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思いの綴り

愛情と所有欲

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「シェリル!!!」

「タクミ、良かった・・・っ!!!」

 ホームルームを終えてすぐ、クラスから飛び出した巧がシェリルの元へと向かうと彼女もまた心底ホッとしたような表情を浮かべて彼目掛けて駆け寄って来た。

「大丈夫だった?タクミがみんなに受け入れてもらえるのか心配で心配で・・・!!!」

「あはは・・・。大丈夫、ちゃんとみんな受け入れてくれたよ・・・!!!」

 そう述べ立てる巧であったがしかし、シェリルは気が気でなかった、現に先程までは巧は彼女の心配通りにこの学年のならず者で有名なアスビョルンに絡まれていたのであり、一歩間違えば傷害沙汰に発展していたのかも知れなかったのである、とても安心できる状況には無い。

 けれども。

「アスビョルンはこの学年だけじゃなくて、北欧では名の知れた魔攻闘士よ?若いのに実力もあって、“はぐれワイバーン”を数匹まとめて駆除した経験もあるとか。よくあんな輩を退散させられたわね・・・」

「・・・まあちょっとはね?僕もそう言った術式には心得があるから。だけど面倒事に巻き込まれなくて良かったよ、せっかくシェリルに会えたのに退学にでもなったら悲しい事この上無いもんな」

「・・・・・っ。もう、タクミッたら。でも本当に無茶はしないでね?」

「うん、解ったよシェリル。それは勿論、約束する・・・」

 その言葉を聞いたシェリルが漸くにして満面の笑みを見せ、巧に向けた時だった、ふと視線を感じてそちらへと巧が目をやると、数名のクラスメイト達が教室の出入り口から二人の逢瀬を覗き見しており、興味深そうな眼差しを向けていた。

「・・・・・」

「あ・・・」

「ねえ、あの・・・。シェリル王女、二人はどう言う関係なんですか?」

「昨日も校門の前で抱き合ってましたよね?それもかなり熱烈に・・・」

「めっちゃ気になるんですけど。もし良ければ答えてもらえませんか・・・?」

「・・・・・」

「・・・・・」

 “どうする?シェリル・・・”と巧が小声で彼女に話し掛けると、それを聞いたシェリルは一瞬、“どうしようか?”と逡巡した直後にしかし、ハッキリと言葉に出して告げる事とした。

「彼は私の大切な幼馴染で命の恩人なの。ううん、それだけじゃないわ?私のフィアンセで恋人なんだから!!!」

「・・・・・っ!!?」

「・・・・・っ!!!」

「え、え・・・っ?」

 それを告げられたクラスメイト達は一瞬、目をパチクリとさせて硬直していたのだが、すぐに“えええ~っ!!?”と驚愕の声を発して互いに顔を見合わせる。

 直後に。

 クラスメイト達がザワ付き出して教室中が黄色い歓声に包まれていった、誰も彼もが信じられなかった、それはそうだろう、“灼熱煌姫”とまで称えられ、かつ学院中の高嶺の花であったシェリルに、まさかこんな恋人がいたとは。

 しかも相手は東洋人の転校生だと言う、真実ならばとんでもないスクープ以外の何者でも無かった、一方で。

(言っちゃったよ、本当に良いのかな・・・)

 それを見ていた巧は気になってシェリルに“公表して良かったの?”、“君に対する風当たりが厳しくなるんじゃ無いのか?”と尋ねた所、彼女はあっけらかんと答えて言った。

「だって・・・。既に噂になっちゃってたし、私もクラスで友達から聞かれたもん。それに私は気にしないわ?タクミが嫌じゃなければそれで・・・」

「嫌なもんか、とても嬉しいよ?ただ・・・。君への世間の目とか、冷たくしたり良からぬ事を考えたりする輩が出て来るかも知れないよ?僕はそれが気になってしょうがないんだ」

「あはは・・・っ!!!心配しすぎよ、タクミは。大丈夫よ、そんなの跳ね返しちゃうから♪♪♪♪♪それに何かあったら私がタクミの事を守ってあげるね!!?」

「・・・それは、まあ。なんというか」

 自信に満ちた笑顔を浮かべつつも恋人王女から発せられたその言葉に、巧が嬉しいような申し訳ないような気持ちとなって困惑しているとー。

「・・・・・?」

(へえぇ?もう術が解けたんだ・・・)

 その直後に、巧はかなりの早さで自分の元へと近付いて来る、憤怒に満ちた人の気配を感じてそちらへと向き直り、身構えた。

 するとそれから1分も経たない内に廊下の階段を上がって来る足音が聞こえて来て、程なく先程巧によって退出させられた筈のアスビョルンが全身から怒りを滾らせつつ姿を現したのだ。

