輪廻に踊れウィリアム

佐々木犬蛇MAX

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第2章 永久凍土の守銭奴

2.4 ビジネス

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『テオドール=フォノトフ』

 国内トップシェアを誇る玩具メーカー『ガリバーテック』の社長トップ。

 若くして幾つもの事業を立ち上げ、その尽くを成功させてきた実業家。

 "世界の注目する起業家20人"にも選ばれ、その顔は財政界にも広く知られている風雲児だ。

 経営手腕もさることながら、その甘いルックスでモデルとしても活躍し"若獅子"の愛称で呼ばれている。

 そんな男には"ドラコン"と呼ばれる裏の顔がある。



 プルルルル プルルルル プルルルル ・・・

 内線の着信音が部屋に響いた。高層ビルの最上階、ワンフロアぶち抜きの社長室だ。

 豪奢な椅子に座る精悍な顔つきの男、テオドール=フォノトフは受話器を手に取る。

「私だ・・・・・・・かまわない、ご案内差し上げろ。くれぐれも騒ぎを外に漏らすな」

 椅子から立ち上がり、一面がガラス張りになった壁面に立ち、階下に広がる夜景を眺める。

 ビルを中心とした市街地は整備された道路やショッピングモールなど、ガリバーテックから流れる資財によって潤っている。そしてその奥、反面的に明かりもまばらな一帯は、貧しく、犯罪の蔓延るスラム街だ。

 距離にして数キロメートル。

 彼方と此方とでの差はなんだ?

 運か? 教養か? 生きる人間の気概だろうか?

 片や道楽に金を溶かし、片や今日食べる食料にも苦労する。

 生きる人間にそれほどまでの才の差があろうか?

 いや、ない。あるとしたらたったひとつ。

 たったひとつの明確な差。

 それは。



「ごきげんよう。Mr.テオドール。キミを殺しに来たよ」

「ごきげんよう。レディ"スローン"。あまり会社で貴女のようなひとには会いたくないのだけどね」



 部屋の入口に立つ象の異名を持つ怪人が返り血で染まった顔でニコリと微笑む。その笑顔に浮かんだ瞳はどこまでの深く、暗く、映るモノみな不気味に溶かす。

 そんな邪悪な笑顔にテオドールもまた笑って見せた。怪人とは異なり、混じりけの無い善人のそれだ。



「貴女を追い返すよう部下たちに言っておいたのだけれど彼らは全員死んだのかな?」

「そんなひどい事はしないさ。わたしは優しいんだ。語らって見せたら快くここまで案内してくれたよ。ほんの数人さ、見せしめみたいになってしまったのは」

 血がべっとりと沁み込んだ手袋をひらひらと振るスローン。

「可哀想な子たちだ。酷な男に雇われたばかりに。人員削減のつもりなのかい」

「ふっ、まさか、ただ・・・」

 テオドールは遠い目をして夜の街を眺める。

「試してみたのさ。こちら側にいる人間っていうものを」

「・・・ふーん」

 テオドールが部屋の隅へと歩みを進める。そこにあったワインセラーからボトルを取りだした。1本で高級車が変えるようなヴィンテージ物だ。

「ワインはお好きかな?」

「酒はなんだって好きさ。いただくよ」

 慣れた手つきでコルクを外しテーブルへ置かれた2つのグラスへと注ぎ入れる。

 テオドールがグラスを持ち、スローンへと勧める。するとスローンはグラスではなく、横に置かれたボトルを鷲掴むと、そのまま煽り、一息で飲み干してしまった。

 その様子をテオドールは目を丸くして傍観していたが、空になったボトルを置くときに勢い余って割り砕いてしまう怪人の様を見てくすりと笑った。

「"持たざる者と持つ者"。彼らには普通の人間よりも多額の金を渡している。学も意欲もないただ暴力だけが取り柄のような奴等にだ。その暴力も貴女のような"本物"には通用しなかったようだけどね。その報酬にふさわしい扱いをしたまでさ。貴女という厄災を乗り切れるかどうかでそれが測れるんじゃないかと思ったんだけど、いや、確かに酷だったな、相手が貴女ではね」

