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契約編
第9話・暖かな契約
しおりを挟む「私が、何をしたいか……」
カタリナがそう自分に問いかけるようにつぶやいた後、僕との間に少しの間沈黙が流れた。
その顔からは僕の問いに対してしっかり考えて答えようとする姿勢が見られる。
「ま、答えを出すのは今じゃなくてもいい。それよりも、やってもらいたいことがあるんだよね」
「や、やってもらいたい事ですか?」
彼女には多少の怯えがまだ残っているように見えるが、少し話したおかげかずっとマシにはなっている。
「確か、神の奇跡の中には浄化の奇跡もあったよね。もしできるなら、僕にやってくれないかい?」
「は、はい。やってみます」
すると、彼女は祈りを捧げるように両手を重ね合わせ握る。
次に、神の奇跡を発動させるとき特有の神聖なオーラがまとわりつく。
「『”偉大なる我が主”よ。私が捧げし魔力を贄に彼の者を浄化したまえ。”浄化の奇跡”』」
彼女の詠唱が成立すると同時に僕の体は光に包まれ、今日の冒険でため込んだ汚れが消え去って行く。
そして、光が止んだ頃には清潔な体へ変わっていた。
軽く匂いを嗅ぐが、全く匂わない。
「ど、どうですか?」
「うん。いい感じ、さてと……」
今度は僕が神に祈りを捧げるように両手を重ね合わせ握った。
だが、彼女の時とは違い神聖なオーラが出てくることはない。
「『”偉大なる我が主”よ。我が捧げし魔力を贄に彼の者を浄化したまえ。”浄化の奇跡”』」
そう、彼女と同様に僕も詠唱をする。
魔力のパターンも今ので完全に解析し、再現をした。
しかし、何も起こることはなく溜めた魔力も空気に消えていくだけだった。
(やっぱり、何も起きないか。学生の時よりは成長してるはずだし、魔力以外に原因があるのか)
流石、神の奇跡と言うべきか素養の問題と言うよりもっと何か別の問題があるように感じた。
「アポロさん?」
「あ、ごめんごめん。僕も出来ないか試してみようと思ったんだけど出来ないね。治療の奇跡とか使ってみたかったんだけど。そうだ、他にも見せてくれない?」
「ひっ、その……ごめんなさい。わ、私、浄化の奇跡しか使えないんです」
「わかった。ごめん、無理言っちゃって」
どうやら、怯えさせてしまったらしい。
(浄化の奇跡しか使えないか)
知り合いから聞いたことがあるが、浄化の奇跡と言うのは教会の人間になるための最低条件のようなものだ。
これを習得することで位的には聖職者の中で一番下っ端の助祭と言う役職に就く。
つまり、彼女は助祭ではあるものの重要度では一番低い。
(やっぱり口減らしか?自己犠牲精神が強い教会の奴ららしいと言えばらしいけど、それにしたって奴隷商に身売りよりいい手段はあったはずだろ)
教会の奴らは基本的に民を見捨てない。
見捨てれば自身の力と権威の象徴である”神の奇跡”を行使できなくなる可能性があるからだ。
だからこそ、奴らは犠牲が必要な時は積極的に身内に強いる。
「カタリナ。君は、売られる前の生活に戻りたいと思うかい?」
そう聞いた途端、彼女は目の色を変えて椅子から立ち上がり僕に近づき縋るような目で懇願する。
それを見て、しまったと気づいたときはもう遅かった。
「っ、嫌です。わ、私を捨てないでください」
「あーごめん。間違えた。聞き方が悪かったね。安心して僕は君を捨てない。君の人生に責任を持つって言ったしね」
「で、でも私を買った人はみんな、捨てないって言って売ったんです!捨てるんですか?私をまた、捨てるんですか!?」
完全に錯乱してしまっている。
無理もない。
まだ、成熟しきってもいない精神状態で何度も苦い経験を味わったのだ。
「……カタリナ」
だから、静かに名前を呼んだ。
視線を僕から外させないために肩を掴んでこちらを向かせる。
そして、思い返した。
おばあちゃんが僕をどういう目で見ていたが、彼女の心から優しいと感じる瞳を僕に宿らせた。
