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第五話 【力試】 8
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放たれた言葉は、簡単なものだった。
否定。疑問。ギルドルグ・アルグファストは、真に英雄の息子と名乗る器はあるのか。
ライドは目を開いて、こちらをしっかりと見つめている。謎の笑みを浮かべていた時よりも、何か不穏なものを感じる。
時間の無駄だと、これ以上やっても実力差は歴然としていると、彼は判断したのだろう。ここで心の底から彼が満足する回答が得られなければ、勝負を決めに彼は攻撃を再開するに違いない。
ただ、ギルドルグにもプライドはあった。
挑発のつもりだろうが、生憎そういうコトは聞き飽きてるんだ。才能がない? 凡人? 上等じゃねぇか。
「親父と比べられることが多かった人生だったけどよ」
父が死んでしばらく、幾度となく言われた。
“君が、彼の息子か”。
彼らに他意はないのだろう。彼らにとって自分とは、単なる興味、単なる関心を惹かれる存在でしかないのだろう。
故に彼は、人生の早い段階で察してしまった。自分だけを見てくれる人間というのは、この世界にはほんの一握りしかいないのだと。
知り合った誰もが、一種の敬意を持って彼と接した。一種の色眼鏡を通して、彼を見た。
孤独な人生だった。表面上の付き合いは上手くしてきたが、本心から語り合えるような友とは巡り会わなかった。
上司であり友であり、彼の理解者である鏡介と出会うまでは。
半ば強引に入れられた鏡介のギルドで、色々な人と巡り会うまでは。
ギルドルグは太陽の如く燃える瞳で、氷のように冷たい目をしたライドと視線をぶつけた。
「何を受け継いでいるのか、どこが似ているのかジロジロ見られる人生だったけどよ」
彼は構えていた剣を右手で上げ、その切先を相対者へと突きつけた。
俺は、まだ負けちゃいないぞ。
相手に、不屈の決意を誇示するように。己の魂を鼓舞するように。
ここで思い出すのは、謎の預言者に言われた言葉。託された言霊。指摘された言伝。
“足りないのは、あと一歩じゃよ”
たしかに足りていない。
ギルドルグが一番、そのことを理解していた。
あと一歩どころではない。あの英雄を、あの偉大なる父親を追うには、あまりに遠い。
だが始めよう。
英雄へと続くたしかな一歩を、ここから踏み出してみせよう。
「そういう奴らに認めさせて、証明すんだよ。俺が英雄の息子だってよ!」
そして、咆哮。
叫びながらギルドルグはライドへと突進した。
気でも触れたかと、周囲の兵士たちがざわめき始める。しかしそんなものは、もう既に関係ないのだ。
極限まで研ぎ澄まされた彼の思考は、周囲の雑音を鼓膜から締め出した。最後にはそれすらも無駄と判別し、唯一の目的のみを残して思考をも排除する。
即ち、目の前の敵を倒すこと。ライド・ヘフスゼルガを己の剣で斬り裂くこと。
今度はギルドルグが怒涛の勢いで攻める番だった。先ほど一方的に攻めていたライドの剣技は身を潜め、後ろに下がりながら攻撃を受け流すことだけに努めている。
ただギルドルグは効率的に魔法を使用し、ライドの運動範囲を狭めていた。爆炎や氷柱が飛び交い、地面にいくつもの窪みが生まれる。剣と剣が甲高い音を奏で続ける。
薙ぐように、ギルドルグの剣が振るわれた。だがその重い一撃を防ぎ、バランスを崩して二、三歩後ろに下がるライド。
両者との間には、先程までにはなかったスペース。
「あれは……!?」
観客全員が気付くが早いか、ギルドルグは前へと跳躍した。
ジャンプによって体の旋転運動における軸を安定させ、地面を蹴った反動で腕の振り上げを勢いづける。何よりこの動作は隙こそあれ、相手に与える心理的効果が大きい。意表をついて派手な動作を行い、さらに上から迫ってくるような錯覚を相手に与える。
