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3巻
3-3
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一通りリュシエンヌ嬢に撫でられてノワールはようやく満足したようだ。
『アルー。お腹空いたー』
リュシエンヌ嬢がいるせいか、ノワールがいつもより甘えた声を出す。
そんなふうに甘えられると、僕も邪険にできないだろ。
「あらあら。それじゃ、料理長に何か作ってもらいましょうか? ノワールは何が食べたいの?」
リュシエンヌ嬢に問われてノワールが尻尾をブンブンと振っている。
『新鮮なお肉ならなんでもいいよー。あ、もちろん焼かないでね』
遠慮を知らないやつで申し訳ない。飼い主の躾が行き届いていないのが丸わかりだ。
「ノワール、ちょっとは遠慮しろよ。すみません、リュシエンヌ嬢。後でよく言い聞かせておきますから……」
リュシエンヌ嬢がニコニコ笑いながらノワールの頭を撫でる。
「とんでもありませんわ……それに、よろしければアルベール様も夕食を一緒にいかがですか?」
リュシエンヌ嬢の期待に満ちた視線が僕に注がれる。
僕の思い込みでなければ、リュシエンヌ嬢は僕に好意を寄せているようだ。
そういう僕自身も、もっと彼女と親しくなりたいと切望している。
「ご迷惑でなければ喜んで」
彼女がはち切れんばかりの笑顔を見せる。
この先もずっとこの笑顔を見ることができたらどんなにいいだろう。
「そろそろ戻りましょうか? ノワールも行こう」
そう言って手を差し出すと、少し躊躇っていたリュシエンヌ嬢はおずおずと僕の手に自分の手を重ねてきた。
彼女をエスコートして先程の応接室に戻るのを、屋敷の使用人達が微笑ましいものを見るような笑顔で見てくる。
ノワールを引き連れてリュシエンヌ嬢をエスコートして応接室に戻ると、僕達を見た侯爵夫人が満足そうに頷く。
「アルベール王子。いえ、アルベール様とお呼びした方がよろしいですわね。そちらが従魔のブラックパンサーですか?」
僕とリュシエンヌ嬢の後に入ってきたノワールを、侯爵夫人が珍しそうに見ている。
「そうです。すみません、勝手にお屋敷の中に入れてしまいました」
「構いませんわ。それにアルベール様がブラックパンサーを連れていることは貴族の間では有名ですから、一度見てみたいと思っておりましたの。触ってもよろしいでしょうか?」
フォンタニエ侯爵が、時々王宮でノワールを見かけたという話を侯爵夫人にしていたそうだ。
そんなふうに話を聞かされたら、見たいと思うのは仕方ないよね。
ノワールは侯爵夫人に近寄って、ちょこんと座ると小首を傾げる。
「まぁ、なんて可愛いのかしら」
ノワールってば、相変わらず女性の前では猫を被るのが上手いよね。
侯爵夫人がノワールに夢中になっているうちに、リュシエンヌ嬢は侯爵夫人の隣に、僕はその向かい側に腰を下ろした。
正面に座るリュシエンヌ嬢をじっと見つめると、彼女は少し恥ずかしそうに目を伏せた後、侯爵夫人に話しかけた。
「お母様。アルベール様を夕食にご招待したのですけれど、よろしかったかしら?」
ノワールの頭を撫でていた侯爵夫人は、リュシエンヌ嬢の勝手な行動に怒るどころか諸手を挙げて喜んだ。
「もちろんですとも。アルベール様。お部屋をご用意いたしますので、本日はぜひ我が家にお泊まりくださいませ」
夕食を御馳走になる上に侯爵家に泊まるなんて、流石にそこまでしてもらうのは気が引ける。
「いえ、夕食はともかく、いきなり訪問した上に泊めていただくのは申し訳ないです」
そう言って断ると侯爵夫人が悲しそうな表情で僕を見つめる。
「まぁ、アルベール様。あなた様を我が家に泊めずに街の宿に泊めたと他の貴族に知られたら、『アルベール様を泊めることもできないのか』と笑われてしまいますわ。どうか我が家の顔を立てると思ってお受けくださいませ」
そんなふうに侯爵夫人に懇願されると、無下にする訳にはいかなくなる。
ここで僕が断ると、他の貴族に噂されるだけでなく、侯爵夫人が夫であるフォンタニエ侯爵に叱られる羽目になるだろう。
いろいろと面倒臭い貴族社会ではあるが、僕自身もその中で生きていく以上、慣れなくてはいけない。
「わかりました。それではお言葉に甘えて本日はお世話になります」
侯爵家にお世話になると告げると、侯爵夫人はホッとしたような笑顔を見せた。
「ありがとうございます、アルベール様。それでは夕食の準備が整うまで湯浴みとお着替えをなさってくださいませ」
侯爵夫人がテーブルの上に置かれたベルを鳴らすと、侍女と従者が応接室に入ってくる。
「アルベール様。それではこちらへどうぞ。ノワール様はどうなさいますか?」
侍女に問われてノワールはプルプルと首を横に振った。
『僕はここで待ってるよ。アル、いってらっしゃい』
ノワールはソファーに飛び乗ると、ちゃっかりリュシエンヌ嬢の隣に行き丸くなった。
ノワールの体をリュシエンヌ嬢が優しく撫でている。
湯浴みはともかく着替えって、侯爵家で何か服を貸してもらえるってことかな。
流石に今着ている服で夕食の席に着くわけにはいかないのはわかる。
僕が持ってきた着替えは全て軽装で、貴族との食事の席で着るようなものではない。
侍女達に連れられて浴室へ案内される。
自分で洗えるからと手伝いを固辞すると、従者が着替えの入った箱を差し出した。
「下着を着けられたらお呼びください。後はお手伝いいたします」
そこに入っていたのは王宮にあるはずの新しく誂えた僕の衣装だった。
なんでこれがここにあるんだ?
