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魔導士認定と枕 5
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魔導士認定審査から、数日後。
召喚魔術の魔法陣についての聞き取り調査をしたいと、魔道ギルドから正式に呼び出しをくらった。
交渉の結果、ロバートとレグルスが同席することを許された。
ひとえに、魔道ギルドに顔の利くロバートのおかげだろう。
当日、うちの店に迎えに来てくれた二人に挨拶をした。
が、レグルスはムッとしている。ご機嫌斜めだ。
「ご足労かけて、本当にすみません」
私は頭を下げる。無理もない。
調査に付き合ったところで、一銭の得にもならない。
それに、あの時の私の行動は、どう考えても褒められたものではなく、思い出したくもないだろう。
「本来なら、レグルス様を煩わせることではないのでしょうけど」
「わかってないな。アリサ。オレが怒っているのは、呼び出されたことじゃない」
レグルスはそう言って、ロバートを見た。
「ロバートに事情は聴いた。ジュドー・アゼルから、お前を守ることに異存はない。ないが、どうして、お前が『イシュタルトの女』って、設定なんだ?」
「え?」
私は、レグルスの紫の瞳に睨み付けられ、思わず身体がすくむ。
「その場に、イシュタルトさまがいらっしゃったので、つい」
考えなしの行動だったとは思う。
イシュタルトにかける迷惑とか、もっと考えるべきだった。
「別に問題はないと思いますよ。アゼル卿も、リゼンベルグ侯爵家相手なら、遠慮しないわけにはいきませんし」
ロバートがしれっと答える。
「そうかもしれないが、いつまで続けるつもりだ」
「さあ? アゼル卿が諦めればすぐ終わります」
ロバートの言葉に、レグルスはしかめっ面になった。
「あの男は、しつこいぞ」
「わかっています。相手が普通の人間だったら、姉の恋愛事情に、僕は基本的に口を出しません」
「……オレは、普通じゃなかったのかよ」
ブツブツとレグルスが小さく呟いた。
レグルスの言う通りだ。本当は逃げてばかりでは解決にならない。
しかし話してわからぬ相手と、どう接すればいいのだろうか。
「半年、一年ですめばいいが、そうでなければ、お前、いつまで『イシュタルトの女』でいるつもりだ?」
レグルスの言葉に、後頭部を殴られたような気持ちになった。
そうか。そうだよね。
「さすがに、そんなに長いと、イシュタルトさまにご迷惑ですよね」
イシュタルトは二十五歳で、いつ結婚してもおかしくない年齢だ。
見目麗しく、文武両道な次期侯爵で、縁談は山ほどあるにしろ、いつまでも私を庇っていたら得なことは何もない。彼の人生の障害になるだけだ。
「いや、アリサ、それは全然、気にしなくて平気だから」
ロバートが気にしたふうもなく言い切る。
いくら姉至上主義でも、それはヒドイと思う。
「イシュタルトの問題じゃない。アリサ自身はどうなんだ?」
「私ですか?」
私は首をひねる。
「イシュタルトさまに、慰謝料とか言われたら厄介ですね」
ただでさえ、借金があるのに。
「そうじゃない。お前自身の恋愛はどうなる?」
レグルスが探るような目で、私を見る。
「そんなこと考える余裕はないです」
相手もいないし、もともと借金もある。考えなければいけないとすれば、『愛人』設定の引き時だけだ。
「レグルス様」
ロバートが、レグルスの顔を見据える。
「アゼル卿のことに限らず、姉を本気で守ってくれて、姉が大恋愛の末選ぶのであれば、僕はその相手への支援は惜しみませんよ?」
「主の意志に反してもか?」
「当たり前です。ただし、姉の意志が一番です。そこは間違えないでください」
ロバートは強い口調で念を押す。
優秀な弟にそこまで言ってもらえるほど、私は価値ある人間なのか自信はない。
「ただし今日は、『設定』に付き合ってもらいますからね」
「わかったよ」
レグルスは、不承不承頷くと、魔道ギルドの本部が見えてくる。
私は、自分の頬をはたき、逃げそうになる心に喝を入れた。
呼び出されたのは、魔道ギルドの研究塔にある、応接室だった。
主に研究されているのは、魔術各種であるが、魔術付与の研究室なども存在する。そこでは、付与するための道具や、材料の研究などが行われていて、うちの父なら垂涎ものの新しい魔道具の開発がすすめられているという噂だ。
