令嬢は、婚約破棄をご所望ですか?

シャオリン

文字の大きさ
7 / 35

7.公爵男子、ウィリアム 2 

しおりを挟む
 まずは現場を見ようと事件があったというロナサス通りへ向かいながら、事のあらましをクーと名乗る少年から聞いていた。

 昨晩、ロナサス通りにあるタバコ店の二階でそこの店主であるニコラ・ボワッソ42歳の死体が発見された。
 店の事で呼びに行った使用人が最初に発見したらしい。部屋の床に横たわった状態で、額に少しぶつけたような傷があったようだ。

「死体の近くに氷の塊があったみたいです。
 それで、撲殺したと警察は考えているそうですよ。」

「だからトマス教授に嫌疑がかけられたのか…」

「トマス・カレンさんって、やっぱりあのトマス・カレン教授なんですか?」

 少年が目をキラキラさせて尋ねてる。

 トマス教授は人工的に氷を作り出すことに成功し、去年の夏に催された収穫祈願祭でデモンストレーションを行った。
 暑い夏に、民衆の前で氷を作り出し科学の素晴らしさを伝えたのだ。少しでも科学を身近に感じてもらいたい、いずれ研究を共にする仲間ができたらいいと、祭りに向け準備をしていた教授が思い出される。
 隣で目を輝かせ氷の実験について語る少年を見たらきっと教授も喜ぶに違いない。

 …早く証拠を見つけ、教授を開放してもらわなければ。

「エーテルが気化するときの熱、つまり状態が液体から気体に変化する時に必要な力を周りの空気から奪って、空気中の水を氷にしているんでしょ。
 物質の状態が変わるときに力が必要なんて考え方、画期的ですよね!!」

 この少年、原理についてかなり本質を捉え理解している。

「どうしてそんなに科学の知識があるのに、殺人事件みたいなゴシップ記事を書こうとしている?
 もっと専門的な新聞もあるだろう。」

「僕だって専門誌に書きたいです。でも貴族だったり、大学を出てたりしないと記事は採用されない。

 …それに、今回の件は警察の副署長から、うちの新聞社アランさんに内密で調査依頼が来たんです。」

「…………警察から?」

「だって、不自然じゃないですか。
 氷が現場にあったからって、面識もない氷の実験者を逮捕するなんて。
 トマス・カレンさんの支援者に大きな貴族がいるらしい。それに敵対する貴族が警察署長を使ってカレンさんを犯人にし、支援者の貴族を陥れようとしていると、副署長は睨んでいる。

 だから逮捕したあとアスコルビットが検出されても、それすらも証拠の一部にしようとするだろう。」

 我が公爵家はトマス教授を支援している。
 もしかするとそのせいで教授は捕まったのか。

 公爵家は王族の次に身分が高い。敬われると同じくらい敵意も存在する。
 同じ国を支えるはずの貴族同士で、その地位を巡る争いは水面下で日々行われている。
 地位を守り抜くのも貴族の仕事の一つと思っているが、それに他人を巻き込むとはなんて迷惑甚だしいのだ。

 黙った少年から向けられる視線が、貴族を非難しているように感じ話題をそらす。

「君は新聞記者の名前としてクー(しっぽ)なんて名前を名乗っているのか?
 他に正式な名前があるんだろう。」

「『クー』って変な名前だと思っているんだ。名乗っても僕のこと名前で呼ばないよね。
 固有名詞で呼んでもらわないと誰に話しかけてるのか分からないから呼んで欲しいんだけど。

 でも確かに変な名前かもね。僕を拾ってくれた粉屋の爺さんが付けてくれたんだ。」

「拾った?お前………クーの親は?」

「親はいない。それより、まだあなたの名前は教えてもらえない?」

「ウィリアム………だ。」

 この事件の元凶かもしれない家名を名乗ることができなかった。少年もそのことに気がついているのであろう、不自然な溜めについて追求はしてこなかった。

「ウィリアム……長いからウィルだな。」

ズルッ

 足が滑り転びかける。
 初めて愛称をつけられ心がドキッとしたからではない。断じて。

 昨日雨が降ったからに違いない。
 雨上がりの石畳はよく滑る。

「ウィリアムだ。短くするな。しかもさっきから口調もだいぶく砕けているが。」

「敬われたいなら、爵位でも名乗れば?
 時間ないんだろ。名前も敬意も節約、節約。
 ほら、あそこがニコラ・ボワッソの家だ。」

 三階建の石造りの建物。その軒下にタバコ屋の看板が下がっている。
 人口の爆発的増加のせいで王都の住宅はかなり混み合っている。そのためボワッソの店も隣とピタリと接して建てられている。

「店の前に警官が立っている。しばらく待とう。」

「大丈夫だよ。言っただろ、これは副署長案件だって。息のかかった警官を配備してるから。
 ラウル兄さん!」

 少年が店の前の警官に手を振ると、相手も手を上げてそれに答えた。

「図書館で調べものしてたら遅くなったけど、まだ大丈夫かな?」

「大丈夫だが……そちらの方は?」

 視線がこちらに向けられる。

「ウィルっていうんだ。。多分偉い人だから、いざという時に身代わりになってもらおうと思って連れてきた。」

「何だと!騙したのか!!!」

 ニッと、ポケットに手を入れ不敵な笑みを浮かべるクー。
 カッとなり少年に掴みかかるが、ラウルという警官はその行動を予測したように我々を店の中に押し込んだ。

「ウィルさん、すみません。いつもは現場に入るとき怪しまれないよう、非行少年の注意という体をとっているのです。
 ところが今日はあなたがいるから、先程のようなことを言って仲裁の体を取ることにしたのだと思います。
 そもそもクーの言葉も、真犯人を見つけたら手柄をあなたにあげたいという意味なのです。こんな子供が成果をあげても誰も信じませんから。
 
 クーもウィルさんに謝るんだ。最初に打ち合わせをすれば不快な思いをさせずに済んだんだぞ。」

 少年の髪を鷲掴みにして頭を下げさせる。
「ごめんなさい」と小さい謝罪が聞こえた。

「現場は二階の奥の部屋です。
 一階は店舗、二階を居住スペース、三階は他人に貸していたそうです。

 借用している二人のうち、一人は年配の男性で当日は勤務先に終日いたことが確認されています。
 残る一人は貿易関係の青年で、他国にスパイスの買い付けへ行っているそうで出国記録に間違いはありません。

 犯人は借用人では無さそうですが、大家であるニコラ・ボワッソと折り合いは悪かったそうです。
 周辺での聞き込みでもボワッソの評判は、強欲、非情など良いものではありませんでした。

 こちらに発見時の様子が書かれています。どうぞお使いください。

 くれぐれも下手な真似はするなよ。」

 最後のセリフは少年に向けられていたようで、クーは肩をすくめてそれに答える。
 そして二階への階段へ歩き始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


フランス語で犬などのしっぽのことを、クーと言うそうです。
粉屋の爺さんに拾われたとき、逆立てたしっぽ様に警戒していたため、クーと呼ばれることになったそうです。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...