令嬢は、婚約破棄をご所望ですか?

シャオリン

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33.ダンスの誘い

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 無愛想な黒髪が扉の向こうに消えた。ガスパールの退室に小さく息を吐いた。
 こちらを静かな瞳で見ながら、少し憂いを秘めた明るい声で王子は言った。

「彼は議会派の家系だから絶対貴族制の者たちと手を組むことは無いと思っていたよ。」

 彼?

「ガスパーに何かあるんだね?」

 言い当てられてドギッとし恐る恐る王子をみる。職業王族柄、人の感情に敏いのか。
 王子は相変わらず優しい笑みを浮かべている。その笑顔に肯定されたような気持ちになり心拍数が上がる。

「…ガスパールが暗殺未遂の証拠を持っている可能性があると、ジュリエット・メディンヌより聞きました。
 そして、彼の言動から考えても敵対の意志は高いと思います。」

 王子はゆるりと頷く。

 「君がここに来ることをリオンヌ家の先触れが伝えてきたから、アシュレー嬢はもう捜索の手を打っているだろうね。とすると僕の仕事はガスパーを足止めすることかな。」

 相変わらず婚約者殿は優秀だ、と柔らかく微笑んでいる。
 ガスパーと愛称で呼ぶほど親しいだろうに、命を狙っていたと聞いても傷ついた素振りもない。
 この人は自分を傷つける事象に対して寛容過ぎる。
 もしアシュレー様が裏切ったとしても、変わらず微笑むんじゃないだろうか。

「もう一つ、お伝えしたいことがあります。
 まもなく女学校で催される舞踏会で王子の命を狙う計画があります。どうか欠席を検討して下さい。」

「それは難しいね。王立の女学校での舞踏会には、毎回王族が出席している。私の命が狙われたくらいでは欠席する理由に足りない。」

 暗殺の計画を聞いて少しも顔色を変えず、さらりと回避する案を否定。
 ………この人は生き延びるつもりが無いのか?
 命を狙われる事にあまりに鈍感すぎる。

 落胆する私を見て困った微笑みを浮かべる王子。

「誰か信頼の置ける人が側にいてくれたら安心できるかな。」

 軽く顎に手を添え、考えるように視線を向けてくる。
 信頼の置ける人…キュレット様をエスコートするであろうピエールを指しているのか?
 それにしては私に問いかける様に王子は話を続ける。なんだか嫌な予感がする。

「君はその話をジュリエット嬢から聞いた。それは女学校でだね?そして今日の服装。
 クー、君が女学校に行っているとしたら、君も舞踏会に参加するということだ。」

 んん?おかしな方向に話が進んできた。
 王子が立って目の前に来て跪く。え!跪いた?!

「どうか、舞踏会でのエスコートを僕にさせてもらえないだろうか。クー?」

 可憐なお姫…じゃなくて王子がそっと手を差し出す。

 はっ!!!
 これ、講義でやったやつだ!誘いに乗る場合には相手の手の上に自分の手を乗っけるのだ。目上の方の誘いを断るのは大変失礼だとも言っていた。

 でもこの誘いは受けれない。

「王子、どうか立ってくださいっ!」

 とりあえず跪いた王子をなんとかしようと床に座り込み、王子より身を低くして手振りで立てと伝える。
 うっかり王子の体に触れて、誘いを承諾したと思われないよう注意して距離を保つ。

 王子はまだアシュレー様の婚約者なのだ。舞踏会で婚約者以外をエスコートするなんて、貴族の事情に疎い私でも大問題であることがわかる。
 さらに私は貴族でも、そこそこの平民でもない。
 だからいくら王子の立場が上だろうがこんな誘いは受けれるはずがない。

 そして、万が一王子にエスコートしてもらったら命を狙う刃が私に当たるかもしれない。街で襲撃された恐怖が思い出されて胃がギュッと縮む。
 王子は私に、肉の壁になれと言っているのか。
 嫌すぎる。
 自分の命に代えても王子を守りたいとか微塵も思わない。

 困っている、と言うより嫌がっている私の顔を見ても、王子は微笑みながら跪く姿勢を変えない。
 少し困った様に眉毛を下げるな。可愛いが迷惑だ。

 ふと、思い出した。馬車の中でアシュレー様が言った言葉を。
『どうか、もう少しだけ力を貸して下さい。』
 私にやって欲しいことがあるということだ。

 用意周到なアシュレー様が着替える時間を与えず王子の元によこした。私が女装したまま王子と会う必要があったのだろうか?
 王子が私を誘うことを予想していた?

