凶器は透明な優しさ

文字の大きさ
26 / 32

何かが変わるその手前

しおりを挟む
綾と話しをしたお陰で、自分の中でのゴチャゴチャとしていた気持ちが少しずつまとまってきた。

自分の望みは正直まだよくわかってはいない。

だけど、姫乃ちゃんにどうなって欲しいかは決まっている。

それならもし、万が一、その時が来たとしたら私の答えは決まっている。



それからは、年末の仕事納めに向けて猛然と仕事に打ち込んでいった。

姫乃ちゃんの様子はこれまでと変わらなかった。

だけど、私がどこか吹っ切れたことはなんとなく感じ取っているようだった。

それでも、二人での夕飯の時間は変わらずにとっていた。

仕事で遅くなることが増えた私のために、先に我が家にきて夕飯を作って待ってくれている姫乃ちゃん。

最初の頃のような申し訳なさはなく、ただただ嬉しさが込み上げてくる。

仮初めだとしても、私がずっと望んでいた暖かい家庭を感じることができた。


「ようやく今年の仕事も終わるね」

明日を残して今年の仕事はようやく終わりを迎える。

なんとか終わらせることができて一安心だよ、去年は最終日まで残業してなんとか一年を終えたからなぁ。

「そうですね、自分の分の仕事は先輩よりも少ないからあっという間でしたけど、紗希先輩が最近残業続きでしたから安心しましたよ」

本当にこの時期は残業が多い。

前もってやっておければいいんだけど、そういうわけにもいかない仕事がなぜか年末に限って残っているんだよね。

「ところで姫乃ちゃんは、冬休みに入ったら実家に帰るの?」

明日の仕事の後には忘年会をやって、そこからは年始まで長期休暇に入る。

私はこのアパートで年を越すつもりだけど、姫乃ちゃんがどうするつもりなのか今まで聞いてなかった。

「そうですね、おそらく実家に帰ることになると思います」

なんだかはっきりしないけど、姫乃ちゃんがいない長期休暇になりそうだ。

「そうかぁ、じゃあ明日の忘年会が最後に会う機会になっちゃうね」

ちょっと寂しいけど、姫乃ちゃんは家族に会いたいだろう。

それに来年になったらまたこうして会えるんだから我慢しなくちゃ。

そう思っていると、姫乃ちゃんが珍しく窺うような視線で私に問いかける。

「…紗希先輩って明後日は暇ですか?」

「もちろん暇だよ」

私はノータイムで答える。

私の返答が予想通りだったのか、姫乃ちゃんは小さく頷いた。

そして、なぜかこの場には相応しくない真剣な表情をして私に尋ねる。

「それなら、また前のようにお昼から一緒に過ごしませんか?」

もちろん大丈夫だ。
だけど姫乃ちゃんの、その真剣な表情に何かをいつもとは違うものを感じ取ってしまった私は、その理由がなんなのか少しだけ考えてしまう。

「だめ、ですか?」

私の迷いに姫乃ちゃんが残念そうにする。

「ううん、もちろん大丈夫だよ。」

明るく言い切る。
その理由が悪いものだと決まったわけではないなら、今は姫乃ちゃんとの時間を楽しめばいいと思う。

「良かったぁ。またこの間と同じ店に行きたいなぁって思ってたんです」

そう言う姫乃ちゃんは、いつも通り可愛らしい表情をして幸せそうに笑っている。

この表情のためならなんだってしてあげたくなるほどに。

「うん、明後日は楽しみだね」

「あっ、それと明後日の料理教室のことなんですけど」

そう言って姫乃ちゃんは神妙な顔つきになって話題を急展開する。

一体どんなことを言われるのかと身構えながら話の続きを待つ。

「今年最後の料理教室で長期休暇にも入るので、卒業試験を行おうと思います!」

突然の姫乃ちゃんからのお達しに私は驚いてしまう。

確かに最近は実践的なやり方、料理本をみながらだったら料理ができるようにひたすら練習していた。

でも明後日いきなり卒業試験と言われると胸がざわついてしまう。

卒業試験に何か重大な意味があるんじゃないかと。

「大したことはしないんですけどね?ただ長期休暇中でも紗希先輩が健康的な食生活を送れるか確認したいだけですよ」

「本当にそれだけ?」

私は不安げに聞いてしまう。

「本当にそれだけです」

姫乃ちゃんはそう言い切った。

…それなら、私はその言葉をただ信じるしかできない。

「そっか…分かったよ。明後日のお出かけも楽しみにしてるね」

「はい!もちろん明日の忘年会も、今度は紗希先輩と一緒に飲めると思って楽しみにしてますけどね?」

「ふふっ、今度は遠くからじゃなくて近くでお話ししようね」

そう言う私の言葉に、満面の笑みで返事をする姫乃ちゃん。

だけどその笑顔に、今だけしかみられない儚さをどこかで感じ取ってしまう。

でも私はそんなの気のせいだと自分に言い聞かせてその笑顔を見送る。


この日は穏やかに、でもどこか二人とも何かを隠したまま話を続けた。

明日にも仕事があるって言うのにいつもより少しだけ遅くまで…


翌日の仕事は運良く大した問題もなく終えることができた。

そして忘年会では、前半は面倒な上司の愚痴や自慢をなんとか受け流して耐え。
後半では姫乃ちゃんとの二人の世界を形成して幸せな時間を過ごした。

まぁ同僚や上司の男性からは空気の読めないやつ扱いされたかもしれないけどね。

あんた達なんかには姫乃ちゃんはもったいないからね。

明日どこに行くかワクワクしながら話しかけてくる姫乃ちゃんを愛でながら、忘年会だってことを忘れながらもずっと話し続けた。


「それじゃあ明日の12時に駅前に集合でお願いしますね」

忘年会が終わって姫乃ちゃんの家まで送り届けた時に明日の集合時間と場所を言われる。

「あれっ今回は駅前に集合なんだね?」

この間とは違う集合場所に何か意味でもあるんだろうか。

「はい…今回は紗希先輩とのお出かけ気分をより味わおうかなって思って」

なるほど?わかったような、わからないような。
まぁ姫乃ちゃんがそうしたいなら文句はないけど。

「うん分かったよ、駅前に12時に集合ね」

「はい、お願いしますね」

そうして姫乃ちゃんに背を向けて自分の家に歩き出した。

ふと気まぐれに後ろを振り返ってみると、まだこちらを見送っている姫乃ちゃんがいた。

驚きながらも手を振ると、姫乃ちゃんも手を振りかえしてくれる。

あいにく距離が離れすぎて表情は見えなかった。

だけどきっと、明日のことを楽しみにしている表情だと思う。

私は前を向いて家に帰った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

結婚したくない腐女子が結婚しました

折原さゆみ
恋愛
倉敷紗々(30歳)、独身。両親に結婚をせがまれて、嫌気がさしていた。 仕方なく、結婚相談所で登録を行うことにした。 本当は、結婚なんてしたくない、子供なんてもってのほか、どうしたものかと考えた彼女が出した結論とは? ※BL(ボーイズラブ)という表現が出てきますが、BL好きには物足りないかもしれません。  主人公の独断と偏見がかなり多いです。そこのところを考慮に入れてお読みください。 ※番外編に入り、百合についても語り始めました。  こちらも独断と偏見が多々あるかもしれないのでご注意ください。 ※この作品はフィクションです。実際の人物、団体などとは関係ありません。 ※番外編を随時更新中。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

処理中です...