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まさかの再会
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しおりを挟む「手続きが終わったら、送っていくので待っていてくださいね」
男性がストレッチャーで運ばれていくのを救急車から降りて見送っていると、若い救急隊員が話しかけてきた。
赤く光る救急車のライトに照らされながら、楓は慌てて首を横に振った。
「いえ、そんな。大丈夫です」
そこまでしてもらわなくても、帰る手段はなにかあるだろう。救急車に送ってもらうなんて、目立って仕方がない。それに、また救急要請があるとも限らないのだ。
そう言っても、なかなかあきらめてくれない。勢いに押されながらも必死で断っていると、病院の中から白衣を着た人物が出てきた。
「……楓?」
聞き覚えのある低い声に名前を呼ばれ、身体がこわばる。まさか、そんなことがあるはずがない。そう思うが、いまだに夢に見るその人の声を聞き間違えるはずもない。
恐る恐る視線を向けると、そこにはやはり予想通りの人物、諏佐瑛仁が立っていた。彼も驚いているのだろう。切れ長の瞳が大きく見開かれている。
手からドサリと鞄が落ちる。それにも気づかぬほど動揺していて、その場に立っているのがやっとだ。
「看護師さん、大丈夫ですか? 荷物、落ちましたよ」
「え、あ……」
その声にはっとする。救急隊員が取ろうとした鞄を、いつのまにかすぐそばに歩いてきていた瑛仁が拾いあげた。
「協力してくれた看護師さん、ね。まさか楓だとは……もう一度状況聞きたいから、こっちにきてくれる?」
楓の鞄を持ったまま、瑛仁は白衣の裾を翻して院内に歩き出す。そして数歩進んだところで、ピタリと足を止めた。
「それからそこの救急隊員さん、帰っていいよ。この子は俺が責任を持って送っていくから。昔、一緒に働いていたことがあるんだ」
顔こそ笑顔だが、彼の言葉には有無を言わせぬ圧力があった。ビクッと身体を震わせた隊員が、あきらめたように小さく息を吐く。
「……分かりました。看護師さん、今日は本当にご協力ありがとうございました」
「いえ、あの……」
すがるような気持ちで楓は隊員に目を向ける。そんな彼女の手を、いつのまにか引き返してきていた瑛仁が掴んだ。
「楓、分かってるな」
真っ直ぐに見つめられて、思わずゴクリと唾を飲み込む。すっと細められた瞳の奥に炎が燻っている気がして、背筋がゾクリとした。
さすがにもう逃げられない。貴重品がすべて入った鞄は彼の手にある。それに、医療従事者として誰よりも尊敬している瑛仁の前でその責務を放棄することなどできるはずもなかった。
手を掴まれたまま、病院の中に入る。背後でドアの閉じる金属音が響いた。それが最終通告な気がして、楓は大きく息をついた。
「それで、どういう状況?」
「きゅ……救命士さんにも聞いたと思いますけど、あの患者さんが倒れていて。自発呼吸はわずかにありましたが、脈が触診できなかったので心臓マッサージを。それからAEDも使用しました」
「AEDの回数は?」
「三回です」
どうやら彼が確認したかったのはこのことのようだ。救急隊員にも説明したが、実施者がいるなら直接聞いておこうと思ったのだろう。
「それで?」
「それで……って、そこで救急車が到着して今に至ります」
「それは分かった。俺が聞いてるのは、どうして俺の前から黙って消えて、こんなところで他の男にナンパされてるのかってこと」
「……は?」
思ってもいないほどの間抜けな声が出た。前半はともかくとして、ナンパとはどういうことだ。先ほどまでの出来事を思い返してみても、瑛仁がなんのことを言っているのかさっぱり分からない。
考え込んでいる楓を見て、瑛仁は呆れたようにため息をついた。
「さっきの奴、明らかに下心があっただろ。搬送中にはさすがにできなかったみたいだけどな。そこは褒めてやってもいいが……いや、やっぱりダメだ。あとで消防のお偉いさんにチクってやる」
たしかに送っていくと言ってくれていたが、あれは純粋な善意なはずだ。若い消防隊員のためにも、誤解を解いておかなければ。
強い使命感に駆られ、口を開こうとした楓だったが瑛仁が睨むようにこちらを見ていることに気がついて口をつぐんだ。
「なあ、楓。どうして俺の前からいなくなった?」
真っ直ぐに見つめられて、ぐっと言葉に詰まる。この目が好きだったことを思い出すが、今は怖さを感じる。
あの頃より痩せただろうか。より顔つきに精悍さが増したように思う。そのせいなのか、四年前にはなかった威厳が彼から感じられる。瑛仁から感じられる圧に楓はすくみあがった。
蛇に睨まれた蛙というのは、こういうことを言うのだろう。見つめあったままなにも答えることができず、しばらく沈黙が続く。
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