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第一幕

絶望

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「(…死ねなかった)」

暗闇の中、意識を取り戻して思った事はこれの一言。絶望しかない。この子のためにやった最善が失敗してしまった。やっぱり魔法のある世界じゃ頸動脈切っても生き残れるのか…それとも体力がない力のない子供の力だったから上手く切れなかったのかな…。首に巻かれもしていない包帯にがっかりしながら、ため息をついた。
真っ暗闇の中、あんなに明るかった外は夕闇に染められて真っ暗だった。ベッドサイドにおいてあるライトがぼんやりと光っているのをみてここがあの埃被った部屋でないことを認識する。

「ーーーーー、」
「ーーー、ーーーーー」

部屋の外が騒がしくてうんざりする。死にたかった。死なせてあげたかった。解放して欲しかった。解放してあげたかった。もう楽になりたかった。もう楽にしてあげたかった。自分の考えと、自分がしてあげることの出来たこの子への願望が交差してぐるぐると意識が回った。

「まだ意識は取り戻していないのか?」

遠くから聞こえてたはずの声がはっきりと聞こえるくらいに近づいた頃、気配をころすように息を潜めた。目を開いて、あたかも今気づきましたお父様どうしてここに?なんてそんな王道と化してる転生物語なんて嫌だ。私はみんな仲良く大団円なんて望んでない。この子を傷つけた奴ら全員への復讐バッドエンドと私ができる永眠ハッピーエンドしか目的は何もないのだ。

「公女が自殺で死んだなど、」

家門の恥だ。なんて、普通に宣う親が現実にいるなんて、悲しい世界だよね。こんな世界に、取り残されてずっと戦っていたこの子は本当に、愛らしくて愚かで馬鹿なんだから。さっさと見離してしまえたばよかったのに。家族の愛なんて。愛、なんて目に見えないものを信じて、いつか、なんてまやかしを信じて戦って本当に

「…ばかなこども」

現代で希望もなく生きてきた。一般家庭のそこそこ愛されてたはずなのに、一生満たされることのない心の中で、笑って笑って笑って笑って笑って。本当の自分の姿さえもわからなくなってしまった私も、本当に愚かで馬鹿でマヌケな女。
だから死んでしまいたかったのに。だから確実な方法で頸動脈を切ったのに。ガラスの破片がいけなかったのかな、やっぱり切れ味のいいナイフで、刃渡が長いものだと力がなくて持てなかったから、持てる重さのナイフではきっと心臓を突き刺そうにも届かなかったから、そんな理由だったのに。

「(ああ、でも)」

この高さから落ちたなら、さすがに助からないかな。どこの部屋か、近づいてくる声に気をつけながら、力の入りづらい足を踏ん張って、地を這って、たどり着いたテラスの下を覗き込む。
びゅうびゅうと冷たい風が頬を撫でる。
熱が出ているのかもしれない。体が熱く、力が入らなかったから。
それでも、この世を生き続けると言う苦しみから解放されるなら、その苦しささえきっと幸せなことなのに。

「(…死にたくないの?)」

カタカタと震える体は私が意識していない、あの子の震えなのか。生への渇望、信じてほしいと叫んだあの子の心の隙間にある生きたいという少しの希望。嗚呼、だったらなぜこんな死にたがりの女がこの子に憑依したのか。この世に愛なんてないのに。世に執着しても苦しいだけなのに。手を伸ばしたって届きやしない希望を、ずっとずっと羨んで妬んで生きるなんて愚かで苦しくて辛いだけなのに。

「どうして…」

熱が上がったのかな。意識が朦朧とする。近くなっていく話し声と比例してまた意識が闇へ吸い込まれていく。
ニーア、哀れな公女さま、ニーアム・テオ・エリース。光の中に生まれたかわいい子…死にたがりの私とは正反対の可哀想で傷ついて哀れな強がりな馬鹿な女の子。
なんで、君はそこまでして誰かのために、何かのために頑張れるんだろうか。
愛されない世界なんて苦しいだけ。認められない世界なんて辛いだけ。見向きもされない世界なんて、ひとりぼっちなんて、もう私には耐えられない。

「(ああ、どうして)…死なせてくれないの」

私の意思なんて一つも通らないこんな世界、本当に好きになんてなれやしない。



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