広い応接室には、私たち三人のほかに、ジュドー・アゼルと、私の魔導士認定の審査員をした、研究員の総括をしているレニキシードがいた。
部屋は窓が小さく、外光はほとんど入ってこない造りになっていたが、とても明るい。
部屋に入って椅子に座ると、女性の研究員と思しき人が、お茶を運んでくれた。
「さて、君の反転させたモニカの陣についてだが」
レニキシードが切り出した。年は二十代後半くらいだが、かなりのやり手らしい。
「召喚されたのはガーゴイル。個体数は?」
「……わかりません。十、二十ではすまないと思います」
「オレはたぶん、三十は壊した」
レグルスが答える。
「召喚スピードは?」
「え? えっと。え?」
どう説明していいかわからず、しどろもどろになる。
「たぶん、通常より早いな。少なくともオレが対峙したなかでは、トップクラスの速さだと思う」
さすが歴戦の勇者さまである。実戦経験皆無の私にはとても言えぬコメントだ。
「反転時に魔法陣は、見えていたか?」
「いえ。波動を辿りました。えっと。確か知識反転」
「知覚反転」
ロバートに召喚用語を訂正される。レニキシードが眉をひそめた。
だから、私は、召喚術苦手で、魔導士にも向いてないって言ったのに。
思わず、そう叫びたくなった。
「何か気が付いたことは?」
レニキシードがちろりと、私とロバートを見る。
「あ、えっと。最初に魔力の波動を感じたのと同じ波動を翌日に感じました。強さは前日のほうが大きかったとは思うのですが、波動がほぼ同じだったのが不思議です」
「と、言うと?」
「私の感じていた魔力の波動は、陣ではなく天井に付与された紋様のものでした。ガーゴイルに襲われてから波動を感じる余裕はあまりなかったですが、魔法陣そのものに魔力の波動がなかったような気がして……」
「そういえば、魔法陣からはアリサの匂いしかしなかったな」
ポツリとレグルスがそう言った。お願いだから、匂いって言わないでほしい。
「陣そのものの起動に使われた魔力は、天井の紋様から注がれていたようですから、当たり前でしょう」
ジュドー・アゼルが告げる。さすがに魔道のことに関しては、マトモなことをいう。
「張られたままの魔法陣は普通、術者が死ねば消える。しかし、偉大な術者に張られた陣は、停止はするが、消えることはない」
レニキシードは淡々と解説した。
「研究段階の技術ですが、陣に別の術者が力を注げば、魔法陣は眠りから覚めます。あの紋様はおそらくそう言ったものでしょう。しかも、ほんの少しの魔力の欠片があれば、それに見合った魔力を増幅するのです」
ジュドーが、得意げに語る。
ごめんなさい。
珍しくマトモに話しているのに、これは私の頭が悪くて、わからなかった。
「平たく言えば、あれは、アリサの魔力で発動し、アリサの魔力に合わせて召喚を始めたということでしょうか?」
ロバートが口をはさむ。
「そうです」
「本人に合わせてくれるなら、魔法陣反転は簡単なのでは? 私の魔導士認定は取り消しするべきでは?」
レニキシードが苦い顔をした。
「本人に合わせるのは、召喚スピードだ。陣そのものの破壊は、本来の魔法陣を張った術者との対抗になる。どちらにしろ、君は極めて優秀だ」
「なるほどねえ、アリサの術だから、召喚スピードが速いわけだ」
ふむふむと、レグルスが納得したように頷く。
「それにしても、意外ですねえ」
ニヤリとジュドーが口の端だけ上げて笑った。
「私の記憶では、近衛隊の副長様と、レグルス殿は、あまり仲はよろしくないと思っておりましたが?」
「……なんのことだ?」
「いえいえ。アリサ、貴女がレグルス殿と一緒にレキサクライに行くなんて、よく副長様はお許しになりましたね?」
「それは、魔法陣の聞き取り調査とは関係ないことではありませんか?」
私は、ジュドーを睨み付けた。
「では、質問を変えましょう。副長が依頼したならともかく、貴女のような一介の魔力付与師が、レグルス殿をよく護衛に雇えましたね?」
「……魔法陣に関係ないことについて、お答えする必要はないと思います」
「オレとイシュタルトの仲は悪くない。魔物掃討の時は、たいていアイツと同じ隊に雇われている」
レグルスは仏頂面でそう言った。レニキシードは興味なさそうに、ジュドーとのやり取りを見ている。
見てないで、止めてほしい。完全に脱線でしょう?