「アポロさん?」
「カタリナ。手を出して」
そう言って、マジックバッグから取り出したのは掌に納まるくらいの大きさの球体の物体だった。
「これを君に預ける」
それを、両手で丁寧に受け取ろうとしている彼女の手に乗せた。
「これ、何ですか?」
「ははっ、驚くなよ」
彼女の手に預けた謎の球体に魔力を流す。
すると、中に内臓されている刻印が発動して球体が震えだした。
『1+1=2』
その瞬間、球体から僕の声で足し算の計算結果が発せられる。
「……」
「……」
木造の壁は唐突に流れた奇怪な音声を吸収するが、僕たちの間には沈黙が流れてしまった。
そして、ニコニコの笑顔の僕と完全に困惑した表情の彼女がどういう反応をすればいいのか戸惑っている。
「その、これは一体?」
「これはね。レリックなんだけど、魔力を流すとその魔力を流した人間の声で『1+1=2』って言う道具なんだ」
「……それだけなんですか?」
「うん」
何故だろう、何か失敗したのかわからないが僕たちの間に再び沈黙が流れる。
このレリックは街の雑貨屋で何とも言えないシュールな効果を持つがゆえに買ってマジックバッグの奥底にしまわれていた一品だ。
「あ、一応魔力を多く流せばその分大音量で言ってくれるんだ」
『1+1=2!!!!』
「っ!」
今度は魔力を多めに流したせいで、つい耳を塞ぎたくなるくらいの音が響いた。
ちなみに、計算機能などはなく『1+2=3』とかに変更することもできない。
「あ、後……このボタンを押すと最後に魔力を流した人の声が再生できるんだ」
『1+1=2!!!!』
「っ!!」
当然、最後に魔力を流したのは僕なので僕の声で『1+1=2』が大音量でリビングに響くことになった。
「そ、その、これを何で私に?」
「これを君が持っている限り、僕は君を捨てないって約束する。逆に、君がこれを捨てたり無くしたりしたりすれば捨てる。カタリナは約束できる?」
「……これを、持っている限り私は捨てられない」
彼女がこのレリックを見ている視線は、もはやさっきまでのシュールな効果の変な物を見る目ではない。
もはや、自分の命や家宝のように懇切丁寧に胸の中で抱いている。
「いわば、人質……ならぬ、レリック質?かな。どうする?」
「わかりました。私、これを大切に持ってます。だから、捨てないでください……」
「わかった。捨てないと僕も約束するよ。ほら、わかったらもう寝ちゃいなさい」
そう言って、僕は彼女を自身の寝室に向かわせた。
流石に、彼女一人ではなくアフェと寝ることになるだろうが
すると、ちょうど入れ替わるようにリビングにアフェが現れる。
「……あれで、よかったの?」
「良かったんだよ。たとえ、僕たちが無償の愛をあの子に注いだとしても受け取る側が受け取れないと意味ないからね」
別に僕は意地悪で捨てる条件を設定したわけじゃない。
人は結構疑り深い生き物だ。
それが、まだ出会って一日も経過していないならなおさらだろう。
「だから、メリットとデメリットを作って契約みたいにしたってわけね」
「僕に何一つメリットはないけどね。レリック渡しただけだし、だけどこれで彼女の中にはあのレリックを持っている限り捨てられないという確信が生まれたはずだ」
「もし、あんたが契約を反故にするような人間だって思われたら?」
「……それは、これからの態度で示していくしかないよね」
あの子が自分で何をするか決めるか、僕がレリックを見つけるまでひとまずこの生活は続くだろう。
その中で、のんびり信頼を積み重ねて行けばいい話だ。
そしてゆくゆくはあのレリックなしでも生活できるようにすればいい。
「じゃ、僕も寝るかな」
「は?あんた、まだお風呂入っていないでしょ」
「い、いやいや!彼女に浄化の奇跡をかけてもらったから……ほら、全然臭くない。これなら、服を着替えればすぐ寝れるよ」
服は奇跡では浄化されないので、汚れたままだが寝間着に着替えれば大丈夫だと強調する。