湯船に浸かりながら、あの衣装を仕立てた時のことを思い返していた。
あれは確か留学から戻ってすぐの時期だった。
父上にもう一度五年生として学校に通うように告げられ、気落ちして執務室を出ると、エマに今度は母上のところに連れていかれた。
エマに扉を開けてもらい、母上の部屋に足を踏み入れかけた僕は即座にUターンしようとして、後ろにいたエマに阻止された。
「アルベール。挨拶もなしにわたくしの部屋を出ていくつもりですか?」
母上の厳しい声に、僕は引きつりそうな顔を笑顔に修正した。
「とんでもありません、母上。ただいま戻りました……お客様がいらっしゃるようなので僕はこれで失礼します」
そう言って母上の部屋を退出しようとしたが、扉は開かなかった。
エマが扉の向こうで開かないように押さえているらしい。
「アルベール。どこへ行くつもりですか? 大人しくしていればすぐに終わるのだから、無駄な抵抗はおやめなさい」
母上に一喝された僕は抵抗を諦めて、母上の側にいた女性達のもとに向かった。
母上と一緒にいたのは仕立て屋の女主人とデザイナーの女性だった。
彼女達には僕が王宮に戻ってからずっと、僕の衣装を作ってもらっている。
母上の部屋に彼女達がいるのを見て、また衣装を作らされると思ったので慌てて退出しようとしたが、叶わなかったのだ。
手早く僕の体の採寸が行われ、母上とデザイナーが何やら相談をしていた。
その数日後に仮縫いがあったので、衣装の色も覚えていた。
今思い返すと、リュシエンヌ嬢の髪の色と瞳の色が衣装に使われている。
母上はどういうつもりでこの衣装を作ったのだろう?
僕がここへ泊まることになったのは偶然?
……じゃないな。
騎士団長と話をしていた時に、「王都の人間の介入を拒んだ土地には注意」するように言われた。
その後で、こうも言われた。
「隣のフォンタニエ侯爵領は公園ができておりますので、安心して訪問できると思いますよ」
騎士団長のその一言で、「最初だからそういう場所の方がいいな」と思ったのは事実だ。
それとなく誘導されていたとなると、いよいよお見合いの可能性が真実味を帯びてきたな。
まあ、道中でリュシエンヌ嬢に会ったのはやはり偶然だと思うんだけどね。
考えていても仕方がない。
僕はさっさと湯船から出ると、体を拭いて下着を身につけた。
「お願いします」
僕が声をかけると、さっと従者が入ってきて、手早く衣装を着付けてくれる。
いざ衣装を着てみると、やはりリュシエンヌ嬢を思わせる色があちらこちらに使われていて妙に恥ずかしい。
着付けが終わるとまた先程の応接室へ案内された。
そこにリュシエンヌ嬢はいなくて、ノワールだけがソファーに寝そべっていた。
「あれ? ノワールだけなの?」
隣に腰を下ろすと、チラリとノワールは顔を上げた。
「着替えてくるって、二人で出ていったよ。アルの服、かっこいいね。あ、リュシーの色が入ってるー」
ノワールにも気付かれるなんて、やはりこの衣装はリュシエンヌ嬢と会うための衣装なんだろうか。
しばらく待たされた後で、ノワールとともに食堂へと案内される。
食堂に入ると、既に侯爵夫人が座っていた。
「お待たせいたしました、アルベール様。こちらへどうぞ」
侯爵夫人の右側の席に座るが、リュシエンヌ嬢はまだ姿が見えなかった。
ノワールは食堂の片隅で生肉をがっついている。食べ終わったら、すぐそばに寝転がるためのクッションも置かれていた。
程なくして扉が開き、リュシエンヌ嬢が姿を現し、僕の真向かいに腰を下ろす。
先程とは違うドレスを身につけているが、そのドレスには、僕の髪の色と瞳の色が使われている。
それにデザインがほぼ同じ……いわゆるペアルックというやつか?
