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侯爵令嬢のご依頼 2
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「いや、こんな立派な部屋じゃなくていいですって! ロバートと一緒でも──それはロバートが嫌かもしれないけど、もっと狭いお部屋で作業台さえあれば。私、ベットがなくても寝れますし」
リゼンベルグ家に連れて行かれ、あてがわれた部屋に恐れおののき、案内してくれたリゼンベルグ家の執事に抗議した。年齢は、三十代前半くらい。ピシっとした姿勢に、堅苦しそうなオーラが漂っている。
広い部屋の中央に、品の良い応接セットが一つ。広い木の事務机と椅子が一脚。魔道具に照らされた明るいお部屋には、美しいタペストリーと花が飾られて。扉で区切られた隣の寝室には、天蓋つきで、一人で寝るとは思えない広さのベッド。白いレースのカーテンが素敵。
まるでお姫さまだ。こんな部屋に案内されるってことは、私は名実ともに「イシュタルト様の女」になってしまうのだろうか。
それにしたって、日陰者なら、もう少し地味な感じのほうがそれっぽいと――段々、自分が、何を考えているのかわからなくなってきた。
「アリサ様には、何一つご不自由のないようにと、仰せつかっております」
「居候の身分ですから、厩の片隅でも文句言いません。あ、でも、本当に厩だと仕事にならないので困りますが」
くっくっと、執事さんの肩が震えた。どうやら、笑われたらしい。
執事さん、それ、プロ失格だと思う。私、お客じゃないから、その方が親しみやすくていいですけど。
「お着替えが済みましたら、侍女が食堂にご案内いたします。アリサさまのご要望は、食事の時に直接、ご主人さまにお伝えくださいませ」
平たく言えば、文句は主に言え、駄々をこねたら使用人は迷惑だって、ことだろーか。
私は不承不承、豪華な客間に足を踏み入れる。
お着替えが済みましたらと言われたけれど。着替えなんぞ持ってきていない。
用意すると言われたが、そもそも、食事をするのに、この格好じゃまずいのだろうか?
私は部屋におかれた鏡台の前に立ち、自分を映す。いつもと変わらない男ものの地味な服装をした自分を見て、首をひねった。
別に、汚れてはいない。プレスだって、しっかりきいている。
はて?
不思議に思いながら、あてがわれた部屋のクローゼットを開けて呆然とした。
女物のドレスがズラリと吊り下げられている。
しかも普通に町娘が着るような代物ではない。
一見、簡素に見えるデザインのものでも、素材は滑らかなシルクだったりする。
仕立屋をしていて、嘘だろうと言われるかもしれないが、シルクなんぞ、取り扱ったことがない。まあ、高級仕立屋とはいえ、オシャレ着の店じゃないというのが、一番の理由だけど。
本格的に、囲われちゃう気がしてきた……。
身から出た錆。瓢箪から駒。いろいろ思うところはあるけれど。
でも、イシュタルトは、なしくずしで、女を囲うような男ではないと思う。
これ、注文品だ。
どう考えても上等な個別に仕立てたドレス。既製品ではない。
着れないサイズではない。しかし悲しい事実ではあるが、私より若干スリムな女性用に見える。
そもそも、イシュタルトはもちろん、ロバートだって、私のスリーサイズなど知っているわけがない。
と、いうことは、これは、他の誰かのクローゼットなのだ。
マジマジと見てしまった自分が恥ずかしい。
ふっと、我に帰ると、トントンというノックの音がした。
「アリサさま、入ってもよろしいですか?」
優しい女性の声だ。
「は、はい」
アリサさまって誰よ、と思いながら、私は返事をした。
私より少し上くらいの、可愛らしい女性がぺこりと頭を下げた。
「お世話を申し付かりました、フレイです」
フレイは、茶色の髪を結い上げて、藍色の侍女服に白いエプロンをつけている。
少しそばかすがあるものの、優しそうな目をした女性だった。
「アリサです。お世話かけます」
私は慌てて頭を下げる。
「お着替えはまだでしたか? お手伝いいたしましょうか?」
「あの――着替えって、これじゃダメでしょうか?」
フレイは私の服装を眺めて首を振った。
「本日のご夕食は若旦那さまのほかに、妹君のサリーナさま、旦那さま、そして奥さまもいらっしゃいます。できるだけご正装のがよろしいかと存じます」
「正装? でも、私、ただの居候ですから、皆さまとご一緒にお食事なんて」
「イシュタルトさまがそのようにおっしゃっておられます。ロバートさまもご一緒ですのでご安心ください」
「はあ」
「こちらのドレスは、奥さまから賜った品でございます。ご自由にお選びください」
「お、奥さま、で、ですか?」
私はのけぞった。それは、イシュタルトのおかーさまってことですよね?