「はあはあ・・・っ。て、てめえっ。俺様に何をしやがった!!?」

「・・・・・」

 冷めた瞳を向けつつ巧が黙って佇んでいると、二人の間にシェリルが割って入り、堂々とアスビョルンに立ちはだかる。

「退きなさい、アスビョルン。タクミに手を出したら私が許さないんだから!!!」

「く・・・っ。な、なんなんだよシェリル。お前には関係無いだろ!!?」

「関係あるわ?だってこの人は。タクミは私の幼馴染で恋人で、大切なフィアンセなんだから!!!」

「はあぁ・・・っ!!?」

 それを聞いて一瞬はポカンとした怪訝そうな顔を見せるアスビョルンであったが、それはすぐさま余計に激しい怒りに取って代わられる事となった。

「ふざけるなっ、シェリルッ!!!お前は俺の女なんだっ、勝手に他のヤツになびくんじゃねぇぞっ!!?」

「はあぁ・・・っ!!?バカじゃないの、あんた。誰があんたなんかの妻になんか、なってやるもんか。消えなさいアスビョルン!!!」

 そう言ってシェリルが指に魔法力を込め、己が能力を顕現させようとした瞬間に、巧が彼女へと歩み寄り、それをソッと止めさせた。

「タクミ?どうして・・・」

「シェリル。コイツは僕に話しがあるみたいなんだ。だから取り敢えずそれを聞く事にするよ」

 “それに・・・”と巧は今度は先程までとは打って変わって、自身も怒りに燃えた瞳をアスビョルンに向けて、その鋭い視線で彼を射抜いた。

「・・・君を。俺の女を、自分のモノのように言ったアイツをぶちのめしてやらなきゃ気が済まないよ。ふざけやがって!!!」

「・・・・・っ!!!」

「・・・・・っ!!?」

(タクミ、もしかして怒ってる・・・?)

 その姿にシェリルは不覚にもドキッとしてしまい、一方のアスビョルンは驚くと同時に思わずたじろいでしまっていた、それほど巧の眼光は凄まじく、かつ猛烈なモノだったのである。

「く、く・・・っ。お、面白いじゃねーか」

 しかしここで引いてしまえば彼は今まで積み上げて来たモノが崩壊してしまいかねず、またシェリルへの思いの丈を事もあろうに他ならぬ自分自身で否定する事になってしまう、それを認める訳にはいかない。

「タクミ、とか言ったな?それなら俺と決闘デュエルしろ。シェリルを賭けてな!!!」

「・・・・・?」

「な、なによ。それ・・・!!!」

 その言葉を受けて、今度は巧が“なんだ?それは”と言う面持ちとなり、対してシェリルは困惑した表情を見せた。

「この学校には生徒同士での“決闘デュエル”が認められているんだ。話し合いで決着が着かない場合はそうやってケリを着けるんだ!!!」

「・・・・・」

「ち、ちょっと待ちなさい!!!」

 それに対して何事か言い掛けた巧よりも先にシェリルが口を開いた。

「何を言ってるの、私はモノじゃないのよ?ふざけるのもいい加減にしてよ!!!」

「うるせぇっ!!!シェリル。俺は今コイツと話してるんだ、お前は口を出すな!!!!!」

 そう叫ぶと。

 アスビョルンは改めて巧に向き直り、今度は野蛮な事この上ない、不敵な笑みを浮かべて告げた。

「どうする?タクミ。自信が無いんなら受けなくても良いんだぜ、ただしその場合はテメーが俺から逃げたと見做みなしてシェリルは俺がもらって行くがな!!!」

「・・・いいだろう」

 そんなアスビョルンの言葉に対して巧は一も二も無く頷いていた。

「受けてやるよ、アスビョルン。お前との決闘デュエルをな!!!」

「・・・・・」

 そんな巧の反応に“決まりだな!!?”といやらしく笑うとアスビョルンは“明日の朝10時に闘技場まで来い”と言い残してその場を去って行った、“今日じゃないのか?”と巧が尋ねると“先公に申請して許可をもらわねーといけねーんだよ、今日は無理だ”との答えだったので、納得した巧はそれ以上は何も言わずに敢えて彼をそのまま行かせる事にしたのだ。

「・・・ち、ちょっと。タクミ!!!」

 一方で。

 そんな彼に対してすぐさまシェリルが声を掛けて来た、彼女としてみれば冗談では無かった、自分はモノでは無くて心ある人間なのだ、しかも好きなのは巧であってアスビョルンではない、なのにどうして自分の意志を無視する形でこんな事が為されなくてはならないのか。

