寒暁

繚乱

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 謀略

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(叔父御は、そのような想いで・・・)

 慶次郎は、自分の想いを一同に激白した一益を見て改めて敬愛する叔父の胸中を思いやる・・・

 家臣一同も一益の並々ならぬ決意を受け、静まりかえる・・・

 やがて一益はそっと息をつき険しかった表情を緩め再び口を開いた。

「さて、又左よ」

「はっ」

「ここ長島城の兵糧、弾薬はどうなっておるか?」

「半年ほどは、籠城に耐えまするが、・・・足りませぬか?」

「それは重畳ちょうじょう。さすがは又左じゃ! さりながら面倒を掛けるが、桑名周辺から亀山までの東海道筋にて米と塩を買い占めてくれぬか、秀吉の奴を干上がらせてやろうと思うができるか? 金蔵の銭は全て使ってもよい。もしそなた一人で手に余るなら角屋かどやを使え、七朗次郎にはわしが直接使いを出そうに。儲けさせてやるから早舟で長島に来るようと伝えれば喜んでこの地に来ること間違いないからな、ハッハッハ・・・」

「大湊衆の角屋七郎次郎殿を・・・承知致しました。して、集めた荷はどちらに運ばせるので・・・?」

「籠城となれば半年・・・ひょっとしたなら一年に及ぶやもしれぬ。であればここ長島にも幾ばくか運び、桑名城にも十二分に運び込め。残りは全て奪取した亀山城、峯城、関城を中心に運び込むのじゃ。それでも入りきれぬほど集まったなら余剰の荷は角屋に処理を任せておけばよかろう、何と言ってもあ奴は大湊きっての廻船問屋の豪商であるからなほっといても儲かるよう算段するであろうに」

「承りましてござる」

「それと又左、至急甲賀五十三家のうち東海道周辺に所在する土山郡の山中、黒川、土山、芥川、大野の各家並びに甲賀郡の隠岐、佐治、岩室、神保家に、更には水口郡の美濃部、新庄、嵯峨、宇田、高山の諸家に使いを頼む。これから塩、米の値が上がる故、今のうちに買い集めるがよかろうとな。 おおそうじゃ! 余力があれば余分に荷駄車を多く揃えるとなお吉じゃと伝えおくように・・・と。わしの挙兵で草津より以東の東海道周辺では、塩、米などの兵糧やそれを運ぶ荷駄車は需要が高くなるは必然。秀吉にしてもわしの思いがけない挙兵でにわか出立しゅったつとなれば、大軍を維持するために進軍先の街道筋の村々で兵糧、備品の徴収をせざるを得ないであろうからな。そのためにも各家におかれては、突然の徴収にも十分な備えをされるがよろしいかと重ねて伝えおいてくれ・・・うむ⁉ そうじゃな、備蓄分にも余裕ができたなら、徴収される前に自発的に余剰分を秀吉に提供するのも良き考えかと、これも付け加えておくように。さすれば秀吉の心証もよくなろう・・・とな」

「殿、本当にそれで良いので・・・? 筑前殿に利することになりますが・・・」

「いいのじゃ、いいのじゃ。構わぬ! むしろわしが使いを出した家々全てが秀吉に兵糧や荷駄車を提供してくれたほうが、わしにとってむしろ好都合になるからな、ハッハッハ!!!」