ライドは攻撃の隙を突こうとしていたが、呆気にとられて動けない。それは一般人であるギルドルグが知るはずもない技だったからだ。
兵士となった者が教えられる、軍式剣技の型の一つ。
通称、“英雄の懐刀(ジャックナイフ)”。
奇しくも15年前の英雄が創出し、彼が最も得意とした型であった。
「あら」
ライドがやや間抜けな声を出し、そのまま何かに足をとられてバランスを崩す。それはギルドルグが先ほどの猛撃によって生まれた窪みであった。
いつの間にかライドの後方にも窪みを作り、じわりじわりと追い詰めていたのだ。
それは全て、計算の上だったのか。
それとも。
「嗚呼、成程ね」
斬撃を放つ刹那、振り絞った力を解放するその瞬間、ギルドルグは確かに聞いた。
彼にしか聞こえないような微かな声。しかしそこに、満足げな何かが混ざっている。
ギルドルグは誰の力も借りず、かつての英雄の境地へと届き得た。ライドには、それだけで十分だったのだ。
「どうやら認めるしかないみたい。君は立派に、あの人の血をひいてるよ」
ギルドルグは体勢をそのままに、己の剣を横へと振るった。だが細身の体躯を切り裂くはずだったその一閃は、神速の剣による防御によって防がれた。届くことはなかったが、力で勝ったギルドルグの攻撃はライドの守りを弾き飛ばす。ライドの剣は勢いよく横へ転がっていき、砂埃と共に動きを止めた。
肩で息をしながら息を整えるギルドルグと、得物がなくなり諦めたように天を仰ぐライド。
対照的な二人だったが、勝敗は決した。
辺りは静寂に包まれていた。
「ピクさん! ボクの負けです」
「……そういうことにしておこう」
ピースベイクが頭を振って言うと、周りの兵士からは自然と拍手が沸き起こった。
そこにあるのは、たった今行われた好勝負への純粋な称賛。敵も味方もそこにはない。
褒め称えるべきは褒め称える。当然のことではあるが、ギルドルグには何故かとても爽やかに感じられた。
否定。疑問。ギルドルグ・アルグファストは、真に英雄の息子と名乗る器はあるのか。
ライドは目を開いて、こちらをしっかりと見つめている。謎の笑みを浮かべていた時よりも、何か不穏なものを感じる。
時間の無駄だと、これ以上やっても実力差は歴然としていると、彼は判断したのだろう。ここで心の底から彼が満足する回答が得られなければ、勝負を決めに彼は攻撃を再開するに違いない。
ただ、ギルドルグにもプライドはあった。
挑発のつもりだろうが、生憎そういうコトは聞き飽きてるんだ。才能がない? 凡人? 上等じゃねぇか。
「親父と比べられることが多かった人生だったけどよ」
父が死んでしばらく、幾度となく言われた。
“君が、彼の息子か”。
彼らに他意はないのだろう。彼らにとって自分とは、単なる興味、単なる関心を惹かれる存在でしかないのだろう。
故に彼は、人生の早い段階で察してしまった。自分だけを見てくれる人間というのは、この世界にはほんの一握りしかいないのだと。
知り合った誰もが、一種の敬意を持って彼と接した。一種の色眼鏡を通して、彼を見た。
孤独な人生だった。表面上の付き合いは上手くしてきたが、本心から語り合えるような友とは巡り会わなかった。
上司であり友であり、彼の理解者である鏡介と出会うまでは。
半ば強引に入れられた鏡介のギルドで、色々な人と巡り会うまでは。
ギルドルグは太陽の如く燃える瞳で、氷のように冷たい目をしたライドと視線をぶつけた。
「何を受け継いでいるのか、どこが似ているのかジロジロ見られる人生だったけどよ」
彼は構えていた剣を右手で上げ、その切先を相対者へと突きつけた。
俺は、まだ負けちゃいないぞ。
相手に、不屈の決意を誇示するように。己の魂を鼓舞するように。
ここで思い出すのは、謎の預言者に言われた言葉。託された言霊。指摘された言伝。