「姉の身を守るのに、最高の剣士をイシュタルト様がおつけになることに何か不審な点でも?」
ロバートの言葉に、内心冷や汗が出る。それでは、愛人というより、まるでお姫様のような扱いだ。
「では、今日のところは、そういう事に。あなたがたラムシードの双子がそろって、リゼンベルグ家と関わり合いがあるという理由に、いくつか心当たりがあります」
クスクスと、ジュドーが笑った。
「アリサ。貴女が、金と権力に捕えられ、日陰者にされるのを私は見ていられません。いずれ、その籠から、私が解放して差し上げます」
その微笑みに寒気がする。
「私、籠なんかに入っていません」
「御安心なさい。リゼンベルグ家を恐れ、本心を偽る必要はないのです。貴女は、私の傍らにいるのが、一番幸せだと、すぐに気が付きますよ」
「おめえ、いい加減にしろ」
レグルスは低い声で、アゼルをにらみつける。
殺気すら感じさせる迫力だったけれど、ジュドーは全く気にした様子はなかった。
鈍いのか、度胸が据わっているのか、判別できないけれど、たぶん鈍いのだと思う。
「アゼル卿。リゼンベルグ家と事を構えられるお覚悟がおありで?」
ロバートが、冷たく言い放つ。我が弟ながら恐い。
「ロバート君、君は志半ばで高等科の進学をやめ、リゼンベルグ家に強引に雇われた。金と権力にものを言わせるようなものに、君のような優秀な男が忠誠を向ける必要もないと思うがね。私はアリサだけでなく、君も自由にする準備があるのだよ?」
何かを知っているかのように、にやりとジュドーが笑った。ロバートの表情が硬くなる。
ラムシード家の一番デリケートな問題を、こんな男に触れてもらいたくはなかった。
「レニキシード様。お話が終わったなら、これで失礼したいのですが」
私は、レニキシードに目を向ける。
レニキシードは、先ほどまでのやりとりに呆れていたらしく、露骨にため息を一つ着いた。
「アリサ殿。あの紋様だが、紋様本人以外の魔力が注がれた時は、その魔力の保持者には『死』を命じたものであった――君といっしょにいたのが、レグルス殿でなければ、反転などできるはずはなかったのだ」
冷たい目で、冷静にレニキシードが私に告げる。
「君は優秀だ。しかし、二度とレキサクライなどに行かぬことだな」
「肝に銘じます」
私は、レニキシードに頭を下げた。レグルスに、目配せをする。退出時だ。
「アゼルさま。私達双子は、リゼンベルグ家に恩義があります。特に弟は、媚びやへつらいで、お仕えしているわけではありません。先ほどの弟への発言、侮辱と受け止めさせていただきますので」
私は、ジュドーを睨みつけながら、怒りに震えているロバートの手を引っ張っりながら部屋を出た。
ロバートの顔が硬い。こんなにこわばった顔は、見たことがないほどだ。
「……ごめんね。ロバート」
私は、ロバートの手を握りしめる。
「アリサが……謝ることじゃない」
ロバートは微かに笑った。
イシュタルトとロバートの関係は深い信頼関係で結ばれており、リゼンベルグ家に雇われていること自体は、けっして間違っているとは思わない。
でも。ロバートは優秀で。夢や希望がきっとあったはずだ。
父の借金のせいで、人生の選択の余地を奪われた。一番悪いのは、父であるが、私も、ロバートを売ったことには違いない。
「少しは、話を聞かせろ。事情が分からんことには、手伝えない」
レグルスが不満そうに私を見た。
「アゼルはどうも気に入らん。あんな奴がアリサの周りをチョロチョロするなんて、反吐が出る」
「レグルスさま……」
紫の瞳に見つめられ、戸惑いを覚え、ロバートの顔を見上げた。
「アリサ……お話ししよう。僕だけ……リゼンベルグ家だけでは、アリサを守れない」
ロバートは苦く笑った。
召喚魔術の魔法陣についての聞き取り調査をしたいと、魔道ギルドから正式に呼び出しをくらった。
交渉の結果、ロバートとレグルスが同席することを許された。
ひとえに、魔道ギルドに顔の利くロバートのおかげだろう。
当日、うちの店に迎えに来てくれた二人に挨拶をした。
