不屈の葵

ヌマサン

文字の大きさ
36 / 254
第3章 流転輪廻の章

第36話 蟹江七本槍

 竹千代が元服し、松平次郎三郎元信となった天文二十四年三月より早三ヵ月が過ぎようとしていた。

 岡崎近郊の淵上の大工小法師に大工跡職の継承を保証する旨を岡崎の政務を担う石川安芸守忠成ら重臣に指示するなど、当主としてなすべきことにも精を出していた。

「殿、先月の大工跡職の継承を保証なされた件についてでございます」

「おお、七之助か。うむ、何ぞ不手際でもあったか」

「いえ、滞りなく進んでおると国元より報告の文が届いております。去る五月六日、石川安芸守忠成殿、青木越後殿、酒井雅楽頭政家殿、酒井左衛門尉忠次殿、天野清右衛門康親殿の五名による連署状を発給したと記されておりますれば」

「そうか、ご苦労であった」

 元信は七之助からの報告を聞き終えると、書見台に広げたままの『貞観政要』と睨めっこを再開。それはもう真剣な眼差しで書物を読み進めてゆく。

 姿勢を真っ直ぐに正し、最小限の動作で書物をめくっていく様子は実に洗練されていた。幼少の頃より書物に親しみのある人間ならではの立ち居振る舞いといったところであろうか。

「殿、読書中失礼いたします」

「おお、七之助の次は徳千代か。うむ、近うよれ」

「ははっ!」

 徳千代は七之助の隣まで移動し、静かに着座。報告の文でもあるのか、襟元に右手を突っ込んでいた。

「こちら、国元より届いた近々の尾張情勢を記したものにございます」

「近々の尾張情勢とな?聞かせよ」

「ははっ、然らば言上仕る」

 阿部徳千代から伝えられた尾張情勢。それはかつて、元信の祖父・清康が陣中にて阿部正豊に斬殺された守山における出来事であった。

 織田弾正忠達成の弟・秀孝が叔父・信次の家臣・洲賀才蔵に誤殺された。それを聞いた織田達成は信次の居城・守山城の城下を焼き払ったというのだ。

 これに対して信長は「無防備に単騎で行動していた秀孝にも非がある」と、信次を処罰しようともしなかったという。

 結局、信次は逐電、つまりは行方をくらましてしまったため、守山城主の地位には織田達成の兄弟である織田安房守がつくこととなった。

「ほう、弟を殺されて城下を焼き払った織田弾正忠殿と責のある叔父を処罰しようともしない織田上総介殿……か。対応の違いに両者の対立が見て取れるようじゃ」

「はい。ゆえに、阿部大蔵殿や大久保新八郎殿は織田弾正忠家に近々内訌が起こること必定である、とかように申しております」

「ちと派手な兄弟喧嘩となりそうであるが、火中の栗を拾うには及ばず。そう申したいところではあるが、好機到来と言えるやもしれぬ。明日、駿府館へ登城し、太守様に申し上げてみようと思う」

「それがよろしいかと存じます」

 そう言って一礼し、落ち着いた素振りで退出していく阿部徳千代。年長者らしい落ち着きも見られるようになり、元信も頼れる側近であると認識していた。

 翌日、元信は鳥居彦右衛門尉ら近侍を引き連れて駿府館へ登城に及んだ。今川治部太輔義元のいる広間へ通されると、当の本人は難しい面持ちで何やら書状を広げていた。

「太守様、松平次郎三郎元信が参りました」

「おお、次郎三郎か。何ぞ報告したき儀でもあるか」

「御推察の通りにございます。尾張にて織田上総介と織田弾正忠の兄弟による内訌の兆しありと国元より報告がありましたゆえ、太守様のお耳に入れておきたく存じ、まかり出ました」

「ほほう、予も尾張のことで頭を悩ませておったところじゃ。ほれ、この書状を見てみよ」

「こ、これは……!」

 義元が先ほどまで目を通していた書状は織田信長によって尾張国守護に奉じられた斯波義銀からのものであった。

「どうやら、斯波家の権威を取り戻したいようでな。予や吉良義昭、尾張国海西郡の国人・服部友貞と通じ、当家の軍勢を引き入れようと画策しておるそうじゃ」

「では、何故太守様はあのような難しい面持ちをなさっておられたので……?」

「うむ、それはこちらの書状を読めば分かるであろう」

 続いて義元から元信へと渡されたのは先ほどの書状より日付が後の、尾張国内に潜らせている間者からの報せであった。

「なんと、この密謀が織田上総介の知るところとなっておると……!?」

「そのようじゃ。同様の文が他に二通来ておるゆえ、真のことであろう。となれば、斯波義銀との謀に乗るは大博打じゃ」

 ――なるほど、それで眉間にしわを寄せながら悩んでいたのか。

 元信は心の内で、義元の様子にも合点がいった。計画が敵方に見破られている中、実行に移すのはあまりにも危険が高い。元信でも同じ状況であれば迷うことだろう。

「じゃが、予はやはり乗ることにした」

「この大博打に乗ると仰せに……!?」

「いかにも。良いか、次郎三郎。戦は支度でほぼ決まるものじゃが、こうした事態にあって大博打に挑んではならぬというわけではない。無論、でき得る限りの備えはしたうえで挑むつもりじゃがの」

