夜人形は闇に笑う

秋月 忍

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アパートメント

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「国内か、国外か、それが問題だな」
 ラスたちが迎賓館に戻ると、頭を抱えたムファナが待っていた。
「サナデル皇子を狙った犯人ですか?」
「ああ」
 帝国において、和平派であるサナデル皇子がかなり微妙な立場にあるのは事実だ。
 継承権争いも激しいという話も有名な話である。
「ただ、国外となりますと、夜人形の書が流出したことにもなりますが」
 ラスの言葉に、ムファナは頷いた。
「そうだな。夜人形の魔術は、そう簡単なものではない。方法も、やれる人間もそうはいるものではなく、国外の人間が簡単に実行できるとは思えん」
「そうなりますと、我が国の反帝国派でしょうか」
 ディックは眉をしかめた。
 ラセイトスの隣国、プラームド帝国はその強大さゆえ、帝国を嫌うものは決して少なくはない。
 ただ、帝国とラセイトスの国力の差は歴然としており、こどもでも、喧嘩を売って勝てるとは思わないのが現状である。
 それでも、と、いう排斥派はいなくもないが、理性的ではなく、ぐっと少数派である。
「むしろ、反政権派かな」
 ムファナは、そういった。
「もともと、『夜人形』事件と、ラセイトスの政権は最初からかかわりがある。ここ一年の事件の増加も、政権と無関係とはいえん。ただ、政権に反対するやからでも、隣国の皇子に手を出すほど外交的危険要素に手を出すとは思えないのだがね」
「宣伝、かもしれませんよ」
 ラスはそう言った。
「夜会の場合、警備が厳重かつ、国際的にも注目度が高い。デモンストレーションとしては、最高です。『夜人形』を商売にしようとするなら、うってつけです」
「商売?」
 ムファナは目を丸くした。
「単に皇子を襲うのであれば、もっと楽にできるはずです。迎賓館の職員であれば、寝首を掻くことも可能ですから」
「つまり、闇商売の宣伝としてのターゲットか」
 ムファナは、得心したように頷いた。
「今までは、どちらかといえば、反政府的な使用法でしたが、もっと広い視野で、『金になる』方法を考え始めたのかもしれません」
「そうなると、おおがかりな犯罪組織が存在する可能性もあるな」
 ディックは唸った。
「そいつは、まいったな」
 ムファナは、さらに渋面になった。
「それで? 執政官のほうはどうだ?」
「ロキシム家は一枚岩ではないようですね」
 ディックの言葉に、ムファナは納得したように頷いた。
「どうやら、マルスという男とモリアーノもうまくいっていないようでな。迎賓館の仕事は、ほぼ、マルスがやっていて、モリアーノは、ほぼノータッチだという感じだ」
 ムファナは書類を机の上に置く。本人も認めていたことではあるので、意外性はない。
「マルスの話によると『夜人形』となった従業員はレイノルド・マックイン。チャップマン議長の推薦状をもって三年前にやってきた男で、勤務態度も問題がなかったそうだ。港湾市街地に住んでいて、趣味は、絵画。趣味とはいえ、かなり本気にやっていたと聞く。恋人がいたかどうかは不明。年老いた親に仕送りをするまじめな男だったという話で、にわかには信じがたい、と話していた」
「絵を?」
 ラスの言葉に、ムファナは、ふむと頷いた。
「絵と言っても、画材は高いからね。素描ばかり書いていたらしい。マルスの話では、休みの日は、市場のすみで似顔絵を描いて小遣いを稼いでいたという話だ」
 市場で、画家の卵たちが、そうやって日銭を稼いでいることは珍しくはない。
 迎賓館の職員なら、下働きといっても、日銭に困ることはないはずだ。両親にどれだけ仕送りをしていたかは知らないが、純粋にマックインは、画を描くのがすきだったのかもしれない。
「小遣いになるということは、腕前はそれなりに?」
「迎賓館の職員の控室に、やつの描いた迎賓館から見える海の絵があったが、木炭画とはいえ、なかなかうまいものだった」
 ムファナはそう言ってから、こほんと、咳払いをした。
「その絵は、奴が休憩時間に描いているのをみた、ほかの職員が、飾ることを提案したものだと聞いている。話を聞く限り、特に悪感情を抱かれるような人物ではなかったようだ」
「夜人形は、操り人形。いずれにせよ、今回の事件は、彼の意思とは無関係ということでしょうね」
 ディックは、やりきれない、というように目を伏せた。
 彼は、迎賓館の職員であったがために、『夜人形』に選ばれた。
 彼自身に、おそらくは皇子を殺傷したいなどという気持ちはなかったに違いない。
「レイノルド・マックインの周辺を洗ってみても良いですか?」
 ラスの言葉に、ムファナが頷く。
「明日の晩は、サナデル皇子が港で花火鑑賞をされることになっている。次に派手なデモンストレーションを行うとしたら、そこだろう」
「そうですね」
 野外の観覧席は、警備しにくいことに加えて、港の花火は、ラセイトス市民も多くつめかけるため、人が多く、夜会と違って民衆が『パニック』を引き起こす可能性まである。
「何にしても、気が抜けん。ワシはつかまらんかもしれんから、報告は警察本部のルギウス警視にたのむ。なんにせよ、胃の痛いことだ」
 ムファナはそう言いながら、煙草に手をのばした。
 白煙がゆううつそうに、ゆれていた。


