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「誰が優等生ばかりだ、誰がッ!」
とんだ性悪がいるじゃねぇか。
それも一番上に。
ペースを上げて走りながらも、冷静に残り時間の計算をする。
一周八百メートルの外周が、大体残り四分の一といったところだろうか。
四分の一を八分ペース。
四分の二を十分ペース。
バリバリの文系なので数学は苦手だが、このくらいの計算ならば容易だ。
結論、俺は残り一分で二百メートルを走破しなくてはならない。
久々の激しい運動で疲れ切っているこの体である。
「ハァッ……ハァッ……」
息を全力で切らしながら、ゴールである正門へと向かう。
途中で何人かの部員にすれ違うも、目線を気にする余裕はない。どうせ訝し気な視線を向けられていることだろう。
曲がり角を曲がったところで古井先輩の集団とすれ違った。
「おや?」
なにか言いたげな言葉尻だったが、反応はしない。
残り百メートルを切っている。時間は数えてはいないが、この全力のスピードでもかなりギリギリだろう。
体力テスト以外の時には全力を出してこなかったこの足を、可能な限り回転数を上げていく。
五分以上サウナに入っている時よりもさらに、胸の鼓動は高まっていく。
高まりというか、高鳴りというか。何にせよ、強制的に心臓を動かされるこの感覚は、あまり気持ちのいいモノではない。
「フゥッ……オエッ……」
胃液すら水位を上げてきている感覚がある。
流石に最初の部活で吐いてしまおうものなら今後の学校生活が危ぶまれるので、死ぬ気で上がってくるムカつきを抑える。
下を向きながらこみ上げる吐き気と戦っていると、気付けば正門まであと十メートルというところまでたどり着く。
あとはもう気力だ。
自分の持てる力の全てを使い果たして、とにかく前へ。
心臓が肋骨を激しくたたき続ける。肺は淀んだ空気ばかりが取り残されて痛みを感じ始めているし、胃腸も限界を訴えて吐き気をもたらし続ける。
あと十メートルだけなのだ。
体の悲鳴は全て無視する。
サウナでも同じだ。
ととのいは、限界のすぐ先にあるものだ。
だから、我慢する。
我慢の果てに、輝ける刻はある。
そして、俺は倒れ込むように正門へと辿り着いた。
「あ、あぶねぇ……」
「あら。滝君の意地悪をなんとか乗り越えたようね」
両手を膝につきながら息を整えていると、ストップウォッチを持った蒼が話しかけてくる。
「俺だけ、特別扱いなんて、ありがたすぎて……涙が出るね」
汗をぬぐいながら、息も絶え絶えに返答する。
嫌味を言ったつもりだったが、こともなさげに蒼もまた言葉を返してきた。
「あなただけ? 思いあがりすぎよ。私の同学年(タメ)は性格が悪いのが多いのよ」
あんたを筆頭にな。
「今私を筆頭にって思ったでしょ。次考えただけでも殺すから。社会的に」
何で心の中読めるんだよ。
そして軽々しく殺すとか言うな。
社会的にだとしてもダメだよ。
「私の性格の悪さなんて、彼らに比べれば知れたものよ」
「性格悪いって自覚してるじゃん」
「性格悪くなんてありません。人を陥れるのはやめて頂戴」
「自分で言ったんだろ今のは!」
そして人を陥れているのもコイツ本人だ。
棚上げにも限度があるだろ。
と、そんなやりとりをしている間にも、同学年の奴らが次々と到着していく。
たしか、さっきまで古井先輩と一緒に走っていた連中だ。
「お疲れさん。あれ? 古井先輩と一緒じゃなかった?」
「おぉお疲れ。いやそうなんだよ。さっきまで一緒に走ってたはずだぜ。気付いたら一番後ろにいたけど……」
同学年の一人が辺りをきょろきょろと見渡す。
古井先輩含め、五人の集団になっていたはずだ。正門まではそう距離もなく、第一直線だ。
こうしている間にも次々と部員たちが到着しており、倒れているとかそういったことを心配する必要はなさそうだが――
「いや~やっとゴールだねぇ」
と、余裕ぶった笑みを浮かべながら古井先輩が正門へと現れた。
目の前の横断歩道から、もっと言えばその奥にある駐車場付きのコンビニから、である。
「古井先輩!? こ、コンビニ行ってたんすか?」
目を丸くして、先に到着していた同学年の奴が問いかける。
「何言ってんの。ボクはトイレに急いでただけだよ? そしてはい」
芝居めいた所作で、古井先輩は校門のレールをわざとらしく踏む。
「ボクの設定時間は十分だからこんなもんだね――で、君達の設定時間は何分だったかな?」
「あ、悪魔――!」
「先輩は悪魔の子だ!」
古井先輩は十分という遅いペースながらもペースを早め、何人かのペースを混乱させた。
そしてゴール直前でわざと集団の後ろへとついて、自らの姿を消す。その後悠々とコンビニに入り、時間を調整してゴールした。
ついていった、否、ペースを無理やり上げさせられた何人かは当然、そのままゴールする。自分の設定時間よりも、大幅に短い時間で。
つまりは、古井先輩の嫌がら――作戦だったというわけだ。
唖然としていると、古井先輩はいつの間にか持っていたスポーツドリンクのペットボトルを口にくわえながらウインクしてくる。
コンビニでトイレを借りるだけではないということだ。
アフターケアもバッチリである。
部活中に勝手にコンビニに行くのはどうかという、倫理的な問題はある気がするが。
「よお大海。なんとか時間丁度にゴール出来てそうだな。感心感心」
