輪廻に踊れウィリアム

佐々木犬蛇MAX

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第2章 永久凍土の守銭奴

2.5 一流VS伝説

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 ソ連製のPK機関銃2丁。そのマズルが火を噴いた。

 隙間なく鳴り続ける破裂音。

 人を殺すためだけに創られた鉄塊が亜音速で撃ちだされる。

 ふたりの殺し屋が持つ銃の弾倉は各300発、その全てが射出されるのに10秒もかからない。

 ロロンとフェイがほぼ同時に引き金を絞るのと、スローンが漆黒のコートで全身を包んだのもまた時間の差はなかった。

 音が部屋に響いてから零コンマ数秒ほどの差を持って、煌びやかな部屋の中で浮いているひと固まりの闇と化したスローンへと弾丸の雨が飲み込まれる。

 大きな音もなく闇に飲まれた弾丸が次々と、地球の持つ引力に吸われて床へと落ちる。高価な絨毯は弾頭を優しく包み込み、落ちた弾と弾がぶつかった時にだけ小さな金属音を鳴らしている。



 スローンの視界が覆われ、聴覚が銃撃の音で塞がれたその瞬間にロロンとフェイは駆け出していた。

 数分前、監視カメラからの映像で見た1階のロビーで繰り広げられた凄惨な光景。出された結論は銃器による確実な殺傷は困難であるという点。そしてスローンを人間として対処しようとすると間違いなく後手に回り痛い目を見るという点だ。頭部に撃ち込まれたマグナムの弾かれたシーンが決定的だった。

 スローンの身体的強度は既に人の域にあらず。そしてその人間離れした防御力を更に絶対的なものにしているのが全身を覆うあの黒いコートだ。いったい何で出来ているのか、銃弾をも通さない素材のそれをはぎ取らないことには首を跳ね飛ばすのは困難だ。

「貫通しようがしまいが、銃弾の衝撃だけで中身は普通ぐちゃぐちゃだけどな」

「文字通り"武装した象"か何かを相手にしていると考えましょう。生き物である限り、腹に爆弾詰め込んで破裂でもさせれば死ぬんです。簡単なことですよ」

 弾を撃ち尽くしたと同時に、ロロンとフェイはスローンを挟み込む位置にまで来ていた。

 ふたり同時に取り出したのは透明の液体が入った瓶とジッポライター。

 火を点け、口に含んだ液体を勢いよく噴き出す。

 するとその可燃性の液体が炎上し、スローンの全員を覆った。粘り気のある炎は消えることなく、スローンの身体へとへばりつき、炎上し続ける。

「オイルなんて生やしい代物じゃない。スプリンクラーは切ってるぜ。象の丸焼きいっちょあがりだ」

「硬くて食えはしませんね。死骸は祖国に持ち帰るとしましょうか。いい研究材料になりそうだ」

「ハッ! 消し炭なんて持ち帰ってもしょーがねーだろ!」

 炎を纏ってその場で丸まりうずくまるスローンと思しき影。

 そのまま数分時が流れた。身体に火のついた人間は、パニックになって暴れまわるものだが、スローンはその場でうずくまったまま身動き一つ取らなかった。これだけの炎の勢いだ、肺まで一気に焼かれ暴れる余裕もなかったのだろう。

 すでに燃えカスとなった女の影へと歩み寄るふたり。背後、ジャケットの中に忍ばせていた刀をシンクロしたような動きで同時に抜き取り構える。

 間合いに入る刹那、一斉にとびかかりスローンの死体へと刀を突き立てる。

 ふたりが焼死体となったはずのスローンへと追い打ちをかけたのに大した理由はない。ただ殺しのプロとして、ターゲットの確実な死を目の当たりにするまで最善の手を打ちづける習慣に乗っ取っただけだ。彼等はターゲットとなった人間の首を斬り落とすことでそれを確認してきた。

 心臓を打ち抜かれてても、全身が焼き爛れていても、最後には必ず首を斬り落としてきた。

 今回も同じ。この化物の首を斬り落とすのみ。

「「・・・・・・」」

 刀はあっさりと突き刺さった。熱によってコートが脆くなったのか、もしかしたら元々刃物には弱い素材だったのかもしれない。だが、二人の感じ取った違和感はそれだけではなかった。

 ――― 感触が・・・・ない!? 

 ロロンとフェイが燃え尽きたコートを撫で切りにするとバラバラになって炎が四散した。

 そこで見たのは目を疑う光景。岩盤の床に大穴が開けられている。

 どういうことだ?

