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第五話 【力試】 5
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「いやはや、若いなァ」
一瞬だが、流星のような攻防の終局、その寸前。
ギルドルグは、ゼルフィユは、確かにディムの口が動いてそう言ったのを理解した。
彼は突進してきたゼルフィユの真正面で構え、右拳で真っ直ぐ突いた。
何もない空間を突いたのではない。彼の右腕が最後まで伸びきるのと、駆けてきたゼルフィユの頭がそこに位置した時間は全くの同時であった。
彼自身の力によるものと、突進の反発力がそのまま威力に上乗せされる。
そして何より、ゼルフィユの意識は攻撃に意識が回っていたために防御への反応が遅れた。しなかった、と同義であるが。
結果は火を見るよりも明らかであった。
ディムのカウンターパンチは正確にゼルフィユの脳天を突き、体と同様に意識までも飛ばした。
「ゼルフィユ!?」
ギルドルグは立ち上がったが、その行動に全く意味はないことは察していた。
圧倒的だった。勝負は、勝負すら成り立っていない。
この勝負はもとより、これ以降の勝負すら意味はないと思わせるほどの力の差を痛感する。
「勝負、ありだな」
傍らにいたピースベイクが軽く拍手をし、左を向いた。ギルドルグは気まずそうに目を逸らす。
将軍の顔には、安堵や喜びのような感情は見られない。
当然だろう。驕りこそないが、本心では負けるはずがないと思っているのは明白であった。
ギルドルグは視線を倒れているゼルフィユへと移す。
「おいおい大丈夫か? とりあえず医療班、早く出てこい」
ピースベイクが集団へと声をかけ、医療班へと仕事を促す。
ややあって医療班らしき数人が担架へゼルフィユを乗せ、将軍のそばまで運んで治療を始める。
先程まで伸びていた狼の体毛はいつの間にか消え落ち、彼本来の姿へと戻っていた。
「加減はしろと言ったはずだぞディム」
「そのつもりだったぜ大将。思ったよか早くてちと力が入っちまった……ただまぁ、それだけだ」
軽く運動してきたかのような口ぶりで戻ってくるディム。額に浮かんでいる汗を拭いながらピースベイクの隣に座った。
近くでまじまじ見ると、ピースベイクと同い年かそのあたりか。
国境警備軍は随分若い兵士中心だなと、自らのことを棚に上げて思う。
しかしあの圧倒的な実力差はやはり経験かと、再びディムの方をチラチラと見やる。
そして視線は、ある一点で止まる。
「それだけ、ねぇ。ディム、お前の肩の怪我も治療してもらえよ」
何故気が付かなかったのか。ディムの右肩、布で服で隠れているはずのそこは皮膚が露出しており、抉られたように痛々しい傷が付いている。
ディムすらも今気付いたようで、驚いたように小さく声を上げた。
血があまり出ていないことからそこまで深手ではないことは分かる。だが利き手をやられているのだ、戦場では命取りになってもおかしくない。
医療班が消毒を始めたが、彼の傷はまさに、鋭い何かで引っかかれたような傷だ。
ゼルフィユが一矢報いたという、その証だった。
「さて、次は私が出撃ましょうか。そちら側はそこの御嬢さんですか?」
集団の中から、セミロングの金髪を束ねながら美麗な女性が現れた。さっき紹介されたアルドレド・イントゥガンル将軍補佐官だ。背が高くはないはずなのにそう見えるのは姿勢の良さだけでなく、彼女の纏う油断のかけらもない雰囲気がそう見せるのだろう。
どんな相手でも、全力で向かう。ディムとはまた違う意志の強さを、彼女から感じた。
「じゃ、行ってくるわねギル。私をしっかりと目に焼き付けておきなさい」
手をひらひらと振って、男らしく戦場に赴こうとする優。彼女は気絶しているゼルフィユを一目見て、足を止めた。
今までの境遇は未だ知らないが、やはり俺の知らないところで出会い、過ごした二人だ。思うところはあるのだろう。
「言っとくが後がねぇんだからな。キッチリあちらさんに目にモノ見せてやれ」
「パンツを?」
「実力をだよ!」
「ところでゼルはいつになったら起きるの? 今朝からずっとその体勢だから寝違えないか不安だわ」
「お前今さっき何を見てたんだよ!」
「まぁ、安心しなさい」
優は着込んでいた黒い外套をギルドルグへと投げつける。
次に腰に携えた倭刀“月影”を抜いて、決意を示すが如く高々と掲げた。
「仇はとるわ」
そう言い残し、彼女はアルドレドが待つ中心へと歩いていった。ギルドルグは中途半端に笑いながら、彼女を視線で追いかける。外套はとりあえず傍らに置いた。
どちらかといえば敵側のはずである周りの兵士は、何故かこのやり取りに歓声を上げていた。
