ライオンハート

紅夜蒼星

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第六話 【入山】 2

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 霧厳山脈へと侵入する人間は、結局七人へ落ち着いた。
 まずギルドルグ、優、ゼルフィユの三人。国境警備軍からはライド、ディム、アルドレド、そしてピースベイク将軍が自ら入山組に加わった。
 流石に三人は反対したし、警備軍の内部からも反対意見が続出したらしい。しかし最終的には将軍が押し切る形(横暴ともいう)で七人での入山が決定した。
 将軍が出向いた後のことは大丈夫かと不安になったが、クリスが将軍代理となって対処するようだった。
 しかし危険が生じる旅路であることは明白だ。警備軍の将である彼が行くというのは、些か問題があるのでは、とギルドルグは進言したが、

“問題があるからこそ、警備軍における最高戦力が行くべきだろうが”

 と、将軍は何を言っているのかとばかりに頭を振っていた。
 確かに正論ではあるので、ギルドルグはこれ以上何も言うことはなく、ピースベイクは晴れて仲間に加わる運びとなった。
 七人は夜明け前に出発し、太陽が空の真上へと位置する時刻に、一行は霧厳山脈へと到着する。軽い昼食を摂った後に、三人が入山した登山口から侵入を開始した。
 霧は昨日より濃くはないものの、所々に残る雪と相まって視界が良好とは言い難い。樹海のように木々が生い茂り、道なき道を歩くときもある。
 気温的には春は訪れていないようだが、時期的には空腹のヒグマが出現しても不思議ではない。
 天気のせいか気温も上がる様子はなく、夜までに洞窟かどこかに野営の準備をしなければならないだろう。
 霧厳山脈は“霧厳”の名を冠するように、人にとって厳しい環境であった。

「昨日も思ったが、やはりここんとこの気象はおかしいな。溶けかけているとはいえ、残雪があるというのはどういうことだ」

「ここ最近は落ち着いてきているようですがね。……エルハイムは本当に呪われているようです。王国歴千年の記念すべき年だというのに」

 しばらく登り続けて探索し、林の中に入ったところでディムとアルドレドは感想を交換し合う。
 エルハイム王国は基本的に温暖な気候であり、例年のこの時期には雪が解け、穏やかな気候へと移っている。標高があまり高くない霧厳山脈でも同様だ。
 しかし国土全体に渡って気温が上がらない日々が続いているせいで、この山脈の雪は解けきっていない。
 そして先日からの吹き付ける強風により、体力が余分に奪われる。
 二人の気が沈むのも、無理はない話だった。

「地形は当然だが、目ぼしい洞窟の場所は大体把握してる。限界まで登った後、洞窟で一泊することにしよう」

 ピースベイクが指示すると、全員は黙って頷く。
 国境警備軍が同行していることがここで功を奏した。洞窟の場所を把握しているとなれば、不用意にこの悪天候の中を動き回る必要はない。ありがたい話であった。
 ギルドルグたちはつい最近登ったばかりだが、通った道や地形を詳しく覚えているわけではない。さらにこの広大な山脈を動き回るなど非効率にもほどがある。
 地図でもあるのだろうか。何にせよ頼もしい。個人的にも山脈の地形は気になるので、ギルドルグはピースベイクに地図を見せてもらうことにする。

「なんだよおい、地図があるのか? 見せてくれよしょーぐん」

「んなもんねぇよ。勘に決まってるだろ」

 期待して損した。
 ギルドルグは呆れたように溜息をつく。

「そんな顔するなよ。作ってはみたが、土地勘で作っただけのシロモノっつうことだ。あまり信用はするなよ」

「土地勘で全部分かるならこの山脈は“霧厳”なんざ呼ばれてねぇよ」

「というか将軍、それは我々に無許可で山脈を歩いていたということですか? 帰ったら聞きたいことが山ほどあるので覚悟してくださいね」
 
「ピクさん、さすがのボクでもそれはどうかと思います」

「しょーぐん。アンタ今部下からめちゃめちゃ叩かれてるけどいつもこうなの?」

「給料はきっちり下げとくから覚悟しとけよ」

「小せぇー! 将軍器小せぇー!」

 軽口を叩きながらも、ピースベイクは地図を彼に渡す。
 若干クシャクシャになった紙に記されているのは、霧厳山脈をエルハイム側から見た地図であった。何個も点在する黒い丸は、洞窟を表しているのだろうか。
 将軍自作の地図のようで、達筆な字で所々に書き込みがある。変なところで将軍の几帳面さを知るのだった。
 現在位置をピースベイクの指で指し示してもらい、一泊するための洞窟をあらかじめ決めて集合場所に設定すると、周辺を別々に探索することにする。もちろん宝狩における最低限の注意はギルドルグの口から説明したが、警備軍の四人に山の歩き方を説明するというのは正直無駄な話だ。特に心配はいらないだろう。
 一行は不安が残る優とゼルフィユを洞窟周辺に配置し、散り散りになって周辺の林、洞窟、崖などの探索を開始した。
 そして日が落ち始めた頃、全員は一度集合場所である洞窟へと戻った。
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