 もし私がエスコートの相手になったとして。
 ……私が舞踏会当日に姿をくらませば、王子はエスコートする相手がいないことになる。
 相手がいないのであれば舞踏会を欠席する可能性も。
 そうすれば襲撃対象がいないので舞踏会で物騒な事件は起こらず、王子も無事。

 そういうことか!アシュレー様が私に求めているのは!
 エスコートの約束をしたのにそれを破ったら大変なことになるだろうけど、そんなものこの国を出てしまえば問題ない。
 エンリッシュに旅立つ手続きはほぼ終わっている。

 エスコートの誘いを受けるだけ・・・・・なら問題ない。

 アシュレー様の考えを理解したと思った私はぽんっと王子の手に自分の手を重ねる。

「エスコートのお誘いをお受けいたします。」

 未だ見ぬエンリッシュ大学での新しい知識に思いを馳せ、思わずニヤリとしてしまう。淑女らしい微笑み?知ってるけど実行しませんが何か?

 ギュッ!
 美しく微笑んだままの王子が思いの外強く手を握り返してきた。

「舞踏へ約束を反故し、逃げる気かな?」

 もちろん。さすが王子もアシュレー様の策を読んでいる。
 声を出さず肯定するために笑みを深くする。
 王子は一瞬更に強く手を握ったと思うと、すっと手を引く。お互い跪いた姿勢のまま、王子が小さい声で囁いてくる。

「クーは貴族では無いからエスコートの約束を無下にしても身内から責められる事はない。
 さらに、君自身も王族へ尊敬の念を抱いていないから約束を破るのに抵抗が無い。
 アシュレー嬢の人選は完璧だ。」

 …バレてる。王族に敬意を持っていないこと。

 王子のことは敬称として殿下と呼ばなければいけないところを、さっき「王子」と言ってしまった。
 でも王族や貴族なんて、その権力で害を及ぼされることはあっても有益なことなんてしてもらった事はない。
 孤児だからと何度も住処を追われたり、その度に税金を取られたり。権力者のせいで幾度となく死にかけたのだから敬う気持ちが無いのは当然だろう。

 とはいえ、侮っていた事を気取られた気まずさに目が泳ぐ。にこりとしていたはずの口元はぎゅっと引き締められて優雅さの欠片もない。
 目の前の王子様はそんな私を見ても少しも動じず優雅な笑みを浮かべたまま、

「でも、僕は舞踏会に出なくてはいけない。
 君が必要だ。」 

 なんて囁いてくる。
 ………。

「?!!!」

 いやいや、危ないことか分かってるのに舞踏会になんて出たくないんだけど?!
 忠誠心の無い者に肉の壁を望まないで!!!

「舞踏会で失敗しても、ド・ブロイ達は別の機会に再び狙ってくる。僕を消さない限り、ずっとね。
 だからこそ、逆に相手を潰すことかできるかもしれないこの機会を逃したくない。」
 
 ハクハクと口は動くが言葉が出ない。
 ぐるぐると反論は浮かぶが宙に消える。

 日にちは分かっていても正確な時間も襲撃人数も分からない。『Iva』が何を指すのかも分からない。
 王子に反論の余地はあり過ぎる、が悟ってしまう。

 これ、反論は受け付けないやつだ。

 平民を同じ人間と見ていないような貴族とは違うけれど、王子も間違いなく高貴な支配者血を持っている。
 何かを成す時に、とてつもなく頑なになる。

「僕は王子だ。骸だとしても王族なんだよ。君が逃げるつもりでも逃しはしない。
 権力をかき集めても、君を逃しはしないよ。」

 やってしまった。安易に返事などするんじゃ無かった…
 
「舞踏会を楽しみにしているよ。」

 王子は相変わらずの笑みでそう告げるのだ。
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