね」

 ルシア先生は、やっぱりすごい。
 あっというまに適応してしまった。
 コツをつかんだのか、からだをひねったり、のばしたりして、自由自在に回転する。
 壁を蹴って、反対側の壁に、すうっと移動。
 そこでまた壁をけり、別方向に、流れるように動く。
 優雅だ。

 「ふふ、すてきだわ」

 楽しそうだ。
 わたしとジーナはそれどころではない。
 なんとか動きをコントロールしようとするが、まったく、思うようにならない。
 しかし、この、なにか頼りなくなるような、不安定な感覚。
 たしかに経験がある。
 どんどんどこかに落ちていくような……
 あれだ!

 「これって、つまり」
 「ダンジョン!」

 そうなのだ。ダンジョンで、ルシア先生の指示で、わたしたちがふらふらになった、あの……

 「そうだね、物体は自由落下をすると、無重量状態となるんでね。あの時に近いね」

 ユウが解説するが、なにをいっているのか、その理屈がわかりません。

 「こんなこともできるんだよ。はる9000、飲み物出して」
 「了解です、キャプテン」

 壁から、ユウの手元に、細い筒が押し出された。
 ユウがそれをぱっとつかむ。

 「この中に入ってるのは、液体のジュースなんだけど」

 ユウが、筒をじわっと握る。
 すると、筒の端から、ぷるぷると震えながら中身が押し出されてきた。
 押し出されたジュースは、そのまま青い水玉となって、ふわりと漂う。
 船室をただよう、幾つかの水玉。
 ユウは、その一つに近づくと、ぱくりとくわえて、飲み込んだ。

 「うん、美味しいね。はる9000、これは合成なのかい?」
 「はい、古代文明のレシピです。原料となっている果実は、今はもう絶滅してありません」
 「なるほど、古代の人は、こういう飲み物を飲んでたんだね」

 ルシア先生も、そんなユウのそばに、すうっと浮かびながら移動し、水玉の一つを口にいれる。

 「うーん、甘くて、爽やか。古代の人も食通ねえ」

 二人は、顔をみあわせて、にっこりする。
 しかし、わたしとジーナは……
 ジーナはくるくる回るのが、どうしても自力で止められず

 「うう、気持ち悪い……助けて……」

 わたしは、船室の天井にさかさまにしがみついたまま、動けず、

 「ユウさん、もういいです。もう終了でお願いします……」
 「ええー? もう終わりでいいの? 楽しいのにな……」
 「だめねえ、二人とも……ユウ、その前に、とりあえず、この浮かんでる飲み物、ぜんぶ飲んでしまいましょうよ」
 「うん、そうだね。ライラ、ジーナ、ちょっと待っててね」
 「「そ、そんなあ……」」

 わたしとジーナは、ユウとルシア先生の手で、座席に戻された。
 全員が席についたところで、ユウが重力を発生させる。

 「これだよ、この安心感。こうでなくちゃね」

 ジーナがほっとした声を出す。
 そして、言った。

 「はる9000、さっきの飲み物、わたしにもちょうだい!」

 さすがである。そういうところは、ぶれない。

 クィーン・ルシア号は、宇宙空間を疾駆する。
 月の大きさはどんどん増していく。
 もはや、月は遠くに見る星ではなく、前方の視界いっぱいに広がっていく。
 その表面の模様が、次第にはっきりしてくる。

 「えっ、何あれ?」

 ジーナが驚きの声をあげた。

 「あの、でこぼこの穴って」

 月の表面は、わたしたちの地球にあるような鮮やかな緑や青の色彩はなく、ただ、光のあたる場所の白と、影となっている場所の黒の、二色だけの世界だった。
 そして、そこに無数にあるのは、なにかがぶつかったような、円形の大きな穴のような地形。

 「あれが、だよ。かつて、たくさんの隕石が月に衝突したなごりなんだ」
 「川とか海とか、草とか木とか、生き物は?」
 「そういうものは、月にはない。空気もない。荒涼とした、岩だけの静謐の世界なんだよ」

 地球から見上げる、白く輝く月とはあまりに違う。
 わたしたちは、初めて間近にみる、実際の月のすがたに、息を呑むのだった。
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