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34.本当の君に
しおりを挟む「クー、話したいことがある。」
久しぶりに研究所へ来たウィルが硬い表情で言った。
こちらも王子からのエスコートについて相談したかったのだけど、あまりに深刻そうな表情なので先に話を聞くことにした。
ウィルは席に着いてからしばらく思案し、言いづらそうに切り出した。
「アダム・ボクスカが亡くなったそうだ。」
その名前を聞いて心臓が強く掴まれた様に痛くなった。
「アダム伯父が…死んだ…」
体中の血液が足元から流れ出てしまったように感じ全身が冷たくなった。
力が入らなくてふらついた体をウィルが支え近くの椅子に座らせてくれる。
ウィルが告げた名前は父さんの兄であり、自分の知りうる中で最後の肉親、そして。
不安そうにこちらを見るウィルに聞く。
「ウィルは、知っていて教えてくれてるんだよね?
僕の両親を手にかけた、伯父がアダム・ボクスカだって。」
「…ああ。クーと出会ってすぐに教えてもらったから覚えている。」
耳鳴りがする。表情筋が切れてしまったように動かない。椅子で落ち着いて座れなくて膝を抱えて丸くなる。
「どうして伯父が父さんと母さんを殺したか。知ってるけどわからない。」
脳裏に駆ける惨劇。父の怒鳴る声、母の悲鳴、飛び散る血飛沫そして伯父の気迫の形相。
「伯父は母さんに向って…"悪魔"って。
悪魔を放置はできないって叫んでいた。」
母さんはアッペン病と呼ばれる病気に罹った。腹痛と激しい嘔吐を繰り返すのが特徴で、流行り病の様に広がる病気では無かったが稀に発症した人のほとんどが亡くなっていた。治療方法は分からなかった。
教会はその病気の原因は悪魔だと言っていた。体に悪魔が潜み悪さをしていると。教会は様々な治せない病気の多くを悪魔の責任としている。
教会の神父だった伯父はアッペン病に罹った母さんに聖水を飲み、神に祈りを捧げることを強要していた。もちろん一向に良くなる気配は無かった。
でも父さんは諦めなかった。色々な薬を試したけれど効果は無い。それでも原因は体の中にできたしこりだというところまで突き止めた。
そこで父さんは友人の医師達と協力して母のお腹を切り裂き、しこりを取って縫い直した。痛みを緩和させる薬を飲んだ母さんは数日混沌としたものの、目を覚ましてからはアッペン病の症状が無くなり段々と良くなってきていたのだ。
でも、伯父はその現状を受け入れなかった。
自分の妻の腹を裂くなど、そしてその後生きているなど、教会の考え方では許されなかったのだ。
原因を悪魔としている病気の原因が他にあったなんて認められなかった。
「お前達の行いは神に背く行為だ、お前そのものが悪魔になったんだって断罪しに来たんだ。
父さんが外科手術についていくら説明しても全然聞いてくれなかった。」
教会は聖水の販売や祈祷へのお布施、寄進で成り立っている。
「父が病気を治したことが許せなかったんだと思う。聖水を買う人が減ってお金が稼げなくなるから。」
そんな教会でも人々の心の拠り所であるのもまた事実。熱心な信者は多く、伯父による犯行をみていた近所の人達は誰も告発をしなかった。そしてたまたま見つかった浮浪者の死体に罪をなすりつけて、伯父はのうのうと神父を続けていた。
「父さんに救われた人だってたくさんいたはずなのに。なのに皆、父さんより教会を信じたんだ。」
あの日、父さんのうめき声を聞いた母さんはクローゼットに私を押し込めた。その後すぐに2階へ上がってきた伯父の手には父さんを刺した血みどろの包丁が握られていた。
そして躊躇うことなく母の腹を突き刺した。勢い良く血が部屋に飛び散る。せっかく父さんが苦心して縫ったお腹を。酷く鮮やかに飛び散る赤が、憎々しげに見下ろしていた伯父を染めていた。
「アダム伯父は物凄く厳しくて、会うたびに説教を説かれてた。毎回同じ様なことを言っていた気がするけど、それって信念が振れてないってことだったのかも。
だからお金のためなんかに、あんな事をする人だなんて思って無かった。
伯父が死んだと聞いて、少しホッとした。もしかしたら僕も殺されていたかもしれないから。」
ウィルがあまりにも固い顔をしてるから、その強張ったほっぺたを揉んでからへにゃにと笑ってみせた。
なのにウィルの表情は固いまま。
決心したように話し始めた。
「科学と宗教は相反するものだけど、その立場は凄く似ていると思うんだ。
心の支えであり、信じるべき指針となる。それが科学では実験結果、宗教では教典という違い。」
「…アダム・ボクスカは、アッペン病で亡くなったそうだ。」
「え?でも…だって………」
耳を疑った。父さんは死んだけど、一緒に母さんを手術した友人は今も医師として活躍しているはずなのに。母さん以外のアッペン患者を手術成功させ、その人以外でもアッペン手術に取り組む医師が出てきている。助からない病から、治る病気になったはずなのに。
「だって、教会の教えとは違うからといっても実際に治った母さんを知っていたのに。死ぬかもしれないのに、助かる方法を試さなかったの?!」
「ボクスカ神父は祭壇の前で亡くなったそうだよ。腹痛に襲われ衰弱しながらも、最期まで祈っていたと聞いた。」
「そんなことで病気が治るわけ無いのに…なんで手術を……」
…手術をするということは、体を裂くということ。伯父が信仰していた教えでは他者を傷つけることを強く禁止している。たとえそれが誰かを救うためであっても。
自分が助かるために手術をするということは誰かに罪を犯させることだ。
もし命が助かっても、罪の意識で心は苦しむことになるのか。
だから伯父は手術をしなかった。
だから伯父は父さん達を殺した。
信じる理が違うから。
「っじゃあ、父さん達は殺されても仕方なかったって言いたいのっ」
「そうじゃない、少なくともボクスカ神父が私刑を行ったのは正しいことじゃない。でも心理を変えることも難しい。
どちらが正義か、それを決めるのは数だよ。神も科学も認められて心理になる。それが多くなれば真理になる。
クー、君は本名を取り戻すべきだ。科学を志す者として、科学を信じる者としてそれを真理にするために。」
ウィルの力強い言葉に動揺する。孤児であることに不満は無かったけど、伯父が死んだのならボクスカの姓を名乗ることができる。
「でもボクスカの姓になったって、女の身じゃ結果なんか残せない。」
「そんなことない!…いや、今はその通りだけど変えていくことはできる。協力する。結婚したらリオンヌ家の力だって利用できる。利用すべきだ。」
結婚?いきなり話が飛躍してあれってなった。そんな話だっけ。
わざとらしく咳払いをして、ウィルは話を戻した。
「君の父の遺産は伯父が継いでいるが、亡くなる前に教会に全て寄進するよう手続きをしていた。
…だが、クーが望むなら取り戻すこともできる。屋敷と設備はそのままになっているそうだ。」
「それはそのまま、教会のもので構わない。思い入れはあるけど、もう一度あそこに入るのは嫌だ。
でも本名を取り戻すのは考えとく。ありがと、ウィル。」
すぐ結婚に利用価値を見出してしまうのは貴族という職業病なのかな。冗談だろうけど励まそうとしてくれる気持ちは伝わった。本当にいい奴。
ついでに王子からエスコートの誘いがあったことを相談したら灰のようになってたけど。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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