アンバランサー・ユウと世界の均衡 第二部「星の船」編

かつエッグ

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アンバランサー・ユウと世界の均衡「星の船」編

わたしたちは、歴史の目撃者になる。

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 「問題は、どういう手順で呪いを解除するといいか、ということだけど……」

 ユウは少し考えていたが、

 「うん、まあ、なんとかなりそうだね」

 一人、うなずいて、

 「じゃあ、みんなで、中にはいろうか」

 と、わたしたちをうながして、歩き出す。
 間近でみる星の船は、あちこちにこすったような跡がついていた。
 やはり、墜落して、割れ目に落ち、そしてトンネルをここまで転がってきたのだろう。
 ただ、傷は表面だけのようだった。
 わたしたちは、星の船の下部、に立つ。

 「ここから、部分的にハーデースさまの呪いを無効にしていくから」

 そういって、ユウが手をかざすと、淡い光がエアロック部分を覆い、その光が内部に浸透していく。
 静かに扉が開いた。
 そのあとも、ユウが手をかざし、光で呪いを解除しながら進んでいく。
 やがて、わたしたちは、操縦室の扉にたどりつく。

 「ノモスは、ここにいるはずだ」

 ユウの声とともに、扉がゆっくりと開いていく。

 「うわっ? なにこれ? 蜘蛛の巣?」

 内部を見て、ジーナが驚く。
 操縦室の中は、一面に、真っ白い糸のようなものが、縦横に張りめぐらされ、その様はまるで、廃墟の部屋が、蜘蛛の巣に覆い尽くされたかのようだったのだ。

 「アンバランサー、この部屋の呪いを解除してもらえるか?」

 わたしたちの横で、ノモスのかたわれが言った。

 「わかった、すぐにやるよ」

 ユウが答え、操縦室全体が、淡い光に包まれる。
 ノモスの分身が、一歩、部屋の中に踏み出す。
 すると、操縦室中にはりめぐらされていた蜘蛛の糸が、しゅるしゅると動き、ノモスの分身にまきついていく。

 「えっ?! ひょっとして、あの蜘蛛の糸がノモス?」
 「だろうね。本来、きまった形はないのかも知れないが……」

 やがて、すべての糸が巻きつきおわり、ノモスは、白い一本の棒状のものとなった。
 手も足も目も口もない、ただの一本の、のっぺりした円筒である。

 「……アンバランサー」

 ノモスの声が、へるめっとの中にひびく。

 「すべてのノモスが合流した。これで、我は、XXXに帰還することができる」
 「それは良かった」
 「我は、これから宇宙船に移動する。アンバランサー、その前に手伝うことはないか?」
 「たぶん、大丈夫だ」
 「そうか……アンバランサー、我には人間の感情はない。だが、ここでは、やはりこういうべきだろう。ありがとう、アンバランサー。君に感謝する。……そして、また、どこかで会おう」

 そういって、一本の棒はすべるように移動し、操縦室をでていった。
 それをわたしたちは見送った。

 「片道二万五千年の旅に出るノモスが、また、どこかで会おうって……? なんと、ノモスが冗談をいったよ……」

 ユウが、驚いた顔でいった。

 「それとも、あれは冗談じゃないのかな?」
 「冗談なら、ノモスがユーモアを解することになるから、それはそれですごいし、もし、これが冗談でなかったら、それはまたたいへんなことねえ、ユウ」

 ルシア先生が、ユウに微笑んだ。

 「アーテミスさま! アーテミスさまを助けないと!」

 ジーナがせかし、わたしたちは、動力室に移動する。
 動力室の中央には、地球で見たのと同様の、黒い回転楕円体が設置されていた。
 壁から金属の綱が何本も伸びて、それが籠のようになり、楕円体を宙に浮かせる形で固定している。
 その下部には、複雑な魔方陣も描かれていた。
 魔方陣は、いまは稼働していない。
 そして

 「あっ、あそこだよね」 

 ジーナが指さす。黒い回転楕円体の端に、わずかな罅があり、そこから白い光がかすかにもれていた。

 「そうだ……あそこからアーテミスさまの力がこぼれている」
 「アーテミスさまは、やはり、この中に……」
 「うん、封印されているんだ。これから、いったん、封印を解除する」
 「だいじょうぶなの? ユウ」

