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1章 1杯のスープが命を救う
名もなき騎士と、冷えたポトフ1
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村にほんの少し活気が戻った三日目の朝。
リュカはいつも通り、薪をくべながらスープの準備をしていた。
今朝の仕込みは、村の農夫が持ってきてくれた芋と、昨日の少女から貰ったキノコを使った、素朴なポトフ。玉ねぎとハーブをじっくり炒めて、そこに野菜を投入し、コトコトと弱火で煮込む。
スープの湯気とともに、鍋の中から漂ってくる優しい香りに、リュカの顔も自然と和らぐ。
──すると、その柔らかな空気を断ち切るように、外から重たい足音が響いてきた。
ギィ……と、扉が軋む音。
振り返ると、そこに立っていたのは、一人の女性だった。
黒に近いグレーのマントに、鎧を着込んだ精悍な姿。腰には大剣を下げ、くたびれた旅装に泥がついている。
無言のまま、彼女はカウンターの前に歩み寄ると、椅子に腰を下ろした。
リュカは警戒を隠さず、静かに問いかけた。
「……旅の方ですか? 何か、ご用意しましょうか」
「……スープ。温かくて、塩分のあるやつを」
声は低く、乾いていた。喉を酷使し、長く話していなかったような声音。
リュカは無言で頷くと、鍋から一杯のスープを椀に注ぎ、慎重に彼女の前へ差し出した。
「ポトフです。芋とキノコ、香草のあっさりスープですが……疲労回復には効果がありますよ」
女騎士は無言のまま、スプーンを取ると一口、口に含んだ。
──しばらくして。
彼女はふっと、まるで長年固まっていた氷が溶けるように、目を細めた。
「……生き返る。体に、しみる」
リュカは目を瞬いた。
この三日間、多くの村人たちがスープを飲んで「美味しい」「あたたかい」と笑ってくれた。けれど、目の前の女性は──
本気で“生きるために食べている”顔だった。
(この人……ただの旅人じゃない)
女騎士は、無言でスプーンを動かし続ける。口数は少ないが、食べる姿は丁寧で、食材を残さないように一滴残らず椀を空けた。
食べ終えると、腰の袋から銀貨を一枚取り出し、カウンターに置く。
「……払えるだけの礼はする。名は?」
「リュカ。元・王都の料理人……今はこの村の“スープ屋”です」
「……そうか。私は──」
そこで、女騎士はふと視線を落とし、言葉を濁した。
「名乗るほどの者じゃない。ただの流れ者だ」
だが、その装備、剣の質、鍛えられた体、そして鋭い目つき──どれを見ても、“ただの旅人”とは思えない。
「君のスープ、悪くなかった。明日も、まだあるか?」
「もちろん。毎朝、仕込んでますので」
「……そうか」
それだけを言い残し、女騎士は立ち上がり、扉の方へ向かっていく。
「……お名前、やっぱり、聞いても?」
リュカが思わず背中に問いかけると──
「……“フリーデ”。そう呼ばれていた時期も、あった」
扉が軋み、また静けさが戻る。
名もなき村に、名もなきスープ屋。
そして、名もなき女騎士。
それぞれが何かを背負いながら、今日もまた、スープの湯気の向こうで交差していた。
リュカはいつも通り、薪をくべながらスープの準備をしていた。
今朝の仕込みは、村の農夫が持ってきてくれた芋と、昨日の少女から貰ったキノコを使った、素朴なポトフ。玉ねぎとハーブをじっくり炒めて、そこに野菜を投入し、コトコトと弱火で煮込む。
スープの湯気とともに、鍋の中から漂ってくる優しい香りに、リュカの顔も自然と和らぐ。
──すると、その柔らかな空気を断ち切るように、外から重たい足音が響いてきた。
ギィ……と、扉が軋む音。
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「……旅の方ですか? 何か、ご用意しましょうか」
「……スープ。温かくて、塩分のあるやつを」
声は低く、乾いていた。喉を酷使し、長く話していなかったような声音。
リュカは無言で頷くと、鍋から一杯のスープを椀に注ぎ、慎重に彼女の前へ差し出した。
「ポトフです。芋とキノコ、香草のあっさりスープですが……疲労回復には効果がありますよ」
女騎士は無言のまま、スプーンを取ると一口、口に含んだ。
──しばらくして。
彼女はふっと、まるで長年固まっていた氷が溶けるように、目を細めた。
「……生き返る。体に、しみる」
リュカは目を瞬いた。
この三日間、多くの村人たちがスープを飲んで「美味しい」「あたたかい」と笑ってくれた。けれど、目の前の女性は──
本気で“生きるために食べている”顔だった。
(この人……ただの旅人じゃない)
女騎士は、無言でスプーンを動かし続ける。口数は少ないが、食べる姿は丁寧で、食材を残さないように一滴残らず椀を空けた。
食べ終えると、腰の袋から銀貨を一枚取り出し、カウンターに置く。
「……払えるだけの礼はする。名は?」
「リュカ。元・王都の料理人……今はこの村の“スープ屋”です」
「……そうか。私は──」
そこで、女騎士はふと視線を落とし、言葉を濁した。
「名乗るほどの者じゃない。ただの流れ者だ」
だが、その装備、剣の質、鍛えられた体、そして鋭い目つき──どれを見ても、“ただの旅人”とは思えない。
「君のスープ、悪くなかった。明日も、まだあるか?」
「もちろん。毎朝、仕込んでますので」
「……そうか」
それだけを言い残し、女騎士は立ち上がり、扉の方へ向かっていく。
「……お名前、やっぱり、聞いても?」
リュカが思わず背中に問いかけると──
「……“フリーデ”。そう呼ばれていた時期も、あった」
扉が軋み、また静けさが戻る。
名もなき村に、名もなきスープ屋。
そして、名もなき女騎士。
それぞれが何かを背負いながら、今日もまた、スープの湯気の向こうで交差していた。
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