天使の梯子 ~一途なDr.は愛を隠す~

幸村真桜

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まさかの再会

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 思えばその日は朝からついていなかった。

 洗濯機の排水溝が詰まって、床が水浸しになった。冷蔵庫から買ったばかりの卵を取り出そうと思ったら、ケースごと落として全部ダメにしてしまった。

 塩を使おうと思ったら、蓋が外れて床にすべてぶちまけた。それを掃除していたら、壁につけていた棚が外れて砂糖まで床にこぼれ大変なことになった。

 四年間使っていてこんなことになったことはなかったのに。

 強力な粘着テープで取り付けるタイプのものだったが、たまたま寿命がきたのだろうか。

 ため息を何度もつきながら片付け終えて、ふと目を向けたテレビに映っていたのは今日の占い。

『今日の最下位は水瓶座。思わぬハプニングに巻き込まれ、波乱尽くしの一日となるでしょう。できるなら今日は家から出ないほうがいいかも! そんなあなたのラッキーアイテムは……塩! バスソルトを入れたお風呂に浸かるとリフレッシュできるよ』

 妙に明るい声で告げられた自分の星座の占い結果に苦笑いが浮かぶ。

 だいたい、ラッキーアイテムが塩なんて意味がわからない。さっき大変な思いをして片付けたばかりだというのに。なんとバカバカしい。

 あとから思えば警鐘は鳴っていた。だが、朝から続いた不運も占いの結果も気にすることなく、松本まつもとかえでは着替えを済ませて家を出た。

 楓はそういった類のものを一切信じていない。看護師である彼女は、神に祈っても救えない命があることを知っている。現実は、いつだって残酷なものなのだ。

 それが巷でよく当たると評判になっている番組の占いだったとしても、彼女の考えは変わらない。

 だが、出掛けた先でも占い通り彼女の不運は続いていくことになる。





 楓は、東京の端にあるこの街に二十五歳のときに引っ越してきた。

それからもう四年。以前は都心の大学病院で働いていたが、今は家の近くの小さなクリニックに勤めている。院長がとても優しく、アットホームないい職場だ。

 十二月に入り、街はすっかりクリスマスムードだ。今日は日曜日で、家族連れやカップルが多く目立つ。

 楓はこの季節が嫌いだ。世界で一番自分が不幸だと、毎日毎日泣き続けていたことを思い出すから。

 コート襟をかき合わせて、小さくふるふると首を振る。久しぶりに服を買おうと出かけてきたのだ。暗い気持ちでいるなんて損でしかない。

 楽しく行こうと気を取り直した瞬間、なにかに足を取られて体勢を崩した。

「……嘘でしょう?」

 思わずそう独り言を漏らす。履いていたブーツのヒールがぽっきりと折れている。二十九年間生きてきて、こんなことは初めてだ。

 ドラマでは見たことはあったが、まさか自分の身に起こるとは。もしかして、今まで運がよかっただけなのだろうか。

 とにかく靴をどこかで調達しなければ、これでは帰ることもできない。大きなため息をついて、楓は靴屋を探すために歩きだした。

 そして無事に新しいブーツを手に入れてからも、楓の不運は続いていく。

 気を取り直して入った店で気に入った服を見つけたが、自分のサイズだけ売り切れていた。それが三回続いた。

 飲み物を買おうとしたら、人がぶつかってきて小銭をぶちまけてしまった。さらに飲もうとしたお茶を買ったばかりのブーツにこぼしてしまった。

 皮のブーツは水分を弾いてくれたが、なんとなく気分が落ちる。

 今日は本当についていない。もう帰ろうと駅に向かったが、今度は乗るはずの電車が信号トラブルで止まっていた。

 こんなに不運が続くなんて、なにか呪いにでもかけられてしまったのだろうか。ふいに、テレビで見た占いのことを思い出した。

『思わぬハプニングに巻き込まれ、波乱尽くしの一日となるでしょう』

 あのとき聞いた言葉が脳裏に浮かび、楓は慌ててそれを頭の中から打ち払った。

 ダメだ。これではすべて占いのせいにしてしまいたくなる。あれはただの気休めのはず。世の中にごまんといるはずの水瓶座すべてが不運に見舞われているなんて、そんなことがあるはずがない。

 たしかにトラブルは多かったが、生きていればこんな日だってあるだろう。波乱というほどのことではない。

 そう自分に言い聞かせて、きっとすぐに動くだろうと電車を待つ。だが、待てど暮らせど一向に復旧する気配がない。

 あきらめて違う駅に向かう人も多いようだ。自分もそうしたほうがいいだろうか。

 スマートフォンで家の最寄り駅に向かう手段を調べ、雑踏の中に足を踏み出す。やはり、違う沿線を使わなければ帰宅できないようだ。

 なんてついていない。

 ため息をつく楓だが、本当の波乱はこのあとに待っていた。


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