アンバランサー・ユウと世界の均衡 第二部「星の船」編

かつエッグ

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アンバランサー・ユウと世界の均衡「星の船」編

わたしたちの、この小さな一歩は……

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 「この世界の月が、ぼくの世界の月と同じなら……」

 と、ユウが言った。
 ユウの世界では、人間は「ろけっと」なるものを使って、じっさいに月までたどりついたのだそうだ。
 
 「月には、空気がない。とうぜん、生き物もいないんだ」
 「そうなんだ……」

 わたしは、ちょっとがっかりしたのだ。
 月にも、わたしたちの知らない、月人が住んでいて、いろいろな生き物がいたら、それは楽しかったんじゃないかな……。

 「月は、地球に比べて小さかったから、空気がぜんぶ逃げてしまったんだね……」

 とユウが言ってくれる理屈はわからないが。

 「月は、遠い遠い昔に、冷えて固まって、空気がぜんぶ宇宙に逃げてしまった。空気のない月を、たくさんの隕石が直撃して、ぶつかった跡をのこした。それがだ。
  ぼくらが今向かっている、アリスタルコスも、そんなのひとつなんだよ」

 「ユウさん、くわしいねえ」
 「いや、アリスタルコスはちょっと特殊だから……」
 「特殊って?」
 「ぼくの世界では、月は基本的に冷え切った死んだ世界と考えられているんだけど、ごくまれに、月の上でなにかが光ったりすることがあるんだよね。新しい隕石の衝突なのか、それとも火山のような活動なのか、正体は分かっていないけど……実は、その報告の多くが、アリスタルコスに集中しているんだ……だから、アリスタルコスには、未知のなにかがあるんじゃないか、そう主張する人たちもいる。ほら、あれがアリスタルコスだよ」

 ユウが、を指さす。
 月は、すでにほぼすくりーんの全面をおおうほどに大きくなっている。
 その月のうえに、ひときわ明るく輝く円形のくれーたー。
 くれーたーからは、放射状に、白い筋が全方位にのびていて、まるで、かべに白土の団子をぶつけて、それが飛び散ったように見える。たしかに何かがここに、衝突したのだと思われる。

 「まさか、星の船がぶつかって、このくれーたーが?」

 ジーナが心配そうに言った。

 「だいじょうぶだよ、ジーナ。このクレーターはもっと古い。少なくとも、五、六億年は前にできたもののだね。それに、アリスタルコスの直径は、四〇キラメイグはあるんだよ……」

 「キャプテン、ノモスから連絡です」

 はる9000が言った。

 「うん、つないでくれ」

 ノモスの抑揚のない声がひびく。

 「……アンバランサー、アリスタルコス付近をくまなく探索してみたが、地上には星の船はみあたらなかった。しかし、アリスタルコスの内部で、気になる場所があるのだ。君も見に来てほしい」
 「分かった。もうすぐ着くよ」

 ユウは答え、はる9000に命じた。

 「ノモスの船の位置は分かるね。その船まで飛ばして」
 「了解です、キャプテン」

 クィーン・ルシア号は、高度を落とし、月面に近づいていく。
 ここまで近づくと、月が、平らな大地ではなくて、山も谷もあり、大小の岩の転がる荒れ地であることがわかる。地球と違うのは、生き物がおらず、動くものがまったくないというところだ。
 ユウによれば、空気もないから、風も吹かない。
 地上にあるものは、動くこともなく、動かされることもなく、永久にそのままだと。
 わたしたちは、アリスタルコスくれーたーの中央付近に接近する。
 そこには、くれーたー内部の平面から屹立する、急峻な山がある。
 隕石が激しく衝突すると、その衝撃と熱で溶けた大地が、衝撃波の反動でもりあがり、くれーたー中央部に、このような山がもりあがることが多いのだと、ユウが解説する。
 その山のふもとに、ぽつりとみえる、銀色の金属の輝き。
 あれが、先に到着したノモスの船だ。

 「アンバランサー、そこから見えるか、中央丘の裂け目だ」

 ノモスの声が入る。

 「ああ、わかる」

 ユウが、わたしたちにも分かるように、すくりーん上をゆびさした。
 くれーたーの中央部にある山の中腹に、黒々と大きな裂け目があった。
 そして、その裂け目の上部には、表面が直線上にえぐれた跡があって、まるでなにかがそこを滑り落ちたようだった。

 「あの裂け目の中を調べてみたいのだ……」
 「うん、たしかに、可能性はある。ぼくたちも着陸するよ」

 すぐに、クィーン・ルシア号は、ノモスの船のわきに着陸した。
 ユウはわたしたちに言った。

 「では、宇宙服を着用しよう」

 わたしたちは、例の小部屋にいって、また管から吹き付けられる宇宙服を「じょうちゃく」し、そしてをかぶる。

 「気密状態完了。酸素供給、保温機能問題なし。生命維持装置、完全に機能しています」

 はる9000の声が、へるめっとの中でひびいた。

「えあろっくを開きます」

 わたしたちのあしもとで、扉が開く。
 しゅっと音がした。
 えあろっく内の空気が、真空の月面に吸い出される音だとユウが教えてくれた。

 そして、わたしたち四人は、クィーン・ルシア号から、月面に降り立った。
 地球から見上げていた、遙かなる月の世界だ。
 ……ひょっとして、わたしたちは、この世界の歴史上初めて、月の大地を踏みしめた、地球の住人ではないだろうか!
 そのことに気づいて、わたしは、しびれるような感覚にとらわれた。
 なんだか、おそれおおくて……
 いつのまにか、わたしたち、なんてことになってしまったんだろう……
 あの森で、ユウと出会ってから、わたしたちの世界はかわってしまった。
 ジーナもめずらしく神妙な顔をしている。
 ルシア先生は、まったく落ち着いた様子だ。そこには、ユウに対する絶対の信頼が溢れているのだ。
 そして、ユウは、いつもかわらない、茫洋とした顔で、

 「これはぼくらの小さな一歩だが、地球のすべての生物にとっては偉大な飛躍である」

 そう、言った。

 「なに、それ?」

 ジーナが聞く。

 「うん、ぼくの世界で、はじめて月に降り立った人が、有名な言葉を残したんだけど、ぼくもそれをちょっと変えて、言ってみた。でも、あまり、いい出来じゃなかったかな」

 そういって、ユウは笑うのだった。

 真っ白な月面は、太陽の光をあびて、ぎらぎらと輝いていた。
 そして、空は、真っ暗だった。
 太陽に背を向けると、真っ暗な中に星が光る。
 空が真っ暗なのは、空気がないからなのだそうだ。その理屈は、わたしにはわからない。
 そして、わたしたちの横には、ノモスが立っていた。
 地上にいたときの、あのままの姿である。
 空気がないのに、わたしたちのような宇宙服もなく、そのまま、何事もないようすで立っている。
 逆にそれが異様である。

 「さすが、この地球の生き物ではないね。君は呼吸をしないんだ。気圧も関係ない」

 ユウが言い

 「そうだ。ノモスは酸素を必要としない」

 ノモスの返答がヘルメットの中にひびく。

 「どうだろうか、アンバランサー。君の力は、ここでも有効か?」
 「大丈夫のようだ。それでは、あの中へ、行ってみるか」
 「頼む、アンバランサー」

 ノモスもいっしょに、わたしたちのからだは、ユウの力で、浮き上がった。
 飛行して、裂け目の中に突入する。
 振りかえると月面には、わたしたちの足跡が、はっきりと残っていた。
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