「さすがは太守様。この次郎三郎、感服いたしました……!」

 賭けに乗る決断をするのみでなく、その賭けで勝てる確率を上げられる限り上げる。それもまた大切なことなのだと、元信はたった今義元の言葉から学びを得た。

「して、太守様。いかにして、大博打に出られるのでしょうや」

「三河衆を尾張国海東郡へ派遣し、西より織田を脅かすつもりじゃ。狙うは蟹江湊と蟹江城の制圧。されど、これには松平次郎三郎の岡崎衆にも働いてもらわねばならぬ」

「承知しました。三河衆ということは岡崎の手勢だけではなく、他の松平にも動員をかけることになりまするか」

「いかにも。岡崎でお許に代わり政務をになっておる大叔母の子である大給松平親乗、桜井松平監物、福釜松平親俊らにも動員をかけよ」

 岡崎の松平宗家に加え、大給松平、桜井松平、福釜松平を動員する。まだまだ松平勢をかき集められようが、そうすると本国三河の守りが手薄になってしまう。その点を考慮し、義元も指示を出しているのであった。

「されば太守様、松平のみの軍勢であれば二千ほどとなりましょう。それでは蟹江湊の制圧すらままならぬかと」

「うむ。ゆえに、鳴海城からは山口左馬助らの隊や、先ほど斯波義銀よりの書状にも名が記されておった海西郡荷ノ上の服部友貞らの隊も合流させるつもりじゃ。これなら落とせよう」

「尾張を良く知る者らを派遣いただけるとは、これほど心強いことはございませぬ」

 そうして、今川治部太輔義元と松平次郎三郎元信よりの命が伝えられ、三河では戦支度で慌ただしくなっていた。大久保家はその最たるものであった。

 大久保家の長老・大久保新八郎忠俊、その弟・甚四郎忠員、新八郎と甚四郎からみて甥にあたる阿部四郎五郎忠政。甚四郎の長男・七郎右衛門忠世、甚四郎の次男・治右衛門忠佐。

 大久保新八郎・甚四郎らにとっての甥にあたる杉浦八郎五郎吉貞、その子・八郎五郎勝吉らが参集していた。

「よもや、老骨に鞭打って尾張へ攻め入ることになろうとは思わなんだ」

「ははは、新八郎兄者も五十七、無茶はなりませぬぞ」

「たわけ、元服された殿からの命でもある。ここは大手柄を挙げて駿府におわす殿を仰天させてくれる!何より、甚四郎。お主とて四十五ではないか。槍を振るうことはできるのか」

「ははは、こりゃおかしい。兄者こそ、まともに槍を扱えるとは思えぬ。すっかり白髪頭の老いぼれゆえな」

「なんじゃと!ほざいたな、甚四郎」

 血の気の多い大久保家の老人らは、そのまま斬り合いになるのではないかと思ってしまうほどの気迫で言い合いを始める。されど、兄弟そろって刀に手をかけるような真似はしなかった。

「まあまあ、落ち着いてくださいませ。その血の気は戦場にて発揮していただきとうございます」

「阿部四郎五郎ではないか。そなたが得意とする弓も頼みとしておるぞ」

「お任せあれ!織田上総介の真眉間でも射抜いてくれましょう!」

「たわけ、これから向かうのは蟹江じゃ。織田弾正忠家の当主がおるわけなかろうが」

 今年で二十四の阿部四郎五郎忠政をたしなめたのは、同い年の大久保七郎右衛門忠世であった。そこへ、五つ年下の大久保治右衛門忠佐も加わり、今度は若手らが騒ぎ出す。それを杉浦八郎五郎父子が酒を片手に笑いながら見守っていた。

 なんとも大久保の縁者らが老いも若きも騒ぎ出す中、先ほどまで一番大声を張り上げていた大久保新八郎がひと際大きく手を鳴らす。その場にいた者らはその音に驚き、会話を中断し、大久保老人の方へと向き直る。

「良いか、此度は岡崎の松平勢のみでなく、大給も桜井も福釜も加わっての蟹江攻めじゃ!沓掛城、大高城を経由して進軍し、道中にて鳴海の山口左馬助らの軍勢とも合流する手はずとなっておる!者ども、ぬかるでないぞ!」

