勇者さまの「プールポワン」、承ります!

秋月 忍

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結社ミザール 5

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「イシュタルトさま?!」
 私は目の前の女神(仮)から、後退しながら、声に応えた。
「今、ここを開ける!」
 ロバートの声だ。
 しかし、液体が盛り上がり、唸るように震える。
 私の身体は、金縛りにあったかのように、動かない。
 この身体が欲しい、そう、私じゃない何かが訴える。
 ぎっと、音がして、光が差し込んできた。
「アリサ!」
 逆光ではっきりとわからなくても、ロバートとイシュタルトがそこに立っているのがわかった。
 こみ上げた喜びに相反する様に、私の中に殺意が膨れ上がる。
 血が欲しい、肉を喰らいたいと、獣のような欲望が瞳に映る二人をとらえていた。
「ダメ……」
 私は噴き出る殺意を必死に抑え、全神経を液体に向け、集中する。
「我。魔の理を持って命ずる。燃えよ!」
 液体が発火する。と同時に、左腕に激痛が走り、私は思わず悲鳴を上げた。
「アリサ!」
 イシュタルトが私の傍らに駆け寄り、私と液体の中に割って入る。
 私の中の何かが、邪魔をするなと怒りに満ちた。
「私から離れて!」
 私は絶叫する。止められない。膨れる憎しみが止まらない。
 薄闇の中で満ちていく黒々とした液体が火を飲み込みおわると、私を庇おうとするイシュタルトに怒りを向けたのが私にははっきりと感じられた。
 イシュタルトが剣を抜く。
 刀身が光を帯びている。魔力付与された剣で降りかかる液体を切り裂いた。
 液体は、剣に切り裂かれるように二つに弾かれ、再び床にみちていくソレとひとつになる。
「アリサ……反転させる。波動を合わせて」
 ロバートが叫ぶ。迷いは全くない。私には無理だが、ロバートならきっと反転できる。
「虚は実に。実は虚に。光は闇に。闇は光に。我、魔の理を持って命ずる。反転せよ」
 ロバートの呪文が紡がれるのに合わせて、私は意識を集中する。ロバートのイメージが流れ込んでくると、女神(仮)の憎しみが同時に膨れ上がり、私の集中を阻害しようとした。
 私は必死で暗い欲望を切り離そうとするが、女神(仮)の欲望は私の中でしがみつく。ロバートの魔力に引きずられながらも女神(仮)は、私を手放さない。
 意識はしていなかったが、私は泣き叫んだらしい。
「アリサ!」
 不意に身体が何かに抱きしめられたのがわかった。
 そして闇の渦へ還っていく女神(仮)から、その、大きな腕が私を肉体につなぎとめる。
 こんな魔術は聞いたことがない。でも、私を支えてくれる優しい力が私に流れてきて、私は女神(仮)を振りほどいた。
「アリサ」
 私をつなぎ止めた力をくれたひとの優しい呼び声。
「イシュタルトさま……」
 私は、その大きなたくましい胸に倒れこむように意識を失った。


