悪役令嬢リティシア

如月フウカ

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誕生日パーティ編 その14

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「……え……?」


「私はリティシアじゃない。この世界の人間ですらないの。私がいた世界はもっと別の……全然違う世界。私は死んで、この世界に転生した。どう死んだかはもう覚えてないけど……それでも転生したことだけは覚えてる。」


 私は俯き、そう呟く。私が異端者であり、この世界に存在し得るべきではないということを彼に伝えなければならない。


 そしてもっとずっと重大な……知っておいてほしい事実を私はゆっくりと告げる。


「この世界は小説の世界。貴方も……リティシアも、イサベルもアーグレンも、全部ただの本に出てくる登場人物なの」


 行動こそ違えど、この世界は間違いなく前世で読んでいた「悪が微笑む」の世界だ。この小説のタイトルの「悪」とはリティシアのことであり、微笑むと言いながら最後には没落していく哀れな悪役令嬢を示している。


「主人公はイサベルで、第二の主人公……つまり男主人公は貴方、アレクシスよ。小説でのアーグレンは私の護衛騎士なんかじゃなかったし、そもそもリティシアとは敵対していたわ。だって私は……ただの悪役だから。主人公二人の幸せを妨害する、悪役令嬢だから。」


 私はこの物語において必要な存在であるが、最後には排除されなければならない悪役だ。


「あの時……貴方は私をパーティに誘ったわよね?それよりも前の人物は全くの別人。本物の悪役令嬢のリティシアだったのよ。性格が変わったと思うのは当然。だって中身が違うんだから」


 アレクはただ黙って私の話を聞いている。バカにするでもなく、貶すのでもなく、ただ静かにこちらを見つめている。


「何度も言うわ。私はリティシアじゃない。でも私は……リティシアになろうとした。それは自分を守るためでもあったけど……貴方のためでもあったの」


「……俺のため?」


「えぇ。この物語は貴方とイサベルが結婚することで幕を閉じるの。平民であるイサベルが、王子様と結婚するありがちだけど素敵なシンデレラストーリーよ。イサベルも貴方も、とても幸せそうだった。これしかないと思ったの。貴方を幸せにするためには、私は身を引いて、イサベルと結婚させるしかないって」


 私は言葉を続ける。


「でも普通にしてたらきっと貴方は私と別れてくれない。でも自ら悪役令嬢になれば……いずれは愛想を尽かして離れていくと思ったの。皇后陛下や国王陛下にも嫌われているし、すぐに別れられると思っていたわ」


 気づけば私の方が別れを惜しむようになってしまっていた。


 貴方と過ごした日々が楽しすぎたから。前世で想像していた「アレクシス」というキャラクターそのものだったから。


 例え自分がどうなろうとも、誰かのために迷わず動くことができる。私はそんな貴方が大好きだった。


「だから私は悪役になろうとした。貴方を傷つけたかったわけじゃないの。」


 私は拒絶されるのが怖くて、彼が何かを言う前に声を発する。


 真っ直ぐに彼を見つめ、軽く胸に手を当てる。心臓が緊張で波打っていた。


「こんなの、嘘みたいな話でしょ。きっと信じられないと思う。でも本当なの。だからお願い、信じ…」


「信じるよ」


 即答だった。彼は私が言い終わるより早く、その言葉を口にする。そのたった四文字の短い単語が、私を急激に安心させ、落ち着かせてくれる。


「例え世界中の人がリティシアを嘘つきだと笑っても、俺だけはお前を信じる。約束するよ」


 私が哀れだからと適当に言っているのではない。彼の瞳は真剣そのものだった。


「……信じてくれるの?どうして?私はずっと貴方を騙していたのよ。異世界からやって来て、ここが小説の世界なんてそんなおかしな話……」


「おかしくなんかないだろ。誰がどう見ても昔のリティシアと今のリティシアは全然違う。改心したとか性格が変わってしまったというよりは、中身がそのまま変わってしまったみたいだとずっと思っていた。今お前の話を聞いて……ようやく納得できた。そういうことだったんだな」


 彼は何故か酷く切なそうに長い睫毛を伏せる。そして私に視線を向けると、静かに言葉を呟く。


「……今までずっと知らない世界で、たった一人で暮らしてきたんだよな。気づいてあげられなくてごめん。もっと早く気づくべきだった。気づくチャンスはいくらでもあったのに。」


 彼の水色の瞳で、光が切なげに揺れる。私はその輝きに目が離せなかった。


「俺のためにずっと、たった一人で悪役として生きていこうとしていたなんて……そんなの辛すぎるよな。本当にごめん。助けてあげられなくて」


 その輝きに、その眩しさに思わず手を伸ばしてしまいたくなる。全てを忘れて彼の胸に飛び込んでしまいたい。


 悪役であることを捨て、私を分かってくれた彼の側で一生生きていきたい。


 でもダメだ。私にはそうすることのできない理由があるのだから。涙が零れ落ちそうになるのを堪えながら、私は呟く。


「気づかないようにしていたのだから当然よ。謝る必要なんてないわ。……分かってくれて、信じてくれてありがとう。でもね……私は貴方の側にはいられない。貴方は、私じゃなくてイサベルと結ばれるべきよ。今すぐに婚約破棄をするべきなの。賢い貴方ならもう分かるでしょう」
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