居候に、おかーさまがドレスを貸すって、どーゆーことでしょうか。
「ご遠慮なさらずに。奥さまは、ロバートさまが大のお気に入りで、お姉さまであられるアリサさまに会われるのもとても楽しみにしておいでなのですよ」
「なるほど」
ちょっと、納得した。ロバートが真面目に勤務しているからこその待遇なのだ。
変な汗をかいた自分が恥ずかしい。
「こちらのドレスなどはいかがです?」
クローゼットに入っていた、大胆なチューブトップドレスをフレイは手に取って見せてくれた。
肩は丸出しで、胸元の谷間に、シャーリングが施されていて、とてもセクシーなデザインだ。
「あの。露出しすぎだと思うのですが」
私は控えめに反論する。こんなセクシードレスを着たらイシュタルトもロバートも、絶対に引くだろう。
だって、私は、いわば避難民で、本当にイシュタルトの愛人になりにきたわけではないのだから。
「そうでしょうか。アリサさまにお似合いだと思うのですけど」
残念そうにフレイが首を傾げる。
「あ、これがいいです!」
私は、薄い水色の比較的シンプルなデザインを選んだ。普段着用らしく、特に体を締め付けないタイプだ。
腰のリボンで腰囲を調節するタイプなので、比較的ゆったりしていてサイズフリーという、ちょっと悲しい選択理由なのはフレイには内緒である。
フレイが手伝おうとしてくれたが、それを断り、私は身支度を整えた。
ドレスを身にまとうと、ほぼ強制的に鏡台の前に座らされ、髪を結い上げられ、化粧を施された。
当社比で二倍ほど女子力がアップすると、フレアは満足げな笑みを浮かべた。
「アリサさまは、本当に白くて綺麗なお肌をしていらっしゃいますね」
「日にあたってないだけですよ」
ふーっと私はため息をついた。
どうにも調子が狂う。
道に迷いそうなくらいに広いお屋敷の廊下をフレアに案内されながら歩き、食堂に入る。明るく灯された魔道灯の下に、長テーブルが置かれ、イシュタルトと初老の男女、それから私より若干年下っぽい女性が一人と、ロバートが席についていた。
イシュタルトは私の姿を認めると、驚愕したような顔をして私を凝視した。
よほど、私の女装にびっくりしたらしい。ロバートは、私を見るとすっと立ち上がった。
私は、どうやらお貴族様達を待たせてしまったようだ。恐縮して、足が止まってしまうと、扉の傍で、ロバートが私に手を差し伸べエスコートをしてくれる。
「オズワルトさま、姉のアリサです」
ロバートは私を、一番奥の席に座っていた初老の男性に紹介した。
「アリサ・ラムシードです。この度は、私事でご迷惑をおかけ致しまして申し訳ありません」
オズワルトは、私を優しい目で見て微笑んだ。
「ロバートから話は聞いているよ。噂に違わぬ、美しいお嬢さんだね」
「本当に。どんなご令嬢よりお美しいわ」
おそらくオズワルトの奥方であろう女性が、私の手を取り褒めちぎってくれる。
この歓迎ぶりは何だろう?