 大久保新八郎の一党を鼓舞する言葉に、皆が「おうっ!」と声を揃えて手にした槍や刀を頭より上の高さまで上げていた。興奮気味の大久保らを筆頭とした松平宗家の軍勢は出陣し、遠く尾張国蟹江の制圧に動いた。

 進軍は順調に進み、岡崎松平、大給松平、桜井松平、福釜松平、鳴海山口らは海西郡荷ノ上の服部友貞と合流したうえでの蟹江城攻めを八月に決行。

 蟹江湊、蟹江城を守備する織田軍と激しい合戦となったが、大久保新八郎らの奮戦もあり、蟹江湊を制圧し、蟹江城を陥落させることに成功したのであった。

「伯父上、やりましたな!」

「おお、八郎五郎。無事であったか!」

 血まみれになった槍を引っ提げて現れたのは杉浦八郎五郎吉貞。彼と相対する大久保新八郎もまた、返り血を浴びて蟹江の地に突っ立っていた。

「伯父上!見てくだされ!敵兵をこれだけ討ち取りましたぞ!」

「ふっ、拙者は兄者よりも二つ多く取りましたぞ!」

「何!ならば、今からでも三つ取ってくるまでのこと!」

「兄者がそう来るならば、拙者も三つ取る!兄者には負けられぬ!」

 伯父に戦果報告をしに来た七郎右衛門忠世と治右衛門忠佐であったが、どちらが討った敵兵の首級が多いかで言い争いになり、再び戦場へ駆け出していくのであった。

「まったく、あ奴らには困ったものよ」

「ははは、闘争心溢れる若者で良いではありませぬか」

「八郎五郎、他人の事だと思っておるゆえそのようなことを申せるのだ。お主の子があの調子であったらいかがする?」

「さぁ、分かりませぬ。某は好きなようにいたせばよいと、そう思っておりまする」

 血の気の多い若者らについて談じる大久保新八郎忠俊と杉浦八郎五郎吉貞。そこへ、遅れて甚四郎忠員、阿部四郎五郎忠政が合流し、話題を駿府にいる主君のことへ転じながら戦後のひと時を過ごしていた。

 此度の蟹江攻めにおいて先鋒として勇戦戦功を挙げた大久保新八郎忠俊、大久保甚四郎忠員、大久保七郎右衛門忠世、大久保治右衛門忠佐、阿部四郎五郎忠政、杉浦八郎五郎吉貞、杉浦八郎五郎勝吉の七名は「蟹江七本槍」と称されることとなる。

 そんな家臣らの奮戦により、蟹江城が陥落したとの一報は駿府に留まる松平次郎三郎元信の元へ戦果報告の文書が届けられていた。

「与七郎、大久保一族が奮戦、まこと見事であるな」

「はい。なんでも、巷では杉浦八郎五郎父子も加えて、蟹江七本槍などと申しておるそうにございます」

「ははは、蟹江七本槍か。良い響きじゃ。次なる戦場にて新たな七本槍が生まれるやもしれぬな」

「はっ、まことに……!」

 戦場の惨さを大将として味わったことのない元信と、父より戦場の恐ろしさを教え込まれ、本多平八郎忠高や叔父・一政が討ち死にした悲嘆を味わった石川与七郎数正とでは、戦果報告文書に対する見方が違っていた。

 誰々が誰それの首を取った。文書にはそう記されていても、それは一人の命が失われたことを意味する。その言葉の重みは戦場における悲しい体験の有無によって、まったく違った感想を抱かせてくる――

「与七郎、いかがした。何やら顔色が優れぬようじゃが」

「いえ、此度の戦も激戦であったと聞き及んでおります。ゆえに、亡くなった者らに南無阿弥陀仏と心の内で念仏を唱えておりました」

「うむ、それもそうじゃな。わしも手を合わせ、念仏を唱えるとしようぞ」

 石川与七郎数正の眼の前で手を合わせる元信。そんな若き十四の主君を見て二十三歳の石川与七郎は、いずれ御主君も戦の惨さを体感することになるのかと思い、一人沈思するのであった。

 季節は夏。岡崎からそう遠くない奥三河にて高まった反今川の火種が着火しようとしているなど、知る由などなかった――
感想 0

あなたにおすすめの小説

関ヶ原の裏側 ― 武将たちの心理小説

真田直樹
歴史・時代
関ヶ原の合戦を史実を基に、再現したストーリー

元亀戦記 江北の虎

西村重紀
歴史・時代
浅井長政の一代記です

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
国を、民を守るために、武田信玄は独裁者を目指す。 独裁国家が民主国家を数で上回っている現代だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を、民を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす 【第弐章 川中島合戦】 甲斐の虎と越後の龍、激突す 【第参章 戦争の黒幕】 京の都が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す 【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす 【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))

