彼と彼女の十月十日 ~冷徹社長は初恋に溺れる~

幸村真桜

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まさかの事態

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「秋良」

 名前を呼ばれ、ハッと顔を上げると冬磨がこちらに歩いてくるところだった。バーで会ったときとは違う、カジュアルなジャケットにジーンズというラフな私服姿にドキッとする。

 髪もセットしていないせいか、随分雰囲気も柔らかく感じた。秋良を見つめて、蕩けるような笑みを浮かべる彼に思わず目を細める。

 初めて明るい場所で会う彼は、なんだかとても眩しかった。

「ごめん、待たせたかな?」

「あ、いえ……。お忙しいところ、わざわざすみません」

「今日は休みだから、平気だよ。それより、また会えて嬉しい。一ヶ月も連絡がなかったから、嫌われたのかと思った」

 本当に嬉しそうな顔をする彼に、少し戸惑う。また会ってほしいなんて、社交辞令だと思っていたけど、違ったのだろうか。

 秋良をにこやかな顔で見つめている冬磨に、本当に会いたいと思っていてくれていたのだと心が舞い上がる、

 だが、これから話さなければいけないことを考えるとそんな気持ちもすぐにしぼんでしまう。

 子どもができたなんて知ったら、彼は一体どんな反応をするのだろう。本当に自分の子なのかと、疑われるのではないだろうか。

「秋良? 大丈夫?」

 黙り込んだまま下を向く秋良を、冬磨が心配そうに見つめてくる。このまま問題を先延ばしにしていても仕方がない。そう思い、意を決して口を開く。

「あの……今日お時間をいただいたのは、大事な話があるからです。あの……実は……」

 緊張のあまり震える手を強く握りしめる。感情が高まって、涙が出そうになるのを必死にこらえて深呼吸をする。

「こ、子どもが、できたんです」

「え?」

 覚悟を決めてそう言うと、心配そうに秋良を見つめていた冬磨が驚いたように目を見開いた。それはそうだ。こんな話をされるなんて夢にも思っていなかっただろう。

「病院にも行ったので、間違いないです。心拍も確認できました。信じてもらえないかもしれないですが、あなたの子なんです。私……私……」

 目を見開いたまま固まっている冬磨に、複雑な感情が湧き上がってくる。そして今日まで抱えていた不安が、怒りに変わった。感情が胸の奥で暴れていて、制御ができない。

「いつか自分に子どもができたら、きっと嬉しくてたまらないだろうって思ってました。それなのに、私……どうしようって思ってしまったんです。嬉しいとかじゃなくて……不安で不安で仕方なくて。私、喜べなかった。赤ちゃんはなにも悪くないのに、私……ひどい」

 冬磨が悪いわけじゃない。あの夜のことは、合意の上だ。彼のことを責めるのはお門違いだとわかっているのに、止められない。

「こんな気持ちになってしまって、この子に申し訳ない。どうしてくれるんですか」

 ああ、これは八つ当たりだ。こんなことを言うつもりではなかったのに、あまりの自分の不甲斐なさにガクリと項垂れる。

 ここで泣くのは卑怯だと、必死に涙を我慢する。すると固く握りしめた手が、温かいなにかに包まれた。

 それは冬磨の手だった。驚いて顔を上げると、彼は秋良の顔を切なげに眉を寄せて見つめていた。

「ひとりで不安にさせてすまない。ああ、こんなに手が冷たくなって。妊婦が身体を冷やすのはよくない。店の中に入ろう」

「え? あ、いえ……。私、ひどい顔をしてると思うので」

「なら、俺の車に行こう。ほら、これを着て」

 冬磨が着ていたジャケットを秋良の肩に掛けた。そのまま近くの駐車場に停めてあった彼の車に移動する。

 予想だにしなかった冬磨の反応に、秋良は戸惑いを覚えて素直に従ってしまう。

「体調は大丈夫? つわりとかはない?」

「は、はい。今のところは大丈夫です……」

 目尻に浮かんだ涙を心配そうな顔をした冬磨が指で拭う。その手はあの日と変わらず、とても温かい。

「アパートを引き払うと言っていたが、今はどこに? 仕事はもう辞めたのか?」

「三月末で、仕事は退職しました。ゆっくり引っ越しするつもりで四月いっぱいは契約したままなので……まだアパートに住んでます」

「じゃあ、アパートの方にお邪魔させてもらおう。道案内してもらえるかな?」

 これはどういう展開なのだと混乱しながら、彼に急かされてアパートへの道を説明する。気づけば住み慣れた自分の部屋で、秋良はブランケットに巻かれていた。

「これで大丈夫だろうか。早急に身体を温めるグッズを手配しなければ。ああ、そうだ。それよりも……」

 ウロウロと室内を歩き回っていた冬磨が、ブランケットごと秋良を抱きしめた。突然の出来事に身体が固まる。同時に心臓が早鐘を打ち始め、全身がぶわりと熱くなった。

「本当に、ひとりで辛い思いをさせてごめん。順番が逆になってしまったけれど、俺と結婚してほしい」

「……え?」

 今、彼はなんと言ったのだ。結婚と言った気がしたが、聞き間違いだろうか。唖然としている秋良に、冬磨はニコリと微笑んだ。

「俺と結婚してほしい。必ず幸せにすると約束するよ。住む場所は、俺の家で問題ないね。秋良のご家族にもご挨拶に行かないと。ああ、それから……」

「ちょ、ちょっと、待ってください。私のこと、信じるんですか?」

「もちろん、信じるよ。明良は嘘をつくような人間じゃないからね」

 きっぱりと言い切られ、本当に俺の子なのかと疑われることばかり考えていた秋良は拍子抜けしてしまう。自分に都合のいい夢を見てるんじゃないだろうか。

まさか受け入れて、まして結婚などと言われるとは思ってもみなかった。

 だが、ここまで素直に信じられると、それはそれで冬磨の優しさが心配になってしまう。
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