寒暁

繚乱

文字の大きさ
16 / 18

 九鬼

しおりを挟む
 平右衛門や一益が棟梁と呼んでいる人物は志摩一国を領する九鬼嘉隆よしたかのことである。嘉隆が麾下きかの九鬼水軍は当時日ノ本最強と称せられており、その最強水軍が敵方になり北伊勢沖に姿を現すことを平右衛門は危惧していたのである。

 日頃、卓抜したお家芸とも呼ぶべき諜報力を生かした抜かりない一益が秀吉との大戦の前に北伊勢における制海権の鍵を握る嘉隆の存在を平右衛門に指摘されるまで失念していたには理由があった。その理由とは一益と嘉隆の関係にあったのだ・・・簡単に言うと二人の間には余人には分からぬほどの濃い信頼関係を基に成り立っていたのである。一益から見て一回り以上年下の嘉隆には、自分が頼めば否とは決して言うまいと断言できるほど一益は嘉隆に対し信を置いていたのである。

 一方で嘉隆からの目線で言えば、彼にとって一益は自身を含め一族の大恩人であり、今の自分があるのも全て一益のおかげと言っても過言ではないと言い切れるほどなのだ。その嘉隆にしてみれば一益が自分に信頼を置く以上に一益に対し信頼感を抱くのは当然であった・・・

 二人の関係を紐解くと一益、嘉隆の関係は古く二人の出会いはこの時期から二十年以上前の永禄三年(1560年)にまでさかのぼる・・・永禄三年といえばあの桶狭間の戦いがあった年だ。この年に嘉隆は自分の故郷である志摩を追われ尾張の国知多半島と東三河が接する尾張口に逃亡してきた一族と共にひっそりと身を寄せ合い、先の見えぬ自分達の将来を憂いながらもつつましく日々を送っていたのであった・・・。ところが、そのような状況下にあった嘉隆や九鬼一族に手を差し伸べた男がいたのだ・・・そう、滝川一益である。内乱のため故郷を追われた嘉隆をはじめ、九鬼一族にしてみれば一益の武骨な節くれだったその手がどんなにか頼もしく覚えた事であったろうか・・・

 一益はこの時期、桶狭間の合戦で織田家が辛うじて今川義元の軍勢を撃破した戦後処理にいそしむ日々を送っていた。主である信長から、『三河の元康(松平元康)との関係を、なんとかせい!』と、例の通り無茶振りされた一益は三河松平家との交渉の窓口になっていた刈谷城主水野信元のもとに足繁く通っていた時期だったのだ。因みに水野信元は松平元康(のちの徳川家康)の母、於大の方の兄であり元康にとっては伯父にあたる。そのような折に、信元の口から我が領内に伊勢志摩から難を逃れてきた一族がいると聞かされた一益は興を覚えて嘉隆が住まう場所に立ち寄ったのが二人の出会いの始まりであった・・・。

 一益は嘉隆の口から伊勢志摩における勢力争いの結果嘉隆の一族が離散し、一部の者達がここに逃げおおせてきた経緯を知るやそれからは日をおかず嘉隆のもとに立ち寄り生活に必要な物資を届けるようになると、嘉隆に信長様の配下にならぬかと提案したのであった。                                                       
                                                      『いずれ近いうちに信長様は伊勢方面にも勢力を伸ばし数年の内には志摩まで勢力下に置くことになるであろう。その時には必ずや水軍が必要となる。九鬼家といえば志摩で最も名の聞こえた水軍衆であろう。貴殿がその気があれば信長様の下で力を蓄え、武功を挙げれば信長様の後押しを受けて故郷である志摩の地を再び手に入れる事も可能だとわしは考えるが・・・』

 嘉隆にとって一益の言葉は暗澹とした気分に沈む自分や一族にとって一筋の光明にとなり己らが生きるための希望になったのだ・・・。

 その後嘉隆は、一益の紹介で信長に目通りが叶い、一益配下の与力衆として織田家に仕えることになる。織田家に仕えることになった嘉隆は離散した一族を呼び寄せ、九鬼水軍を再編し一益と協力しながら信長の北伊勢方面攻略戦に力を尽くす・・・。更には伊勢長島一向一揆衆との戦いや、天下の耳目を集めた毛利方についた村上水軍との二度にわたる木津川口の戦いなどを経て武功を挙げ、今や故郷である志摩一国を領する国持大名に至る。

 このような経緯があり、嘉隆にしてみれば今日の自分があるのは一益のおかげであると言い切るのも無理はないのだ・・・。

 また一益にとっても自分を慕ってくれる嘉隆の存在は自分よりはるか年齢が下の友人、更には僚友として共に水軍を率いて戦場に立つ事数え切れず・・・もはや莫逆の友と呼んでもおかしくない間柄であったのだ・・・。なればこそ、嘉隆が自分に対し刃を向ける行動を採るなどとは頭の片隅にもよぎることは無かったのである。



「平右衛門よ、よくぞ気づかせてくれた。礼を申す・・・」

「いえ・・・」

「まあ、なんじゃ・・・九鬼の棟梁の件はわしに任せてくれい。棟梁にも立場があろうでのう、最悪北伊勢沖に姿を現したとしてもその時は “”ハシカ“” にでもなってもらうわい、フフフ・・・」

「“”ハシカ“” ・・・? に、ござるか・・・フフフ、それはようございますな “”ハシカ“” はうつる病ですからなぁ、戦どころではなくなりますのう、ウフフフ・・・」

「ククク、棟梁には上手く病になるようわしからもよくお願いしておこうぞ。おっ、そうじゃ! 念のためもう一人熊野水軍のおさである堀内氏善うじよし殿にも当地に参らば、 “”ハシカ“” になるようお願いしておかねばなるまいて」

「フフフ、左様にございますな、良き考えかと存ずる」

「二人には戦の真似をしてくれればよいと頼んでおこうぞ。水軍には水軍の、海賊には海賊の、海には海の掟がある。おかの人間である信雄様や秀吉にわかるわけがないわ!」

「いかにも・・・」

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

天正の黒船

KEYちゃん
歴史・時代
幕末、日本人は欧米諸国が日本に来た時の黒船に腰を抜かした。しかしその300年前に日本人は黒船を作っていた。

処理中です...