悪役令嬢リティシア

如月フウカ

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誕生日パーティ編 その13

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「……追いかけてくるわ」


 考えるまでもなく、その言葉が自然と溢れる。私の言葉に、イサベルをはにっこりと微笑む。誰が見ても可愛らしく、愛らしい笑顔だ。


「はい。お気をつけて」


 まだ屋敷にいるかもしれない。早く追いかけなければ。手遅れになる前に。


 私がすぐにでも部屋を出ようと扉に手をかけたその瞬間、「公女様」と背後から声がかかる。


「……アーグレン?」


 振り返ると、アーグレンが真っ直ぐこちらを見つめていた。自由な発言を禁止されていた彼のことだから、と私を恨んで声をかけたのだろうかと思ったが、そうではなかった。


「公女様、公女様は以前から幾度となく問題に直面してきましたが、その全てを上手に対処致しましたよね」


「え?えぇ……」


 いきなり何を話すんだろうこの人はという視線を向けてしまったが、アーグレンは特に気にせずに言葉を続ける。


「こう言ってはなんですが、公女様が本気になればもっと上手に二人を結びつけることができたのではと……そう思ってしまうのです」


 そこまで言われてから、私は彼の言わんとしていることに気づいた。


「そうしなかった理由は一つしか考えられません。本当は……嫌なのではありませんか。公女様、どうか素直になって下さい。私の……たった一人の親友のためにも」


 彼は懇願するような眼差しをこちらに向け、彼はゆっくりと立ち上がると、深く頭を下げる。


「どうか……お願いします。リティシア公女様」


 私は黙って頷くと、部屋を飛び出した。屋敷の廊下を駆けながら、私は色々と考えを巡らせる。アーグレンの言葉が、イサベルの言葉が頭の中にこだまする。


 私は知らず知らずの内に二人の結婚が失敗に終わるように仕向けていたの?


 本当に……アレクは私が好きだったの?私はただの悪役なのに?


 分からない。私はどうすれば正解だったの?


 何故私は悪役令嬢リティシアとして生まれ変わったの?私に託された使命は物語をハッピーエンドに導くことじゃなかったの……?


 私だってそう望んでいたのに。アレクシスとイサベルを結婚させて……二人が幸せになるところを間近で見ることが私の運命だと思ってたのに。


 無我夢中で走ってあちこち部屋を探し回るが、彼の姿はない。もう帰ってしまったのだろうか。それともパーティ会場に……いやあんな状態で人の多い場所に戻るとも思えない。


 となればやはり帰ってしまったか……。


 いや、まだ探していないところが一つだけあるわ。まだ残っているかも……。もうこの可能性にかけるしかない。


 私は先程まで星を眺めていたバルコニーへと足早に向かう。


 ようやく辿り着くと、半透明な扉から、一人のシルエットが浮かび上がる。そこには、私がよく知る人物がいた。


 扉をゆっくりと開くと、その音でその人は振り返る。今も昔も変わらず美しい瞳に鮮やかな髪だ。


「……リティシア」


 驚いたように彼が呟く。私は一歩前に進むと、意識するでもなく、自然に声を発した。


「……アレク」


「……えっ」


 彼は私の言葉を受け、更に驚いたように目を見開く。


 今のどこに驚くポイントがあったのだろうか。私が追いかけてくることくらい彼ならば簡単に予想できそうなものなのに。


 まぁいいや。そんなことより謝らなきゃ。


「アレク、私……」


「リティシア、その呼び方……」


 私はそこでようやく自分のおかした失態に気づいた。今までずっと気をつけていたのに、こんなところでボロが出てしまうとは。


 でももうそんなの気にしてられないわ。この言い方の方が私はずっと呼び馴染みがあるんだから……その分本音が言いやすいもの。


 私はもう呼び方については完全に諦めてそのまま言葉を続ける。


「ごめんなさい。貴方を傷つけるつもりなんてなかったの。私は……貴方のためを思って……」


「あぁ、分かってるよ。リティシアにそんなつもりがないことくらい……」


 分かってないでしょ。分かってたなら絶対にそんな顔はしないわ。


「ただ……お前にとって俺はその程度だったんだなって思えて……ちょっと悲しかったんだ」


 彼は私から視線を逸らすと、寂しそうに空へ向けて呟く。その言葉が、私の胸に深く突き刺さる。今まで聞いたことのないくらい……酷く悲しい声だった。


「……違うの……本当はそんなんじゃなくて……」


 ……やっぱり私が傷つけていたのね。


 貴方の幸せを誰よりも祈っていたはずなのに、私は貴方を傷つけてばかりね。貴方はどんな時も私を護ってくれるのに。


 物語の貴方も、現実の貴方も、何も変わらないのね。


「……分かった。もう全部話すわ」


 もうこうなれば認めるしかない。彼を残酷だと言い切った私だが、本当に残酷なのはどう考えても私だ。彼を傷つけ、苦しめておいて、あとは勝手に幸せになれだなんてそんなのどう考えても酷すぎる。


 この状況を解決する策は唯一つ。


 全てを話し、理解してもらうことだ。


 一生黙っておくつもりだった秘密だ。話せば、私を見る目が変わってしまう。それが分かっていたから。


 彼は一番伝えたくない相手だったが、同時に一番伝えたい相手でもあった。


 このまま何も言わずに逃げることもできる。でも逃げたらまた同じことの繰り返しだ。


 もう私は、逃げたくない。……傷つけたくない。


「私ね……この世界の人間じゃないの」
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