が、レグルスはムッとしている。ご機嫌斜めだ。
「ご足労かけて、本当にすみません」
私は頭を下げる。無理もない。
調査に付き合ったところで、一銭の得にもならない。
それに、あの時の私の行動は、どう考えても褒められたものではなく、思い出したくもないだろう。
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レグルスはそう言って、ロバートを見た。
「ロバートに事情は聴いた。ジュドー・アゼルから、お前を守ることに異存はない。ないが、どうして、お前が『イシュタルトの女』って、設定なんだ?」
「え?」
私は、レグルスの紫の瞳に睨み付けられ、思わず身体がすくむ。
「その場に、イシュタルトさまがいらっしゃったので、つい」
考えなしの行動だったとは思う。
イシュタルトにかける迷惑とか、もっと考えるべきだった。
「別に問題はないと思いますよ。アゼル卿も、リゼンベルグ侯爵家相手なら、遠慮しないわけにはいきませんし」
ロバートがしれっと答える。
「そうかもしれないが、いつまで続けるつもりだ」
「さあ? アゼル卿が諦めればすぐ終わります」
ロバートの言葉に、レグルスはしかめっ面になった。
「あの男は、しつこいぞ」
「わかっています。相手が普通の人間だったら、姉の恋愛事情に、僕は基本的に口を出しません」
「……オレは、普通じゃなかったのかよ」
ブツブツとレグルスが小さく呟いた。
レグルスの言う通りだ。本当は逃げてばかりでは解決にならない。
しかし話してわからぬ相手と、どう接すればいいのだろうか。
「半年、一年ですめばいいが、そうでなければ、お前、いつまで『イシュタルトの女』でいるつもりだ?」
レグルスの言葉に、後頭部を殴られたような気持ちになった。
そうか。そうだよね。
「さすがに、そんなに長いと、イシュタルトさまにご迷惑ですよね」
イシュタルトは二十五歳で、いつ結婚してもおかしくない年齢だ。
見目麗しく、文武両道な次期侯爵で、縁談は山ほどあるにしろ、いつまでも私を庇っていたら得なことは何もない。彼の人生の障害になるだけだ。
「いや、アリサ、それは全然、気にしなくて平気だから」
ロバートが気にしたふうもなく言い切る。
いくら姉至上主義でも、それはヒドイと思う。
「イシュタルトの問題じゃない。アリサ自身はどうなんだ?」
「私ですか?」
私は首をひねる。
「イシュタルトさまに、慰謝料とか言われたら厄介ですね」
ただでさえ、借金があるのに。
「そうじゃない。お前自身の恋愛はどうなる?」
レグルスが探るような目で、私を見る。
「そんなこと考える余裕はないです」
相手もいないし、もともと借金もある。考えなければいけないとすれば、『愛人』設定の引き時だけだ。
「レグルス様」
ロバートが、レグルスの顔を見据える。
「アゼル卿のことに限らず、姉を本気で守ってくれて、姉が大恋愛の末選ぶのであれば、僕はその相手への支援は惜しみませんよ?」
「主の意志に反してもか?」
「当たり前です。ただし、姉の意志が一番です。そこは間違えないでください」
ロバートは強い口調で念を押す。
優秀な弟にそこまで言ってもらえるほど、私は価値ある人間なのか自信はない。
「ただし今日は、『設定』に付き合ってもらいますからね」
「わかったよ」
レグルスは、不承不承頷くと、魔道ギルドの本部が見えてくる。
私は、自分の頬をはたき、逃げそうになる心に喝を入れた。
呼び出されたのは、魔道ギルドの研究塔にある、応接室だった。
主に研究されているのは、魔術各種であるが、魔術付与の研究室なども存在する。そこでは、付与するための道具や、材料の研究などが行われていて、うちの父なら垂涎ものの新しい魔道具の開発がすすめられているという噂だ。
広い応接室には、私たち三人のほかに、ジュドー・アゼルと、私の魔導士認定の審査員をした、研究員の総括をしているレニキシードがいた。
部屋は窓が小さく、外光はほとんど入ってこない造りになっていたが、とても明るい。