しかし、彼女の冷めた視線は変わらなかった。
「はあ、あんたの詭弁に付き合う気はないわ」
「いででで!襟引っ張らないで!!首、首絞まってるから!!ていうか、湯舟とかお湯がそもそも嫌いなんだよ!!」
「何、猫みたいな事言ってるのよ。ほら、疲れた体を癒すなら湯舟に浸かってなんぼよ」
そう言われ、結局抵抗の気力も失った僕はそのまま引きずられ浴室にぶち込まれることになるのだった。
「くっ、酷い目にあった……」
浴室から脱出した僕は体を拭き、寝間着に着替えて寝室にたどり着くことができた。
何故か、体を癒すはずがさっきの攻防と湯舟に浸かったせいでどっと疲れた。
そのまま、ベッドに入り横になる。
「……カタリナ?」
その時、魔力の探知で扉の前に誰かが立っていることに気づいた。
魔力の流れは間違いなくカタリナのもので入ってくることはせず、ノックもせず、ただ立っている。
「ふわあ、どうしたの?」
「あっ、その……」
欠伸交じりに扉を開けると、見つかるとは思ってなかったのか困惑した表情で二歩三歩と下がる。
「い、一緒に寝てもいいですか?」
「え?」
まさかのお願いに一瞬思考が止まる。
だが、その後すぐ再起動し頭の中で最もふさわしい解答を模索しだす。
しかし、その解答が間に合うことはなかった。
「だ、ダメですか?私じゃ……」
「いいよ」
即答した。
一応、弁明しておくと僕は治安局のお世話になるつもりはない。
下心なんて一切あるはずもない。
ただ、問題は僕が彼女から涙目で見上げられて、ダメだとか言える人間ではなかったことだ。
「せ、狭くない?」
「大丈夫です。むしろ、暖かくて……その、いい気持ちです」
僕の部屋にあるベッドは二人用ではないため必然的に狭くなる。
何とか姿勢に気を付けながら、彼女を落とさないように慎重に立ち回る。
「その、何も聞かないんですか?」
「聞いて欲しいの?」
「い、いえ」
「なら、聞かないよ。話したくなったら、いつでも聞くけぇ……ど……」
それを言い切る間もなく今日起きた出来事による疲労が祟り僕の意識は闇に消えた。
「アポロさん?」
カタリナが名前を呼んでも、彼は起きることはない。
すっかり、眠ってしまったからだ。
彼女はそれを確認するともぞもぞと動き出し彼の懐の中に自然と自分を押し込む。
(……不思議な人)
色々、今日話してわかったけど最終的に出た結論はそんなものだった。
変なレリックを渡されたり、自分が何をしたいか聞いてきたり、これまで生きて来てそんなことは一度もなかった。
(暖かい)
でも、そんなことがどうでもよくなるくらい彼は暖かった。
この家に来る前は手を繋いだ所しか感じられなかったその温もりを私は今彼の体の中で全身で受けている。
今は、ただそれを手放したくなかった。
その手の中には、あの『1+1=2』しか言わない役に立たないレリックが握られていた。
***
おまけ
「その、これってなんて書いてあるんですか?」
そう言って、カタリナは僕が契約のレリック質として渡した『1+1=2』しか言わないレリックの背面の文字を見せてくる。
「……ああ、これね。でも、よくわかったね。これが文字だって」
一見すると、傷にしか見えないし僕も知り合いに指摘されるまでは文字だって築かなかった。
「えっと、何だかどこかの本で見たことがあったんです。こんな文字が」
「なるほどね。流石、教会ってところかな。これはね……」
背面の文字、これはかつてあったと言われるレリックを作り残した古代文明の文字
「古代語で無涅 槃って書いてるんだよ」
「人の名前ですか?」
「さあ、わからない」
大体、古代のことはわからないことの方が多い。
資料も少ないし、古代語を読めるのもごく少数だ。
でも、確かにそう言う文明があったと思うとロマンを感じるのであった。
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