ライオンハート

紅夜蒼星

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第二話 【預言】 2

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「……ふむ」

 しかし、であった。  
 急にメルカイズはフサフサとした顎鬚を撫ではじめ、考え事を始める。チラチラと三人の方、窓側を見ながら。

「なんだよ」

「まずは君たちの実力を計らせてもらうとしよう。外へ出て適当に戦ってきなさい。わしは家で見物しているから」

 妙なことを言いだす預言者である。
 実力を計るのはまだ分かるとして――適当に戦ってきなさい? ふざけた指令もあったものだ。三人で喧嘩でも始めろというのか。
 ギルドルグは一言文句でも言ってやろうとして、

「っぶねぇ!」

 窓を割って侵入してきた投げ斧を、身を伏せることで避けた。ゼルフィユと優も既に反応しており、机を一時的な盾として身を隠していた。
 二人は問題ない――預言者に至ってはまぁ、心配の必要はないだろう。
 つまりここでの問題は、攻撃を仕掛けてきたのは何者なのか、ということである。彼は投げ斧が入ってきた窓の方を見やる。

「お話を俺たちにも聞かせてくれるとありがてーんだけどなぁ預言者のジィサマよ? 怪我したくなけりゃあ大人しく秘宝のことをしゃべってもらうぜ」

「……」

 窓の外には三人の人影が視認できた。真ん中の髭面の男がどうやら斧を投擲した張本人らしい。やや後方には二人の若い男が腕組みをしている。
 なんというか。
 小物感が全面に出ている台詞を吐きながら、下卑た笑いを浮かべているあたりどうしようもなく前座という感じがしてならない。預言者であり元最上軍師の家を、どんな恐ろしい敵が襲撃を仕掛けてきたのかと身構えてみればこれである。
 これなら流しているだけで簡単に撃退できるか、とギルドルグは計算する。

「優! ゼルフィユ! 怪我はねぇか!?」

「ねぇよ! つーか優を呼び捨てにすんなっつっただろ! ブッ殺すぞ!」

 何でこっちに向かって激怒してるのかはさて置いて、二人とも特に目立った外傷はないようだ。
 二人の無事を確認できたことだし、割れた窓から外へと飛び出す。二人には自分の後ろへとつくように身振りをし、襲撃者である三人と真正面から向き合った。
 思っていたよりも三人の体躯は大きく、あくまで一般的な体格をしたギルドルグは第三者から見れば不利に見えるだろう。しかし、である。

「は? お前誰だよ。俺はお前に用があるわけじゃねぇ。怪我したくなけりゃあすっこんでな」

「もうここまで小物感が出てると可哀想になるよね。って言ってる俺の方もなんか小物っぽくなってきたな。やだやだ」

 真ん中に立つ男のこめかみに、青筋が浮かび上がってくる。内心では目の前に現れたギルドルグに怒り狂っているのだろう。ただギルドルグはそれをあくまでわざとやっているのである。
 怒りは無駄な力を腕に入れて、武器の操作をわずかに狂わせる。
 そう、わずか。だがそのわずかな差で、ギルドルグは十分なのだ。宝狩人として今まで生きてきた、彼には。

「この俺を誰だと思ってやがる! 宝狩人の間じゃ名を知らん者はいねぇ、ユーガス……」

 名前を言い終わる前に、ギルドルグの指輪が黄色に瞬いた。
 それと同時に彼の手の平から一筋の電撃が走る。
 それはユーガスなのかさらに続くのかは分からないが、とにかくユーガスと名乗ろうとした男の腹へと見事に直撃した。ユーガスは苦しそうに呻きながら、前のめりになってうずくまる。

「よりにもよって同業者かよ。本気で誰だアンタ。つーかこの電撃で悶絶は流石に鍛え方が足りないんじゃねぇのか?」

 うずくまるユーガスの後ろに控えていた二人はしばらく呆然としていたが、やがてそれぞれ剣をとってこちらへと殺意を向け、剣を両手で持って走ってくる。
 あの速度なら、接触まで五秒といったとこか。ギルドルグは冷静に距離を計る。
 さてどう対応したものか。とりあえず手を握り締め考える間に、ギルドルグの眼前の地面から突然壁がせりあがり、彼の視界を遮った。
 敵の魔法かと判断して数歩後退すると、いつの間にか地面へとしゃがみこみ、地面へと手をつく優が隣にいた。

「壁を作ってみたのだけど、上手くいったかしら」

「場面考えて!? これ俺への目つぶしにしかなってないからね!?」

 とんだありがた迷惑もあったものだ。
 すぐさまギルドルグは壁の右側までステップして視界を確保する。正面から一人が走ってきており、胴を薙ごうとしてきた剣をしゃがみこんで避け、拳に炎を顕現させて敵の頬に一発を食らわせる。男は一瞬で意識を飛ばしたか、そのまま後ろへと倒れた。
 あと一人。壁の右側から一人ということは――

「そっち行ってるぞ!」

 叫んだ瞬間、壁の左側から剣を振り上げた男が姿を見せた。
 ギルドルグは慌てて電撃を出そうとする。だが既に男は剣を振り下ろしている。
 間に合わないかと思った刹那、優が後ろへと倒れこみながら炎を顕現し、剣戟を避けながら炎を男の腹へと激突させることで迎撃した。間一髪である。

「危なかったな」

「甘く見ないで。最低限の戦闘は出来るつもりよ」

「さっき思いっきり俺の邪魔してなかった?」

 優の炎で迎撃した男は意識を失ったのか、白目をむきながらよだれを垂らして横たわっていた。剣も地面へ落としてあり、おそらく立ち上がるのはしばらく先だろう。
 しかし魔法の一つも使わずに、真正面からの戦闘で来るとはなかなか珍しい連中だ。宝狩人稼業は本当にそんなんで上手くいくのか。などと余計なことを考えながら、ギルドルグは安堵していた。
 とりあえずは、守れたかなと。
 宝狩人の仕事上、人を守るために戦う経験はほとんど皆無だ。守るのは己の身だけ、依頼品だけだった。
 だがここでは一般人二人を怪我なく戦闘が終了しなくてはならなかった。それは預言者に言われたからではなく、使命感からである。
 英雄である親父なら、こんなところで一般人を怪我させるようなヘマはしないだろう。
 思考し、ギルドルグはハッとした。
 確かに自分の思っている以上に、自分は親父のことを意識しているようである。
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