寒暁

繚乱

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 厳命

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「うむ、皆よい面構えじゃ。・・・さて、その籠城戦についてであるが・・・」

 一益は、そこで益氏、益重、忠征の顔を順に見ると真剣な眼差しで彼等に告げる。

「最前線に立つそなた達には特に申し付けておく・・・我が滝川家の家訓として城を枕に討ち死になんぞという言葉はありはせぬ! 必ず生きてこの長島に戻って参れ、よいな、これは厳命である! 大軍相手に包囲されての戦い、難しき事態になるは必須ぞ!! されば亀山城、峯城、関城の将となるそなた達は戦の幕引きの潮時は間違えるな。十分余裕をもって相手方に降るのじゃ。わしの方からも降伏の時期については指示をよこすようするが、現場でのそなた達の考えを尊重するので必要とならばそなた達の判断で降るのじゃ! 降伏にあたってはそなた達の命はもちろん、城兵達の生命全て助ける事を開城条件に致せ、必ずじゃ!! 敵方とはいえ相手は元々同じ織田家中の者らぞ。開城し降伏するのであれば無下にそなた等や城兵の命までは奪わぬであろう・・・。重ねて厳命致す、必ずや生きてこの長島に戻るのじゃ・・・」

 益氏、益重、忠征は一益の言葉にそれぞれうなずく・・・

 この場面から後日になるが史実においても彼等は守将となった亀山城、峯城、関城の開城の際には城兵と共に長島城に無事戻る事になる。彼等は一益の言いつけを守ったのであった。

「・・・叔父上、それがしの方からもお願いしたい儀があります・・・」

 このような場では問われぬ限り自ら進んで発言をしない寡黙な益氏が発言を求めたに対し、一益は驚きながらも興を覚え応じる・・・

「うん⁉ なんじゃ、益氏。何なりと申してみよ」

「叔父上が我等に与えた口上、確かに承りました。その上であえて申し上げます。叔父上自身も戦の潮時をお間違えないよう切にお願い申し上げます・・・叔父上の身にもし万が一な事があれば、我等滝川一党の旗頭を失う事になりまする。たとえ滝川一族が離散の憂き目にあったとしても叔父上がご健在であればまた集う機会も訪れましょう。なれば、益氏伏してお願い申し上げるしだいにござる・・・」

「益氏⁉ (・・・そちは・・・) ・・・」

 一益は益氏の真摯な懇願を受け絶句する・・・

(わしは、良い臣下に恵まれたな・・・」

 心を震わせながら一益は胸中にてつぶやく・・・

「承知したぞ益氏!! そなたの言葉、肝に銘じよう!!!」

「ありがたき幸せにござる・・・」

「だが安心せい! たとえ戦局が当方に利あらず我等のまわり全てが筑前に降ったとしてもこの長島は二月ふたつき三月みつきでは落ちはせぬ。いや半年経っても落ちはせぬぞ!! そなたらがここ長島に戻るまでは孤軍となったとしても戦い続けておるわ、心配無用ぞ、ハッハッハ・・・」

 一益が益氏に発した言葉はけっして大言壮語でなく史実においても実際にその通りになり柴田勝家、於市の方夫妻や岐阜城主織田信孝がこの年天正十一年四月に相次いでその生を終えた後も孤軍奮闘を続け、彼が秀吉に無念の投了を告げたのは七月の盛夏の時期であった・・・一益は小雪まじりの正月元旦から戦い始め、実に半年以上も戦い続けたのである・・・。

「さて、わしが存念はたった今申したとおりじゃ! 他に聞きたい事があれば申すように・・・」

「殿・・・」

「うん⁉ 平右衛門か、いかが致したか・・・?」

「この戦、北伊勢において我が方が制海権を握っておることが前提となっておるとそれがしは理解しておるのだが、いかに?」

 次席家老で滝川水軍の総帥である篠岡平右衛門が今までの沈黙を破り、渋く低い声で一益に問うた・・・。

「いかにも、平右衛門の申すとおり北伊勢の制海権を握っておくことが一大前提である。制海権をを握っておらねば亀山方面への補給並びに、その方面からの撤退時に我が水軍が活用できなくなってはわしの計画の根底が瓦解してしまうわい・・・」

「なれば、お尋ねするが・・・志摩の棟梁についてはどうなさるおつもりか?」

「志摩の棟梁? あっ!!」

「あの御仁は今は筑前殿と盟約を結んでおる信雄様の与力衆でありますぞ。筑前殿が我らが水軍を目障りと感じ、信雄様に依頼して志摩の棟梁を動かせ我等を討てと命じられたらいかが致す所存でありますかのう・・・あの御仁がこの戦に乱入されると、当方にとってもちと面倒なことになりますぞ・・・」

「う・・・む・・・。 九鬼の棟梁のことを失念しておったわ・・・」
 
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