部屋に入って椅子に座ると、女性の研究員と思しき人が、お茶を運んでくれた。
「さて、君の反転させたモニカの陣についてだが」
レニキシードが切り出した。年は二十代後半くらいだが、かなりのやり手らしい。
「召喚されたのはガーゴイル。個体数は?」
「……わかりません。十、二十ではすまないと思います」
「オレはたぶん、三十は壊した」
レグルスが答える。
「召喚スピードは?」
「え? えっと。え?」
どう説明していいかわからず、しどろもどろになる。
「たぶん、通常より早いな。少なくともオレが対峙したなかでは、トップクラスの速さだと思う」
さすが歴戦の勇者さまである。実戦経験皆無の私にはとても言えぬコメントだ。
「反転時に魔法陣は、見えていたか?」
「いえ。波動を辿りました。えっと。確か知識反転」
「知覚反転」
ロバートに召喚用語を訂正される。レニキシードが眉をひそめた。
だから、私は、召喚術苦手で、魔導士にも向いてないって言ったのに。
思わず、そう叫びたくなった。
「何か気が付いたことは?」
レニキシードがちろりと、私とロバートを見る。
「あ、えっと。最初に魔力の波動を感じたのと同じ波動を翌日に感じました。強さは前日のほうが大きかったとは思うのですが、波動がほぼ同じだったのが不思議です」
「と、言うと?」
「私の感じていた魔力の波動は、陣ではなく天井に付与された紋様のものでした。ガーゴイルに襲われてから波動を感じる余裕はあまりなかったですが、魔法陣そのものに魔力の波動がなかったような気がして……」
「そういえば、魔法陣からはアリサの匂いしかしなかったな」
ポツリとレグルスがそう言った。お願いだから、匂いって言わないでほしい。
「陣そのものの起動に使われた魔力は、天井の紋様から注がれていたようですから、当たり前でしょう」
ジュドー・アゼルが告げる。さすがに魔道のことに関しては、マトモなことをいう。
「張られたままの魔法陣は普通、術者が死ねば消える。しかし、偉大な術者に張られた陣は、停止はするが、消えることはない」
レニキシードは淡々と解説した。
「研究段階の技術ですが、陣に別の術者が力を注げば、魔法陣は眠りから覚めます。あの紋様はおそらくそう言ったものでしょう。しかも、ほんの少しの魔力の欠片があれば、それに見合った魔力を増幅するのです」
ジュドーが、得意げに語る。
ごめんなさい。
珍しくマトモに話しているのに、これは私の頭が悪くて、わからなかった。
「平たく言えば、あれは、アリサの魔力で発動し、アリサの魔力に合わせて召喚を始めたということでしょうか?」
ロバートが口をはさむ。
「そうです」
「本人に合わせてくれるなら、魔法陣反転は簡単なのでは? 私の魔導士認定は取り消しするべきでは?」
レニキシードが苦い顔をした。
「本人に合わせるのは、召喚スピードだ。陣そのものの破壊は、本来の魔法陣を張った術者との対抗になる。どちらにしろ、君は極めて優秀だ」
「なるほどねえ、アリサの術だから、召喚スピードが速いわけだ」
ふむふむと、レグルスが納得したように頷く。
「それにしても、意外ですねえ」
ニヤリとジュドーが口の端だけ上げて笑った。
「私の記憶では、近衛隊の副長様と、レグルス殿は、あまり仲はよろしくないと思っておりましたが?」
「……なんのことだ?」
「いえいえ。アリサ、貴女がレグルス殿と一緒にレキサクライに行くなんて、よく副長様はお許しになりましたね?」
「それは、魔法陣の聞き取り調査とは関係ないことではありませんか?」
私は、ジュドーを睨み付けた。
「では、質問を変えましょう。副長が依頼したならともかく、貴女のような一介の魔力付与師が、レグルス殿をよく護衛に雇えましたね?」
「……魔法陣に関係ないことについて、お答えする必要はないと思います」
「オレとイシュタルトの仲は悪くない。魔物掃討の時は、たいていアイツと同じ隊に雇われている」
レグルスは仏頂面でそう言った。レニキシードは興味なさそうに、ジュドーとのやり取りを見ている。
見てないで、止めてほしい。完全に脱線でしょう?
