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第一幕
最初の記憶
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私の最初の記憶は何十、何百という殺された記憶から始まった。膨大すぎる量の記憶に頭が割れるような痛みに吐き気を催し、高熱で生死を彷徨ってもこの可哀想な女の子を尋ねてくる人物はこの大きく広大な家では誰1人いなかった。
「(嗚呼…死にたい)」
最早、前世からの口癖になりつつあった言葉が口から出そうになるのをグッと抑えて出たのは小さなため息だった。
私が憑依した小さなお姫様はこの国の唯一無二である公女、ニーアム・テオ・エリース。現在8歳の小さな子供。3年前に魔力暴走により母親を殺し、家族であった公爵である父と兄から見放された名だけの公女だ。何の力も権力もない子供に媚びる大人など誰1人おらず、広大な家の中の隅に追いやられ、埃被る部屋でひっそりと生きる私を、外では忘れられた人形と呼ぶ人達もいるらしい。
「(育児放棄、児童虐待…)」
現代だったらどんだけ大きなニュースになっただろうか。いや、存外そういう関係のニュースが溢れんばかりにあった現代じゃすぐに違うニュースで塗り替えられてしまったかもしれない。
「……おかあさま」
美しかった女性、幸せだった家族、ハッピーエンドもお似合いの幸福を体現した世界は、一瞬にして崩れさった。赤く、どす黒く赤黒く染まった深い色が鮮明な金色を侵して、錆び付かせて世界が暗くなっていった。何故、母親はこの子に真実を話せない呪いをかけたのか。呪い、はたまた魔法…それをかけることによって最愛の娘に降りかかる災いを考えなかったのか。それとも、それすらなくても自分が愛した男ならば娘を守ってくれると信じていたのか。
「…ばかなやつら」
自嘲気味にこぼした言葉がシンとした部屋に響いた。何もない部屋のベッドから降りて、片付けることすらしない汚れて、荒れ果てた床から鏡の割れた破片を手に取った。弱々しい子供の握力でも、握り込めば破片が肉をさいて赤い血が床に落ちた。
何の感情も浮かばないまま、また大きめの破片をとって力の入らない足を動かして何日、何週間ぶりの外へと踏み出した。
外の景色は、中心に行くにつれてあの部屋とはかけ離れた光景になっていく。
光のさす暖かな陽気、人々の活気が溢れる美しい公爵家、そんな中でボロ雑巾のような子供を見つけた使用人が嫌悪を隠すことなくこちらを見ていた。
母の生前は、毎日のように手入れをされていた髪は傷んで灰を被ったような汚い色に、食事は一日に一度家畜が食べるような残飯を。そんな日々を送った子供がすくすくと育つわけもなく、人形という名前も豪華に感じるほど貧民街の乞食のような姿に、家族だった彼らはどんな顔をするのだろうかと考えたら少しだけ愉快になった。
「お前っ」
この家で最も温かで、もっとも美しく、素敵な思い出がたくさんあったはずの母が大切にしていた場所。家族の団欒の場所にはもう公女がいる。
声を上げたのはきっと兄と呼ばれていた誰か。声も聞くのも、姿を見るのも母が亡くなった時以来だ。まあ、ここにいるやつら全員がこの子自身を裏切って、殺して、傷つけた加害者だろうけど。
「…何をしにきた」
伸び切った前髪から少しだけのぞいた声の主に、ふんわりと笑って見せた。自身では笑ったつもりだったけど、長年動かしてない表情筋は凝り固まっていてきちんと笑えていなかったかもしれないのは、その場にいた全員の顔が物語っていた。
「…おわかれを」
お別れを言いに参りした。そう長々と言うつもりが喉の渇きにより声はでず、中途半端に言葉が切れてしまった。
「別れだと?」
まあ、趣旨は伝わったからいいとしよう。怯えた表情を見せる従姉妹と嫌悪を表す兄、すでに表情が見えなくなった父と、全ての元凶である女。
ああ、小さなお姫様。一番の復讐は、殺すことかもしれないけれど、死ほどこの世で最も尊い事は何もないんだよ?
これ以上のない痛みも恨みも、妬みも全て無くしてくれる至上の喜び。一番、この世で恨みを晴らすのなら、やっぱり後悔が一番の復讐だ。ほら、味わって見せてよオトウサマ。貴方が恨み続けて、放置し続けて、貴方が全てを押し付けた貴方と貴方の愛した女性から生まれた唯一の娘がもう二度と貴方に触れられない後悔を。
「…おかあさま、やっと」
おかあさま。神様、ああ神様。許してください。無力な私を、私たちを。どうか、もうこの小さな女の子が母親の腕に抱かれることを。もう繰り返されることのないように。お願いだから。後悔してください。オトウサマ。
「ーーーー!!!」
何の躊躇いもなく手につかんでいたガラスの破片を喉に突き刺して頸動脈を掻っ切った。驚愕する顔のなかに浮かばれる醜い悦びの笑みをみて、にこやかに笑ってみせる。恐ろしい悪魔、怖しい化け物め。私の死は無駄じゃない。無駄にさせないこの子の悲しみを。呪詛にして何十も、何百もお前を苦しめて呪って、痛めつけて、もう二度と立ち上がれないほど、永遠の苦痛の中で苦しめばいい!!
