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第二章 朏いくさと小さな怪物
三日前(その1)
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―三日前―
いくさは手馴れた手つきで新聞の束を自転車のカゴ一杯に詰めていた。かじかんだ手を擦りあわせ、凍えた息を吹きかける。
「ひゃっ!?」
突然首筋に熱を感じ、いくさは声を上げる。振向くとそこにはスウェット姿の青年がいた。青年は缶コーヒーを手渡しニッコリと笑う。
「朏お疲れ。それ、おごりね」
“朏”青年は彼女をそう呼んだ。トレンチコートにミニスカスパッツの女の子。いくさは冷たい手で缶コーヒーを受け取ると顔をしかめる。
「たくキム兄は、まぁ~た学校休んだな」
「仕事頑張るのも良いけど学費だけ払って授業に出なかったら本末転倒だよ」
“キム兄”と呼ばれる長身の青年。二人とも新聞奨学生でラノベ主人公科の生徒である。キム兄は仕事ができ店長からの信頼も厚い。無理な仕事を振られる事も多く、学校を当然のように休んだ。
いくさはそんな彼を常々心配していた。
「あはははは、確かにそうだけど店長が困ってるのにほっとけないだろ?」
「だからって人が好過ぎ、もう少し自分の事考えなよ」
「俺は良いの、人助けは本能みたいなもんなんだから」
人助けはヒーローの性とはよく言ったもの、自身の犠牲を省みないキム兄は正に主人公の鏡と言っていい。しかしそんな彼を見ているといくさは無性にやるせなくなる。
「ヒーローなんて辞めとけ!」そんな男の言葉が彼女の脳裏を過った。
「ねぇキム兄?もしヒーローになるのは辞めとけって言われたらどうする?」
「は?」
キム兄は首を傾げる。
「今日、ラノベ主人公科に新しい先生がやって来てそう言ったんだ。自己犠牲の精神が皆を不幸にするんだってさ」
「へぇ~・・・最低な奴だな。ヒーロー業界がキツイのは知ってるけど、俺は好きで人助けしてるしね。それにやっぱヒーローって憧れるじゃん?」
キム兄は拳を構え、パンチの素振りをする。左ジャブを二回、右ストレートを一回、捻りを入れて繰り出した。いくさはその姿に苦笑する。
「はぁ?・・・自己犠牲が美徳なのは分かるけど、そんな憧れるような主人公いる?」
「ラノベ主人公超クールだろ?」
「どんなに凄い才能を持っていても自分は普通だと謙遜するし、手先が器用で料理も上手い。不良と喧嘩しても絶対に負けないし的を射たカッコいい台詞をあぁもズバズバ言えるのはラノベ主人公くらいだから」
「それかえってうざいから。何処が魅力的なんだよ」
「じゃあ朏はどうしてラノベ主人公科に入ったんだ?」
「ほら、ラノベ主人公って基本不殺でしょ?私は悪人にも優しい主人公になりたいんだ」
「あはは、そりゃ奇麗事が過ぎるだろ。世の中救えない奴もいるぜ?」
「そんな事ないよ!」
いくさは不貞腐れて受け取った缶コーヒーを突き返した。大概皆、何かしらのヒーローに憧れている。あんな風になりたいと言う憧れが彼等を主人公の道へと歩ませた。しかしいくさは違った。その逆で尊敬できる主人公がいないから自分が真の主人公になろうと思ったのだ。
彼女は蛮勇を決して許さない。相手の攻撃にも一切屈っせず、傷つける事無く相手を説得する。「罪を憎んで人を憎まず」彼女に関わったあらゆる悪を拒み、その無意味さを理解させて悪事を止める。それこそ彼女が求める理想のヒーロー像だった。
たまたまそれがラノベ主人公に近かっただけで、別段彼等を尊敬している訳ではない。だがそれを語ると決まって馬鹿にされた。あの気の優しいキム兄ですら奇麗事と罵った。
いくさは自転車に跨りペダルを踏む。
「キム兄達の方こそ間違ってるんじゃない?自分の正義を他人に押し付けるなんて良くないよ、ましてや暴力で従わせるなんてもっての外だ」
「ラノベ主人公がいつ暴力で相手を従わせたんだよ?皆主人公と拳を交えて改心したけだろ?」
「そんなの魔法少女の浄化と一緒の理屈じゃないか。自分の都合の良いように解釈してるだけだよ」
そう言うといくさは自転車を漕ぎ出す。
「ちょ・・・」