僕の服を仕立てた商会がリュシエンヌ嬢のドレスも手掛けたのだろう。
いずれ僕とリュシエンヌ嬢を引き合わせるつもりで母上が準備させたものに違いない。
ということは、侯爵夫人もこの件に関わっているのだろう。
僕がドレスに釘付けになっていると、リュシエンヌ嬢も僕の衣装を見て、少し照れたように頬を染めていた。
侯爵夫人だけが僕達を見比べて満足そうな笑みを浮かべている。
きっと後で母上に嬉々として話すつもりだろう。
グラスに飲みものが注がれ、侯爵夫人が乾杯の挨拶を告げる。
「アルベール様。本日はようこそおいでくださいました。お会いできる日をずっと楽しみにしておりました。これからもよろしくお願いいたします」
母上達の思惑に嵌められるのはやはり癇に障るが、リュシエンヌ嬢に出会えたことは素直に感謝したい。
この先、彼女と親密になれるかどうかはわからないけれど、いい関係を築ければ嬉しい。
食事は滞りなく終わり、食後のお茶をいただくことになった。
ここで僕は疑問に思っていることを侯爵夫人に問うてみた。
「ところで侯爵夫人。僕が着ている衣装はいつこちらに届いたのでしょう?」
いくら侯爵領に向けて出発したとはいえ、前もって衣装がこちらに届いていたとは思えない。
侯爵夫人は僕の質問になんでもないことのように微笑んだ。
「アルベール様が屋敷に到着されたと聞いてすぐ、王妃殿下にお伝えした時ですわ。我が家には王妃殿下と品物をやり取りできる転移陣がありますの。王妃殿下とわたくしがお願いしたら兄が設置してくれましたわ」
なんと、侯爵夫人は魔術団長の妹だそうだ。しかも母上と友人だという。
よくある「子ども同士、結婚したらいいわね」みたいな話をしていたんだろうか?
いろんな意味で疲れた僕は、その夜ぐっすりと休んだ。
翌朝、僕は目を覚ますと身仕度を整えて食堂へ向かった。
今朝は侯爵夫人はおらず、僕とノワールとリュシエンヌ嬢のみでの食事だった。
「アルベール様。本日は乗馬をお教えするということでよろしいのでしょうか?」
食後のお茶を飲んでいる時にリュシエンヌ嬢に問われて、僕はちょっと迷った。
昨日は半ば勢いでそう言ってしまったが、リュシエンヌ嬢に何か予定があったりしないだろうか。
「リュシエンヌ嬢のご都合がよろしければ、ぜひお願いしたいと思いますが、何かご予定があるのでは?」
リュシエンヌ嬢は少し恥ずかしそうに首を横に振った。
「特に予定はありませんわ。学校を卒業してからはずっと家におりますの……その、花嫁修業で……」
……花嫁修業……
その言葉に妙に反応してしまう。
落ち着け、アルベール。
リュシエンヌ嬢は何も僕の花嫁になると決まっているわけではないんだぞ。
僕は何気ない振りを装って、リュシエンヌ嬢にお願いをする。
「ご予定がないのでしたら、ぜひ乗馬を教えてください。折角馬を譲っていただいても乗れないのでは意味がありませんからね」
僕のお願いをリュシエンヌ嬢は快く引き受けてくれた。
「わたくしに教えられることがあるのでしたら、喜んでお教えいたしますわ」
着替えてくるというリュシエンヌ嬢を待っている間に、僕は先に厩舎へ案内される。
ノワールは昨日既に行った場所なので、僕よりも先に玄関を飛び出していった。
昨日、仲よくなった白馬によっぽど会いたかったのだろう。
厩舎には昨日の白馬の他にも侯爵家の人が乗る馬や、護衛騎士達が乗る馬などがいた。
侯爵夫人も領地の見回りなどで乗馬することがあるらしい。
馬丁と話をしていると、ノエラさんを伴ってリュシエンヌ嬢が姿を現した。
昨日初めて会った時と同じように長い髪を後ろでひとまとめにして、乗馬服を颯爽と着こなしている。
ノエラさんは僕の監視役としてついてきたのだろう。
貴族の未婚女性が男と二人きりなんて、外聞が悪いからね。
「お待たせいたしました、アルベール様」
リュシエンヌ嬢ににっこりと微笑まれて、僕も笑みを返す。
相変わらずあの片えくぼが可愛い。
早速白馬のところへ行こうとしたら、リュシエンヌ嬢がスッと僕の袖を引っ張った。
何事かと思い、リュシエンヌ嬢を振り返ると、彼女はガバッと頭を下げる。
「アルベール様。昨夜は申し訳ありませんでした。まさか母達があのような衣装を作っているとは知らず……ご不快だったのではありませんか?」
昨夜のペアルックのような衣装には驚かされたが、決して不快だったわけではない。
だけど何故リュシエンヌ嬢が謝るのだろうか?