「ニーア!!!」
「…あいにいきます」
誰の名前。誰も呼んではくれない、私の、いやあの子の唯一の宝物。お母さまがくれた美しい名前。もう決して似合わない黒く歪んでしまった私には似合わない…美しいなまえ。意識が遠くなっていく、死んでいくという感覚にやっと解放されるという感覚は、ああこんなにも暖かいだなんて。
さようなら、この愚かで醜い大嫌いな世界。
こんな復讐劇しか思いつかなくてごめんね、でもこれであなたも君も救われる。
あの悪夢のような現実から、もう誰も…傷つかなくて、済むように。
「(嗚呼…死にたい)」
最早、前世からの口癖になりつつあった言葉が口から出そうになるのをグッと抑えて出たのは小さなため息だった。
私が憑依した小さなお姫様はこの国の唯一無二である公女、ニーアム・テオ・エリース。現在8歳の小さな子供。3年前に魔力暴走により母親を殺し、家族であった公爵である父と兄から見放された名だけの公女だ。何の力も権力もない子供に媚びる大人など誰1人おらず、広大な家の中の隅に追いやられ、埃被る部屋でひっそりと生きる私を、外では忘れられた人形と呼ぶ人達もいるらしい。
「(育児放棄、児童虐待…)」
現代だったらどんだけ大きなニュースになっただろうか。いや、存外そういう関係のニュースが溢れんばかりにあった現代じゃすぐに違うニュースで塗り替えられてしまったかもしれない。
「……おかあさま」
美しかった女性、幸せだった家族、ハッピーエンドもお似合いの幸福を体現した世界は、一瞬にして崩れさった。赤く、どす黒く赤黒く染まった深い色が鮮明な金色を侵して、錆び付かせて世界が暗くなっていった。何故、母親はこの子に真実を話せない呪いをかけたのか。呪い、はたまた魔法…それをかけることによって最愛の娘に降りかかる災いを考えなかったのか。それとも、それすらなくても自分が愛した男ならば娘を守ってくれると信じていたのか。
「…ばかなやつら」
自嘲気味にこぼした言葉がシンとした部屋に響いた。何もない部屋のベッドから降りて、片付けることすらしない汚れて、荒れ果てた床から鏡の割れた破片を手に取った。弱々しい子供の握力でも、握り込めば破片が肉をさいて赤い血が床に落ちた。
何の感情も浮かばないまま、また大きめの破片をとって力の入らない足を動かして何日、何週間ぶりの外へと踏み出した。
外の景色は、中心に行くにつれてあの部屋とはかけ離れた光景になっていく。
光のさす暖かな陽気、人々の活気が溢れる美しい公爵家、そんな中でボロ雑巾のような子供を見つけた使用人が嫌悪を隠すことなくこちらを見ていた。
母の生前は、毎日のように手入れをされていた髪は傷んで灰を被ったような汚い色に、食事は一日に一度家畜が食べるような残飯を。そんな日々を送った子供がすくすくと育つわけもなく、人形という名前も豪華に感じるほど貧民街の乞食のような姿に、家族だった彼らはどんな顔をするのだろうかと考えたら少しだけ愉快になった。
「お前っ」
この家で最も温かで、もっとも美しく、素敵な思い出がたくさんあったはずの母が大切にしていた場所。家族の団欒の場所にはもう公女がいる。
声を上げたのはきっと兄と呼ばれていた誰か。声も聞くのも、姿を見るのも母が亡くなった時以来だ。まあ、ここにいるやつら全員がこの子自身を裏切って、殺して、傷つけた加害者だろうけど。
「…何をしにきた」
伸び切った前髪から少しだけのぞいた声の主に、ふんわりと笑って見せた。自身では笑ったつもりだったけど、長年動かしてない表情筋は凝り固まっていてきちんと笑えていなかったかもしれないのは、その場にいた全員の顔が物語っていた。
「…おわかれを」
お別れを言いに参りした。そう長々と言うつもりが喉の渇きにより声はでず、中途半端に言葉が切れてしまった。
「別れだと?」
まあ、趣旨は伝わったからいいとしよう。怯えた表情を見せる従姉妹と嫌悪を表す兄、すでに表情が見えなくなった父と、全ての元凶である女。
ああ、小さなお姫様。一番の復讐は、殺すことかもしれないけれど、死ほどこの世で最も尊い事は何もないんだよ?
これ以上のない痛みも恨みも、妬みも全て無くしてくれる至上の喜び。一番、この世で恨みを晴らすのなら、やっぱり後悔が一番の復讐だ。ほら、味わって見せてよオトウサマ。貴方が恨み続けて、放置し続けて、貴方が全てを押し付けた貴方と貴方の愛した女性から生まれた唯一の娘がもう二度と貴方に触れられない後悔を。
「…おかあさま、やっと」
おかあさま。神様、ああ神様。許してください。無力な私を、私たちを。どうか、もうこの小さな女の子が母親の腕に抱かれることを。もう繰り返されることのないように。お願いだから。後悔してください。オトウサマ。
「ーーーー!!!」
何の躊躇いもなく手につかんでいたガラスの破片を喉に突き刺して頸動脈を掻っ切った。驚愕する顔のなかに浮かばれる醜い悦びの笑みをみて、にこやかに笑ってみせる。恐ろしい悪魔、怖しい化け物め。私の死は無駄じゃない。無駄にさせないこの子の悲しみを。呪詛にして何十も、何百もお前を苦しめて呪って、痛めつけて、もう二度と立ち上がれないほど、永遠の苦痛の中で苦しめばいい!!
「ニーア!!!」
「…あいにいきます」
誰の名前。誰も呼んではくれない、私の、いやあの子の唯一の宝物。お母さまがくれた美しい名前。もう決して似合わない黒く歪んでしまった私には似合わない…美しいなまえ。意識が遠くなっていく、死んでいくという感覚にやっと解放されるという感覚は、ああこんなにも暖かいだなんて。
さようなら、この愚かで醜い大嫌いな世界。
こんな復讐劇しか思いつかなくてごめんね、でもこれであなたも君も救われる。
あの悪夢のような現実から、もう誰も…傷つかなくて、済むように。
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