 港湾近くの市街地は、人通りが多い。
 にぎやかな市が立ち並ぶ広場があり、大きな石畳の道を挟む賑やかな商店。
 時折、馬車が蹄の音を立てながら、走っている。
 鮮やかな青い空に映える、石造りの建物。ベランダを飾る緑の鉢植えで咲く美しい花が、街に彩を添えている。
 明日は、隣国の皇子を迎えての花火大会ということもあり、港には、特設の観覧席の用意が始まっている。
 レイノルド・マックインの住んでいたアパートメントは、そんな表の華やかさから、一歩離れた路地の奥にあった。
 迎賓館の職員といえば、下働きと言えどそれなりの高給取りのはずであるが、マックインの生活はいたって質素であったようだ。
 管理人から鍵を借り、部屋に入ったふたりは、彼の実直さを実感した。
 生活のための魔道器具は、そろっていたが、どれも年代物で、大切に扱われていた。
 サナデル皇子が滞在する間は、ほぼ家に戻る予定はなかったのだろう。食材はほとんどない。
 酒は飲まなかったのであろう。酒瓶もグラスもなかった。
 ただ、ハーブティをたしなんだらしく、茶器はあった。
「月泉(げっせん)だわ」
 ラスは、缶に保管された葉の香りをかいだ。
 もともとは、体内のエーテルを鎮める薬草であるが、香りがいいため、お茶の葉としても人気がある。
 特に魔術師には、精神統一に向くということで、好まれるお茶だ。
 マックインに魔術師の才はなかったようだが、気を静めるという意味で、飲んでいても全く不思議はないものである。
  食事用の小さなテーブルには、やや大きめのシンプルな花瓶。小さな棚には、素朴な食器が控えめに置かれていた。
 ベッドのそばに小さな机がある。そして部屋の中央には、描きかけのカンバスがあった。
 描かれているのは、一人の女性だ。
 花売りであろうか。かごにいっぱいの花をかかえて、微笑んでいる。
 背景に描かれているのは、市場だ。
「うまいわね」
 ラスは、素直にそう思った。
「これだけ描けるってことは、本当は迎賓館の職員でなく、絵を志したかったのではないかしら?」
「というより、おそらくこの女に、惚れているな」
 ディックはそう言った。
 線は優しく、やわらかな日だまりのような空気をかもしだしている。見ているだけで、朗らかな気持ちになる絵だ。
 ラスは部屋を見回す。
 この部屋に、女性を感じさせるものは何もない――ということは、片思いだろうか。
「これは、さっきの市場かな」
 どことなく風景に共通点がある。
 ディックは、机の引き出しを調べはじめた。
 画材道具のほかに、封書の束、そして、いくつものスケッチ画が出てきた。
 人物、風景、静物。とにかく、何でも描いている。特に、カンバスにかかれた女性と思われるものは何枚もあった。おそらく我流であろうが、ひたすらに描き続けていたことが伝わってくる。
「これは……」
 ディックが、一枚のカードを取り出した。黒地に鮮やかなカクテルグラスが描かれて、『星虹』という文字が刻まれている。
「何、それ?」
「たぶん、バーの会員証だろうな」
「家飲みはしていないみたいだし、持っている服も普通よね」
 会員制のバーに出入りしているような生活を想像できない質素な部屋である。
 正直、部屋には、アルコールも、女の影さえ見えず、堅実な生活と絵画への情熱、そして、絵の中の女性へのひたむきな優しさだけが伝わってくる。
 夜会で、ナイフをにぎりしめ、笑いを張り付かせていた男と像が一致しない。
「謎があるからこその違和感だろう?」
 ディックはカードを眺める。
「でも、その謎は、夜人形につながっていると、俺は思うね」
「そうね」
 その糸をたどることが、自分の使命だとラスは、背筋を伸ばした。
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