「頭を上げてください。驚きはしましたが、決して不快だったわけではありません。少し恥ずかしい思いはしましたが……あ、いや、それよりどうしてリュシエンヌ嬢が謝るのですか?」
リュシエンヌ嬢は顔を赤らめながら話してくれた。
まだ僕が王子だと判明する前に、学校で僕を見かけて気になっていたらしい。
しかし、身分差があるため諦めていたところに、僕が王子だとわかってもしかしたらと期待していたそうだ。
だけど僕はそのまま平民として学校に通っていたため交流の機会はなく、さらに五年生で留学してしまったため絶望したそうだ。
「シャルロット様がデュプレクス王国の王子様とご婚約されたでしょう。ですからアルベール様もあちらの国で婚約者を決められるのかと思っておりましたの。それでしばらく気落ちしておりましたら、母と王妃殿下が理由を聞いてきたので……」
リュシエンヌ嬢の思いを知った母上がリュシエンヌ嬢にこう告げたそうだ。
『二人を無理矢理婚約させるつもりはないけれど、二人が会える機会があればその時に着る衣装を作りましょう。あとは当人達の気持ち次第ですわね。アルベールは少しは強引に意識させないと、女性と知り合う機会を自分から作りそうもないし……』
……確かに母上の言う通り、僕から女性と親しくなんてしそうにないな。
だからってあんな衣装を作らなくってもいいと思うんだけどね。
こうなりゃ覚悟を決めるか。
僕はそっとリュシエンヌ嬢の手を取った。
「リュシエンヌ嬢。旅に出ると決めたばかりの僕がこんなことを告げるのは甘いと言われるかもしれません。ですが僕はあなたのことをもっと知りたいと思っています。僕と付き合っていただけますか?」
付き合うと決めた以上、このまま婚約の流れになるのは目に見えている。
それでもあえてそう告げたのは、他の誰かに彼女を取られたくないと思ったからだ。
リュシエンヌ嬢は驚きつつも僕の申し出を受け入れてくれた。
やれやれ、結局は母上のいいように踊らされたのかな。
そのままリュシエンヌ嬢をエスコートして、厩舎の中にいる白馬のところへ向かった。
ノワールがかなり小さくなって白馬の上に乗っかっている。
『あ、やっと来た。アル~。早く名前付けてって言ってるよ』
どうやら白馬にはまだ名前がなかったようだ。どんな名前にしようかな。
白馬の顔に触れて「ブロン」と呟いた途端、ずわっと大量の魔力が吸い取られた。
これは、従魔契約? ブロンって、もしかして魔獣だったのか?
いきなり大量の魔力を吸い取られたせいで、立ちくらみを起こしたらしく、ぐらりと体がふらついた。
「アルベール様!」
リュシエンヌ嬢が慌てて僕の体を支えてくれようとする。
僕はそばにあった柵に掴まりなんとか転倒を免れた。
「ああ、大丈夫です。少し魔力を吸い取られ過ぎたみたいです」
ノワールの時はこれ程魔力を吸い取られることはなかった。ノワールはまだ小さかったからそれほど魔力がいらなかったのだろう。
ブロンは成獣と言っていいくらいの大きさだから、魔力もそれなりに必要だったのだろうか。
立ちくらみが少し治まって、ブロンを見やった僕の目に信じられないものが飛び込んできた。
ブロンの背中に翼?
慌てて目を擦ってみてもやはりそこには翼があった。
ブロンってペガサスだったのか!?
リュシエンヌ嬢も驚きのあまり言葉を失っている。
僕とリュシエンヌ嬢が驚いているうちに、ノワールとブロンは仲よく会話をしていた。
『ブロン。すごーい。羽が生えたよ』
『やったー! やっと一人前になれたよ。ありがとう、アル』
僕の魔力を取り込んだせいか、ブロンも僕達と会話ができるようになっていた。
「ブロン。君ってペガサスだったのか? リュシエンヌ嬢。ブロンはどこで手に入れたんですか?」
僕が問うと、ようやく落ち着きを取り戻したリュシエンヌ嬢がブロンを手に入れた経緯を教えてくれた。
「ブロンは数日前に森に行った時に見つけた馬だったんです。大人しくわたくし達についてきたので最初はどこかから逃げ出した馬かと思い、あちらこちらに問い合わせたのですが、どこも知らないとのことで、我が家で面倒を見ることにしたんです」
それで初めてブロンに乗ったのが昨日だったそうだ。
「最初は大人しく並足で歩いていたのですが、急に走り出してしまって……アルベール様にはお見苦しいところを見せてしまいましたわ」
リュシエンヌ嬢は何故ブロンが突然走り出したのか知らないみたいだ。ここはちゃんと理由を説明しておいた方がいいだろう。
「あの時、ブロンの鼻の上にカエルが乗ってきたそうです。顔を振っても落ちないから走り出してしまったんでしょう」
リュシエンヌ嬢からはブロンの鼻の上のカエルなんて見えなかっただろうから、わからなかったよね。
「そうだったの。ブロン、気が付かなくてごめんなさいね。おまけにあなたに酷いことを言ってしまったわ」
リュシエンヌ嬢に撫でられて、ブロンは嬉しそうに尻尾を揺らしている。
『気にしてないよ。僕が喋れたら伝えられたのに……でもおかげでアルに会えたし、魔力ももらえて翼も生えて言うことなしだよ』
ブロンが翼を少し動かすが、この狭い厩舎の中では動きが制限されてしまう。
「ブロン。とりあえず外に出よう。ここじゃろくに翼も動かせないだろう」
柵を開けてブロンを外に連れ出す。入口にいた馬丁がブロンを見て驚きの声を上げた。
「ぺ、ペガサス? まさか、本物か? すぐに奥様にご報告を!」