キム兄が呼び止める間もなく彼女は走り去ってしまった。
彼はその後姿をしばし眺めると深く嘆息した。
いくさは手馴れた手つきで新聞の束を自転車のカゴ一杯に詰めていた。かじかんだ手を擦りあわせ、凍えた息を吹きかける。
「ひゃっ!?」
突然首筋に熱を感じ、いくさは声を上げる。振向くとそこにはスウェット姿の青年がいた。青年は缶コーヒーを手渡しニッコリと笑う。
「朏お疲れ。それ、おごりね」
“朏”青年は彼女をそう呼んだ。トレンチコートにミニスカスパッツの女の子。いくさは冷たい手で缶コーヒーを受け取ると顔をしかめる。
「たくキム兄は、まぁ~た学校休んだな」
「仕事頑張るのも良いけど学費だけ払って授業に出なかったら本末転倒だよ」
“キム兄”と呼ばれる長身の青年。二人とも新聞奨学生でラノベ主人公科の生徒である。キム兄は仕事ができ店長からの信頼も厚い。無理な仕事を振られる事も多く、学校を当然のように休んだ。
いくさはそんな彼を常々心配していた。
「あはははは、確かにそうだけど店長が困ってるのにほっとけないだろ?」
「だからって人が好過ぎ、もう少し自分の事考えなよ」
「俺は良いの、人助けは本能みたいなもんなんだから」
人助けはヒーローの性とはよく言ったもの、自身の犠牲を省みないキム兄は正に主人公の鏡と言っていい。しかしそんな彼を見ているといくさは無性にやるせなくなる。
「ヒーローなんて辞めとけ!」そんな男の言葉が彼女の脳裏を過った。
「ねぇキム兄?もしヒーローになるのは辞めとけって言われたらどうする?」
「は?」
キム兄は首を傾げる。
「今日、ラノベ主人公科に新しい先生がやって来てそう言ったんだ。自己犠牲の精神が皆を不幸にするんだってさ」
「へぇ~・・・最低な奴だな。ヒーロー業界がキツイのは知ってるけど、俺は好きで人助けしてるしね。それにやっぱヒーローって憧れるじゃん?」
キム兄は拳を構え、パンチの素振りをする。左ジャブを二回、右ストレートを一回、捻りを入れて繰り出した。いくさはその姿に苦笑する。
「はぁ?・・・自己犠牲が美徳なのは分かるけど、そんな憧れるような主人公いる?」
「ラノベ主人公超クールだろ?」
「どんなに凄い才能を持っていても自分は普通だと謙遜するし、手先が器用で料理も上手い。不良と喧嘩しても絶対に負けないし的を射たカッコいい台詞をあぁもズバズバ言えるのはラノベ主人公くらいだから」
「それかえってうざいから。何処が魅力的なんだよ」
「じゃあ朏はどうしてラノベ主人公科に入ったんだ?」
「ほら、ラノベ主人公って基本不殺でしょ?私は悪人にも優しい主人公になりたいんだ」
「あはは、そりゃ奇麗事が過ぎるだろ。世の中救えない奴もいるぜ?」
「そんな事ないよ!」
いくさは不貞腐れて受け取った缶コーヒーを突き返した。大概皆、何かしらのヒーローに憧れている。あんな風になりたいと言う憧れが彼等を主人公の道へと歩ませた。しかしいくさは違った。その逆で尊敬できる主人公がいないから自分が真の主人公になろうと思ったのだ。
彼女は蛮勇を決して許さない。相手の攻撃にも一切屈っせず、傷つける事無く相手を説得する。「罪を憎んで人を憎まず」彼女に関わったあらゆる悪を拒み、その無意味さを理解させて悪事を止める。それこそ彼女が求める理想のヒーロー像だった。
たまたまそれがラノベ主人公に近かっただけで、別段彼等を尊敬している訳ではない。だがそれを語ると決まって馬鹿にされた。あの気の優しいキム兄ですら奇麗事と罵った。
いくさは自転車に跨りペダルを踏む。
「キム兄達の方こそ間違ってるんじゃない?自分の正義を他人に押し付けるなんて良くないよ、ましてや暴力で従わせるなんてもっての外だ」
「ラノベ主人公がいつ暴力で相手を従わせたんだよ?皆主人公と拳を交えて改心したけだろ?」
「そんなの魔法少女の浄化と一緒の理屈じゃないか。自分の都合の良いように解釈してるだけだよ」
そう言うといくさは自転車を漕ぎ出す。
「ちょ・・・」
キム兄が呼び止める間もなく彼女は走り去ってしまった。
彼はその後姿をしばし眺めると深く嘆息した。
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