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まさかの再会

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「あの、患者さんは……大丈夫なんですか」

 それに耐えきれず、楓は話題を変えようとそう聞いた。今日、瑛仁はこの病院の当直医のようだが、こんなところで油を売っていていいのだろうか。

「ああ、病院に着いてすぐに意識が戻ったんだ。今、検査にまわってもらってる。もちろん入院してもらうが、もう大丈夫だろう」

「そうですか。よかった……」

「救命士も褒めてた。最初の対応がよかったって。知識と経験がないとできることじゃない。看護師として、しっかり成長してるんだな」

 瑛仁にそう言われて、頬が緩みそうになる。それを隠すために顔を下に向けた。

 喜びが胸に溢れてどうしようなくなる。彼を尊敬する気持ちは今も変わらない。誰よりも認められたかった人に褒めてもらえるなんて、こんなに嬉しいことはない。

「……ああ、くそっ。入院の指示出したら当直医に引き継ぐから、そこで待ってろ」

「え、ちょ、ちょっと! 荷物返してください!」

 それだけ言って、楓の鞄を持ったまま歩いて行こうとする瑛仁に慌てて声をかける。

「返したら逃げるくせに。いいから、大人しくそこで待ってろ」

 図星をつかれて、ぐっと言葉に詰まる。考えてみれば当たり前だ。自分が彼の立場でもきっとそうする。唇を噛む楓に勝ち誇ったように笑い、白衣を翻し医局に向かって歩いていく。

 相変わらず歩くのが早い。あっという間に彼の背中が小さくなっていく。救急救命という、一秒を争う現場で働いているのだからそうなるのも当然か。

 瑛仁の姿が見えなくなってから、楓は待合室の椅子にドサリと座り込んだ。病院の中は、シーンと静まり返っている。

 今日は日曜日だから、外来も休みなのだろう。倒れた男性も、検査を終えて病棟にあがったらしい。

 全身が汗でびっしょりだ。今すぐ帰ってシャワーを浴びたいところだが、貴重品はすべて瑛仁が持っていってしまった鞄の中に入っている。

 スマートフォンさえあればなんとかなったが、それもなくては為すすべがない。どうしてこんなことになったのだろうか。

 たまたま目の前で人が倒れ、たまたま運ばれた病院に彼がいるなんて。そんな偶然があっていいのだろうか。

 やはり朝見た占いのとおり、家から出ないほうがよかったのか。だが、そうしていたらきっとあの倒れた男性の命は助からなかった。だから、これはきっと……。

「運命……か」

 小さく呟いて、楓はため息をついた。震える手をぎゅっと握りしめる。

 会いたかった、彼に。ずっとずっと、会いたくて。だけど……二度と会いたくなかった。

 あの日犯した罪を思い出すから。彼が知らない、楓のあやまち。

 楓と瑛仁は、四年前まで恋人同士だった。

 出会ったのは、楓が看護大学の一年生の頃。瑛仁は同じ大学の医学部の五年生だった。出会いはいわゆる合コンというもので、楓の隣に座ったのがたまたま瑛仁だった。

 その頃の瑛仁は髪が長めでピアスもしていて、いかにも遊んでいそうな風貌だった。怖いくらいに整った顔立ちに、射抜くような、なんでも見透かしてしまいそうな瞳を少し怖いと思ったことをよく覚えている。

 自分とは合わない。どちらかというと、苦手なタイプ。それが楓が瑛仁に抱いた第一印象だった。

 その場の流れで瑛仁とも連絡先を交換したが、きっともう関わることはないだろうと思っていた。

 だが、瑛仁は病院の実習もあり忙しいはずなのに、毎日楓にメッセージを送ってきた。一日のやりとりの回数は少ないが、瑛仁とは不思議とウマがあった。

 それでも、きっともう会うことはないと思っていた。だが、その数週間後に飲み会で仲良くなった数名のメンバーで出掛けることになった。

 そこで再会した瑛仁は驚くほど見た目が変わっていた。長く金色だった髪は、短かく、黒髪に。ピアスも外され、チャラそうな雰囲気が一掃されていたのだ。

 チャラ男から爽やかな好青年に変貌して現れた瑛仁に、楓は不覚にもときめいた。当時、よく好みのタイプにあげていた俳優に風貌がよく似ていたのだ。

 常に楓の隣のキープする瑛仁を、意識しないでいられるはずがなかった。

 だが、彼のような一生女性に困ることがないであろう最上級の男が楓のような地味な女を相手にするはがない。

 どうして瑛仁がこんなに自分に構うのかは分からないが、決して勘違いしてはいけない。距離を縮めてくる瑛仁に、楓は一線を引き続けていた。

 だが、実習やレポートで忙しいはずなのに、瑛仁は空いているすべての時間を楓に使うようになった。

 ふたりで会うことも多くなり、ある日彼からキスをされた。付き合おうという言葉もなく、周囲に認知される形で恋人同士になった。

 七年近くも付き合っていたのに、好きと言われたこともない。そのせいなのか、楓はいつも不安だった。

 女性の影を感じたことはない。それくらい彼は忙しかった。

 医学部の五年生から始まり、国家試験に研修医。医師としてのキャリアで最も多忙な時期だ。

 付き合い始めたときと変わらず、瑛仁は少しの空いた時間すべてを楓に使っていた。

 会えば身体を重ねるだけの関係だとしても、自分は愛されている。あの六年間で、何度自分にそう言い聞かせただろうか。

 いつも気を使って、わがままひとつ言ったこともない。困らせたくなかった。嫌われたくなかった。

 心の底から愛していた、彼のことを。

 救急救命医なるという夢を叶えるために、必死に努力する瑛仁の一番の理解者でありたかった。

 そう思っていたのに、楓は瑛仁との別れを選んだ。

 言葉にすることはできなかった。ただ逃げた。電話番号を変え、職場を変え、住んでいたアパートを引っ越した。

 それだけで簡単に彼と離れられたことに、空しさを覚えたことをよく覚えている。

 卑怯な道を選んだ。彼に嫌われたくなかったから。軽蔑されたくなかったから。

 だけど、面と向かって別れを伝えることなどできるはずもなかった。きっと聡い彼は、それが楓の本心ではないと気づくだろう。

そうしたら、彼を裏切ったことを知られてしまう。なによりも、楓はそれを恐れていた。

 もう会うことはないと思っていた。なのに、まさかこんな形で再会してしまうなんて。神様はなんと残酷なのだろう。

 
 
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