 いや、意味はすぐに理解できた。火をつけられてすぐ、床をぶち抜いて階下へと脱出したのだ。

 しかし、床の厚さは2メートル以上の特別製。何層もの鉄杭が組まれ、コンクリートの素材もまた強固なものだ。解体業者でも特別な器具を使用して穴を開けるのも数時間はかかる。

 どうやったのか。決まってる。打ち砕いたのだ。拳で。

 それが二人には信じられなかった。

 人間離れした知性のある獣。その程度だった評価を改める。

 "化物"。人智の及ばぬ強者。ふたりの背筋に冷や汗が流れた。

「どこに・・・・行った? 逃げたのか?」

 冷気。肌を突くほどの冷気を孕んだ寒風が肌を撫でた。

 風の来る方向に見えたのは開かれたガラス窓。転落防止のため、わずかしか開かぬように取り付けられた留め具が千切れて床に落ちている。

 ゾクリと身が震える。

 闇の世界に生きてきた殺し屋の2人は気配の類に敏感になっている。そんな二人が同時に上を見上げたのは偶然ではないだろう。

 その瞬間。餌食になったのは窓に近い位置にいたフェイだった。

「そのコート、特別製でね、高いんだよ、すっごくね」

 天井から伸びた腕がフェイの顔面を鷲掴む。

 ロロンが見たのは"天井に立つ"怪人の姿。コートを脱ぎ、上下のつなぎ目が見えない肌に密着した装いに異常に発達し、固く引き締まった筋繊維の影が隆々と浮いて見える。よく見るとスローンの右足が天井に突き刺さり、逆さづりになっていた。胸部が少しだけ膨らんで見えるのが、この生物が雌である証拠なのだろうが、猛獣に襲われた際に、相手が雄か雌かなど気にする獲物はいないだろう。

 伸びた腕に顔を掴まれ宙づりになるフェイが刀を脇腹へと突き立てようと勢いよく振るうが、空いた方の手であっさりと刃を掴み受け止めるスローン。

 軽く。本当になんてことないような軽い動作で刀の刃を握りつぶすと、頭を掴んでいる方の手に力を込める。

「グッッッッッ!!!! ぐぅわぁぁああああああああああああ!!!!!」 

 あまりの激痛に悲鳴をあげるフェイ。先ほどまでの冷静な姿はそこには無い。

 ただ、本能に任せて絶叫する姿は、長年相棒だったロロンでも観たことのない光景だった。

「二人とも、いい仕事をするね、さっきのは、すごく良かった、さすがだね」

 ぱっと手を放すスローン。受け身を取ることもできずに床へと落ちたフェイは頭を抱えてのたうち回る。その気になれば簡単に頭など握りつぶせただろう。殺さないのは理由があるのか。

 スローンが図体に見合わない軽い動作で床へと舞い降りる。外見にはまったくもって似つかわしくないが、その挙動はふわりとして軽やかで、猫のようなしなやかさを感じた。



「あ、たまがぁああああああああああああ!!」

「頭蓋が少し砕けただけだよ。大げさだなぁ、男の子だろう?」

 服に着いた崩れた屋根の欠片を払いながらスローンが言った。

「へへ、イイ身体してるじゃねーか。まるで猛禽類の肉付きだな。手足を切り落として、死ぬまで犯してやるよ筋肉だるま!!」

「まったく、口説き文句に捻りがなくてイケないねぇ、そんなじゃ乙女の心は動かせないよ」

 床でうずくまるフェイを尻目に両者が向かい立つ。

「なんで、フェイを殺さねぇ?」

「ん? 殺す意味がないし、テオドールの坊やがワタシが殺すところをみたいらしいから、イジワル、しようかと思って、よかったね、キミも殺さないであげる」

「へ、舐めやがって・・・」

 巨大で、力強く、素早く、しなやかで、意表を突くしたたかさを持っている。

 事前に持っていた、暴力任せの狂人という"露の怪人"のイメージが塗りつぶされていく。



 距離を取りつつ、ロロンが懐へと手を入れた。

 そして抜き取られた時には刃の付いた暗器が指にはめられていた。

 5本の刃が光る鉄爪。それを両手に装着したロロンは姿勢を低く構えてスローンと対峙する。

「近接戦かい? ワタシは格闘技の類は不得手でね。銃器を使う方が好きなんだけど」

 スローンの率直な感想を、当然煽りと受け取ったロロンの額に血管が浮かぶ。

 低い姿勢のまま床を滑るように横に移動していく独特な歩法は敵対者の間合い感覚を狂わせ、攻撃を半歩下がらせ、受け手をコンマ数秒遅らせる。そして鉄爪は、握る拳の強弱で掌一つ分ほど長さを瞬時に変えられるギミックを施してある。ロロンの持つ殺人術は相対する者の間合い感を錯覚させ、咽や眼、足の腱などを切り裂き行動不能にする技術に長けている。