ロバートの勤務態度がよほどいいのだろうか。ラムシード家とリゼンベルグ家は債務者と債権者という間柄だし、私に至っては、何の謝礼もできないのに、保護をしてもらっている身分である。
「素敵なドレスをお借りできて、夢のようです」
戸惑いながら、私はようやく答える。
「僕も、姉の女装は久しぶりに見ました」
ロバートがクスリと笑った。
「イシュタルトさまは、アリサの女装、初めてですよね?」
「あ、ああ」
ロバートに突然振られて、イシュタルトが言葉少なげに応える。闇色の瞳はずっと私を見ているのに、それ以上、言葉は続かないようだ。
女の格好を見てみたいと言われていたけれど――見て見たら、たいしたことなくてガッカリしたのだろう。
「妹のサリーナよ。いつも兄がお世話になっているそうね」
イシュタルトとよく似た闇色の瞳の女性がにっこり微笑む。さすがに兄妹だけあって、こちらもキラキラした美貌だ。
「お世話をかけているのは私のほうですし……」
私は勧められるままに椅子に腰かけ、美味しい食事をいただくことになった。
特別に豪勢というわけではないのだが、とても丁寧な調理がされていて美味しい。
なんだか場違いだなーと思いながら、ふと、部屋のことを思い出した。
「あの。私のお部屋、もっと狭くて大丈夫ですけど」
私がそう切り出すと、奥様が不思議そうな顔をした。
「あら。何か不足がありましたかしら?」
「不足じゃなくて、その……私、居候みたいなものですし、仕事しますから、あんな素敵な部屋を汚してしまったらたいへんです」
「あの部屋が一番使わない部屋なのよ?」
「で、でも……住み込みの使用人さんのお部屋の片隅でいいのですけれど」
「それは使用人の迷惑になる。お前の持ってきた仕事道具は多すぎる」
ボソッとイシュタルトに指摘され、私は、うっと言葉に詰まる。
着の身着のまま来いと言われたのに、大量の仕事道具があったせいで、わざわざ馬車を出してもらう手間をかけさせたばかりである。あの道具の山は確かに、邪魔かもしれない。
「もし、どうしてもと言うなら、イシュタルトの部屋の隣に空き部屋が一つあるのだけど」
くすくすとイタズラっぽく奥様が笑う。
「母上。いい加減にしてください」
イシュタルトが真っ赤になって、咳ばらいをした。
フレイが湯あみの手伝いとか言うのを制して、一人でお風呂に入ると、みたこともない上等なネグリジェが用意されていた。
生地に透け感があり、しかも滑らかな布は体のラインをしっかりと描いてくれるという、まるで新婚さんの花嫁が着るようなデザインである。
これから先、着ることがないような上等な布地だ。しかも、エロティックなのに、下品ではない。袖を通してみたいような気もしたが、仕事をしたかったので、私は家からこっそり持ってきた涼感用の寝巻に着替えた。これは上がシャツで、下がズボンのツーピースのいわゆるパジャマだ。
魔道ミシンの作業は夜にやるとうるさいので、コルの実で染め上げた糸を糸巻に巻く作業を事務机の上で始めた。
黙々と作業を続けていると、ドアをノックする音がした。
「アリサさん、サリーナです」
「え? サリーナさま?」
突然の意外な訪問にうろたえながらも、私は扉を開けに立った。
扉の前に、可憐としか表現しようのない、可愛らしいネグリジェにガウンを羽織った姿のサリーナが立っていた。
私は、彼女を応接セットのソファーに掛けるように言い、控室にいたフレイにお茶を頼んだ。
「随分、変わった格好ですのね」
サリーナは私のパジャマを見ていった。お貴族様は男性でも寝巻はワンピースのものを着る人が多いと聞く。
「この方が、仕事がしやすいので。それに、これは、ちょっと秘密がありまして」
私は、パジャマのボタンを外して、サリーナに裏の生地を触るように言った。
「あら。ひんやりとしているのね?」
「涼感タイプパジャマの試作品です。残念ながら、まだ商品にはしておりませんけど」
「どうして?」
「一晩通して快適かどうか、今、人体実験中なので」
「まあ」
サリーナは面白そうに私を見つめた。
ノックの音がして、フレイがお茶を運んできてくれた。
「ねえ、アリサさんは、恋人さんはいらっしゃるの?」
お茶の香りを楽しみながら、サリーナが話を切り出した。
「いえ――というか、変な奴に追っかけられて、困っているからここにいるのですが」
「あら? そうなの?」
え? どういう話で私はここにいることになっているのだろう?