そう言うなり屋敷の方へ走っていった。
侯爵夫人とは後でゆっくり話をしよう。
どうせリュシエンヌ嬢とのことも報告しないといけないしな。
『アルー。お腹空いたー』
リュシエンヌ嬢がいるせいか、ノワールがいつもより甘えた声を出す。
そんなふうに甘えられると、僕も邪険にできないだろ。
「あらあら。それじゃ、料理長に何か作ってもらいましょうか? ノワールは何が食べたいの?」
リュシエンヌ嬢に問われてノワールが尻尾をブンブンと振っている。
『新鮮なお肉ならなんでもいいよー。あ、もちろん焼かないでね』
遠慮を知らないやつで申し訳ない。飼い主の躾が行き届いていないのが丸わかりだ。
「ノワール、ちょっとは遠慮しろよ。すみません、リュシエンヌ嬢。後でよく言い聞かせておきますから……」
リュシエンヌ嬢がニコニコ笑いながらノワールの頭を撫でる。
「とんでもありませんわ……それに、よろしければアルベール様も夕食を一緒にいかがですか?」
リュシエンヌ嬢の期待に満ちた視線が僕に注がれる。
僕の思い込みでなければ、リュシエンヌ嬢は僕に好意を寄せているようだ。
そういう僕自身も、もっと彼女と親しくなりたいと切望している。
「ご迷惑でなければ喜んで」
彼女がはち切れんばかりの笑顔を見せる。
この先もずっとこの笑顔を見ることができたらどんなにいいだろう。
「そろそろ戻りましょうか? ノワールも行こう」
そう言って手を差し出すと、少し躊躇っていたリュシエンヌ嬢はおずおずと僕の手に自分の手を重ねてきた。
彼女をエスコートして先程の応接室に戻るのを、屋敷の使用人達が微笑ましいものを見るような笑顔で見てくる。
ノワールを引き連れてリュシエンヌ嬢をエスコートして応接室に戻ると、僕達を見た侯爵夫人が満足そうに頷く。
「アルベール王子。いえ、アルベール様とお呼びした方がよろしいですわね。そちらが従魔のブラックパンサーですか?」
僕とリュシエンヌ嬢の後に入ってきたノワールを、侯爵夫人が珍しそうに見ている。
「そうです。すみません、勝手にお屋敷の中に入れてしまいました」
「構いませんわ。それにアルベール様がブラックパンサーを連れていることは貴族の間では有名ですから、一度見てみたいと思っておりましたの。触ってもよろしいでしょうか?」
フォンタニエ侯爵が、時々王宮でノワールを見かけたという話を侯爵夫人にしていたそうだ。
そんなふうに話を聞かされたら、見たいと思うのは仕方ないよね。
ノワールは侯爵夫人に近寄って、ちょこんと座ると小首を傾げる。
「まぁ、なんて可愛いのかしら」
ノワールってば、相変わらず女性の前では猫を被るのが上手いよね。
侯爵夫人がノワールに夢中になっているうちに、リュシエンヌ嬢は侯爵夫人の隣に、僕はその向かい側に腰を下ろした。
正面に座るリュシエンヌ嬢をじっと見つめると、彼女は少し恥ずかしそうに目を伏せた後、侯爵夫人に話しかけた。
「お母様。アルベール様を夕食にご招待したのですけれど、よろしかったかしら?」
ノワールの頭を撫でていた侯爵夫人は、リュシエンヌ嬢の勝手な行動に怒るどころか諸手を挙げて喜んだ。
「もちろんですとも。アルベール様。お部屋をご用意いたしますので、本日はぜひ我が家にお泊まりくださいませ」
夕食を御馳走になる上に侯爵家に泊まるなんて、流石にそこまでしてもらうのは気が引ける。
「いえ、夕食はともかく、いきなり訪問した上に泊めていただくのは申し訳ないです」
そう言って断ると侯爵夫人が悲しそうな表情で僕を見つめる。
「まぁ、アルベール様。あなた様を我が家に泊めずに街の宿に泊めたと他の貴族に知られたら、『アルベール様を泊めることもできないのか』と笑われてしまいますわ。どうか我が家の顔を立てると思ってお受けくださいませ」
そんなふうに侯爵夫人に懇願されると、無下にする訳にはいかなくなる。
ここで僕が断ると、他の貴族に噂されるだけでなく、侯爵夫人が夫であるフォンタニエ侯爵に叱られる羽目になるだろう。
いろいろと面倒臭い貴族社会ではあるが、僕自身もその中で生きていく以上、慣れなくてはいけない。
「わかりました。それではお言葉に甘えて本日はお世話になります」
侯爵家にお世話になると告げると、侯爵夫人はホッとしたような笑顔を見せた。
「ありがとうございます、アルベール様。それでは夕食の準備が整うまで湯浴みとお着替えをなさってくださいませ」
侯爵夫人がテーブルの上に置かれたベルを鳴らすと、侍女と従者が応接室に入ってくる。
「アルベール様。それではこちらへどうぞ。ノワール様はどうなさいますか?」
侍女に問われてノワールはプルプルと首を横に振った。
『僕はここで待ってるよ。アル、いってらっしゃい』
ノワールはソファーに飛び乗ると、ちゃっかりリュシエンヌ嬢の隣に行き丸くなった。
ノワールの体をリュシエンヌ嬢が優しく撫でている。
湯浴みはともかく着替えって、侯爵家で何か服を貸してもらえるってことかな。
流石に今着ている服で夕食の席に着くわけにはいかないのはわかる。
僕が持ってきた着替えは全て軽装で、貴族との食事の席で着るようなものではない。
侍女達に連れられて浴室へ案内される。
自分で洗えるからと手伝いを固辞すると、従者が着替えの入った箱を差し出した。
「下着を着けられたらお呼びください。後はお手伝いいたします」
そこに入っていたのは王宮にあるはずの新しく誂えた僕の衣装だった。
なんでこれがここにあるんだ?