 と、ルシア先生。

 「封印を解除してしまったら、自らの寄って立つ土地にいないアーテミスさまは、消滅してしまうのでは?」
 「あっ、そうだった! 神さまって、自分の土地と民から離れたら消えちゃうんだ」

 とジーナ。

 「だいじょうぶ? ユウさん?」

 ジーナも心配そうに言う。

 「大丈夫だと思う。もしなにかあったら、即座にもう一度凍結させるつもりだけど、そういうことにはならないと思うよ」
 「「?」」

 よくわからないが、ユウは自信ありげだ。

 「では、封印を解除するよ」
 「だいじょうぶかな? だいじょうぶかな? アーテミスさま、ご無事かな」

 ジーナがそわそわして言った。
 わたしたちが、固唾を呑んで見まもる中、楕円体を支えていた綱が、すべて、ぱちんと外れた。
 なんの支えがなくなっても、楕円体はそのまま浮いている。
 ユウの力だ。すでにユウの力が働き始めている。

 「呪いを解除し、そして封印を解除する」

 「あっ、黒いのが……」

 楕円体が、ぶれるように輪郭を揺らしながら、次第に大きさをましていく。あの怪物を閉じ込めたときと、逆の光景だ。
 広がると同時に、その覆いが、薄くなっていく。
 楕円体の表面が、複雑な編み目のようになる。
 まばゆい光が編み目からこぼれ出す。
 編み目がほぐれていく。
 編み目の向こうが、次第に見えるようになり……
 そしてそこには、

 「アーテミスさま?」

 ミネーヴァさまとそっくりな顔立ちの、純白の衣をまとった光り輝く女性が。
 瀟洒な台座の上に腰をかけ、右足を左の膝の上にのせて、その右足の上に、右肘をつき、右手は軽く、ややうつむいたその尊顔の、なめらかなほおに触れている。
 何事かを深く思索しているようなその神々しいお姿。

 「? いや、アーテミスさまは、神さまなんだけど」

 ユウがまたわけのわからなことをつぶやく。

 「あら?」

 アーテミスさまは、わたしたちに顔を上げた。

 「こんなところに、お客様かしら?」

 知的好奇心に溢れた、その目がわたしたちを見る。

 「あなたは、……アンバランサーね。ふうん、なるほど、ハーデースがね。そういうことか……」

 アーテミスさまは、呪いが解けた今、わたしたちの姿をみただけで、すべての経緯を理解してしまったようだ。
 さすがは神さまだ。

 「神さまは、あかしっく・れこーど不滅の時空記憶が読めるんだな……」

 と、またユウがよくわからないことを言う。いつものことだけど。
 アーテミスさまは、ユウに視線をむけて、

 「だいたいはわかったけど、アンバランサー、あなたの口からあらためて聞かせて」
 「はい、アーテミスさま」

 このあたり、ミネーヴァさまとまったく同じである。わかっていても、本人から話を聞きたがる。

 「あ、ちょっと待ってね」

 アーテミスさまが言い、そのとたんに、動力室は位相をかえて、白い空間に変貌する。
 わたしたちの目の前には、テーブルと、五つの椅子。
 そして、テーブルの上にはお茶のセット。

 「神酒茶ネクターティーだ!」

 ジーナが声をだす。

 「もう、そのヘルメット外してもいいわよ。ここはわたしの空間だから。お茶でもいただきながら、お話をききましょうか」

 ユウが、これまでのいきさつを話していく。
 アーテミスさまは、身を乗り出して、楽しそうにその話を聞く。

 「ふう、面白かったわ……こんな話がきけるなんて、わたしも冒険した甲斐があったかな。お姉様には心配かけたけど……」

 ユウが話し終わると、アーテミスさまは、そういって、にっこりと笑った。

 「それにしても、シリコン生命体には、びっくりしたわね。まさか、そんなことになってるなんてね」
 「あの……」

 ジーナがおずおずといった。

 「アーテミスさま、あたし、神さまは自分の拠ってたつ土地と民から離れられないって聞きました」
 「うん、その通りよ」
 「アーテミスさま、大丈夫なんですか、こうしてここにいても?」