「あの、それならお願いがあるの」
サリーナが声を潜める。
「週末に、皇室主催の夜会があるの。それに、兄と一緒に出てくださらない?」
「はい?」
意味がわからず、私は目が点になる。
「うちの兄ったら、縁談という縁談はすぐ蹴り倒すし、夜会でも女性は寄せ付けないの。昔はそうでもなかったのだけど……」
サリーナはふーっとため息をつく。
「ロバートがうちに来たころから、ぷっつり女っ気がなくなって。だから、最近、社交界で変な噂が立ってしまって」
「変な噂?」
サリーナが綺麗な眉を寄せた。
「うちの兄とロバートが恋仲にあるっていう噂よ」
「え?」
私は絶句した。
「ありえません」
私は断言する。ロバートは多少姉至上主義かもしれないけど、ノーマルだと思う。
それに。イシュタルトだって。
私と二回もキスをした。
それが、『恋愛感情』とやらに基づいたものかどうかはわからないけれど。
「だからね。貴女が一緒に夜会に行ってくれれば、噂が払拭できるのよ」
にこり、とサリーナが私に笑顔を向けた。
リゼンベルグ家に連れて行かれ、あてがわれた部屋に恐れおののき、案内してくれたリゼンベルグ家の執事に抗議した。年齢は、三十代前半くらい。ピシっとした姿勢に、堅苦しそうなオーラが漂っている。
広い部屋の中央に、品の良い応接セットが一つ。広い木の事務机と椅子が一脚。魔道具に照らされた明るいお部屋には、美しいタペストリーと花が飾られて。扉で区切られた隣の寝室には、天蓋つきで、一人で寝るとは思えない広さのベッド。白いレースのカーテンが素敵。
まるでお姫さまだ。こんな部屋に案内されるってことは、私は名実ともに「イシュタルト様の女」になってしまうのだろうか。
それにしたって、日陰者なら、もう少し地味な感じのほうがそれっぽいと――段々、自分が、何を考えているのかわからなくなってきた。
「アリサ様には、何一つご不自由のないようにと、仰せつかっております」
「居候の身分ですから、厩の片隅でも文句言いません。あ、でも、本当に厩だと仕事にならないので困りますが」
くっくっと、執事さんの肩が震えた。どうやら、笑われたらしい。
執事さん、それ、プロ失格だと思う。私、お客じゃないから、その方が親しみやすくていいですけど。
「お着替えが済みましたら、侍女が食堂にご案内いたします。アリサさまのご要望は、食事の時に直接、ご主人さまにお伝えくださいませ」
平たく言えば、文句は主に言え、駄々をこねたら使用人は迷惑だって、ことだろーか。
私は不承不承、豪華な客間に足を踏み入れる。
お着替えが済みましたらと言われたけれど。着替えなんぞ持ってきていない。
用意すると言われたが、そもそも、食事をするのに、この格好じゃまずいのだろうか?
私は部屋におかれた鏡台の前に立ち、自分を映す。いつもと変わらない男ものの地味な服装をした自分を見て、首をひねった。
別に、汚れてはいない。プレスだって、しっかりきいている。
はて?
不思議に思いながら、あてがわれた部屋のクローゼットを開けて呆然とした。
女物のドレスがズラリと吊り下げられている。
しかも普通に町娘が着るような代物ではない。
一見、簡素に見えるデザインのものでも、素材は滑らかなシルクだったりする。
仕立屋をしていて、嘘だろうと言われるかもしれないが、シルクなんぞ、取り扱ったことがない。まあ、高級仕立屋とはいえ、オシャレ着の店じゃないというのが、一番の理由だけど。
本格的に、囲われちゃう気がしてきた……。
身から出た錆。瓢箪から駒。いろいろ思うところはあるけれど。
でも、イシュタルトは、なしくずしで、女を囲うような男ではないと思う。
これ、注文品だ。
どう考えても上等な個別に仕立てたドレス。既製品ではない。
着れないサイズではない。しかし悲しい事実ではあるが、私より若干スリムな女性用に見える。
そもそも、イシュタルトはもちろん、ロバートだって、私のスリーサイズなど知っているわけがない。
と、いうことは、これは、他の誰かのクローゼットなのだ。
マジマジと見てしまった自分が恥ずかしい。
ふっと、我に帰ると、トントンというノックの音がした。
「アリサさま、入ってもよろしいですか?」
優しい女性の声だ。
「は、はい」
アリサさまって誰よ、と思いながら、私は返事をした。
私より少し上くらいの、可愛らしい女性がぺこりと頭を下げた。
「お世話を申し付かりました、フレイです」
フレイは、茶色の髪を結い上げて、藍色の侍女服に白いエプロンをつけている。
少しそばかすがあるものの、優しそうな目をした女性だった。
「アリサです。お世話かけます」
私は慌てて頭を下げる。
「お着替えはまだでしたか? お手伝いいたしましょうか?」
「あの――着替えって、これじゃダメでしょうか?」
フレイは私の服装を眺めて首を振った。
「本日のご夕食は若旦那さまのほかに、妹君のサリーナさま、旦那さま、そして奥さまもいらっしゃいます。できるだけご正装のがよろしいかと存じます」
「正装? でも、私、ただの居候ですから、皆さまとご一緒にお食事なんて」
「イシュタルトさまがそのようにおっしゃっておられます。ロバートさまもご一緒ですのでご安心ください」
「はあ」
「こちらのドレスは、奥さまから賜った品でございます。ご自由にお選びください」
「お、奥さま、で、ですか?」
私はのけぞった。それは、イシュタルトのおかーさまってことですよね?