「どうして、そんな事を勝手に決めるの?私の気持ちはどうなるの・・・!!?」

「大丈夫だよ?シェリル。僕は負けない、だって僕の方が君の事を好きだもの・・・!!!」

 “それに”と巧は尚も続けた、“アイツは君を晒し者にして僕を挑発した、ここで受けなければ男じゃないよ!!!”とそう言って。

「必ず、君を守る。絶対にね!!!それに君だって、むさむざあんなヤツのモノになるのは嫌だろう?好きに言われるのだって我慢がならないだろう!!?」

「それは・・・。まあ、そうだけど・・・!!!」

 そう言いつつもシェリルは黙ってしまった、正直に言って彼女は巧の男らしい姿に見惚れていたし、また何より自分の為に奮起してくれる恋人に対してある種の喜びも感じていたのだ。

 だから。

 それ以上、彼氏に対して強く言う事が出来なくなってしまっていたのである。

「だけど・・・。ねえタクミ。ハッキリと言ってアスビョルンは強いわよ?アイツは確かに身勝手で横暴だけど、決して口先だけの男じゃないの。特に戦闘中の気迫の鋭さと攻撃力の高さ、それと体捌きの上手さは私でも油断ならないモノがあるわ?」

「大丈夫だよ、シェリル。アイツの本質と実力はもう、見極めてあるから・・・」

 あくまでも心配そうに自分へと擦り寄って声を掛けて来る恋人王女に対して、巧はそう答えた。

「練り上げられた闘志と言い体付きと言い、そして他人に対して物怖じせずに向かって来る気概と言い確かに油断はならないよ?」

 “だけど”と巧は更に続けた、“アイツは所詮そこまで止まりだ”、“それ以上の事は出来ないよ”とそう告げて。

「それにアイツは多分、愛情よりも所有欲で君の事を欲して居るんだろう。君を好きになったのだって深い部分で君の本質や心の在り方を感じ取ったからではなくて、あくまでも雰囲気や外見が気に入っただけだよ、パッと見のね?それは恋とは似て非なる感情だ。それになによりかによりの話としてアスビョルンは多分、今までの人生で自分の欲したモノは全て手に入れて来た人間なのだろう。さもないと所有欲やプライドを満たす事が出来ないんだろうね、我慢がならないだろう。そう言う意味でも君を手に入れようとしているのさ、今回の決闘みたいに君の気持ちよりも自分の体面や意地、そして“力尽く”を優先させたのがその証拠だ!!!」

「・・・うん、それは何となくは解るわ?私も感じていたもの!!!」

「ああ言う輩はね?シェリル。1回キッチリと叩き潰して目を覚まさせてやらなきゃならないんだよ、さもないといつまで経っても君に固執し続けるだろう。それを見て取ったから、僕は今回の決闘を受ける事にしたんだ。大丈夫だよ、約束しただろ?“君の事を必ず守ってみせる”って・・・!!!」

「・・・・・」

「あの様子じゃあどうせ今までも、君に付き纏って来たんだろう?君が嫌がってもそれを無視してね。そんなの許せないよ、凄く腹立たしいもん!!!」

「それは、まあ・・・」

「人には心ってモノがあるんだ、自分というモノがあるんだ。それを無視して大した意味も無い身勝手なプライドを優先するなんて、とんでもない輩だよ!!!単に僕の大事な人に手を出そうとしただけじゃなくて、君の“人間としての尊厳”をもにじったんだからね!!?」

「・・・・・っ。タクミ、もしかして怒ってくれているの?」

「当たり前じゃないか!!!」

 するとそんなシェリルの言葉を聞いた巧は声を荒げて激昂した。

「君は僕の生き甲斐なんだ。僕のなにより大切な恋人で、大事な大事な妻なんだから!!!それをあんなヤツに取られてたまるか、絶対に守ってみせるからねっ!!?」

「・・・・・っ!!!」

 シェリルはそんな恋人の姿を見て、その言葉を聞いた瞬間に、またドキッとしてしまい嬉しくなってしまっていた、“逞しいじゃない”、“私を自分のモノだと言って物怖じせずに怒ってくれるなんて・・・”と。

 つまりはそれだけ巧が真剣な気持ちを自分に抱いてくれている、と言う事であり、自分との繋がりや絆、尊厳を大切にしてくれている、と言う何よりの証拠であった。

(・・・やっぱり、私はこの人と。タクミと一緒になりたい、一緒に歩んで行きたいわ?何があっても、なんとしてでも!!!)

 心の中で思いと覚悟を新たにしつつ、シェリルは強く“勝って”と思いを込めて、改めて恋人に抱き着いていた。
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