 そう、それは、わたしも気になっていたのだ。

 「ユウ、あなたは分かってるでしょう?」

 アーテミスさまは、ユウに話をふる。

 「ジーナ、ぼくは言ったよね、あのシリコンの生命は、アーテミスさまの力で生まれて、アーテミスさまを信仰しているって」
 「うん」
 「つまり、アーテミスさまの力が月の大地に及ぼされて、そして命が生まれたのだから、この土地がまさにアーテミスさまの土地、そしてあの連中が、アーテミスさまの新しい民となったんだよ」
 「えっ、ということは……」
 「この月が、今やアーテミスさまの拠って立つ世界、つまりアーテミスさまは、この月を統べるお方、月の女神になられたってことだ」

 アーテミスさまがうなずく。

 「そうなのよ、あはは、びっくりね。だから、わたしは、この月にいるかぎりは消滅しないわ」
 「そうなんだ! ああ、良かった」

 ジーナがほっとした声をだした。

 「ありがとう、ジーナ。心配してくれたのね」
 「でも……」

 と、わたしは、また心配なことを聞いた。

 「そうすると、アーテミスさまがもともといらっしゃった、地球のほうはどうなるのですか? 地球にはもどれなくなってしまいませんか?」
 「それが……どうも、だいじょうぶみたいなのよ、ライラ。呪いが解けた今、わたしは、お姉様とともに在ると、そしてあたらしくわたしの地となったと、同時に存在しているの。どちらにもいるのよ」
 「「「「?」」」」

 同時に、ふたつの場所に存在するということらしいけど、それがどういうことなのか、どういう感じがするものなのか、いくら考えても、よくわからないとしかいいようがない。

 「まあ、神さまの存在の仕方を、ぼくら人間が理解するのは、無理かな、たぶん……」

 ユウが言った。

 「あちらでは、今、わたしの横にお姉様がいるわ。伝言をつたえるわね」

 そして、アーテミスさまの口から、まぎれもなくミネーヴァさまの、うれしそうな声が流れた。

 「ありがとう、みんな。とても、とても感謝しているわ。帰ってきたら、冒険の話を、みんなの口から、じっくり聞かせてね!」

 やっぱり、ミネーヴァさまも、ちょくせつ聞きたがるのだった。姉妹である。

 「だから、わたしは、もう星の船に乗って帰らなくてもいいのよ。封印もいらないわ」

 まだ、理屈がよくわからないのだけれど、これは、めでたし、めでたしということで、いいのでしょうか?
 うん、たぶん、いいのでしょう。

 「どれ、それでは、わたしの民に、はじめましての挨拶、しようかな……」

 アーテミスさまが言った。全員が元通り、へるめっとをかぶり終わると、わたしたちは再び、さきほどの動力室に立っていた。

 「先導しますよ」

 ユウが言い、先に立って歩き出す。

 「あら、ありがとう。ほんとは、お姉様みたいに、ぶらさがって行きたいけど、まあ、今は我慢しよう……」

 横で、ルシア先生が苦笑したのを、わたしはしっかりと見た。

 ユウ、ルシア先生、わたしとジーナが船外に出る。
 輝く砂が、星の船のまわりを、なにかを待つように取り巻いている。
 そして、わたしたちの後ろから、アーテミスさまがしずしずと歩み出る。
 そのとたんに、砂がいちだんとまばゆく輝き、そして、その姿をかえた。
 砂の民。
 彼らはいまや、小さな人の形になり、跪いて、アーテミスさまを讃えている。

 「どうも、全開になったアーテミスさまの力を受けて、さらにレベルが上がったようだね……」

 ユウがささやいた。

 「彼らは、これからどんどん発展するよ」

 アーテミスさまが厳かに言った。

 「我はアーテミス、月の女神なり。
  汝ら、月人よ。
  わが祝福をうけ、繁栄し、その命をまっとうせよ」

 「アーテミス様、バンザイ!
  おおせのままに!!」

 空気のない月に、月人の歓喜の声が満ちた。


 こうして、わたしたちは、期せずして、月人国誕生の目撃者となったのです。
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