居候に、おかーさまがドレスを貸すって、どーゆーことでしょうか。
「ご遠慮なさらずに。奥さまは、ロバートさまが大のお気に入りで、お姉さまであられるアリサさまに会われるのもとても楽しみにしておいでなのですよ」
「なるほど」
ちょっと、納得した。ロバートが真面目に勤務しているからこその待遇なのだ。
変な汗をかいた自分が恥ずかしい。
「こちらのドレスなどはいかがです?」
クローゼットに入っていた、大胆なチューブトップドレスをフレイは手に取って見せてくれた。
肩は丸出しで、胸元の谷間に、シャーリングが施されていて、とてもセクシーなデザインだ。
「あの。露出しすぎだと思うのですが」
私は控えめに反論する。こんなセクシードレスを着たらイシュタルトもロバートも、絶対に引くだろう。
だって、私は、いわば避難民で、本当にイシュタルトの愛人になりにきたわけではないのだから。
「そうでしょうか。アリサさまにお似合いだと思うのですけど」
残念そうにフレイが首を傾げる。
「あ、これがいいです!」
私は、薄い水色の比較的シンプルなデザインを選んだ。普段着用らしく、特に体を締め付けないタイプだ。
腰のリボンで腰囲を調節するタイプなので、比較的ゆったりしていてサイズフリーという、ちょっと悲しい選択理由なのはフレイには内緒である。
フレイが手伝おうとしてくれたが、それを断り、私は身支度を整えた。
ドレスを身にまとうと、ほぼ強制的に鏡台の前に座らされ、髪を結い上げられ、化粧を施された。
当社比で二倍ほど女子力がアップすると、フレアは満足げな笑みを浮かべた。
「アリサさまは、本当に白くて綺麗なお肌をしていらっしゃいますね」
「日にあたってないだけですよ」
ふーっと私はため息をついた。
どうにも調子が狂う。
道に迷いそうなくらいに広いお屋敷の廊下をフレアに案内されながら歩き、食堂に入る。明るく灯された魔道灯の下に、長テーブルが置かれ、イシュタルトと初老の男女、それから私より若干年下っぽい女性が一人と、ロバートが席についていた。
イシュタルトは私の姿を認めると、驚愕したような顔をして私を凝視した。
よほど、私の女装にびっくりしたらしい。ロバートは、私を見るとすっと立ち上がった。
私は、どうやらお貴族様達を待たせてしまったようだ。恐縮して、足が止まってしまうと、扉の傍で、ロバートが私に手を差し伸べエスコートをしてくれる。
「オズワルトさま、姉のアリサです」
ロバートは私を、一番奥の席に座っていた初老の男性に紹介した。
「アリサ・ラムシードです。この度は、私事でご迷惑をおかけ致しまして申し訳ありません」
オズワルトは、私を優しい目で見て微笑んだ。
「ロバートから話は聞いているよ。噂に違わぬ、美しいお嬢さんだね」
「本当に。どんなご令嬢よりお美しいわ」
おそらくオズワルトの奥方であろう女性が、私の手を取り褒めちぎってくれる。
この歓迎ぶりは何だろう?