“足りないのは、あと一歩じゃよ”
たしかに足りていない。
ギルドルグが一番、そのことを理解していた。
あと一歩どころではない。あの英雄を、あの偉大なる父親を追うには、あまりに遠い。
だが始めよう。
英雄へと続くたしかな一歩を、ここから踏み出してみせよう。
「そういう奴らに認めさせて、証明すんだよ。俺が英雄の息子だってよ!」
そして、咆哮。
叫びながらギルドルグはライドへと突進した。
気でも触れたかと、周囲の兵士たちがざわめき始める。しかしそんなものは、もう既に関係ないのだ。
極限まで研ぎ澄まされた彼の思考は、周囲の雑音を鼓膜から締め出した。最後にはそれすらも無駄と判別し、唯一の目的のみを残して思考をも排除する。
即ち、目の前の敵を倒すこと。ライド・ヘフスゼルガを己の剣で斬り裂くこと。
今度はギルドルグが怒涛の勢いで攻める番だった。先ほど一方的に攻めていたライドの剣技は身を潜め、後ろに下がりながら攻撃を受け流すことだけに努めている。
ただギルドルグは効率的に魔法を使用し、ライドの運動範囲を狭めていた。爆炎や氷柱が飛び交い、地面にいくつもの窪みが生まれる。剣と剣が甲高い音を奏で続ける。
薙ぐように、ギルドルグの剣が振るわれた。だがその重い一撃を防ぎ、バランスを崩して二、三歩後ろに下がるライド。
両者との間には、先程までにはなかったスペース。
「あれは……!?」
観客全員が気付くが早いか、ギルドルグは前へと跳躍した。
ジャンプによって体の旋転運動における軸を安定させ、地面を蹴った反動で腕の振り上げを勢いづける。何よりこの動作は隙こそあれ、相手に与える心理的効果が大きい。意表をついて派手な動作を行い、さらに上から迫ってくるような錯覚を相手に与える。
ライドは攻撃の隙を突こうとしていたが、呆気にとられて動けない。それは一般人であるギルドルグが知るはずもない技だったからだ。
兵士となった者が教えられる、軍式剣技の型の一つ。
通称、“英雄の懐刀(ジャックナイフ)”。
奇しくも15年前の英雄が創出し、彼が最も得意とした型であった。
「あら」
ライドがやや間抜けな声を出し、そのまま何かに足をとられてバランスを崩す。それはギルドルグが先ほどの猛撃によって生まれた窪みであった。
いつの間にかライドの後方にも窪みを作り、じわりじわりと追い詰めていたのだ。
それは全て、計算の上だったのか。
それとも。
「嗚呼、成程ね」
斬撃を放つ刹那、振り絞った力を解放するその瞬間、ギルドルグは確かに聞いた。
彼にしか聞こえないような微かな声。しかしそこに、満足げな何かが混ざっている。
ギルドルグは誰の力も借りず、かつての英雄の境地へと届き得た。ライドには、それだけで十分だったのだ。
「どうやら認めるしかないみたい。君は立派に、あの人の血をひいてるよ」
ギルドルグは体勢をそのままに、己の剣を横へと振るった。だが細身の体躯を切り裂くはずだったその一閃は、神速の剣による防御によって防がれた。届くことはなかったが、力で勝ったギルドルグの攻撃はライドの守りを弾き飛ばす。ライドの剣は勢いよく横へ転がっていき、砂埃と共に動きを止めた。
肩で息をしながら息を整えるギルドルグと、得物がなくなり諦めたように天を仰ぐライド。
対照的な二人だったが、勝敗は決した。
辺りは静寂に包まれていた。
「ピクさん! ボクの負けです」
「……そういうことにしておこう」
ピースベイクが頭を振って言うと、周りの兵士からは自然と拍手が沸き起こった。
そこにあるのは、たった今行われた好勝負への純粋な称賛。敵も味方もそこにはない。
褒め称えるべきは褒め称える。当然のことではあるが、ギルドルグには何故かとても爽やかに感じられた。
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