【完結】『いくさ飯の若武者 ~乾坤一擲、兵糧奮闘記~』

月影 朔
歴史・時代
刀より強い? 腹が減っては戦はできぬ! 戦国乱世、食に命をかける若武者の兵糧奮闘記、開幕! 血と硝煙の戦国乱世。一大大名家が歴史を変える大いくさを前に、軍全体がかつてない危機に喘いでいた。それは、敵の奇襲でも、寡兵でもない――輸送路の遮断による、避けようのない「飢餓」だった! 武功に血道を上げる武士たちの中で、ひっそりと、だが確かに異彩を放つ若者が一人。伊吹千兵衛。刀の腕は今ひとつだが、「食」の道を探求し、戦場の兵糧に並々ならぬ情熱をかける兵糧奉行補佐だ。絶望的な食糧不足、日に日に失われる兵士たちの士気。この危機に、千兵衛は立ち上がる。 彼の武器は、限られた、乏しい食材から、想像もつかない「いくさ飯」を生み出す驚きの創意工夫! いつもの硬いだけの干飯は、野草と胡麻を加え、香ばしく焼き上げた「魂を焦がす焼きおにぎり」に。 そして、戦場の重苦しい空気を忘れさせる、兵士たちの「ささやかな甘味」まで――。 『乏しき中にこそ、美味は宿る。これぞ、いくさ飯。』 千兵衛が心を込めて作る一品一品は、単なる食事ではない。 それは、飢えと疲労に倒れかけた兵士たちの失われた力となり、荒んだ心を癒やす温もりとなり、そして明日を信じる希望となるのだ。 彼の地道な、しかし確かな仕事が、戦場の片隅で、確実に戦の行方に影響を与えていく。 読めばきっとお腹が空く、創意工夫あふれる戦国グルメの数々。次にどんな驚きの「いくさ飯」が生まれるのか? それが兵士たちを、そしてこの大戦をどう動かすのか? これは、「あの時代の名脇役」が、食という最も人間臭く、最も根源的な力で、乾坤一擲の大戦に挑む物語。 歴史の裏側で紡がれる、もう一つの、心熱くなる戦場ドラマ。 腹ペコを連れて、戦国の陣中へ――いざ、参らん!

備前蝶の残照 ―宇喜多の盾と呼ばれた男―

高杉 優丸
歴史・時代
言葉は裏切るが、槍先と死体は嘘をつかない 。 滅びゆく宇喜多に殉じた、一人の男の沈黙と咆哮の歴史叙事詩 。 泥を啜ってでも、この家を支える 」 謀将・宇喜多直家が暗殺と裏切りで築き上げた血と泥の家、備前宇喜多家 。その影には、不義の家を強靭な武力で支え続けた「盾」と呼ばれる男たちがいた。 榛名伊織。一丈二尺の漆黒の大身槍「不知火」を振るう彼は、無駄な言葉を嫌い、ただ任務の完遂と主家への恩義のみを重んじる生粋の戦国武士である 。 だが、時代は無骨な武士を置き去りにし、打算と数が支配する新たな世へと移り変わろうとしていた 。 偉大なる師・戸川秀安の死を皮切りに、宇喜多家の屋台骨を揺るがす御家騒動が勃発 。かつて弟同然に育んだ戸川達安が、家を存続させるため冷徹な合理主義へと傾倒し決別していく中 、伊織は一人、泥にまみれた宇喜多に残る道を選ぶ。 「殿は夢を見ておられる。ならば、俺はその夢が醒めるまで、槍を振り続けるだけだ 」 舞台は天下分け目の関ヶ原 。 西軍の先鋒として死地へ赴く伊織の前に、東軍の猛将・福島正則 、そして宿業の因縁を持つ孤高の暗殺者・三村影久が立ち塞がる 。 組織の変質、抗えぬ時代の濁流、そして高潔な情愛 。 時代に抗い、己の流儀を貫いた男の、不器用で熱い生き様を描く 。 砂を噛むような現実の中で、男たちが最後に見た「残照」とは―― 。

毛利をつなぐ架け橋へー毛利家虎伝ー

もうりん
歴史・時代
史実には存在せぬ毛利元就四男虎寿丸が行く戦国乱世!毛利家屈指の愛され子息である彼も喜怒哀楽が溢れる戦乱の波に呑まれていくことになる。そのなかで、彼はその目に一体何を映しその最期に何を思うのか。毛利元就が四男虎寿丸の完全オリジナルの人生を通じて描く戦国をどうぞお楽しみください。 ❋なお、考証は曖昧な部分がありますがどうか温かく見守っていただけると幸いです。

天正の黒船

KEYちゃん
歴史・時代
幕末、日本人は欧米諸国が日本に来た時の黒船に腰を抜かした。しかしその300年前に日本人は黒船を作っていた。

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