「姉の身を守るのに、最高の剣士をイシュタルト様がおつけになることに何か不審な点でも?」
ロバートの言葉に、内心冷や汗が出る。それでは、愛人というより、まるでお姫様のような扱いだ。
「では、今日のところは、そういう事に。あなたがたラムシードの双子がそろって、リゼンベルグ家と関わり合いがあるという理由に、いくつか心当たりがあります」
クスクスと、ジュドーが笑った。
「アリサ。貴女が、金と権力に捕えられ、日陰者にされるのを私は見ていられません。いずれ、その籠から、私が解放して差し上げます」
その微笑みに寒気がする。
「私、籠なんかに入っていません」
「御安心なさい。リゼンベルグ家を恐れ、本心を偽る必要はないのです。貴女は、私の傍らにいるのが、一番幸せだと、すぐに気が付きますよ」
「おめえ、いい加減にしろ」
レグルスは低い声で、アゼルをにらみつける。
殺気すら感じさせる迫力だったけれど、ジュドーは全く気にした様子はなかった。
鈍いのか、度胸が据わっているのか、判別できないけれど、たぶん鈍いのだと思う。
「アゼル卿。リゼンベルグ家と事を構えられるお覚悟がおありで?」
ロバートが、冷たく言い放つ。我が弟ながら恐い。
「ロバート君、君は志半ばで高等科の進学をやめ、リゼンベルグ家に強引に雇われた。金と権力にものを言わせるようなものに、君のような優秀な男が忠誠を向ける必要もないと思うがね。私はアリサだけでなく、君も自由にする準備があるのだよ?」
何かを知っているかのように、にやりとジュドーが笑った。ロバートの表情が硬くなる。
ラムシード家の一番デリケートな問題を、こんな男に触れてもらいたくはなかった。
「レニキシード様。お話が終わったなら、これで失礼したいのですが」
私は、レニキシードに目を向ける。
レニキシードは、先ほどまでのやりとりに呆れていたらしく、露骨にため息を一つ着いた。
「アリサ殿。あの紋様だが、紋様本人以外の魔力が注がれた時は、その魔力の保持者には『死』を命じたものであった――君といっしょにいたのが、レグルス殿でなければ、反転などできるはずはなかったのだ」
冷たい目で、冷静にレニキシードが私に告げる。
「君は優秀だ。しかし、二度とレキサクライなどに行かぬことだな」
「肝に銘じます」
私は、レニキシードに頭を下げた。レグルスに、目配せをする。退出時だ。
「アゼルさま。私達双子は、リゼンベルグ家に恩義があります。特に弟は、媚びやへつらいで、お仕えしているわけではありません。先ほどの弟への発言、侮辱と受け止めさせていただきますので」
私は、ジュドーを睨みつけながら、怒りに震えているロバートの手を引っ張っりながら部屋を出た。
ロバートの顔が硬い。こんなにこわばった顔は、見たことがないほどだ。
「……ごめんね。ロバート」
私は、ロバートの手を握りしめる。
「アリサが……謝ることじゃない」
ロバートは微かに笑った。
イシュタルトとロバートの関係は深い信頼関係で結ばれており、リゼンベルグ家に雇われていること自体は、けっして間違っているとは思わない。
でも。ロバートは優秀で。夢や希望がきっとあったはずだ。
父の借金のせいで、人生の選択の余地を奪われた。一番悪いのは、父であるが、私も、ロバートを売ったことには違いない。
「少しは、話を聞かせろ。事情が分からんことには、手伝えない」
レグルスが不満そうに私を見た。
「アゼルはどうも気に入らん。あんな奴がアリサの周りをチョロチョロするなんて、反吐が出る」
「レグルスさま……」
紫の瞳に見つめられ、戸惑いを覚え、ロバートの顔を見上げた。
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ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。
ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。
解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。
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呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?
強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。
※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※
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