とんだ性悪がいるじゃねぇか。
それも一番上に。
ペースを上げて走りながらも、冷静に残り時間の計算をする。
一周八百メートルの外周が、大体残り四分の一といったところだろうか。
四分の一を八分ペース。
四分の二を十分ペース。
バリバリの文系なので数学は苦手だが、このくらいの計算ならば容易だ。
結論、俺は残り一分で二百メートルを走破しなくてはならない。
久々の激しい運動で疲れ切っているこの体である。
「ハァッ……ハァッ……」
息を全力で切らしながら、ゴールである正門へと向かう。
途中で何人かの部員にすれ違うも、目線を気にする余裕はない。どうせ訝し気な視線を向けられていることだろう。
曲がり角を曲がったところで古井先輩の集団とすれ違った。
「おや?」
なにか言いたげな言葉尻だったが、反応はしない。
残り百メートルを切っている。時間は数えてはいないが、この全力のスピードでもかなりギリギリだろう。
体力テスト以外の時には全力を出してこなかったこの足を、可能な限り回転数を上げていく。
五分以上サウナに入っている時よりもさらに、胸の鼓動は高まっていく。
高まりというか、高鳴りというか。何にせよ、強制的に心臓を動かされるこの感覚は、あまり気持ちのいいモノではない。
「フゥッ……オエッ……」
胃液すら水位を上げてきている感覚がある。
流石に最初の部活で吐いてしまおうものなら今後の学校生活が危ぶまれるので、死ぬ気で上がってくるムカつきを抑える。
下を向きながらこみ上げる吐き気と戦っていると、気付けば正門まであと十メートルというところまでたどり着く。
あとはもう気力だ。
自分の持てる力の全てを使い果たして、とにかく前へ。
心臓が肋骨を激しくたたき続ける。肺は淀んだ空気ばかりが取り残されて痛みを感じ始めているし、胃腸も限界を訴えて吐き気をもたらし続ける。
あと十メートルだけなのだ。
体の悲鳴は全て無視する。
サウナでも同じだ。
ととのいは、限界のすぐ先にあるものだ。
だから、我慢する。
我慢の果てに、輝ける刻はある。
そして、俺は倒れ込むように正門へと辿り着いた。
「あ、あぶねぇ……」
「あら。滝君の意地悪をなんとか乗り越えたようね」
両手を膝につきながら息を整えていると、ストップウォッチを持った蒼が話しかけてくる。
「俺だけ、特別扱いなんて、ありがたすぎて……涙が出るね」
汗をぬぐいながら、息も絶え絶えに返答する。
嫌味を言ったつもりだったが、こともなさげに蒼もまた言葉を返してきた。
「あなただけ? 思いあがりすぎよ。私の同学年(タメ)は性格が悪いのが多いのよ」
あんたを筆頭にな。
「今私を筆頭にって思ったでしょ。次考えただけでも殺すから。社会的に」
何で心の中読めるんだよ。
そして軽々しく殺すとか言うな。
社会的にだとしてもダメだよ。
「私の性格の悪さなんて、彼らに比べれば知れたものよ」
「性格悪いって自覚してるじゃん」
「性格悪くなんてありません。人を陥れるのはやめて頂戴」
「自分で言ったんだろ今のは!」
そして人を陥れているのもコイツ本人だ。
棚上げにも限度があるだろ。
と、そんなやりとりをしている間にも、同学年の奴らが次々と到着していく。
たしか、さっきまで古井先輩と一緒に走っていた連中だ。
「お疲れさん。あれ? 古井先輩と一緒じゃなかった?」
「おぉお疲れ。いやそうなんだよ。さっきまで一緒に走ってたはずだぜ。気付いたら一番後ろにいたけど……」
同学年の一人が辺りをきょろきょろと見渡す。
古井先輩含め、五人の集団になっていたはずだ。正門まではそう距離もなく、第一直線だ。
こうしている間にも次々と部員たちが到着しており、倒れているとかそういったことを心配する必要はなさそうだが――
「いや~やっとゴールだねぇ」
と、余裕ぶった笑みを浮かべながら古井先輩が正門へと現れた。
目の前の横断歩道から、もっと言えばその奥にある駐車場付きのコンビニから、である。
「古井先輩!? こ、コンビニ行ってたんすか?」
目を丸くして、先に到着していた同学年の奴が問いかける。
「何言ってんの。ボクはトイレに急いでただけだよ? そしてはい」
芝居めいた所作で、古井先輩は校門のレールをわざとらしく踏む。
「ボクの設定時間は十分だからこんなもんだね――で、君達の設定時間は何分だったかな?」
「あ、悪魔――!」
「先輩は悪魔の子だ!」
古井先輩は十分という遅いペースながらもペースを早め、何人かのペースを混乱させた。
そしてゴール直前でわざと集団の後ろへとついて、自らの姿を消す。その後悠々とコンビニに入り、時間を調整してゴールした。
ついていった、否、ペースを無理やり上げさせられた何人かは当然、そのままゴールする。自分の設定時間よりも、大幅に短い時間で。
つまりは、古井先輩の嫌がら――作戦だったというわけだ。
唖然としていると、古井先輩はいつの間にか持っていたスポーツドリンクのペットボトルを口にくわえながらウインクしてくる。
コンビニでトイレを借りるだけではないということだ。
アフターケアもバッチリである。
部活中に勝手にコンビニに行くのはどうかという、倫理的な問題はある気がするが。
「よお大海。なんとか時間丁度にゴール出来てそうだな。感心感心」
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