湯船に浸かりながら、あの衣装を仕立てた時のことを思い返していた。
あれは確か留学から戻ってすぐの時期だった。
父上にもう一度五年生として学校に通うように告げられ、気落ちして執務室を出ると、エマに今度は母上のところに連れていかれた。
エマに扉を開けてもらい、母上の部屋に足を踏み入れかけた僕は即座にUターンしようとして、後ろにいたエマに阻止された。
「アルベール。挨拶もなしにわたくしの部屋を出ていくつもりですか?」
母上の厳しい声に、僕は引きつりそうな顔を笑顔に修正した。
「とんでもありません、母上。ただいま戻りました……お客様がいらっしゃるようなので僕はこれで失礼します」
そう言って母上の部屋を退出しようとしたが、扉は開かなかった。
エマが扉の向こうで開かないように押さえているらしい。
「アルベール。どこへ行くつもりですか? 大人しくしていればすぐに終わるのだから、無駄な抵抗はおやめなさい」
母上に一喝された僕は抵抗を諦めて、母上の側にいた女性達のもとに向かった。
母上と一緒にいたのは仕立て屋の女主人とデザイナーの女性だった。
彼女達には僕が王宮に戻ってからずっと、僕の衣装を作ってもらっている。
母上の部屋に彼女達がいるのを見て、また衣装を作らされると思ったので慌てて退出しようとしたが、叶わなかったのだ。
手早く僕の体の採寸が行われ、母上とデザイナーが何やら相談をしていた。
その数日後に仮縫いがあったので、衣装の色も覚えていた。
今思い返すと、リュシエンヌ嬢の髪の色と瞳の色が衣装に使われている。
母上はどういうつもりでこの衣装を作ったのだろう?
僕がここへ泊まることになったのは偶然?
……じゃないな。
騎士団長と話をしていた時に、「王都の人間の介入を拒んだ土地には注意」するように言われた。
その後で、こうも言われた。
「隣のフォンタニエ侯爵領は公園ができておりますので、安心して訪問できると思いますよ」
騎士団長のその一言で、「最初だからそういう場所の方がいいな」と思ったのは事実だ。
それとなく誘導されていたとなると、いよいよお見合いの可能性が真実味を帯びてきたな。
まあ、道中でリュシエンヌ嬢に会ったのはやはり偶然だと思うんだけどね。
考えていても仕方がない。
僕はさっさと湯船から出ると、体を拭いて下着を身につけた。
「お願いします」
僕が声をかけると、さっと従者が入ってきて、手早く衣装を着付けてくれる。
いざ衣装を着てみると、やはりリュシエンヌ嬢を思わせる色があちらこちらに使われていて妙に恥ずかしい。
着付けが終わるとまた先程の応接室へ案内された。
そこにリュシエンヌ嬢はいなくて、ノワールだけがソファーに寝そべっていた。
「あれ? ノワールだけなの?」
隣に腰を下ろすと、チラリとノワールは顔を上げた。
「着替えてくるって、二人で出ていったよ。アルの服、かっこいいね。あ、リュシーの色が入ってるー」
ノワールにも気付かれるなんて、やはりこの衣装はリュシエンヌ嬢と会うための衣装なんだろうか。
しばらく待たされた後で、ノワールとともに食堂へと案内される。
食堂に入ると、既に侯爵夫人が座っていた。
「お待たせいたしました、アルベール様。こちらへどうぞ」
侯爵夫人の右側の席に座るが、リュシエンヌ嬢はまだ姿が見えなかった。
ノワールは食堂の片隅で生肉をがっついている。食べ終わったら、すぐそばに寝転がるためのクッションも置かれていた。
程なくして扉が開き、リュシエンヌ嬢が姿を現し、僕の真向かいに腰を下ろす。
先程とは違うドレスを身につけているが、そのドレスには、僕の髪の色と瞳の色が使われている。
それにデザインがほぼ同じ……いわゆるペアルックというやつか?