 近年でこそ銃による、中距離からの暗殺が主流となっているが、彼が本国で活躍していた時にはこの殺人術であらゆるターゲットや猛者を葬ってきた。

「暗殺者としちゃタイマンなんて格好つかねーけどなぁ。"本物の技術"ってやつを見せてやるよ」

 予備動作もなくロロンが前へと躍り出た。

 一歩目から最高速度に達するロロンの初速はトップアスリートのそれを凌駕する。事実、ロロンが攻撃の間合いに入るまでスローンは反応することができなかった。

「・・・・・・」

 スローンの黒く染まった瞳だけがロロンの姿を追っていた。

 ロロンが狙ったの足だった。

 埒外に発達した強靭な筋肉。腹や胸、人体の急所を覆った肉の鎧は銃弾すら通らない。特別製だというコートで銃弾の直撃を避けたのも、外傷を最小限に抑える手段に過ぎず、銃弾の衝撃程度なら難なくあの肉体は吸収してしまう。かといって喉元や眼球を狙っては、3メートル越えの巨体ゆえにそこに刃が到達するのにコンマ数秒余計にかかる。不意を突いて生まれた刹那ほどアドバンテージを失ってしまい、その間に防がれる可能性は十二分だ。

 足の腱。全身を支える人体の支点でありながら、守るための肉はほぼない。スローンのそれは、常人と比較すれば遥かに太く強靭な作りをしているが、筋肉や骨で覆われているわけではない。おまけに日本刀と同じ製法で作られた鉄爪の切れ味は無類だ。ロロンは腱を断ち切ることができると確信していた。

 この巨体の全てを支える腱を断たれるのはいかに規格外の化物とはいえ致命傷になりうるだろう。動きさえ封じてしまえばあとはどうとでもなる。

 ロロンは鉄爪を振るった。

 閃く鋭刃。鈍色の十爪が空を引き裂く。

 そう。

 幾人もの血を吸った凶刃は、

 ただ、むなしく空を斬った。

――― 反応が早すぎる。薬でもやってんのか!?

 飛びあがり、

 宙を舞い、天照明の暗がりとなった無貌むぼうの怪人を睨み上げる。

 タイミングは完ぺきだった。

 到底躱せるような距離と速度じゃない。

 しかし躱された。その事実に驚愕する。

 だが、ロロンはそこまで想定していた。

 宙を舞い、落下するまでの数秒、どんな達人であろうと身動きが取れない。

 そこに追い打ちをかけるためにロロンも前へと駆け出す。

 そしてさらに、

「・・・・・ぶっ殺してやるッ!」 

 空中のスローンを挟む場所に、怒りの形相をたたえたフェイが構えていた。

 腕に取り付けられたガントレットからは刃が伸びている。先にへし折られた刀と比べ刀身の長さは劣るが、フェイが本気で獲物を狩るときに使う十八番だ。

 狙いはロロンと同様に脚のアキレス腱。着地の為に伸びた足が、目前へと迫っていた。

――― ヤレる! 宙でも飛ばない限り絶対に防げねぇ!

 確信したロロンが鉄爪を突き立て、フェイもほぼ同時に刃を振った。

 だが、

 またしても、

 両者が断ち切ったもの。

 それは虚しい空気のゆらぎ。

 宙を飛ばない限り防げない。

 それは正しく。

 だから怪人は。

 宙へと。

 "飛んで見せた" 



「「・・・・・・・は?」」

 2人そろって間の抜けた声をあげていた。

 起こったことは単純で。ただ、

 目前へと迫ったスローンの身体が、突然、重力へと逆らない天井へと返っていった。

 それだけだ。

 必殺のタイミングで空ぶったロロンとフェイが信じられないと目を見開く。

 天井へと返って行ったスローンはそのまま"天井へと立つ"。一度姿を消して現れた時とは違う。天井に足を突き刺しぶら下がっていたさっきの時とは異なり。靴の裏がまるで天井に吸い付くかのように直立していた。