  その後。私は、一週間、高熱に侵された。
  しかし、世間ではそれどころではなかった。何しろ、結社ミザールの陰謀やメンバーが白日の下にさらされたからである。
 のちに、ロバートから聞いたところによると、現皇帝の甥っ子であるムスファリン(閣下は、そう言う名前だったらしい)を筆頭に、魔道ギルドのアルコル、レニキシードなどをはじめ、牢に入りきらないくらいの逮捕者が出たらしい。
 ムスファリンは、国外へお預けという名の追放となり、あとのメンツは裁判待ちである。
 ちなみに。ジュドー・アゼルは、姿を消したらしい。私の命が助かったのは、彼のおかげでもある。
 あのナイフ一本で、彼の罪が消える訳でも、私の中の彼への嫌悪が一気に払拭されるわけでもないけれど。
 どこかで、まっとうに人生をやり直してほしい、と、思う。
「とにかく、熱が下がって、よかったな」
 皇太子殿下にじきじきにお見舞いに来てもらい、私は恐縮する。部屋にいるのは、私とイシュタルト、皇太子にロバートとエレーナだ。丸テーブルの上に、暖かな紅茶が用意され、甘いお菓子が添えられている。
 用意されている、ティーセットのお菓子は、殿下が持ってきてくれたものだ。
 優雅な状況からもわかると思うが、うちの実家ではない。
 私は、ずっとリゼンベルグ家で看病されている。父もその方が良いと言って、一度お見舞いに来て帰ってしまった。
 ずうずうしい父と違って私は気が気ではなかったが、父ひとりでは看病できないと、ロバートに諭された。
 しかし、フレイの献身的な看護はともかく、忙しいはずのイシュタルトが、ずっと私の傍らにいてくれるのは、さすがに申し訳ないと思う。
「まあ、とにかく、今回のことで、俺は思った。アリサには、絶対、手を出すまいとね」
 くすくすと、アステリオンが笑う。
「結界用の石を返しに行った、アリサが消えたってわかったら、ロバートとイシュタルトの行動の早いことと言ったら」
「殿下!」
 イシュタルトの顔がやや苦い。
「攫われた先がムスファリンの屋敷だって、突き止めると、もうレヌーダや俺の命令なんて聞く前に、勝手に二人で突入して、ほぼ二人で制圧したんだぜ」
「随分、ご無理をさせたのですね」
 私は申し訳ない気持ちになる。ロバートはともかく、イシュタルトにそこまで無理をさせてしまったとは。
「命令違反の謹慎処分も、君のそばで有意義に過ごしていて、少しも堪えてないしねえ」
「き、謹慎?」
 初めて聞いた言葉に、私は目を丸くした。
「そりゃあ、近衛隊の副長が、命令もないのに勝手に突入しちゃったもの。無罪放免ってわけにはいかないわ」
 エレーナの言葉に私は慌てふためく。
「処罰、ですか?」
 どうしよう、と思う。
「あの。私、なんでもします。ふたりは悪くないです。私が不注意でした。お金はありませんが、お金ですむなら必ず払いますし。ロバートは本当に姉想いな子なのです。イシュタルトさままで巻き込んでしまって……」
 私が全面的に悪いわけではないが、私がもう少し注意していれば、攫われずに済んだかもしれない。
「アリサ、気にするな。俺が好きでしたことだから」
 イシュタルトの言葉に、ロバートが頷く。
「アリサ。あのね、一応、僕は止めた側なの。暴走したのはイシュタルトさまの方だから。まあ、結論的には僕も一緒に突入したけどね」
「え?」
 私は、言葉を失う。何故? という疑問符が頭の中を駆け巡る。
「ま、それもあるからね。俺、ロバートを貰うから。ロバート・ラムシードは今日付けで、皇太子直属の魔導士な」
「え?」
 驚く私たちに、アステリオンはニヤニヤと笑う。
「ロバート、お前だって命令違反だから。俺がしっかり監督するってことでギルドに納得させたんだぞ」
「しかし、それは」
 ロバートは困ったように私とイシュタルトを見た。ロバートにとっては、皇太子直属になることは出世だ。悪い話ではない。主に、ラムシード家とリゼンベルグ家の契約の問題が残るだけだ。
「ラムシードの優秀な魔導士は、もう一人いるもの。ロバートが突然、抜けたところでリゼンベルグ家は困らないでしょ」
 ニコリと、エレーナが笑う。
「私、ですか?」
 私は慌てた。それは、一度は考えたことだ。ロバートのためには、そのほうが良いとは思う。でも。
「殿下、お言葉ですが、僕はリゼンベルグ家と終身雇用契約で」
「そこは、ロバート本人ではなく、ラムシード家との契約に変えろ。どうせ、終身契約には違いあるまい? イシュタルト」
 アステリオンが強引に結論づけたが、いまいち意味がわからない。
「でも、私では、ロバートの代わりにはなりませんし」
 私の言葉に、アステリオンは大笑いした。
「アリサ、ちょっと違うぞ。この場合、ロバートがアリサの代わりにならないのさ。ロバートじゃ、嫁にはできんからな」
「嫁?」
 私とイシュタルト、そして、ロバートの三人が異口同音に絶句する。
「親父が言うにはね、イシュタルト・リゼンベルグは、アリサ・ラムシードと速やかに婚約しろ、とのことだ」
「え?」
 あまりといえば、あまりの言葉に、事態が呑み込めない。
「そうですか。そのような陛下のご命令なら……僕は殿下のもとへ参りますよ」
 ふう、とロバートがそう言った。ホッとしたような顔に見えた。
「陛下の命でなくても、イシュタルトは今後、軽はずみな行動をしないために、身を固めるべきね」
 エレーナはイシュタルトをこつく。
「じゃあ、そういうことで。親父は正式に立会人になるって言っているから、追って連絡するわ」
 軽く笑って、アステリオンは立ちあがった。
「あ、見送りはロバートだけでいいぞ。アリサは病み上がりだしな。帰るぞ、エレーナ」
「じゃあね、アリサ。お大事にね」
 エレーナは微笑む。ロバートは、さりげなくエレーナの手を取って、皇太子とともに部屋を出て行った。
 頭が混乱していた。
 ロバートが皇太子直属の魔導士になる。これは理解できた。納得もできる。
 それで、ロバートの代わりに私が、リゼンベルグ家の魔導士になる。それは、適性云々を語らなければ、そういう方法もあるなあと思った。合理的な解決法かもしれない。
 が。
「嫁?」
 私は、思わず首を傾げる。しかも皇帝自ら立会人になって婚約? 誰と誰が?
「許せ、アリサ。否と言えない立場に、追い込んでしまった」
 イシュタルトがすまなそうに私に頭を下げた。
「もともと、俺が望めば、アリサは断れないとわかっていたから……ずっと、言えなかったが、こうなる前から、俺はずっとそのつもりだった」
 隣りに座っていたイシュタルトの手が伸びて、私の手をとる。その硬い感触にドキリとした。
「フェアでないことはわかっている。俺の嫁になってほしい。でも、これは、陛下の命だからではない」
「お嫁さん? 私がイシュタルトさまの?」
 あまりと言えばあまりの言葉である。
「あの、私の立場では愛人が身分相応では?」
 そもそも、私は債務者の娘で。持参金などあるはずもなく、借金は未だ山積み。魔導士になったとはいえ、優秀とは言い難いし、愛想もない。
 どこをとっても、侯爵家の嫁に相応しいとは思えない。
 そこまで考えたところで、ハタと気が付く。自分の迷いが、イシュタルトの「嫁」になることの抵抗ではなく、リゼンベルグ侯爵家の「嫁」になるということであることに。
「俺はアリサ以外の女性に興味がない。男色の噂が出てしまうぐらいにな」
 イシュタルトの手が私の頬にのびた。 
「でも……」
「俺が相手では嫌か?」
 その言葉に、思わずイシュタルトの顔を見る。真摯な闇色の瞳とぶつかり、私の胸が騒いだ。
 なぜだろう。イシュタルトの側に居ることに違和感は全くなくて。
「私で、本当によろしいのですか?」
「アリサでなくてはダメだ」
 甘い声でそう囁くと、私をそっと引き寄せる。女神(仮)から私を助けてくれた暖かなものがその腕から伝わってくる。
「後悔なさっても、知りませんよ?」
 そして、そのままイシュタルトの胸に身体を預けた。
「するわけないさ」
 イシュタルトは優しく私にキスをした。

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