ロバートの勤務態度がよほどいいのだろうか。ラムシード家とリゼンベルグ家は債務者と債権者という間柄だし、私に至っては、何の謝礼もできないのに、保護をしてもらっている身分である。
「素敵なドレスをお借りできて、夢のようです」
戸惑いながら、私はようやく答える。
「僕も、姉の女装は久しぶりに見ました」
ロバートがクスリと笑った。
「イシュタルトさまは、アリサの女装、初めてですよね?」
「あ、ああ」
ロバートに突然振られて、イシュタルトが言葉少なげに応える。闇色の瞳はずっと私を見ているのに、それ以上、言葉は続かないようだ。
女の格好を見てみたいと言われていたけれど――見て見たら、たいしたことなくてガッカリしたのだろう。
「妹のサリーナよ。いつも兄がお世話になっているそうね」
イシュタルトとよく似た闇色の瞳の女性がにっこり微笑む。さすがに兄妹だけあって、こちらもキラキラした美貌だ。
「お世話をかけているのは私のほうですし……」
私は勧められるままに椅子に腰かけ、美味しい食事をいただくことになった。
特別に豪勢というわけではないのだが、とても丁寧な調理がされていて美味しい。
なんだか場違いだなーと思いながら、ふと、部屋のことを思い出した。
「あの。私のお部屋、もっと狭くて大丈夫ですけど」
私がそう切り出すと、奥様が不思議そうな顔をした。
「あら。何か不足がありましたかしら?」
「不足じゃなくて、その……私、居候みたいなものですし、仕事しますから、あんな素敵な部屋を汚してしまったらたいへんです」
「あの部屋が一番使わない部屋なのよ?」
「で、でも……住み込みの使用人さんのお部屋の片隅でいいのですけれど」
「それは使用人の迷惑になる。お前の持ってきた仕事道具は多すぎる」
ボソッとイシュタルトに指摘され、私は、うっと言葉に詰まる。
着の身着のまま来いと言われたのに、大量の仕事道具があったせいで、わざわざ馬車を出してもらう手間をかけさせたばかりである。あの道具の山は確かに、邪魔かもしれない。
「もし、どうしてもと言うなら、イシュタルトの部屋の隣に空き部屋が一つあるのだけど」
くすくすとイタズラっぽく奥様が笑う。
「母上。いい加減にしてください」
イシュタルトが真っ赤になって、咳ばらいをした。
フレイが湯あみの手伝いとか言うのを制して、一人でお風呂に入ると、みたこともない上等なネグリジェが用意されていた。
生地に透け感があり、しかも滑らかな布は体のラインをしっかりと描いてくれるという、まるで新婚さんの花嫁が着るようなデザインである。
これから先、着ることがないような上等な布地だ。しかも、エロティックなのに、下品ではない。袖を通してみたいような気もしたが、仕事をしたかったので、私は家からこっそり持ってきた涼感用の寝巻に着替えた。これは上がシャツで、下がズボンのツーピースのいわゆるパジャマだ。
魔道ミシンの作業は夜にやるとうるさいので、コルの実で染め上げた糸を糸巻に巻く作業を事務机の上で始めた。
黙々と作業を続けていると、ドアをノックする音がした。
「アリサさん、サリーナです」
「え? サリーナさま?」
突然の意外な訪問にうろたえながらも、私は扉を開けに立った。
扉の前に、可憐としか表現しようのない、可愛らしいネグリジェにガウンを羽織った姿のサリーナが立っていた。
私は、彼女を応接セットのソファーに掛けるように言い、控室にいたフレイにお茶を頼んだ。
「随分、変わった格好ですのね」
サリーナは私のパジャマを見ていった。お貴族様は男性でも寝巻はワンピースのものを着る人が多いと聞く。
「この方が、仕事がしやすいので。それに、これは、ちょっと秘密がありまして」
私は、パジャマのボタンを外して、サリーナに裏の生地を触るように言った。
「あら。ひんやりとしているのね?」
「涼感タイプパジャマの試作品です。残念ながら、まだ商品にはしておりませんけど」
「どうして?」
「一晩通して快適かどうか、今、人体実験中なので」
「まあ」
サリーナは面白そうに私を見つめた。
ノックの音がして、フレイがお茶を運んできてくれた。
「ねえ、アリサさんは、恋人さんはいらっしゃるの?」
お茶の香りを楽しみながら、サリーナが話を切り出した。
「いえ――というか、変な奴に追っかけられて、困っているからここにいるのですが」
「あら? そうなの?」
え? どういう話で私はここにいることになっているのだろう?
「あの、それならお願いがあるの」
サリーナが声を潜める。
「週末に、皇室主催の夜会があるの。それに、兄と一緒に出てくださらない?」
「はい?」
意味がわからず、私は目が点になる。
「うちの兄ったら、縁談という縁談はすぐ蹴り倒すし、夜会でも女性は寄せ付けないの。昔はそうでもなかったのだけど……」
サリーナはふーっとため息をつく。
「ロバートがうちに来たころから、ぷっつり女っ気がなくなって。だから、最近、社交界で変な噂が立ってしまって」
「変な噂?」
サリーナが綺麗な眉を寄せた。
「うちの兄とロバートが恋仲にあるっていう噂よ」
「え?」
私は絶句した。
「ありえません」
私は断言する。ロバートは多少姉至上主義かもしれないけど、ノーマルだと思う。
それに。イシュタルトだって。
私と二回もキスをした。
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