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本編

2. 一言目

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 男を治すのは中々骨が折れた。

 普段街で売っている傷薬ではまったく効果がなく、血は簡単に止まったが肉の組織や血管や神経を再生するのにひどく手間取った。数日かけて薬の配合を変えながら試し、ようやく効き目が現れたときには半笑いになった。だって絶対効かないと思って作った魔物用の薬に近い配合だったから。

 それでも切り口が見つかればこっちのものだ。十日ほどかけて家の中から生臭さが消え、一月が経つ頃には欠けた部分の大半が元通りになった。

 傷が消えれば男は意外に整った顔をしていて、二十日目くらいで開いた瞳は夜空のように綺麗な青だった。瞬いた宝玉は左腕の抜糸のためにナイフを持っていた私にそれなりに驚いたようだったが、力が入らないようで抵抗はしなかった。表面が先に治り、声帯や内臓は後から時間をかけて治っていくからだ。

 その声帯も癒えただろうと思っていた頃、初めて男が声を発した。


「魔女か?」


 私は思わず「おお」と手を叩いた。

 治療の方針は間違ってなかったんだ。見込み通り喋れている。本人が特に変な反応もしていないし元通りの声のはず。濁りのない低音で聞き取りやすい。

 ああそうだ質問されたんだった。

「魔法は使えない。ただの薬師」

 男は綺麗な形の柳眉を寄せた。

 元々魔女とは女の姿をした魔族のことだ。ただ時と共に意味が増えていった。

 魔女は人に紛れて暮らしていた者も多く、その大体は魔女であることを隠していた。人は自分たちに理解できないものを嫌うから。そのため魔法を隠しつつ生計を立てる手段として選ばれたのが薬師だ。特別な力を宿した薬は作り方さえ秘伝と隠せば人々に高く売れた。

 だが特別というのもまた人の恐れと欲をかき立てる。魔女は貴族に狙われ、囲われ、人間の薬師からは嫌われ、利用され、時に逃げ、時に抗い、人の数に負け、徐々に減り……。

 そんなわけで、今では意味は大きく三つある。

 魔族。薬師。そしてはぐれ者。

 私は後ろの二つだろう。

 余計なことに思考が逸れたが、男がそれ以上何も言わなかったので私は別の調薬の作業に戻った。この一月男にかかりきりだったからそろそろ街へ買い出しに行かないと。そのためには売るための薬を作らなければならない。

 ダン! と力を込めて鶏の頭を落とすと、男はびっくりしたように肩を跳ねさせた。

 しょうがないだろう。動物の解体はけっこう力が必要なんだ。
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