「好都合⁉ ・・・殿、それがしの頭では殿の深慮遠謀はわかりかねますので・・・」

「ふむ、そうか・・・いやさ、たいした理由ではない。わしが挙兵したと聞いたなら秀吉自身は遅くとも来月には軍備を整え草津から東海道を南下してくるであろう。それと時を同じくして多方面からも進軍してくる可能性が高い。・・・恐らくは、美濃多羅口か、もしくは君畑越えか・・・ひょっとしたらその両方面から進軍してくるかもしれぬ。そこでじゃ、秀吉は敏い男だからのう、何故に甲賀五十三家に繋がる家だけがこうも首尾よく徴用の品々を提供しに参ったかと不審に思わせればよいのじゃ。不審に思わせればしめたもの、奴はどうしてこのように用意周到に甲賀五十三家だけが準備できたか、各家々に問うであろう・・・その時に正直にわしから事前に知らされたと答える家もあるかもしれぬが、口ごもる家々もあるであろうよ・・・そこで奴がわしと甲賀五十三家との関係を思い出し、多少でも疑心暗鬼を生ぜさしめれば面白いと思うたまで。草津から亀山まで至る東海道周辺がわしの影響下にあると大げさに感じてくれればそれでよい・・・亀山城周辺での戦の最中に、京、大津方面からの東海道の補給路が断たれる恐れがあると・・・な。フフフ、目に見えぬわしが影に秀吉の奴が少しでも怯えてくれれば、痛快! この上ないわ、フッフッフ・・・」

「⁉ ・・・なんと!! 恐ろしい事を考えつきまするなぁ、殿は・・・」

 又左こと木俣忠澄は心底、恐れ入ったとばかりの表情で一益に告げるのであった・・・



(な なんというお人じゃ!! 凄すぎる・・・凄すぎるぞ、伯父御は!!!)

 慶次郎は、一益と忠澄のやりとりを聞いて、心の中で喝采をの声を上げていた。

(確かに戦場において、伯父御の戦術眼の確かさは十二分に見知っておったがまさか、このような視野の広さとでも申すか・・・うまく表現できぬのがもどかしいのう・・・うーん・・・お! そうじゃ、大局的なものの見方ができるお人であったとは・・・あらためて敬服させていただきましたぞ、叔父御 !!!)


「おお、そうじゃ。京、大津と言えば、あの御仁にもあらかじめ念を押しておかなければならんかったな・・・」

 心中にて自分のことを絶賛中の慶次郎のことなど全く気づかない様子で一益は思い出したように言葉を続ける。

「大津瀬田城城主、山岡景隆殿にござるな?」

「うむ。山岡殿なら、わしが北伊勢で筑前相手に挙兵したと聞けば姫路から京を抜け東下しようとする筑前の軍勢を目の当たりにしたとたん、また瀬田の大橋を焼き落そうとしかねんからな・・・『昨今の筑前が態度、織田家に対する不忠の疑いあり!』とか申してのう」

「そうじゃのう・・・実際に明智が謀反の時に山岡殿は瀬田の大橋を焼き落しにした実績がある・・・」

 義太夫益重が応じると

「ああそうじゃ。山岡殿は瀬田にて明智が謀反軍を前にして、織田家に不忠をはたらいた明智は許すまじと叫び、独断で瀬田の大橋の焼き落しを命じ、安土へ向かおうとする明智の軍勢の行軍を妨げ戦った人物であるからのう。であるがために、わしが直々に書状をしたため山岡殿にまた大橋を焼き落すなどという事をせぬよう諫め、軽挙妄動を慎むよう念を押しておかねばなるまい。昨年の六月に焼き落しをして、まだ一年経たずにまた大橋を焼き落しなんぞしてしまったら動機がいかなる理由であれ山岡殿の名が歴史上に悪名として残ってしまうわい・・・それにじゃ」

 一益は、ニヤリと笑うと

「山岡殿が瀬田の大橋を焼き落してしまうと、それを理由に秀吉の奴が当地に来るのを躊躇ちゅうちょしてしまうやもしれぬ・・・そうなると、せっかく奴を“もてなそう”と北伊勢の地にて舞台を設けて準備しておる我らの努力が無駄になってしまうでないか? どうじゃ?? 皆の者⁉ そうは思わぬか・・・?」

「「「 そうじゃ、そうじゃ!!! その通りぞ!!! 」」」

 一益の言葉に、どっと沸く一同である

 一同のその有様を見て一益は満足したように、ウンウンと小さくうなずき更に言葉を続ける。

「けっこうである。皆の意気や良し! されば各々おのおのの【舞台】で我等が滝川家の戦の【舞】で秀吉勢を丁寧に“もてなし”てさしあげろ!! 此度の戦で滝川家は攻めや、退却戦だけでなく籠城戦においても屈指の実力を持っておることを満天下のもとで披露してやるのだ、よいな!!!」

「「「 おうさ!!! 」」」
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