 むろん足を分厚い岩盤に突き立てて、ぶら下がるなんて芸当は人間業ではない。けれども、いま二人がみた光景。宙を跳ね、天井へと立つその姿は、理屈のわからない不可思議な光景。脳の理解が追い付かず、ただただ見上げることしかできない。

 そんな二人を"天井から見上げる"反重力の怪人は淡々と述べた。

「もう、終わりでいいね?」

 手をかざし。強く握りしめる。

 すると二人の身体がガチリと固まり、突如として身動きが取れなくなってしまった。

 両手足を閉じ、身動きが取れず地面へと転がるロロンとフェイ。

 そんな二人をよそに、重力を取り戻したスローンの身体が床へと落ちた。

 またしても、巨体に見合わぬ軽い身のこなしで、音もなく床へと着地したスローンが無情の面持ち二人に歩み寄っていく。

「な、、、、なんだ!?」

「見えないだろう? キミらも使う暗器の一種みたいなものでね。まだ世には出回っていない、最新科学の結晶だよ」

 するとスローンは何かを手繰り寄せるような動作を見せる。

「ホラ、種明かししてあげる」

 スローンの手元になにかキラキラと光を反射する線が視認できた。

「・・・・・・糸?」

 フェイが口を開いた。

「うん、ご名答。『宇宙エレベーター』て知ってる? ケーブルを使って宇宙へと上り下りするエレベーターを作ろうって言う計画でさ、ケーブル一本取っても成層圏まで伸ばしたら桁違いの重量だ。これはその研究の結果生まれた、怖ろしく細い糸だよ」

 腕を上へと伸ばすとスローンの身体が宙を浮く。

「目にも見えず肌に触れても気づかない程細いけど、1本で私一人くらいなら持ち上げられるんだよ。部屋に入ってから少しづつ、あっちこっちに糸を張っておいたんだ。あとひとつ特徴としては・・・」

 取り出したライターに火をつける。するとライターを中心にして細い火渡りが瞬時に部屋中に駆け巡る。スローンとフェイの身体の周りにも炎が翔け、瞬間的に熱を感じた後に身体が自由になった。

「良く燃える。最新鋭の"糸"の情報を真っ先に手に入れるのはマジシャンなんだって。確かにこれなら手品に使えそうだよね」

「ぺらぺらと随分と饒舌だな? 殺しの技術をひけらかすわ、俺たちの拘束まで解くわ、どういうつもりだ!? 」

 激怒するロロンがふらふらと立ち上がる。フェイも続いて立ち上がった。

「技術は知られてもかまわない。キミたちが自由になっても問題ない。それだけ。それに今は、"営業中"だからね」

「・・・・舐め腐りやがってッ。糞アマがッ!」



 その時、部屋に乾いた拍手の音が鳴り響いた。

 パチパチパチ、と。

「素晴らしぃ。本当にキミは強く美しい! レディ・スローン。ボクはキミが欲しくてたまらないよ」

 入り口から悠々と入って来るのは商人"ドラコン"ことテオドール=フォノトフ。

 精悍な顔立ちに、幼さすら感じる満面の笑みを浮かべスローンに熱いまなざしを送っている。

「ロロン、フェイ、ご苦労だったね。もう下がってくれてかまわない。"準備"はできた」

「旦那ぁ。ここまでコケにされて引き下がれるわけがねぇでしょう? その女は死ぬまで犯す!」

「テオドールさん。もはやそいつの首なくして我々は引き下がれませんよ」

 ロロンとフェイが武器を構える。その形相は怒りに染まっていた。

 だが、

「下がれと言ったんだ。お前たちじゃあ彼女は殺れないよ。格が違う。これから彼女とビジネスの話をする。お前たちは邪魔だ」

「だから、聞けねぇって!!!!」

 怒声をあげるロロン。

 するとフェイト同時にスローンへと斬りかかる。

 さっきまでとは違う。策もなにもない怒りに任せた攻撃。

 そんなものが、いまさらスローンに通じるはずもなく。

「五月蠅いよ」

 固く硬く握られた拳がロロンとフェイの顔面へとめり込んだ。

 紙きれの如く、勢いよく部屋の端まで吹き飛ぶふたり。

 大きな音を立て壁へと打ち付けられた二人の顔面は潰れ。意識は遠く吹き飛んだ。

「これからは、ビジネスの時間だよ。いい儲け話が、聞けそうなんだ」

 にやりと笑うスローンとテオドール。

 "金"。その魔力に取りつかれた両雄。

 ふたりの夜は更けていく。。。



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