僕の服を仕立てた商会がリュシエンヌ嬢のドレスも手掛けたのだろう。
いずれ僕とリュシエンヌ嬢を引き合わせるつもりで母上が準備させたものに違いない。
ということは、侯爵夫人もこの件に関わっているのだろう。
僕がドレスに釘付けになっていると、リュシエンヌ嬢も僕の衣装を見て、少し照れたように頬を染めていた。
侯爵夫人だけが僕達を見比べて満足そうな笑みを浮かべている。
きっと後で母上に嬉々として話すつもりだろう。
グラスに飲みものが注がれ、侯爵夫人が乾杯の挨拶を告げる。
「アルベール様。本日はようこそおいでくださいました。お会いできる日をずっと楽しみにしておりました。これからもよろしくお願いいたします」
母上達の思惑に嵌められるのはやはり癇に障るが、リュシエンヌ嬢に出会えたことは素直に感謝したい。
この先、彼女と親密になれるかどうかはわからないけれど、いい関係を築ければ嬉しい。
食事は滞りなく終わり、食後のお茶をいただくことになった。
ここで僕は疑問に思っていることを侯爵夫人に問うてみた。
「ところで侯爵夫人。僕が着ている衣装はいつこちらに届いたのでしょう?」
いくら侯爵領に向けて出発したとはいえ、前もって衣装がこちらに届いていたとは思えない。
侯爵夫人は僕の質問になんでもないことのように微笑んだ。
「アルベール様が屋敷に到着されたと聞いてすぐ、王妃殿下にお伝えした時ですわ。我が家には王妃殿下と品物をやり取りできる転移陣がありますの。王妃殿下とわたくしがお願いしたら兄が設置してくれましたわ」
なんと、侯爵夫人は魔術団長の妹だそうだ。しかも母上と友人だという。
よくある「子ども同士、結婚したらいいわね」みたいな話をしていたんだろうか?
いろんな意味で疲れた僕は、その夜ぐっすりと休んだ。
翌朝、僕は目を覚ますと身仕度を整えて食堂へ向かった。
今朝は侯爵夫人はおらず、僕とノワールとリュシエンヌ嬢のみでの食事だった。
「アルベール様。本日は乗馬をお教えするということでよろしいのでしょうか?」
食後のお茶を飲んでいる時にリュシエンヌ嬢に問われて、僕はちょっと迷った。
昨日は半ば勢いでそう言ってしまったが、リュシエンヌ嬢に何か予定があったりしないだろうか。
「リュシエンヌ嬢のご都合がよろしければ、ぜひお願いしたいと思いますが、何かご予定があるのでは?」
リュシエンヌ嬢は少し恥ずかしそうに首を横に振った。
「特に予定はありませんわ。学校を卒業してからはずっと家におりますの……その、花嫁修業で……」
……花嫁修業……
その言葉に妙に反応してしまう。
落ち着け、アルベール。
リュシエンヌ嬢は何も僕の花嫁になると決まっているわけではないんだぞ。
僕は何気ない振りを装って、リュシエンヌ嬢にお願いをする。
「ご予定がないのでしたら、ぜひ乗馬を教えてください。折角馬を譲っていただいても乗れないのでは意味がありませんからね」
僕のお願いをリュシエンヌ嬢は快く引き受けてくれた。
「わたくしに教えられることがあるのでしたら、喜んでお教えいたしますわ」
着替えてくるというリュシエンヌ嬢を待っている間に、僕は先に厩舎へ案内される。
ノワールは昨日既に行った場所なので、僕よりも先に玄関を飛び出していった。
昨日、仲よくなった白馬によっぽど会いたかったのだろう。
厩舎には昨日の白馬の他にも侯爵家の人が乗る馬や、護衛騎士達が乗る馬などがいた。
侯爵夫人も領地の見回りなどで乗馬することがあるらしい。
馬丁と話をしていると、ノエラさんを伴ってリュシエンヌ嬢が姿を現した。
昨日初めて会った時と同じように長い髪を後ろでひとまとめにして、乗馬服を颯爽と着こなしている。
ノエラさんは僕の監視役としてついてきたのだろう。
貴族の未婚女性が男と二人きりなんて、外聞が悪いからね。
「お待たせいたしました、アルベール様」
リュシエンヌ嬢ににっこりと微笑まれて、僕も笑みを返す。
相変わらずあの片えくぼが可愛い。
早速白馬のところへ行こうとしたら、リュシエンヌ嬢がスッと僕の袖を引っ張った。
何事かと思い、リュシエンヌ嬢を振り返ると、彼女はガバッと頭を下げる。
「アルベール様。昨夜は申し訳ありませんでした。まさか母達があのような衣装を作っているとは知らず……ご不快だったのではありませんか?」
昨夜のペアルックのような衣装には驚かされたが、決して不快だったわけではない。
だけど何故リュシエンヌ嬢が謝るのだろうか?