「レディを"山火事"呼ばわりするのは気に入らないが、まぁいいよ。長ったらしい語りを聴くほどに、キミに興味はないんだ。そろそろ"本題ビジネス"の話をしよう」

「・・・・ビジネス?」

 テオドールが訝し気に眉を顰める。

「得意なんだろう? お・し・ご・と」



 テオドール=フォノトフは起業家としての能力は決して高くはない。彼自身はそう思っている。

 なにか革新的なアイデアを生み出すわけでもない。

 社員やその家族、利害関係者ステークホルダーを守る、なんて気はさらさらない。

 ただ、金をつかみ取る腕力と、金のあるところに飛び込む度胸は常軌を逸しているとすらいえる。

 綱渡りですらない、保証のないぼろ縄でのバンジーを誰よりも早く、誰よりもためらいなくやってのける。その連続で国内でも有数の富豪へと駆け上がった。

 そんな男の神がかりな直感が言っていた。

 この怪人からの提案は又とないビジネスチャンスであり、ほんの些細な揺らぎで縄を引きちぎられる、そんな命がけの商談になると。

 けれども彼はためらわない。命を惜しむことよりもずっと、金という数字を増やすゲームに心酔しているのだから。



 その時、部屋の扉が開かれた。

 スローンの入ってきた廊下へと続く扉ではなく、部屋から部屋へと続く別のところ。

 入ってきたのは2人のアジア人。揃って辮髪べんぱつと呼ばれる後頭部の髪を編んで長く後ろに垂らした中国特有の髪型をしている。奇抜な髪型もさることながら一層目を引くのは鋭い眼光と鍛え上げられた肉体だ。老若男女問わず、一目で"危険"な人間だと認知する。終生裏社会に身を置く仕事人だ。

「テオドールの旦那。その独活うどの話など聞く必要はありゃしませんよ」

「そいつの処理は我々にお任せください。くだらぬ伝説など肉塊に変えてみせましょう」

「・・・・・・・・あぁ?」

 改造されたPK機関銃を携える2人の刺客をスローン興味なさげに見やる。

魯諭ロロンフェイ、お前たちのことを呼んだつもりはないが?」

 呆れ口調でいうテオドールにアジア人のふたりが答えた。

「申し訳ございません。が、現れた客人があの"露の怪人"とあっては我々としても黙ってはおれず」

「そのデカ女の首には我々が祖国でも多額の懸賞金が掛けられとります。生きたまま捕え国に持ち帰れば一生遊んで暮らせるほどの金が手に入る。何もこんな寒い国で働き続ける必要もねぇってわけでさぁ」

 ロロンとフェイ、その名前を聞いたスローンが何かを思い出すように宙を仰ぐ。そしてしばらくしたのちに「あぁ」と小さく呟いた。

「"恐獣魯諭"と"静かなる飞"。上海マフィア御用達の始末屋か。大物じゃあないか。奮発したねぇ」

「おや、知ってくれてんのか"伝説"さん。俺たちゃテメェーみたいな"素人トーシロー"とは違って誰彼かまわず名が知られちゃいねーはずだがな。なぁフェイ!」

「やめておけロロン。所詮は田舎で燻っている殺し屋もどき。我々と比較しても仕方があるまい」

 ふたりの見下した物言いに何ら感情の揺らぎも見せないスローンは、ただめんどくさそうにテオドールに視線を送った。するとテオドールが口を開く。

「ロロン、フェイ、お前たちの実力は疑っていない。間違いなく世界でも最高峰の経験と技術を持っているだろう。だが、」

 一呼吸の間をおいてテオドールははっきりとこういった。

「"相手が悪いからやめておけ"」

 その付け加えられた一言がロロンとフェイの琴線に触れた。

「よーし、わかった。下がってな旦那、人質に取られても応じてやれんぜ」

「予定変更です。その女は確実に殺します。報酬は貴方から頂くとしましょうテオドール様」

 額に血管を浮かばせ怒りの感情を高ぶらせるロロンと、口調は冷静だが目つきを鋭く光らせるフェイ。

 機関銃にマガジンを装填し、セーフティを外し歩み寄る強者二人を見てもスローンは変わらぬ無感情で、

部屋を後にするテオドールの背を見送る。

「やっぱり酷な男だねぇ。わざわざ戦わせて何が見たいんだい?」

「貴女という人間を知りたいのですよ。"持たざる者と持つ者"。そんな垣根など気にも留めない。破壊の神に愛された美しき貴女のことが」

「悪い気はしないけどねぇ・・・それにしても」

 対峙する黒衣の巨人と凶器を携えた武人2人。張り詰める空気とは対照的な、間の抜けた言葉をスローンは吐き出した。

「高いワインってのは値段の割に美味くないねぇ」
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