令嬢は、婚約破棄をご所望ですか?

シャオリン

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3.貴族に、絡まれてみた

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 シャルル殿下の吐瀉物を分析したところ、ゲル状物質はエステル系の高分子化合物だった。エステル液にボロン鉱の粉末を加えると、常温でも簡単に生成できる。
 これを飲み込むと喉に張り付いて呼吸ができなくなるのは簡単に想像できる。

 気になるのが、吐瀉物中の分子量がバラバラであることだ。未反応のエステル液やボロン鉱が多く見られることから、反応が中途半端にしか起こっていないと考えられる。

 殺人に用いるならばもっと完全な物を使うのではないか?

 とするとこれは事故だったのだろうか。

 原料はどちらも食品に使われることはない…と思うが、貴族の間では嗜まれてるのかもしれない。


 あれから5日経ったがシャルル殿下の訃報は出されていない。あのあと適切な処置を受け助かったのだろう。

 しかし万一にも捕まる恐れがあるので、あれ以来図書館に行けないでいた。
 勉強も進まないので教授にモフモフと促されるまま、再びリス・ブラン女学校へ行くことにした。


 そして驚きに目を見張る。

「これが舞踏会……」

 今日は社交の知識を実践的に学ぶため、模擬的な舞踏会の練習ガ行われている。後日本格的な舞踏会があるらしく、本日は略式であるがクーの目には今まで想像もしたことのないほど豪華な空間がそこにあった。

 昼間なのにカーテンはすべて締め切られ、シャンデリアに煌々と明かりがともされている。
 呆れるほど細かい装飾が施されたドレスを来た令嬢達がキラキラ揺れている。
 非生産的で無駄ばかり。庶民の日常ではありえない世界に、絵本の中に入り込んだ気分だ。

 教会で聞くオルガンとは違う、ピアノによる絹のように滑らかな音がホールに満ちている。
 その音に合わせ幾組かのカップルがダンスを踊っていた。

 その中のひとりの女生徒に目を奪われる。なびく金髪と翻るドレスがとても綺麗だ。
 指先の一本一本まで気を使っているような、しなやかで上品な動きがそれを更に引き立てているのだろうか。
 美しい、というものをあまり知らないが、きっとこの人の様なものをいうのだろう。

 ダンスの曲調が変わる。先程まで速いテンポだったものが、恋する乙女の足取りの様にゆっくりとなる。

 この音楽はひとりの女生徒が演奏しているようだ。この位置から顔はよく見えないが、真っ直ぐで艷やかな黒髪が腰まで垂れている。小柄な体からは信じられないほど豊かな音楽が紡ぎ出されてゆく。

 この演奏している生徒、ダンスをしていた生徒ともに見たことがない。
 この女学校は3クラスにわかれているから、他のクラスなのだろう。

 知らなかった世界に呆然としていたが、今も授業中なのである。金髪の生徒はダンスを、黒髪の生徒はピアノのを、そしてクーは紅茶やお菓子についての知識を聞いていた。

「この貝の形をしたバターケーキはマドレーヌと呼ばれます。他のバターケーキと比べ、内側がしっとりとしていることが特徴です。レシピは我がフランツ王国国秘伝の物として守られているため、他国からの来賓があった際などで目にすることが多いでしょう。」

 お盆を持った女性がマドレーヌを生徒達に配り始めた。令嬢達はそれぞれ一つずつつまみ、扇で隠しながら食べている。

 芳ばしく甘い香りが漂ってくる。

 来るのか、私のところにも来るのか。
 キタキタキターーッ!!

 一番大きそうな物をさっと掴む。

 指に吸い付くような小さな菓子。バターのせいか宝石のようにキラキラと光っている。こんな綺麗な茶色初めて見た。

はむっ

 カリッとした心地よい食感の後、舌にしっとりとした生地を感じる。思わず鼻から息を漏らすと、バターの芳しい風味が体全体に染み渡った。

 ここは天国か………

 次の一口でマドレーヌを全て放り込みゆっくりと咀嚼する。恍惚としながら味わっていると後から声をかけられた。

「あら、初めて食べたような顔ね。そんなに美味しいと思うなら私の分も差し上げましょうか?」

 天使か!!!!

 振り向くとかなりふくよかな生徒が立っていた。

「でも、平民ごときが貴族のためのお菓子を食べようとはなんて烏滸がましいのかしら。」

 そして一口にマドレーヌを放り込み味わう様子もなく嚥下する。

 悪魔でしたか。

「あなたマドレーヌのこと今までご存知なかったの?」

 ふんっと馬鹿にしたように鼻で笑う。

「そうですね、先程初めて知りました。では貴方はレシピをご存知なのですか?」

「っ!知るわけ無いでしょ!!!菓子を作るのなんて平民の仕事なんだから!!!」

「では貴方が今マドレーヌに対して知っている情報はもう私とほぼ同じでは?」

 なんだ、つかえない奴だ。

「だいたい平民の分際でこの女学校に通っていることが間違いなのよ!
 所詮は平民、貴族と対等に活動しようとするなんておかしいわ。無礼者!」

 吐き捨てるように言ったあと、扇を振りかざした。体重を利用して打ち付ける気だ。
 運動エネルギーは重さに比例する。あのふんだんに身に着けている脂肪は攻撃力を上げるためか!

 スカートが足に纏わりついて下がるのが遅れる。ヤバイ、少し当たりそう…

 バシッ!

 誰かか私の前に走り込み扇を叩き落としてくれた。
淡い茶色の髪が揺れる。一瞬こちらに向けられた瞳は茶色に金が混じったアンバーで、美しく気高い狼のようだった。
 激しい動きで大きく揺れていたドレスがゆっくりと落ち着きを取り戻す。
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