「頭を上げてください。驚きはしましたが、決して不快だったわけではありません。少し恥ずかしい思いはしましたが……あ、いや、それよりどうしてリュシエンヌ嬢が謝るのですか?」
リュシエンヌ嬢は顔を赤らめながら話してくれた。
まだ僕が王子だと判明する前に、学校で僕を見かけて気になっていたらしい。
しかし、身分差があるため諦めていたところに、僕が王子だとわかってもしかしたらと期待していたそうだ。
だけど僕はそのまま平民として学校に通っていたため交流の機会はなく、さらに五年生で留学してしまったため絶望したそうだ。
「シャルロット様がデュプレクス王国の王子様とご婚約されたでしょう。ですからアルベール様もあちらの国で婚約者を決められるのかと思っておりましたの。それでしばらく気落ちしておりましたら、母と王妃殿下が理由を聞いてきたので……」
リュシエンヌ嬢の思いを知った母上がリュシエンヌ嬢にこう告げたそうだ。
『二人を無理矢理婚約させるつもりはないけれど、二人が会える機会があればその時に着る衣装を作りましょう。あとは当人達の気持ち次第ですわね。アルベールは少しは強引に意識させないと、女性と知り合う機会を自分から作りそうもないし……』
……確かに母上の言う通り、僕から女性と親しくなんてしそうにないな。
だからってあんな衣装を作らなくってもいいと思うんだけどね。
こうなりゃ覚悟を決めるか。
僕はそっとリュシエンヌ嬢の手を取った。
「リュシエンヌ嬢。旅に出ると決めたばかりの僕がこんなことを告げるのは甘いと言われるかもしれません。ですが僕はあなたのことをもっと知りたいと思っています。僕と付き合っていただけますか?」
付き合うと決めた以上、このまま婚約の流れになるのは目に見えている。
それでもあえてそう告げたのは、他の誰かに彼女を取られたくないと思ったからだ。
リュシエンヌ嬢は驚きつつも僕の申し出を受け入れてくれた。
やれやれ、結局は母上のいいように踊らされたのかな。
そのままリュシエンヌ嬢をエスコートして、厩舎の中にいる白馬のところへ向かった。
ノワールがかなり小さくなって白馬の上に乗っかっている。
『あ、やっと来た。アル~。早く名前付けてって言ってるよ』
どうやら白馬にはまだ名前がなかったようだ。どんな名前にしようかな。
白馬の顔に触れて「ブロン」と呟いた途端、ずわっと大量の魔力が吸い取られた。
これは、従魔契約? ブロンって、もしかして魔獣だったのか?
いきなり大量の魔力を吸い取られたせいで、立ちくらみを起こしたらしく、ぐらりと体がふらついた。
「アルベール様!」
リュシエンヌ嬢が慌てて僕の体を支えてくれようとする。
僕はそばにあった柵に掴まりなんとか転倒を免れた。
「ああ、大丈夫です。少し魔力を吸い取られ過ぎたみたいです」
ノワールの時はこれ程魔力を吸い取られることはなかった。ノワールはまだ小さかったからそれほど魔力がいらなかったのだろう。
ブロンは成獣と言っていいくらいの大きさだから、魔力もそれなりに必要だったのだろうか。
立ちくらみが少し治まって、ブロンを見やった僕の目に信じられないものが飛び込んできた。
ブロンの背中に翼?
慌てて目を擦ってみてもやはりそこには翼があった。
ブロンってペガサスだったのか!?
リュシエンヌ嬢も驚きのあまり言葉を失っている。
僕とリュシエンヌ嬢が驚いているうちに、ノワールとブロンは仲よく会話をしていた。
『ブロン。すごーい。羽が生えたよ』
『やったー! やっと一人前になれたよ。ありがとう、アル』
僕の魔力を取り込んだせいか、ブロンも僕達と会話ができるようになっていた。
「ブロン。君ってペガサスだったのか? リュシエンヌ嬢。ブロンはどこで手に入れたんですか?」
僕が問うと、ようやく落ち着きを取り戻したリュシエンヌ嬢がブロンを手に入れた経緯を教えてくれた。
「ブロンは数日前に森に行った時に見つけた馬だったんです。大人しくわたくし達についてきたので最初はどこかから逃げ出した馬かと思い、あちらこちらに問い合わせたのですが、どこも知らないとのことで、我が家で面倒を見ることにしたんです」
それで初めてブロンに乗ったのが昨日だったそうだ。
「最初は大人しく並足で歩いていたのですが、急に走り出してしまって……アルベール様にはお見苦しいところを見せてしまいましたわ」
リュシエンヌ嬢は何故ブロンが突然走り出したのか知らないみたいだ。ここはちゃんと理由を説明しておいた方がいいだろう。
「あの時、ブロンの鼻の上にカエルが乗ってきたそうです。顔を振っても落ちないから走り出してしまったんでしょう」
リュシエンヌ嬢からはブロンの鼻の上のカエルなんて見えなかっただろうから、わからなかったよね。
「そうだったの。ブロン、気が付かなくてごめんなさいね。おまけにあなたに酷いことを言ってしまったわ」
リュシエンヌ嬢に撫でられて、ブロンは嬉しそうに尻尾を揺らしている。
『気にしてないよ。僕が喋れたら伝えられたのに……でもおかげでアルに会えたし、魔力ももらえて翼も生えて言うことなしだよ』
ブロンが翼を少し動かすが、この狭い厩舎の中では動きが制限されてしまう。
「ブロン。とりあえず外に出よう。ここじゃろくに翼も動かせないだろう」
柵を開けてブロンを外に連れ出す。入口にいた馬丁がブロンを見て驚きの声を上げた。
「ぺ、ペガサス? まさか、本物か? すぐに奥様にご報告を!」
そう言うなり屋敷の方へ走っていった。
侯爵夫人とは後でゆっくり話をしよう。
どうせリュシエンヌ嬢とのことも報告しないといけないしな。
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