何でそんないちいちカッコいいんだよていうか何でそんな人気出てんだよとギルドルグはブツクサ文句を言うも、大人しく応援することにする。
一瞬だが、流星のような攻防の終局、その寸前。
ギルドルグは、ゼルフィユは、確かにディムの口が動いてそう言ったのを理解した。
彼は突進してきたゼルフィユの真正面で構え、右拳で真っ直ぐ突いた。
何もない空間を突いたのではない。彼の右腕が最後まで伸びきるのと、駆けてきたゼルフィユの頭がそこに位置した時間は全くの同時であった。
彼自身の力によるものと、突進の反発力がそのまま威力に上乗せされる。
そして何より、ゼルフィユの意識は攻撃に意識が回っていたために防御への反応が遅れた。しなかった、と同義であるが。
結果は火を見るよりも明らかであった。
ディムのカウンターパンチは正確にゼルフィユの脳天を突き、体と同様に意識までも飛ばした。
「ゼルフィユ!?」
ギルドルグは立ち上がったが、その行動に全く意味はないことは察していた。
圧倒的だった。勝負は、勝負すら成り立っていない。
この勝負はもとより、これ以降の勝負すら意味はないと思わせるほどの力の差を痛感する。
「勝負、ありだな」
傍らにいたピースベイクが軽く拍手をし、左を向いた。ギルドルグは気まずそうに目を逸らす。
将軍の顔には、安堵や喜びのような感情は見られない。
当然だろう。驕りこそないが、本心では負けるはずがないと思っているのは明白であった。
ギルドルグは視線を倒れているゼルフィユへと移す。
「おいおい大丈夫か? とりあえず医療班、早く出てこい」
ピースベイクが集団へと声をかけ、医療班へと仕事を促す。
ややあって医療班らしき数人が担架へゼルフィユを乗せ、将軍のそばまで運んで治療を始める。
先程まで伸びていた狼の体毛はいつの間にか消え落ち、彼本来の姿へと戻っていた。
「加減はしろと言ったはずだぞディム」
「そのつもりだったぜ大将。思ったよか早くてちと力が入っちまった……ただまぁ、それだけだ」
軽く運動してきたかのような口ぶりで戻ってくるディム。額に浮かんでいる汗を拭いながらピースベイクの隣に座った。
近くでまじまじ見ると、ピースベイクと同い年かそのあたりか。
国境警備軍は随分若い兵士中心だなと、自らのことを棚に上げて思う。
しかしあの圧倒的な実力差はやはり経験かと、再びディムの方をチラチラと見やる。
そして視線は、ある一点で止まる。
「それだけ、ねぇ。ディム、お前の肩の怪我も治療してもらえよ」
何故気が付かなかったのか。ディムの右肩、布で服で隠れているはずのそこは皮膚が露出しており、抉られたように痛々しい傷が付いている。
ディムすらも今気付いたようで、驚いたように小さく声を上げた。
血があまり出ていないことからそこまで深手ではないことは分かる。だが利き手をやられているのだ、戦場では命取りになってもおかしくない。
医療班が消毒を始めたが、彼の傷はまさに、鋭い何かで引っかかれたような傷だ。
ゼルフィユが一矢報いたという、その証だった。
「さて、次は私が出撃ましょうか。そちら側はそこの御嬢さんですか?」
集団の中から、セミロングの金髪を束ねながら美麗な女性が現れた。さっき紹介されたアルドレド・イントゥガンル将軍補佐官だ。背が高くはないはずなのにそう見えるのは姿勢の良さだけでなく、彼女の纏う油断のかけらもない雰囲気がそう見せるのだろう。
どんな相手でも、全力で向かう。ディムとはまた違う意志の強さを、彼女から感じた。
「じゃ、行ってくるわねギル。私をしっかりと目に焼き付けておきなさい」
手をひらひらと振って、男らしく戦場に赴こうとする優。彼女は気絶しているゼルフィユを一目見て、足を止めた。
今までの境遇は未だ知らないが、やはり俺の知らないところで出会い、過ごした二人だ。思うところはあるのだろう。
「言っとくが後がねぇんだからな。キッチリあちらさんに目にモノ見せてやれ」
「パンツを?」
「実力をだよ!」
「ところでゼルはいつになったら起きるの? 今朝からずっとその体勢だから寝違えないか不安だわ」
「お前今さっき何を見てたんだよ!」
「まぁ、安心しなさい」
優は着込んでいた黒い外套をギルドルグへと投げつける。
次に腰に携えた倭刀“月影”を抜いて、決意を示すが如く高々と掲げた。
「仇はとるわ」
そう言い残し、彼女はアルドレドが待つ中心へと歩いていった。ギルドルグは中途半端に笑いながら、彼女を視線で追いかける。外套はとりあえず傍らに置いた。
どちらかといえば敵側のはずである周りの兵士は、何故かこのやり取りに歓声を上げていた。
何でそんないちいちカッコいいんだよていうか何でそんな人気出てんだよとギルドルグはブツクサ文句を言うも、大人しく応援することにする。
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